2019年8月13日火曜日

iBasso DX220 + AMP9 の試聴レビュー

iBasso DX220 DAPを試聴してみたので、感想とかを書いておきます。2019年5月発売、価格は約13万円です。

Android搭載のフルスペックDAPで、フロントパネル全面に広がる5インチ1080p大画面はインパクトがあります。

DX220

アンプモジュールが着脱交換できるというのが大きな魅力なので、今回は付属品AMP1 MKIIと、新たに登場したNutube真空管搭載AMP9モジュールを使ってみました。


iBasso

iBasso Audioはポータブルに特化した中国のオーディオメーカーで、長らくDAPやポタアンで支持を得ており、最近ではオリジナルデザインのIEMイヤホンなど手広く展開しています。

現在のように数え切れないほどのDAPブランドが乱立する以前は、DAPといえば韓国のAstell&Kernが最先端デザインで業界をリードしており、一方ライバルとしては中国のFiiOが最有力、そしてiBassoはそれらとは一味違う独自の路線で頑張ってきたメーカーです。

2012年の時点で、現在のDAPの青写真となるような高級フルスクリーンDAP HDP-R10・D100を出しています。

HDP-R10

DX90 DX80

独自のタッチスクリーンOSを早くから導入するなど先見性がある一方で、ポタアンメーカーでもあるためアナログオーディオ回路の作り込みに定評があり、他社のDAPとは一線を画する充実した力強いサウンドが売りになっています。

アナログ回路の妥協を許さず、サイズが大きく厚くなりがちな一般受けしにくい硬派な製品が多く、DAPのデザインも、古くはDX80やDX90など、無骨で男臭いイメージのあるメーカーでした。

DX200

そんなiBassoも2017年に登場したDX200でイメージが一気に垢抜けて、エレガントなアルミ削り出しフォルムや、スマホ風タッチスクリーンなど、他社の最新DAPと比べても十分カッコいいデザインに傾向しつつあります。(それでもまだ無骨ですが)。

今回紹介するDX220は、4.2インチ画面のDX200を5インチ化すると同時に細部を2019年スペックにリファインしたようなモデルで、価格もDX200の10万円よりも若干値上がりした13万円で販売しています。2018年には廉価版DX150も発売され、充実したラインナップになっています。

アンプモジュール交換

これら三機種はアンプモジュールが交換でき、しかも互換性があるため、DAP(機能性・D/A変換)とアンプ(駆動性能)のアップグレードを分けて検討できるという合理性があります。カメラとレンズの関係みたいなものですね。

付属のAMP1モジュール(DX220のものはAMP1 MKII)以外では、現在はAMP3・5・7・8・9が販売されており、それぞれ1~3万円程度で手に入ります。

  • AMP3: 2.5mm バランス出力
  • AMP5: 3.5mm 高電圧仕様
  • AMP7: 3.5mm ディスクリートアンプ
  • AMP8: 4.4mm バランスディスクリートアンプ
  • AMP9: 3.5mm Nutube真空管アンプ

といった感じに、2017年のDX200発売当時から数えて結構な数が出ています。搭載するオペアンプICなどの詳細については公式サイトには書いてありませんが、各モジュールごとに最大出力や出力端子も異なるので、用途に合うモジュールを選ぶ必要があります。

あれこれ多機能を詰め込むのではなく、アンバランスならアンバランスのみ、単一機能に特化した設計ポリシーのようなので、どのモジュールが最高というわけではなく、それぞれ出力や音質が異なるのが面白いです。そもそも最高のアンプが一つだけで済むなら、わざわざアンプモジュールを作る必要はありません。

