2018年12月26日水曜日

Campfire Audio Solaris イヤホンの試聴レビュー

Campfire Audioからの最新ハイブリッド型IEMイヤホン「Solaris」を試聴してみたので、感想とかを書いておきます。

Campfire Audio Solaris

3BA+1ダイナミックドライバーのハイブリッド型イヤホンです。発売価格は約19万円ということで、14万円のAndromeda、16万円のAtlasを超えて同社最高額のモデルになりました。


Solaris

Jupiter、Lyra、Andromedaなどの初代イヤホンシリーズでは、BA・ダイナミック型の両方で大好評を得たCampfire Audioですが、2018年はラインナップ全体の世代交代を急ピッチで進めてきた印象があります。

ダイナミック型イヤホンの新作Atlasが登場した矢先に旧モデルVegaが廃番になり、ハイブリッド型もDorado・Polarisともにカタログから消えて、現行ではこのSolaris一本となりました。

人気・不人気を問わずラインナップが更新され続けるため、直感で欲しければ一期一会と思って買うべき、という方針も人気の秘訣かもしれません。

パウダーコートのような表面処理

複雑な立体形状

今回登場したSolarisは、最上級モデルという意気込みが随所から感じられ、アルミ削り出しによるハウジングの作り込みは圧巻です。

外側はザラザラした質感の24金を蒸着しており、黄金に輝いています。あえて鏡面ではなくマットフィニッシュに仕上げたことで、メッキのような安っぽさがなく良いと思います。

内側の黒い部品は等高線のように複雑な曲線が波打っているのが印象的です。サイズといい手触りといい、なんとなく贈呈用の高級チョコレートを連想してしまいました。黒い貴石のような光沢があるので、一見しただけでも高価なモデルだとわかります。

こういうのが出ると、次は中国のメーカーとかが対抗心で純金削り出しイヤホンなんかを出しそうで怖いですね。

穴が見えます

この金と黒のパーツ同士の組み付けがピッタリ合っており、スムーズな曲線に途切れがなく仕上がっているところも上品で素晴らしいです。下手なメーカーだとどうしても段差を誤魔化すようなデザインになりがちです。

よく見ると側面に小さな穴があります。ドライバーの背圧を逃がすためでしょうか。

出音グリル

Andromedaと比較

イヤピースを装着する出音部分はCometやAtlasと同じような鏡面処理のデザインになっています。

2016年のモデル「Andromeda」と並べて比べてみると、工作技術の進歩が目に見えてわかります。これくらい高価なイヤホンだと、高級腕時計などと同じように、見掛け倒しの派手さだけではなく精密なクラフトマンシップによる付加価値は重要だと思います。

搭載ドライバーは、高域2×BA・中域1×BA・低域1×ダイナミック型という合計4ドライバーのハイブリッド構成です。とくにダイナミックドライバーはAtlasに搭載されていたものと同じ10mmのDLC蒸着振動板を採用していることが大きなポイントになっています。

この大型ダイナミックドライバーで中域から超低域までの幅広い帯域をカバーして、BAは中高域のディテールを補うような使い方になっているため、ハイブリッド型でよくあるようなマルチBAメインで重低音だけズンズン響くようなダイナミックドライバーの使い方ではありません。

さらにSolarisでは、Campfire Audioが最近注力しているPolarity Tuned Chamber(P.T.C.)というハウジング内空間の音響チャンバーも採用しています。イヤホンハウジング内の空間設計なんて当然の事かと思われがちですが、他社のイヤホンを見ると、単純にドライバー群をワイヤーで束ねてプラスチックのモールドに詰め込んだだけの粗雑な設計も意外と多いです。それではドライバーの数をどれだけ増やしても出音が綺麗に揃わず、音圧が鼓膜を圧迫するような不快なサウンドになってしまいます。

数年前のハイエンドイヤホンと比べてみると、近年におけるイヤホン設計の進歩というのは、ドライバー数や種類を問わず、内部音響設計の充実による貢献が一番大きいと思います。

SolarisではなくPolarisの展開図

追記:このハウジング内のP.T.C.音響チャンバーはCampfireがT.A.E.C.と呼んでいる部品と勘違いしていたのですが、そうではない事を指摘されましたので修正しました。T.A.E.C.はBAドライバーの前につける赤い三角のマークの小さなプラスチックの部品で、P.T.C.はCGイラストの一番上と下のグレーの部品です。(https://campfireaudio.com/introducing-polaris-by-campfire-audio-new-hybrid-design/)。

