2019年2月18日月曜日

iFi Audi xCAN の試聴レビュー

iFi Audioのポータブルヘッドホンアンプ「xCAN」を試聴してみたので、感想とかを書いておきます。

iFi Audio xDSD & xCAN

2018年12月発売、価格は5万円弱です。ポケットサイズのバッテリー駆動ポタアンで、USB DACは非搭載、アナログ入力のみながら2.5mmバランス入出力があり、さらにBluetoothが受信できるという、ちょっと個性的なモデルです。


xDSDとxCAN

iFi AudioはxCANと同じシャーシデザインの「xDSD」というモデルを2018年4月に発売しています。そちらは以前ブログでも紹介しましたが、価格は約6万円弱でUSB DAC・Bluetooth入力を搭載しているポータブルDACアンプでした。

xCANとxDSD

すでに2013年発売のnano iDSD・micro iDSDといったポータブルDACアンプで好評を得ていますが、2万円のnano iDSDでは力不足、75,000円のmicro iDSDは物理的に大きすぎて携帯しにくいという中途半端な状況だったところ、それらよりもさらにコンパクトで、価格的には中間に収まるように登場したのがxDSDでした。

xDSDは新たにBluetooth受信機能を搭載したことで、真面目に聴くときはUSB OTGで、カジュアルに聴くときはBluetoothでと使い分けられるため、一台で多目的に遊べるところが大きな魅力でした。

そんなxDSDの6ヶ月後に、共通シャーシで1万円ほど安い価格設定で登場したのが、今回のxCANです。

従来のラインナップでも、DAC搭載のnano iDSD・micro iDSDと、アナログアンプのみのnano iCAN・micro iCANがあったので、今回のxDSD・xCANもそれらと同じような感覚です。

ちなみにCANというのは英語スラングでヘッドホンの事です。古典的なヘッドホンハウジングが缶詰のような形だからで、海外のヘッドホンコンベンションもCanConなんて呼ばれています。(さらに余談ですが缶をカンと読むのは英語CANの意味だそうです)。

xCANは2.5mmバランス対応

xCANは単純にxDSDからDAC部分を排除したローコスト版というわけでなく、新たに2.5mmバランス入出力を追加したことで、また別の魅力が生まれました。

理想的には、xDSDがアナログ入力とバランス出力に対応してくれれば良かったのに、と考えている人も多いと思いますが、そのへんはiFi Audioの判断なので、なんとも言えません。価格やシャーシサイズとの兼ね合いもあったのでしょう。

xCANが2.5mmバランス入力を備えているということは、AKなどのDAPから2.5mm→2.5mmラインケーブルで連結して、ブースターアンプとして活用することができます。

イヤホンのバランス駆動についてはデメリットもあるので個人的にそこまで熱心に支持していませんが、ラインレベル(ロー出しハイ受け)でのインターコネクトのバランス接続は良いアイデアだと思います。

たとえばスピーカーオーディオでは、かなりのハイエンドシステムになっても、プレイヤーとアンプ間はXLRバランスライン接続で、スピーカーケーブルはアンバランスという組み合わせが一般的です。

もちろんxCANは3.5mmアンバランスライン入力も備えているので、DAPのみならず、スマホやパソコンで鳴らしにくい大型ヘッドホンを使うためのブースター用途、もしくはCD・BDプレイヤーやDACなどに後付けでヘッドホンアンプを追加するためにも活用できます。

今回は本体のみの試聴だったのですが、付属品にはちゃんと2.5mm→2.5mmと、3.5mm→3.5mmのラインケーブルが同梱してあるそうです。とくに2.5mmのは手に入りにくいので、とりあえず付属しているのはありがたいです。

裏面を見ると結構違います

xCANとxDSDを並べて比べてみると、モデルロゴ以外はそっくりで見分けがつきません。

シャーシはテカテカしたクロムメッキのような質感なので、指紋がかなり目立ちます。今回写真を撮るときもかなり熱心にタオルで拭いたのですが、なかなかきれいに仕上がりません。(実用上はどうでもいい事ですが)。