ちなみに現在多くの人にとって本命は4.4mmバランスのAMP8モジュールだと思いますが、私はあえてNutubeを搭載するAMP9の方に興味を持ちました。

Nutubeは2015年にKORGが発案した低電圧駆動できる真空管素子で、同社シンセサイザーやVOXギターアンプなど楽器関連ではそこそこ導入例が増えてきました。あくまでプリ管なのでパワーは非力ですから、AMP9モジュールではNutubeの電圧ゲインからオペアンプでバッファーされる仕組みです。つまりよく自作キットなどである双三極管12AU7などを使ったヘッドホンアンプと似たような感じです。DAPでは珍しいので、ネタとして面白いと思いました。

DX220

公式サイトによると、DX220はESS ES9028PROをデュアル搭載、XMOSインターフェースチップ、フェムトクロックなど、市場の最高級機と比べても遜色ないスペックを揃えています。実用面でも、9時間再生、USB C QC3・PD2対応、Bluetooth 5.0と最新スペックを満たしています。

ボリュームノブとトランスポートボタン

マイクロSDカードスロット

4.2インチ画面のDX200よりも大きな5インチ画面になりましたが、アンプモジュールに互換性があることからわかるように、本体サイズ・重量はほとんど変わっていません。単純に画面が占める面積が広くなり、縁が狭くなっただけです。

サイズ感はAK SE100などと似ており、重量も240gなのでSE100と全く一緒です。アルミシャーシが丸みを帯びているぶん、SE100ほどの威圧感はありません。

アンプモジュールが本体下にあるためヘッドホンジャックも下になり、本体上は電源ボタン、USB-C端子、同軸デジタル出力があります。側面のボリュームダイヤルは快適な手触りで、トランスポートボタンもシンプルで良いです。マイクロSDカードスロットは側面に一枚あります。

アンプモジュール

分解

Fiioにも似たようなアンプモジュール着脱機能がありますが、それと比べてiBassoの大きな利点は、モジュールが本体前面まで行かないため、液晶画面を大きくできるという点です。

着脱にはマイナスドライバーで左右のイモネジを緩めます。このネジを紛失しやすいので、リリースレバーとかの方が良かったと思いますが、本体の電源を入れたままモジュールを着脱するのはダメなので、あえてこういう面倒な手法にしたのかもしれません。

実際に本体の電源を入れた状態で別のモジュールに入れ替えると、ヘッドホンからピーという凄いノイズが出て、ちゃんと再起動するまで使い物になりません。

アナログ信号のみでなく、ボリューム調整などもモジュール内で行われているため、各モジュールとの通信信号が違うのでしょう。そのため新たなモジュールが発売されたら必ずファームウェアアップデートしてから試すべきです。

付属レザーケース

裏面

付属レザーケースは柔らかい本革で、見た目も質感も良好です。Mango OSを搭載しているからでしょうか、かなり明るいマンゴーのようなオレンジ色です。これくらい高品質なケースなら、あえてDIGNISとかの社外ケースは不要だと思えます。

インターフェース

まず印象的なのは巨大な液晶画面です。ほぼ縁無しというのはDAPでは珍しいのではないでしょうか。

Mango OS

設定次第でAndroid OSか、iBasso独自のMango OSというのかを選べます。OSの切り替えは再起動が必要で、Mango OSの設定画面から、もしくはAndroid OSからは電源長押しで、もう一方のモードに変更できます。Fiio X7とかであったピュアモードと同じようなアイデアです。

Androidからは電源長押しで「To Mango」

MangoからはSettings > Advanced > Android System

V 1.12.149が入っていました

Mango OSはストレージ内の音楽ファイル再生に特化したシンプルなDAP OSです。昔のDX80とかのインターフェースを高解像大画面に対応させたような感じです。

フォントやボタンなどのサイズが巨大なので、表示される情報は限られていますが、見やすく押しやすいのは良いです。さすが1080pだけあって画面の発色や解像感は優秀なので、写真よりも実物を手にとって見ると魅力が倍増します。

Mango OSの設定画面

デジタルフィルター選択

Mango OS上ではヘッドホン出力ゲイン、イコライザー、デジタルフィルターなど、音楽鑑賞のための機能設定は充実していますが、Bluetoothやストリーミングなどの機能は一切無いので、そういうのをやりたい人はAndroidモードを主に使う事になります。