装着感

Solarisを実際に使ってみたところ、装着感に関してはかなり個性的というか、人を選ぶデザインだと思いました。ダイナミックドライバーや音響チャンバーのため巨大なハウジングになったことがネックになっているようです。

LEFT・RIGHTの刻印

スムーズな曲面や立体的な構造のおかげで、うまく装着できないとか、ぶつかって痛いといった事は全く無いですし、音導管もあまり太くないので、耳穴を圧迫する感じも無いので、装着感が悪いわけではありません。

角度や長さがずいぶん違います

しかしAndromedaと比較してみると一目瞭然ですが、Solarisはイヤピースから本体までの距離が遠く、グッと押し込んでも本体が耳に届かず密着できませんでした。さらに本体が重くケーブルも耳に対して垂直ではなくハの字になるので、自然と耳から外れる方向に荷重が働きます。

ハウジングまでの距離はDoradoと似ているのですが、あちらは本体が比較的軽かったので、そこまで問題ではありませんでした。Solarisはどちらかというと、JH Audio AK Sirenシリーズ(Layla IIとか)のような宙吊りの重量感があります。JHの場合は音導管が長いので、小さいイヤピースで結構耳の奥の方まで挿入できて安定するのですが、Solarisはイヤピース接続部分が短いため、耳穴への挿入が浅く安定しません。

SpinFitとFinalイヤピース(Mサイズ)

とくにイヤピース選びはとても重要だと思いました。個人差があるのでどれがベストとは言い切れませんが、たとえばSpinFitだと、先端が柔軟に曲がることが逆効果で、本体が重さで垂れ下がる感じになり音色に影響がありました。私の耳ではFinalやJVCのように根本でしっかり固定するタイプが良かったです。

私の友人の場合は最近人気のAZLAイヤピースが一番良かったということですが、私が使ってみたところ、シリコン表面がツルツルして本体が滑り落ちやすかったです。

ここまで高価なイヤホンですから、イヤピースは少なくとも3-4種類試してみるべきだと思います。

ケーブル

Solarisに付属しているケーブルは新規設計の銀コートOFCだそうです。試聴時はてっきりAtlasに付属していた銀導体のPure Silver Litz Cableだと思っていたのですが、あとでカタログを見たらSuper Litz Cableという新作でした。

Campfire Super Litz Cable

AndromedaのLitz Wireケーブルと比較

銀コートOFCというと、Andromedaなどに付属しているLitz Wireと同じ線材だと思いますが、鎖編みからツイストになり、デザインは明らかに違います。カタログによると導体数を増やしたそうです。音質については後述します。

音質とか

今回の試聴ではポータブルDAPのCowon Plenue Sと、据え置き型DAC・ヘッドホンアンプのChord Hugo TT2を主に使ってみました。

イヤピースは自分の耳に一番ピッタリ合ったFinalのMサイズを使いました。

Cowon Plenue S

Chord Hugo TT2

Campfireのイヤホンらしく10Ω・115dB/mWという高能率スペックなので、スマホやDAPでも問題なく駆動できます。感度が高いということは、アンプなど上流機器のバックグラウンドノイズに敏感なので注意が必要です。

駆動面ではアンプなどはそこまで選ばず、DAPでも十分満足な音質で楽しめました。据え置き型アンプでないとポテンシャルを引き出せないというような事はありません。ただし情報量が非常に多いイヤホンなので、機器もそれに負けないくらい高解像・広帯域であることが望ましいです。


まずSolarisの第一印象は、音の力強さと情報量の多さが「全帯域」で充実している、リスナーを圧倒するようなサウンドだと思いました。

ダイナミックドライバーのおかげで低音はかなり鳴るのですが、それが暴れずにしっかり正確にコントロールできている点はDorado・Polarisから大きな進歩が感じられます。高音も高いところまでシャープに鳴るのに派手な刺激が強調されない点もVegaやAtlasから進歩が見られます。まさに「広帯域」と実感できるサウンドなのですが、上から下までしっかりコントロールされているためドンシャリではなく、中域も含めて全帯域が均一に音で埋め尽くされている感覚です。これほどまでに音の密度が凝縮されていて「穴が無い」サウンドというのは、各社イヤホンの中でもかなり珍しいと思います。