本体中央に電源ボタンがあり、多色LEDでボリュームレベルによって色が変わります。その周辺の黒いギアー状の部品がボリュームノブです。

xCANはxDSDと同様に、ボリュームノブが「デジタル制御のアナログステップ抵抗IC」で行われています。感覚的にはデジタルステップアッテネーターと似ていますが、信号回路的にはアナログ抵抗です。

旧シリーズのiDSD・iCANなどはボリュームがアナログポテンショメーター(ポット)だったので、少音量でのギャングエラー(左右の音量誤差)がかなり致命的な問題で、ボリュームノブの最初の25%くらいは全く使い物になりませんでした。

そのため旧シリーズでは、感度の高いイヤホンのためにゲインを下げるスイッチがあったり、余計な回路が導入されていたのですが、xCAN・xDSDではそれらが一切不要になり、小音量から大音量までボリュームノブで自在に(ギャングエラーなしに)調整できるようになりました。これは音質面では結構大きな進歩です。

電源ボタンは長押しで本体ON/OFFですが、リスニング中に短く押すとミュートになるのが便利です。さらに、電源投入時に長押し続けることでランプが緑・青を巡回し、緑で離すとアナログヘッドホンアンプモード、青で離すとBluetooth受信モードになります。


右側にはエフェクト効果を切り替えるボタンとLEDランプがあります。ボタンを押すごとに「3D+」と「XBASS II」、もしくは両方をONにすることができます。

通常はOFF(LEDランプ消灯)で使いますが、必要に応じて、3D+では左右の信号を若干ブレンドするクロスフィード効果、XBASS IIでは低音ブーストを活用できます。

これらの機能はxDSDにも搭載されていましたが、XBASS IIのみ、xCANでは新たな機能が追加されています。

背面のスイッチで、XBASS IIの機能を低音ブースト、プレゼンス(中高域)ブースト、もしくは両方と切り替える事ができます。

英Hi-Fi News誌の2月号にxCANの詳細なレビューがありましたが、その測定によると、低音ブーストは9Hzを中心に+11dBほど盛ってあり、かなりなだらかなEQなので、100Hzでも+2dBほど持ち上がっています。一方プレゼンスは1.2kHzを中心に+4.2dB盛っているので、どちらもかなり強めでわかりやすい効果です。

クロスフィードはこれまでmicro iDSDなどにもついていた伝統的なもので、楽曲によっては若干高域が持ち上がる感じがするので、好みが分かれます。60年代の古いロックやジャズなど、楽器の左右配置が極端すぎるようなアルバムでは重宝します。録音の空間展開が自然な楽曲ほど、クロスフィードをONにしても効果が感じられなくなります。

デザイン以外では、意外と忘れがちですが、バッテリー連続再生時間が両者で大きく異なります。xDSDはUSB通信やD/A変換を行うために電力消費が多く、最大8時間再生となっていますが、xCANはアナログアンプとしては18時間、Bluetooth使用時でも12時間使えるそうです。

また、背面の充電用端子も、xDSDはマイクロUSB、xCANはUSB Cになっています。これは意図的というよりも、開発された時期の違いによるものでしょう。

Bluetooth

xCANのユニークなポイントとして、アナログポタンのくせにBluetooth受信モードを搭載していることに困惑した人も多いと思います。

Bluetoothは曲がりなりにもデジタル通信なので、受信したBluetooth信号をxCAN内部でD/A変換しなければならないわけで、それなのにxCANはUSB DAC機能非搭載というのは、ちょっと不思議です。

ただし、それぞれの基板構成を比較してみると納得できます。

xDSDで一番面積やコストがかかっているのは、XMOS USBインターフェースチップ、バーブラウンDSD1793 D/Aコンバーターチップ、そしてそれらの電源やクロック、周辺回路などです。基板全体の1/3以上はUSB DAC用途に割り当てられています。

逆にxCANのBluetoothは、小型モジュール基板にCSRのBluetooth受信チップとESSの低価格D/Aチップをセットにして、非常に簡素に済ませています。つまり高度なハイレゾ対応やUSB通信などを気にせず、アナログポタアン基板に「ポン付け」するだけで済ませているため、コストが抑えられています。

xCANのBluetooth入力はSBC・AAC・aptX・aptX LLに対応しているそうです。xDSDはaptX LL未対応なので、これまた開発時期の差でチップが違うのでしょうか。またどちらもaptX HDやLDACに対応していないのは残念です。最近のFiioなど中華DAPはこぞってこれら高音質Bluetooth規格に対応しているので、それらと比べると、カジュアル用途としても見劣りします。あえて堅実な道を選んだのかもしれません。