Android 8.1.0だそうです

ワイヤレスアップデート

Android ホーム画面

Android OSはVer 8.1相当で、Google Playには対応していないようですが、APKで色々なアプリをインストールできるようです。このあたりは私は興味が無いのでスルーしました。

プリインストールでMangoというアプリが入っており、上記のMango OSとよく似たミュージックプレイヤーです。細かい部分は異なるのですが雰囲気は近いので、戸惑うことは無いと思います。

Android上のMangoアプリ

アプリ設定画面

今回の試聴では双方を使い比べてみたのですが、意外にもAndroid OS + Mangoアプリの方が選曲ブラウザーやトランスポートの動作が快適でした。一般的なスマホの音楽アプリと同程度のレスポンスで、これといって不満もありません。

Mango OSの方が無駄が少なく快適かと想像していたのですが、いざ使ってみると、かなり遅いです。細かなラグが多いというか、特にタッチスクリーンの反応が鈍ることがあるのが困ります。

具体的にはファイルアクセスが発生している時はタッチ操作がフリーズするようで、たとえば数GBのハイレゾPCMなど巨大なファイル再生が始まった時は、一見正常に見えても、数十秒ほどタッチに反応しなくなります。そんなフリーズ・ラグ発生時にタッチ操作を連打してしまうと、動作復帰した時に一気に連打が実行されてしまい、とんでもないところに飛ばされたりして戸惑います。長時間待ってもタッチが効かない場合は一旦電源ボタンで画面OFF/ONを行うと復帰します。

大昔のマイコン制御ならさておき、最近のSoCはマルチスレッドで処理を分散できるので、このMango OSのように固まってしまうプログラミングは時代遅れです。Androidアプリの方がハード制御の効率化をAndroidフレームワークが勝手にやってくれるので有利なのでしょうか。

そんなわけで、Mango OSを使うよりはAndroid OSを使うべきだと言いたいところなのですが、ところが困った事に、いざ音楽を聴いてみると、驚くほど音質が違います。イコライザーやフィルター設定とかももちろん確認してみましたが、どう考えてもOSによる違いのようです。

Mango OSで鳴らすとDX220本来の音が出せているのですが、Android OSからだと、いわゆるスマホやカジュアルDAPで音楽を聴いているような、ありふれた無難なサウンドになってしまいます。一応全部の音は鳴っているのに、音色に質感や奥行きが乏しい感じといえばわかるでしょうか。

つまり操作の遅さは我慢してでも、真面目な音楽鑑賞にはMango OSをメインで使うべきだと思いました。アンプモジュールの音質差もMango OSでの方がわかりやすいです。Mango OSは快適さよりも音質のためだけに存在すると割り切って考えた方が良いです。

Androidでのボリューム

なぜここまで音が違ってしまうのか明確な理由はわかりませんが、たとえばボリュームノブの数値を見ると、Mango OSでは1~100、Androidでは1~150と挙動が異なります。つまり水面下のデータ処理やD/A変換といったコアな部分をAndroid OSを通さずダイレクトに扱うことによるメリットがあるのかもしれません。

多くの人はストリーミングアプリなどを使いたいでしょうけど、せっかくの高音質DAPなのですから、スマホの真似事をするのではなく、Mango OSで高音質FLACファイルを聴いてみる価値はあると思います。私の錯覚かもしれませんし、もし比べて違いが気にならない程度ならAndroid OSを使い続ければ良いだけの事です。

出力

いつもどおりヘッドホンアンプの出力を測ってみました。0dBFSの1kHzサイン波ファイルを再生しながら、インピーダンス負荷を与えた時の最大電圧(Vpp)です。


DX220の公式スペック(つまりAMP1 MKII)は6.2Vrmsと書いてありましたが、実測でバランス出力が17.2Vppつまり6.1Vrmsだったので、ほぼ合ってます。アンバランスはその半分です。