これまでのCampfire Audioイヤホンのどれとも違う、全く新しいサウンドなのですが、同時に同社が目指しているサウンドの方向性がハッキリと伝わってくる、Campfire Audioらしさを象徴するサウンドだとも思えました。

奇抜なハウジングデザインの先入観に惑わされがちですが、Dorado、Polaris、そしてAtlasといったモデルの長所を引き継ぎ、弱点を克服するような、実は意外と堅実で正攻法な仕上がりだと思います。

とくにハイブリッド型としては、Doradoでは低音をかなり緩く広く響かせ、Polarisでは逆に音圧とパンチを強め、どちらも一長一短でしたが、今回Solarisではハウジング内空間設計の経験を積んだこととAtlas譲りの最新10mmドライバーのおかげで、立ち上がりも減衰も速く、大きな進歩を遂げたと思います。

Solarisのサウンドを言葉で説明するのはかなり難しいです。高音寄り・低音寄りといった帯域の偏りが感じられず、ハイブリッド型にありがちなクロスオーバー音域だけ歯切れが悪いといった癖も、ハウジングによる余計な響きも少なく、線が細すぎるわけでも、太くも緩くもなく、並大抵のイヤホンでは実現できない高次元なサウンドです。

ではこれが完全無欠で万能なイヤホンサウンドなのかというとそういうわけでもなく、「全帯域で揃った充実感」という方向にパラメーターを全て振ったような独自の感性があります。空間表現も、そこそこ前方の距離感があり、音像を描くキャンバスは広いのですが、録音内の楽器や声以外のノイズや環境音なども事細かくビッシリと投影されるので、例えばダイナミック型単発のようなふわっとした臨場感を演出する奥行きとは違います。

抽象的に言うなら、蛇口を全開にしたようなサウンドというか、まるでアメリカのマッスルカー・ホットロッドのように、踏み込みからいきなり絶対的なパワーで圧倒する、情報がダイレクトに伝わるような感じです。ハイテンションで持て余しそうなサウンドとも言えます。私の友人が「オーディオリサーチのアンプとかみたいだね」と言ったのはなんとなく納得できました。

私の印象としては、たとえばJH Audio AK Siren Seriesなどに近い印象もあり、そこにダイナミックドライバーが加わってもっと低音側が太く力強さが拡張された感じです。どちらが優れているかというよりも、あの傾向のサウンドが好きな人はぜひ聴いてもらいたいという意味です。

ハイブリッド型イヤホンだと、64Audio Tia FouréやJH Lolaの方がハイブリッド効果を強調しており、高音の鋭い刺激や、低音の力強さを前面に出している感じが強いです。個人的にハイブリッドで一番気に入っているのはUM Maverick・Mavisシリーズなのですが、異種ドライバー間のつながりが良いという点はSolarisと似ているものの、UMはSolarisほど出音の完璧さを求めておらず、むしろ上手なチューニングで無意識のうちに凄い音楽体験に引き込むような優雅さがあります。

マルチBA型でSolarisと同価格帯だと、Noble Kaiser Encore、Westone W80、64Audio U10などがありますが、Nobleは繊細で緻密なマルチBAモニターらしさ、64Audio(tia非搭載)は圧迫感の少ない肩の力が抜けたアコースティック感、そしてW80は音数が多く敷き詰められている感じはSolarisに近いものの、音が重なり合ってヴェールのように包み込む感じ、といった具合に、どれが上か下かといった安易な上下関係を決めるのは難しいです。

Campfire Audioラインナップ内だけでも、たとえばシンプルなブルースや弾き語りなど、ステージ上から音像がグッと浮き出る感覚とか、しみじみ雰囲気を楽しみたいという人は、Solarisよりも今は無きVegaの方が良いかもしれません。バンドのアリーナコンサートとかで爆発的な派手さが欲しければAtlasですし、女性ボーカルとかキラキラツヤツヤしたサウンドに集中したければ依然Andromedaが素晴らしいです。