実際にスマホやFiio DAPからBluetoothで接続して聴いてみましたが、通信強度は強くて音飛びも少なく快適でした。そもそもxCANはスマホとのBluetoothペアリングがメインで、アナログ入力はむしろオマケとして作られた商品と考えるのが正解かもしれません。

音質面では、xCANとxDSDはBluetooth受信後のD/A変換チップが異なりますが、それよりもBluetoothコーデック特有の音質傾向の方が耳につくので、Bluetoothメインで使うならxCAN・xDSDのどちらでも良いのではと思います。

具体的には、aptXだと若干広域が派手で浮足立って、SBCだと丸く無難に収まる感じです。どちらもアンプの良さを損ねるほどの問題ではありません。アナログ接続でスマホや低価格DAPのノイズや歪みまで送って増幅してしまうよりは、むしろBluetooth接続したほうが良い結果を得られるかもしれません。

出力

いつもどおりヘッドホンアンプの最大出力を測ってみました。

今回ちょっと厄介なのは、xCANはアナログ入力なので、基準となる入力信号電圧によって、ヘッドホン出力レベルも変わってしまいます。

今回は1kHzサイン波の2Vrmsライン信号を使ってみましたが、xCANはこれくらいに合わせて設計されているようです。つまり1VrmsではxCANが歪む前にボリュームノブが頭打ちになってしまい、3Vrmsではボリュームを上げきる前に歪んで飽和してしまいます。

テスト信号にBluetooth入力を使うという手もあるのですが、どういった内部処理が行われているか不明なので、よりシンプルなアナログライン入力に頼ることにしました。(ためしにBluetoothで1kHz信号を送ってみましたが、グラフのラインはほぼ重なりました)。


ヘッドホン端子にインピーダンス負荷を与えて、出力電圧の変化を測ります。

参考までにxDSDのデータと比較してみましたが、3.5mmアンバランスヘッドホン出力では、xDSDとxCANの出力カーブがピッタリ重なります。

低インピーダンス側での落ち込み方もほぼそっくりなので、単純にゲインを合わせただけでなく、アンプ回路の設計自体もよく似ているのでしょう。

xCANの2.5mmバランス出力は、アンバランス時の約2倍の電圧ゲインが得られます。xCANの公式スペックでは7.6Vrmsと書いてあるので、換算すると21.5Vppで上のグラフとほぼ合っています。

最大音量付近ではちょっとした歪みが消えません

私の測定の方がスペックよりも若干低いのは許容範囲だと思います。というのも、今回は2Vrms入力を使いましたが、xCANの設計上、ボリュームノブを最大付近まで上げると、たとえ無負荷でもちょっとした歪み(上下のクリッピング)が発生しました。

上の波形を見てわかるように、負荷との組み合わせによっては、ボリュームを下げていっても、この僅かなクリッピングがなかなか消えません。歪み率としては1~2%THD程度なので、これを許容するか、ちゃんと0.1%以下くらいに収まるまでボリュームノブを下げるかで、最大電圧の数字がかなり変わってきます。しかもボリュームノブのステップ刻みで急激に電圧が下がるので、ちょっとした解釈の誤差で測定値がガラッと変わります。(私の場合はFFTで見て1%THD以下に下がった時の電圧を記録しています)。

どちらにせよ、最大音量付近での問題なので、普段からボリュームをそこまで上げていなければ問題にはならないと思います。

唯一言える事は、スマホやDAPなど、ソースに使うライン信号電圧との相性には注意したほうが良いです。特に最近はDAPでも大電圧が出せるモデルが多いので、古い習慣のままDAPボリューム最大とかでxCANに入力すると、すぐ歪んでしまいます。2Vrms付近のライン出力モードがあるなら、必ずそれを使うべきです。