ちなみにソフト上でゲイン設定を三段階で選べますが、バランスでは無負荷時17.2・6.6・4.1Vppくらいで、アンバランスはその半分でした。珍しくライン出力もゲイン設定が効くので、こちらは7.5・2.9・1.8Vppでした。

このAMP1 MKIIは、標準付属モジュールとはいえかなり優秀な出力特性です。アンバランスなら20Ωまで定電圧を維持できていますし、バランスで最大17.2Vppというのは一般的なAK DAPなどよりも高めです。

ライン出力は(グラフ右端で切れてしまいましたが)無負荷時で7.5Vppつまり一般的な2Vrmsよりもちょっと高めの2.6Vrms程度です。出力カーブを見るとわかるように、れっきとした高インピーダンス受けのライン出力なのが嬉しいです。

AMP9については公式スペックが見当たりませんでしたが、測ってみるとかなり出力ゲインが低いようで、スマホよりも低いくらいです。Nutubeをゲインステージに使っている以上、これが限界なのでしょうか。

オシロで見ると、バッファーはかなり強力なようで、4Ω負荷で最大ボリュームでも波形が歪みません。ようするにAMP9はボリュームノブが頭打ちするまで上げても大丈夫だろうということです。つまり設計上ゲインはもっと取れるはずなので、これ以上ボリュームが上がらないのが残念です。


次に、無負荷時にボリュームが1Vppになるよう調整してから負荷を与えた時の変化です。

AMP1 MKII・AMP9ともに優秀な横一直線で、ほぼゼロに近い出力インピーダンスです。バランス出力の方がほんのわずかに落ち込みが早いですが、10Ω以下とかの話なので無視できます。

ここでもライン出力がしっかり100Ω程度の高インピーダンスなのがわかります。(こちらも右端が切れてしまいましたが無負荷時1Vppです)。

音質とか

まずDX220に付属しているAMP1 MKIIから聴いてみました。このアンプモジュールは標準付属品としては意外なほど個性的なサウンドで驚かされました。他社のDAPとは一味違う性格を明確に出しているところがiBassoらしいです。

私の勝手な印象ですが、iBassoはアナログアンプ設計、とくに省電力・小型ポータブルという制限の中でどれだけ力強いサウンドを引き出せるかという点に力を入れています。

最近はiPhoneのイヤホンアダプターに代表されるようなワンチップ回路であっても十分優れた低ノイズ・低歪みスペックが出せますが、やはりそれだけでは味わえない「優れたオーディオ回路」の音というものはあると思います。電源回路や抵抗・コンデンサーなどパッシブ部品に至るまで、試聴テストの試行錯誤を経て得られるもので、DX220もその例にもれず、一聴するだけで入念なアンプの音作りというものが感じられます。

他のDAPと比べると刺激が強いです

AMP1 MKIIモジュールを装着したサウンドは、力強く刺激的です。高音の打撃が硬く明確で、中域から低域にかけても音の立ち上がりが鋭いです。

鋭いといってもいわゆる典型的ドンシャリ傾向のアンプと違うところは、音に余計な響き要素を上乗せしていない点です。金属っぽい付帯音がキンキン響くとか、低音が必要以上に膨らむふうには感じません。

繊細で勢いが無い淡々としたDAPとは対照的に、十分な余裕を持って力強くドライバーを駆動しているというイメージです。感覚的にはスタジオモニターアンプ・PAアンプのような、かなり硬派なチューニングだと思います。

プロモニターサウンドを目指したと考えれば説得力がありますが、逆に言うと、ホームオーディオらしい「聴きやすさ重視」の仕上がりではないので、イヤホンとの相性次第ではかなり刺激的になってしまいます。デジタルフィルターをアポダイジングにすると若干聴きやすくなりますが、根本的なところは変わりません。標準付属品としてはかなり攻めたサウンドだと思います。