Solarisはどちらかというと、スタジオ録音で緻密なミックスダウンを施した複雑な音楽が得意だと思います。安直にポップスやロック向きというだけに限らず、ジャズやクラシックでも、80年代以降のデジタル録音とは相性が良いと思います。たとえば90年代コンコルド・ヴァーヴの豪華なジャズボーカル盤とか、ドイツグラモフォン4D以降のデジタルオペラなど、マルチトラックでプロデューサーが意図した精密な音響が作り込まれている音源です。Solarisで聴くことで、それまで隠れていた旋律や、複雑なアンサンブルが手に取るようにわかります。他のイヤホンで「あとちょっと解像してくれたら」と、もどかしく感じる事があるならば、Solarisでは苦労せずに全貌を引き出すことができます。

Final E5000のケーブル

Campfire Audioのイヤホンというと、これまでケーブルとの組み合わせで音がかなり変わりやすい印象があったので、Solarisでも色々なケーブルを試してみたところ、やはり影響が大きいようでした。

付属のSuper Litz Cableから、まずAndromedaなどに付属しているLitz Wire Cableに交換してみると、そこそこ印象が変わりました。

Super Litzの方が若干押しが強く、情報量の多さで音の粒を浴びせるようなケーブルだと思います。派手に誇張するというよりも、包み隠さないパワフルなサウンドだと思います。

Litz Wireの方はメリハリがそこまでハッキリしておらず、アタックがツルッと軽やかになり、全体的に柔らかく聴きやすい感じになります。Solarisはまるでホットロッドのようだと先ほど言いましたが、Litz Wireにすると、エンジンがパワーダウンして街乗りで扱いやすくなったようで、迫力は多少削がれます。

見た目が似ているFinalのシルバーコートOFCケーブル(E5000に付属していたやつ)に交換してみたら、今度はサウンドが細くコンパクトにまとまり、まるでベイヤーなどのモニターヘッドホンかと思うくらいです。こちらのほうが正確で正しいと思うか、退屈で面白くないと思うかは意見が分かれますが、他にも色々なケーブルを試した結果、付属のSuper Litzケーブルが迫力や情報量の多さが一番強いようでした。

そういえば、以前Westone W80でも、ALO(Campfire Audio)がプロデュースした付属ケーブルを使った時が一番迫力やメリハリが強くなり、サウンドに大きく貢献していたのを思い出しました。ALO/Campfireのケーブルというのは高価になるにつれてそういった傾向があるのかもしれません。勝手な見解ですが、日本の老舗ケーブルメーカーは上級モデルになるにつれて一番無難で安定したサウンドに近づきますが、アメリカのケーブルメーカーは逆に鮮烈で目覚ましいケーブルに挑戦する事が多いように思います。

おわりに

Solarisは調度品のような優雅さとは裏腹に、決してマイルドに聴き流すようなサウンドではなく、フラッグシップモデルにふさわしい圧倒的なイヤホンでした。

凄いイヤホンです

いわゆる「聴きやすく優雅な」イヤホンでよければ、数万円台のシングルドライバーや3BAくらいでそこそこ良いモデルが色々と思い浮かぶのですが、Solarisのように全帯域をクッキリ再生できて穴のないイヤホンというのは、各社フラッグシップイヤホンでもなかなか類を見ません。

これまでのCampfire Audioは、あえてそのフラッグシップ領域を避けて、むしろ個性的なイヤホンをあれこれ生み出す突発的な(芸術肌の?)メーカーだと思っていたのですが、今回Solarisにてあらためて、過去作にて培ってきた数多くのノウハウの集約・融合が実践できるメーカーなのだと関心しました。

ではSolarisは買うべきかどうかと考えると、これまで数万円台であれこれと毛色の違うイヤホンを買い集めていた人は、Solarisはレファレンスとして格段にランクの高いパフォーマンスを発揮してくれると思います。

逆に言うと、Solarisは確かにこれさえあれば百人力と自信がもてる一方で、むしろ性能はある程度妥協してでも、日頃はもっとリラックスして聴きやすいイヤホンを使いたくなる気持ちもあります。

たとえば、Campfire Audioが今後どんなモデルが登場するのか全く予測できませんが、私の個人的な要望としては、現在カタログ落ちしているLyra IIの後継になるような、10万円以下でゆったりと音楽が楽しめる、軽快で装着感を重視したモデルを期待したいです。

Solarisという決定的な総決算モデルを発売したことで、Dorado、Polaris、Atlas、Solarisと続いたこれまでの忙しい流れにようやく一段落ついたような感じがしました。