次に、無負荷時にヘッドホン出力を1Vppに合わせた状態から、負荷を与えて電圧の落ち込みを測りました。こちらのほうが実用上の音質への影響が出やすいです。

xDSDでは2Ω負荷まで一直線を維持していますが、xCANでは20Ω付近から落ち込みが見られます。

アンバランスと比べて2.5mmバランス出力では出力低下が顕著です。アンプ回路が二倍になるため出力インピーダンスも二倍になり、低インピーダンス負荷を正しく(定電圧で)鳴らせないというデメリットが露見しています。

とくに、マルチBAイヤホンなど、インピーダンスが低く、周波数帯ごとにインピーダンスが激しく変動するような設計のイヤホンでは、理論上はxDSDを使うのが最善で、とくにxCANのバランス出力では周波数バランスが変わってしまう事になります。

ようするに、xDSDは低インピーダンス・高効率のイヤホンなどを正確に鳴らすために設計されたモデルで、xCANは高インピーダンス・低能率な大型ヘッドホンをバランス駆動で鳴らすことを目指したアンプと捉えるべきだと思います。

合わせるイヤホン・ヘッドホンによって、バランス出力が必ずしも優れているとは限らないという良い例です。

音質とか

今回の試聴はちょっと難問です。xDSDとxCANという双子の兄弟を聴き比べてみたいのですが、xCANはアナログアンプなので、それに合わせるDACなどのソースによって音質の傾向が変わってしまいます。

ひとまずAKやFiioなどのDAPをラインアウトモードにして接続してみたのですが、やはり音色がDAP主導になってしまい、なかなかxCANの傾向が掴めません。

逆に言うと、xCANそのものにソースを上塗りするような濃い個性が無いということなので、良い事でもあります。つまりDAPの音色を尊重するブースターアンプとしてはよく出来ています。

背面3.5mmはS/PDIF用なので、ライン入力には使えません

今回はとくにxDSDとxCANの音質差を聴き比べてみたかったので、それが一番わかりやすいように、xDSDからxCANへ接続することにしました。

ちなみにxDSDの背面に3.5mm端子があったので、てっきりライン出力として使えるかと思ったのですが、説明書を見るとこれはS/PDIFでした。両者をスタックすればカッコいいと思ったのですが、配線はxDSDの前面からxCANの背面になってしまいます。両方を買う人は稀だと思うので、どうでもいい事ですが。

xDSDのライン出力モードからxCANへ

ちなみにxDSDの方は、エフェクトボタンを押しながら電源投入すると、中央のLEDが白色に点灯して2Vrms固定のライン出力モードになります。この状態でxCANに接続しました。

今回の試聴では、xCANの汎用性を探りたかったので、低インピーダンス・高感度のCampfire Audio Andromedaや、感度が低く鳴らしにくいFinal E5000、バランス・アンバランス端子が交換できるDita Dream、そしてインピーダンスが高いベイヤーダイナミックDT1770PROなど、様々なケースで聴いてみました。


Criss Crossからの新譜で、レーベルを代表するギタリストLage Lundの「Terrible Animals」を聴いてみました。最新リリースなのに90年代の同レーベルをオマージュしたジャケットなのがカッコいいです。

ギター+ピアノ・トリオという構成で、幻想的なバラードあり、ハードなドライブありの目まぐるしいアルバムです。

以前からCDリリースにこだわってきたCriss Crossですが、今月の2タイトルから96kHz・24bitハイレゾPCMダウンロード販売が始まったので、長年買い続けていたファンとしては大事態です。これでまた一歩CDショップから足が遠のいてしまいました。


まずFinal E5000を使ってみましたが、xCANを通したサウンドは驚くほどxDSDと似ており、xDSD単体で聴いたときのサウンドの特徴が、xCANを通すことでより強調されるような感じです。お互いに喧嘩し合う相性の悪さはありませんし、相乗効果で欠点を補うというわけでもありません。

据え置き型モデルPro iDSDとPro iCANでは、お互いの性格がずいぶん違っていたので、Pro iDSD→Pro iCANという贅沢なスタック構成にする楽しみがありました。今回のxDSDとxCANでもそのような違いがあると想像していたのですが、実際に使ってみると、両者があまりにも似すぎていて、スタックするメリットは薄いと思いました。

xCANとxDSDで共通するサウンドの特徴というのは、ソロ楽器の迫力や実在感にスポットをあてて、力強く再現される感覚です。決してマイルドなリラックス系サウンドとか、空間の響きを増強するタイプではありません。