たとえばShureやJHなど、そもそもエッジが効いているBAイヤホンなどでは「全部聴こえる」ではなく、「全部聴かせる」といった感じになって威圧感があります。もちろんそっちの方向を目指したいのなら悪い事ではありません。

T8iEは良いです

LCD2 Closedも相性が良いです

そんなAMP1 MKIIと相性が良いと思えたのは、ゆったり気味な密閉型イヤホン・ヘッドホンでした。イヤホンならAK T8iE、ヘッドホンならAudeze LCD2 Closedなど、他にもたくさん例がありますが、温厚で膨らみがちなタイプであれば、このアンプモジュールがグッと音を引き締めてくれて、埋もれている情報を引き出してくれます。

生半可なDAPだと切れが悪く眠くなりがちなイヤホンであっても、AMP1 MKIIで鳴らす事で目が覚めるようなインパクトが生まれるので、例えば外出時でも迫力がある音楽が楽しめる、ポータブル用途に適したアンプだと思います。ロックのボーカルなど、マイク越しの熱気や荒々しさみたいなものが未精製でそのまま届く感覚が気持ち良いです。

とくにダイナミックドライバーの低音がクッキリと空気を押し引きする感じ、そして高音がビビらずにカチッとフォーカスが決まる感じは、どちらも卓上アクティブモニタースピーカーの鳴り方とよく似ているので、あの刺激的でクリアなサウンドをイメージするとわかりやすいです。マイルドにふわっとまとめる家庭用スピーカーとは対極にあるような存在です。


DX220 AMP1 MKIIとT8iEなどのメリットが存分に発揮できたのが、Channel Classicsからの新譜Ning Feng「Virtuosismo」でした。NativeDSDからのDSD256リリースです。

内容はベタな超絶技巧スペクタクルなのですが、演奏と録音が良いため、思わず聴き入ってしまいます。こういうアルバムは若手新人の余裕の無いギスギスした演奏が多いのですが、彼は颯爽とエレガントに演じてくれます。そういえば余談になりますが、もう15年以上前に彼が若手デビューした当時コンサートで聴いて、一緒に行った人が「上手いけど、あのルックスじゃ難しいかも・・」なんて言ったのを覚えています。それが今や大手レーベルのベテランで世界的キャリアを築き上げているのを見ると、なんだか当時を思い出して嬉しいです。

DSD録音にありがちな不満として、音のメリハリが弱く、ふわふわと掴みどころが無いという指摘をよく耳にします。たしかにそういった鳴り方のDAPは多いかもしれませんが、このDX220 AMP1 MKIIを聴けば意見が変わると思います。オーケストラとソリストの分離が良く、弓の触れる感触や力加減が充実しており、しかも単なるドンシャリアンプのように鼻息や指擦れがうるさいということもありません。そのへんが音作りがしっかりしていると思える部分です。AMP1 MKIIの弱点を指摘するとすれば、刺激と情報量が多いだけあって細部が慌ただしく、DSDらしいふわっとした優雅な臨場感が出しにくい事です。マイルドな音楽鑑賞を楽しみにしている人は合わないかもしれません。


次に、AMP9に付け替えてみました。先程グラフで見たとおり、音量はかなり制限されます。感覚的には、スマホで十分な音量が得られる程度のイヤホン・ヘッドホンを選ぶべきです。

もう一つAMP9の注意点は、AMP1と比べてバックグラウンドノイズが高いので、サーッというホワイトノイズが結構目立ちます。ゲイン設定でノイズレベルは変わらないようですが、電源を入れて時間が経つと(10分くらい?)ノイズの絶対量は変わらないものの、鳴り方がシューからシャーみたいに変わってくるようです。

とくにAndromedaなど高感度マルチBA型IEMではノイズが気になるかもしれないので、自分なりに許容できるかしっかり確認したほうが良いです。ボリュームノブを0にすると回路がミュートされるのでノイズは聴こえませんが、1に上げるとすぐにバックグラウンドノイズが確認でき、それ以上ボリュームを上げてもノイズは大きくなりません。