普段聴き慣れている楽曲でも、xCANを通す事で一層充実した生音っぽさが味わえます。ギターソロの描き方が上手で、伴奏に埋もれずにしっかり聴こえるので、ボーカルとかも相性が良さそうです。

中域重視といっても高域や低域が不自然にカットやロールオフされている感じではなく、フラットなサウンドの中に主役だけグッと前に出てくるような感覚です。高域のプレゼンス帯や、低域のサブウーファー的振動が誇張されていない、というくらいの話です。

低価格で広帯域ハイレゾっぽく仕上げたDAPなどだと、ドラムがガッシャンガッシャンうるさくて、主役が隠れてしまうという事がよくあります。その点xCANは聴くべきところにスポットライトを当ててくれるので、録音の良し悪しを問わずに音楽の芯の部分が楽しめます。

シンプルな古典的バッテリー駆動オペアンプポタアン勢と比べると、xCANは出音がスムーズで、ザラザラした質感が少ないです。値段相応にワンランク上のディスクリートアンプっぽい分離の良さとノイズの低さを持っているので、パワーだけで拡声器のように押し切るような感じではありません。ボリューム回路が優れているせいでしょうか。

micro iDSD・iCANの方はもっとドライで解像感重視のサウンドでした。静かな環境で高音質録音と開放型モニターヘッドホンで合わせると良いのですが、録音の悪さに対しては結構シビアです。ポータブルも含めた汎用性はxCANの方が向いていると思います。

Pro iDSD・iCANは、音色のモード切り替えが豊富なので一言では表現できませんが、Pro iDSDはどちらかというとmicro iDSD BLに近いような高解像っぽさに、音像(とくに低音)の安定感が増したような印象で、Pro iCANは立体的な空間展開が広がりの見通しが良くなったような感じです。

どちらにせよxCANは過去作との共通点は少ないので、最新ラインナップは用途に応じて音作りを変えているような印象です。理想的には、ポータブルと据え置きで、それぞれの環境(騒音レベルや、聴くジャンル、合わせるヘッドホンなど)に応じた使い分けができるようなラインナップになっています。別の言い方をすれば、たとえサイズや価格が同じだったとしても、音質面では、ポータブルならxCANを、自宅の据え置きならPro iCANを選ぶだろうという事です。


ECMから、Mike Nock「Ondas」を聴いてみました。1982年の古いアルバムですが、今年になってデジパック仕様で再販されたので、店頭で見て買いました。

ニュージーランド出身、1960年代からオーストラリアで活躍するピアニストのNockですが、この唯一のECMアルバムではEddie GomezとJon Christensenという凄いトリオでの演奏です。Gomezはビル・エヴァンスのベーシストで有名ですし、Christensenは70年代ジャレットやガルバレクなどECM主要アルバムでのセッションドラマーです。このアルバムも当時のジャレットなどよりはオーソドックスなトリオで、60年代のエヴァンスなどから80年代ECMの雰囲気を繋げるような絶妙な作品です。


Campfire Audio Andromedaは、感度が非常に高く、アンプのノイズを拾いやすい事で有名なイヤホンですが、xDSD単体で聴くよりも、xCANを通した方が若干ノイズ感があり、ピアノトリオのように「間の多い」作品では、背景の黒さみたいなものは薄れるようでした。アンプ回路を二重に通しているためでしょうか。

常にシューッというノイズが聴こえるというわけではありませんが(耳の敏感さは人それぞれですが)、交互に比べるとやはり音場の雰囲気が違います。上流機器のノイズが反映されるので、組み合わせの相性には注意が必要です。

xCANはボリューム調整範囲が使いやすく、Andromedaでもギャングエラーが感じられないのはありがたいです。ただしxCANを通すと低音の表現に違和感があり、このイヤホンはどちらかというとxDSD単体で聴いた方が良いと思いました。

xCANを通すと低音のアタックが丸くなり、デフォルメされたように聴き取りやすく感じるのですが、空間的に場違いで、若干タイミングがズレたような違和感です。つまり他の楽器が鳴っている臨場感とは別に、異質な低音が鳴っている感じです。デフォルメされたと感じるのは、たぶん低音楽器の倍音成分などとの整合性が悪くなったため、楽器としての色彩の複雑さが失われ、シンプルな「ボン」という音になってしまったからだと思います。