Dita Dreamは結構良いですが

Final E5000はAMP9では厳しいです

そんなわけで、低能率だとボリュームが足りず、高能率だとノイズが目立つという、限定的なスペックのAMP9なのですが、サウンドの方はかなり良いのだから困ります。

AMP9のサウンドが期待以上に良かったため、どのイヤホン・ヘッドホンなら鳴らせるか、聴いてみたくてわざわざ探し回ってしまうほどでした。

手持ちでは、Andromedaはノイズのせいでダメでしたが、Dita DreamならそこそこOK、Final E5000では楽曲によっては(クラシックDSDなど)ボリュームノブ最大付近でなんとかOKでした。AndromedaとE5000は私がこういう試聴テストにあえて使う両極端みたいな存在なので、つまりイヤホンならほぼ大丈夫そうです。

AMP9の魅力を一言で表すと、さすが真空管らしく、「音のつながり」が素晴らしいです。これはオーディオ用語というか、よく使う言い回しの一つなのですが、実際に聴いて納得する以外には、なかなか説明するのが難しいです。

簡単に言うと、音と音の流れが自然で、音楽の演奏に連続性や一貫した雰囲気みたいな物があり、楽器演奏の主体性が損なわれない、という事です。過剰にスムーズ、マイルドだとか、そういう意味ではありません。

逆に「つながりが悪い」サウンドというのは、個々の音がまるで効果音のように断続的で、それぞれが個別の音として耳に届き、常に新しい情報を分析させられているような状態です。一見こちらのほうが解像感が高く情報量が多いように思えてしまうのですが、音楽の流れや展開が伝わりにくいです。

演奏者が表現しようとしている感情や世界との一体感とも言えますが、AMP9ではそれがよく伝わってきます。これは縦軸の質感やハーモニー、そして横軸のタイミングや音響が綺麗に整っていて、集中力に余計な邪魔が入らないという事でしょう。そのあたりがAMP1 MKIIよりもAMP9が一枚上手です。

AMP9がとくに優れているのは、全体的なプレゼンテーションはAMP1 MKIIと非常によく似ている事です。真空管だからといってわざとらしくロールオフされているとか、低音が膨らむといった典型的な味付けが感じられず、同じ音量なら一見AMP1 MKIIと同じサウンドだと思うのですが、音楽を聴いているうちに、中身の点と点が線でつながっているような、不思議な充実感が得られます。

この「つながりの良さ」が体感できる良い例は、Chordなど高度なオーバーサンプリングDACだったりするのですが、それをNutubeというアナログ回路で実現できているのが面白いです。Chordの音そのものという意味ではなく、あちらはあちらで独自のプレゼンテーションがあるのですが、AMP9はAMP 1 MKIIと同じ輪郭の中で、より音楽が充実して聴こえます。これはつまり、アンプモジュールは変われど、プレゼンテーションの基礎(つまり輪郭)の部分はDX220本体(D/A変換や高精度クロックなど)によるものなのかもしれません。

Grado RS2e

AMP9モジュールが特に楽しめたのがGradoヘッドホンです。インピーダンスも能率も、AMP9で鳴らすのにちょうど良いスペックなのですが、Gradoは完全開放型で奔放な鳴り方なだけあって、下手なヘッドホンアンプで鳴らすと楽器がバラバラに飛び交い、さらに高音・低音も余計な響きを強調しやすく、正しく鳴らすのが難しいヘッドホンです。

DX220の歯切れよく力強い高音と低音、そしてAMP9の音色のつながりの良さ、そのどちらも有効に働いて、Gradoを上手に鳴らしてくれます。


カラヤン指揮ベルリン・フィルのシェーンベルク「浄夜」はとくにAMP9の良さを体感させてくれました。先日ブルックナー交響曲集と同時期にハイレゾリマスターが発売されたカラヤン屈指の名演で、こういった多重の複雑なアンサンブルを丁寧にコントロールする事が、この時期のカラヤンが一番得意としてきた技巧だと思います。

連続して質感がどんどん変わっていき、様々な道程を経てクライマックスを迎える一連の長いエピソードと言える作風なので、つながりの悪いオーディオで聴くと、目まぐるしいサウンドの連続に、自分が今ストーリーのどの部分にいるのかわからなくなってしまいますし、逆にマイルドでスムーズすぎるオーディオでは、ふわふわと無意味な音色の層に包まれ、眠くなってしまいます。

AMP9とGrado RS2eのコンビネーションでは、演奏の展開を最後まで堪能できました。とくにこのような弦楽合奏作品は、ヴィオラやチェロなど各奏者ごとの存在感があやふやになってはいけませんし、全体を象るサウンドとしての一貫性も損なわれてはなりません。似たような登場人物が沢山出てくる小説のようなもので、AMP9は話の流れが読みやすく、絶妙なバランスをたもつのが上手いです。

静かなパッセージでもノイズは気にならず、大音響でもパワーが足りないとは思いません。古い録音ということを意識させませんし、こういうのを上手に鳴らせるDAPはなかなかありません。いつの時代も真空管が侮れないという事がつくづく実感できる、良く出来たアンプモジュールです。

おわりに

DX220自体は2019年5月の発売時から何度か試聴する機会があったのですが、それだけでは話が地味だと思ったので、個人的に興味があったAMP9が発売したことで、それと合わせて今回改めて試聴してみようと思い立ちました。

DX220を聴いてみて感じたのは、まずDAP本体の仕上がりは良好で、サウンド面で不満を感じる事は無かった事、そしてアンプモジュールによって自分の好みに合う多彩なサウンドが実現できるという事です。

悩ましいところは、付属AMP1 MKIIモジュールは、良好なパワースペックを持ちながら、サウンドはちょっと厳しい部分があり、その一方で、サウンド面で良い具合なAMP9モジュールの方は、ノイズフロアや音量ゲインといったスペック上の制限から、扱えるイヤホン・ヘッドホンが限られてしまいます。

これら二つのアンプモジュールのメリットを合わせたようなモジュールがあれば最善なのですが、現状では困難なのでしょう。もしAMP1 MKIIがマイルドだったら、せっかくのDX220の個性や魅力が薄れて、他多数のDAPの中に埋もれてしまいますし、一方AMP9で採用しているNutubeはあくまでラインレベルのプリ管用途が妥当で、駆動に使うのは限界が低いです。(楽器業界もNutubeのパワー管というのを待ち望んでいます)。

ともかく、10年前くらいに流行った「小さなプリ管を低電圧で灯して鳴らす卓上ヘッドホンアンプ」よりははるかに優れているので、それがポータブルDAPで実現できるようになった、と考えれば、それだけでも大きな進歩だと思います。

オーディオは出口から固めるという言い回しがあるように、一番個性が強いのがスピーカーやヘッドホンなので、DAPはできるだけ何でも鳴らせる物が好ましいのですが、今回はその逆に、AMP9で良好に鳴らせるヘッドホンを探すというのも有意義だと思いました。

DX220オーナーの話を聞くと、AMP8というモジュールが好評なようです。汎用性を求めるなら、まずそっちの方を用意して、AMP9はその後でも遅くはないというか、かなりの玄人志向な逸品だと思いました。

そもそも、全てのアンプモジュールが全てのイヤホン・ヘッドホンに対応するような無難な設計だったなら、モジュールを交換可能にする意図から離れてしまいます。不特定多数の万人受けする設計に甘んじない、自分の耳を信じて買うという事ができるのが、DX220最大の魅力です。モジュールはどれも3万円以下くらいなので、ついコレクションしてしまう人も多いでしょう。(変なビンテージオペアンプのプレミアム限定版とかに走ったら困りますが)。

今後もDAP本体の正統進化とはまた別に、iBassoらしさを発揮した独創的なアンプモジュールを続々展開してくれる事を楽しみにしています。