ピアノの音色やドラムの広がりなど、残りの部分は充実しており、これと言って不満もないですが、xDSDで聴いた方が低い帯域までプレゼンテーションに統一感があり、優れているように思いました。

2.5mmバランス

Dita Dreamイヤホンは、接続端子が着脱式で3.5mmと2.5mmを交換できるため、ケーブル線材などを変えずにバランス・アンバランスを聴き比べられるのが便利です。

さきほどの出力レベルを測定によるとxCANはバランス接続で本領発揮する事がわかりましたが、音質面でも、バランス接続することでずいぶん印象が変わりました。

Dreamをアンバランス・バランスで交互に聴き比べると、バランスの方が音像の立体展開がよく出来ており、とくにクラシックなど、多数の音源による複雑なパフォーマンスでは、バランス接続のメリットが活かされます。

バランスの方がパワフルだから、サウンドも「押しが強く」なると思うかもしれませんが、実際はその逆で、バランスの方が角がとれてリラックスした鳴り方です。派手さは低減しますが、より自然だと思います。

音の土台がしっかりして、この楽器はここ、という定位感が左右だけでなく前後方向でも明確になる感じです。そのため全てが目の前に迫るのではなく、生演奏に近い距離感があるので、ピアノトリオの意思疎通がよく現れてくれるのが好印象です。

Andromedaでバランス接続(同じCampfire Litzケーブルのバランス版)を試してみたところ、Dita Dreamと同じような広がりが出るのですが、低音が耳元の変な位置で変な鳴り方をするのが気になりました。フカフカしてパンチも損なわれるので、良いとは言えません。

マルチBA型でインピーダンスが8Ω以下のAndromedaだと、バランス接続はあまり向いていないので避けるべきですが、ダイナミックドライバーでインピーダンスが16Ω一直線のDreamでは、バランス接続のデメリットは少ないと思います。同様に、ダイナミック型や平面駆動型ヘッドホンで2.5mmバランス接続ができる人は、ぜひxCANを試してみるべきだと思いました。


Channel Classicsから、Ivan Fischer指揮マーラー7番を聴いてみました。Native DSDからのDSDダウンロード購入です。

スローペースで進んでいるマーラー全集ですが、2017年の3番に続いて待望の7番です。録音自体は2015年なので、濃いめに音色が凝縮した従来のChannelっぽい録音です。(たまに左チャンネルに電波ノイズが聞こえるので、それがちょっと気になります)。2017年のマーラー3番のキラキラ具合と聴き比べると面白いです。

Fischerの指揮する7番はちょっと異質で、一般的なお化け屋敷のようなダークな雰囲気ではなく、冒頭から明るく華やかな、まるでドヴォルザーク交響詩のような印象を受けました。これはこれで良いです。

Beyerdynamic DT1770PRO

ベイヤーダイナミックDT1770PROは私が日常的によく使っているヘッドホンで、普段はmicro iDSD BLで鳴らしています。このヘッドホンはインピーダンスが250Ωと高いですが、能率はあまり低くないので、そこまでパワフルなアンプを必要としません。

micro iDSD BLだと、楽曲に応じてゲインスイッチを「ECO」「NORMAL」で切り替えて使っていたのですが、低ゲインのECOだと鳴り方に息詰まりが感じられ、逆にNORMALだとボリュームノブの下の方なのでギャングエラーがあり、考え過ぎるともどかしくなってきますが、xCANでは悩まずに済むのが良いです。

DT1770PROはバランス接続が出来ないので、3.5mmアンバランスで使いました。

xCANのアンバランスはmicro iDSDのNORMALモードと比べて若干ゲインが低いくらいなので(9.7Vpp v.s. 14Vpp)、実用上はそこまで音量不足と感じる事はありませんでした。DT1770PRO自体が余計な響きや低音増強をしない優秀なモニターヘッドホンなので、xCANの充実した中域楽器の鳴り方と相性が良く、アンバランスであっても十分楽しめます。

ただし、色々な曲を聴いていて気になったのは、DSDクラシックなど、録音レベルが低いアルバムでボリュームをある程度上げると、ピーク時に中高域の主張が強くなり、ちょっとやかましい感じになってきます。これはxDSD単体でも若干感じたのですが、xDSD→xCANと連結したことで、より強調されるようになりました。

音量によってアンプの性格が変わってくるようで、あまりボリュームを上げすぎると良くないようです。ためしに普段やらないくらいの大音量まで上げてみたところ、高域アタックの刺さりなどよりも、まずオーケストラのヴァイオリンセクションがギラギラと過剰に鳴ります。音量にピークがあるというよりは、飽和して塗りつぶされるような感じです。

DT1770PROでは、アルバムごとに、この飽和っぽさの具合をボリュームノブの上下で探るような感じになってしまいました。まるでギターアンプです。全然問題ないと思える曲もあれば、ちょっと厳しい場合もあります。

同じベイヤーでも、2.5mmバランスケーブルが使えるAmiron HomeやT5p 2ndなどではリスニング音量で十分なマージンがとれたので、特にダイナミックレンジの広い交響曲録音では、アンバランスでも、もうちょっとボリュームに余裕があれば良いのにと思う事もありました。DT1770PROでゆったりしたアダージョで弦の美しさに包み込まれれるような聴き方をしたいのならば、Pro iCANとの格差を感じます。

おわりに

xCANとxDSDのサウンドは想像以上に似ており、アナログアンプとして比較的素直でストレートな傾向なので、DAPやスマホ用のブースターアンプとして使うには最適です。特にバランス出力はパワフルなので、大型ヘッドホンでも軽々鳴らせます。

サウンドは旧シリーズのiFi Audioと比べると中域が力強くエネルギッシュな傾向です。この特性はBluetoothでも損なわれないので、スマホからBluetoothという構成でも十分に使えます。とくに「Bluetoothで高出力バランス駆動」というのは珍しい組み合わせです。

音はよく似てます

個人的な感想になりますが、このxCANというアンプは、製品としての完成度は非常に高く、不満も無いのですが、コンセプトには若干の懸念があります。

肝心のバランス接続は、高インピーダンスの大型ヘッドホンを大音量で鳴らすためには非常に有効だと思うのですが、xCANはポータブルで、しかも2.5mm端子ということで、実際に使われるのはIEMイヤホンなどが多いだろうと想像します。

しかしインピーダンス変動が激しいマルチBA型IEMなどでは、xCANでバランス接続するメリットよりもデメリットが大きいと感じました。

つまり、本来の使い道である高ゲインのためでなく、なんとなく優越感のみでIEMイヤホンでバランス接続を選んでしまっては本末転倒です。ちゃんと音を聴いて使い分ければ問題ありません。

この手の小型ポタアンというと、過去にはFiio、iBasso、ALO/Cypher Labs、CmoyやO2などが一世を風靡しましたが、最近はめっきり数が減ってきました。USB OTGが普及し始めてからでしょうか、iPhoneが3.5mm端子を廃止した頃からでしょうか、需要も減り、ニッチな存在になってきています。今ネット上で新製品を探しても、超低価格なものか、ガレージメーカーの大型プレミアム機に二分化されていると思います。

またBluetoothポータブルヘッドホンアンプとなると、ピュアオーディオメーカーとしては本腰を入れたがらないのか、意外と上質な選択肢がありません。

そんな中で、xCANは価格・スペックともにとても絶妙なところを突いていますし、Bluetooth搭載でスマホとのペアリングも盤石です。私は古典的なオーディオマニアなのでケーブル接続がメインですが、最近はむしろBluetooth主体で高級ヘッドホンで聴きたいという人が増えているようです。MMCXケーブルで高級イヤホンをBluetooth化したいという人がいるように、大型バランスヘッドホンもBluetooth化したい時代です。

そうなればUSB DACは不要ですから、xDSDの開発技術を応用して、それでは満たせなかったニッチを埋めるという意味では存在感があります。

近頃はDAPやUSB DAC市場が飽和状態で、新型を出してもmicro iDSDの時代ほどの注目を集める事が難しくなってきたと思いますが、xCANはニッチだからこそ「こういうのが欲しかった」という人達に人気が出そうな商品です。