2019年10月25日金曜日

Beyerdynamic DT177X GO ヘッドホンのレビュー

恒例のMassdrop企画で、今回はベイヤーダイナミックとのコラボレーション「Massdrop × Beyerdynamic DT177X GO」を買ってみました。

DT177X GO

密閉型スタジオモニターヘッドホン「DT1770 PRO」をベースにコストダウンしたモデルですが、インピーダンスが250Ωから32Ωに下がり、さらにケーブル端子のバランス化対応など、ポータブルオーディオ向けに色々盛り込んでいる意欲作です。


DT177X GO

MassdropウェブサイトでDT1770X GOの予約が開始したのは2019年4月でした。実際に商品が届いたのは9月になってからなので、その頃にはもう注文したことすらすっかり忘れていました。

Massdropは予約注文数が決まってからメーカーに製造を依頼するシステムなので、注文から発送するまで半年かかるのも稀ではありません。

ちなみに初回予約分は600台程度売れたみたいです。その時の販売価格はUS$380(約4万円)でしたが、現在これを書いている時点で第二次の再販が始まっており、値段は$450に上がっていました。こういうのを見ると、なんだか先に買って得した気分で嬉しいです。

私自身このブログで過去に何度か紹介したように、Massdropからは色々と買ってきましたが、最近は期間限定の受注スポット生産だけでなく、過去の売れ筋モデルを通常在庫としてそのままネットショップとして販売するビジネスモデルに転換しているようです。

代表的なモデルとして、AKG K702をベースにした2014年の「K7XX」、ゼンハイザーHD650ベースの2016年「HD6XX」などは大好評を得ており、合わせて10万台以上売れています。これだけの台数が売れるヘッドホンというのはなかなか無いでしょう。

どちらも古くから親しまれている「殿堂入り」ヘッドホンを廉価版としてアレンジしたモデルなので、K7XXは$200、HD6XXは$220と、それぞれの標準モデルと比べて割安感があり、初めて買うハイエンドヘッドホンとして選ぶ人も多いようです。

もちろんさすがの私もMassdrop作品を全部を買っているわけではなく、それなりに高価なものは敬遠しています。たとえばFocal ElearをベースにしたElex、HIFIMAN Edition XのEdition XXなどです。KOSSの静電型ヘッドホンESP950のESP95Xも散々悩んでやっぱり買うのを辞めました。とにかく色々と面白い企画で頑張っているショップだと思います。

DT177X GO & DT1770 PRO

DT1770 PROは2015年の発売時には8万円近くした高級ヘッドホンなのですが、最近は5万円弱で購入できるので、今回DT177X GOの四万円という価格はそこまで割安感はありません。

DT1770 PROとDT177X GOの基本仕様を比較してみます。


DT1770 PRO
  • アラウンドイヤー密閉型ハウジング
  • 45mm Tesla ダイナミックドライバー
  • 250Ω・102dB/mW
  • 388g
  • 三極ミニXLR
  • 3m ストレート & 5m コイルケーブル (3.5mm + 6.35mm アダプター)
  • ハードケース
  • 合皮 & ベロアイヤーパッド
  • Made in Germany

DT177X GO
  • アラウンドイヤー密閉型ハウジング
  • 45mm Tesla ダイナミックドライバー
  • 32Ω・102dB/mW
  • 370g
  • バランス接続対応四極ミニXLR
  • 1.8m ストレートケーブル (3.5mm + 6.35mm アダプター)
  • 簡易パッケージ
  • Dekoni製 ベロア & シープスキンイヤーパッド
  • Made in Germany

といった感じです。コストダウン要素としては、コイルケーブルとハードケースが無くなり、イヤーパッドが社外品に変更され、梱包が簡素になったというくらいです。あとはハウジング塗装などデザイン要素がシンプルになりました。

ロゴパーツが無地になっています

一番大きな違いは、ドライバーが250Ωから32Ωに変更されたことです。ベイヤーダイナミック愛好家なら、T70pが数年前に生産終了になったこともあり、「ようやく来たか」と思っているかもしれません。

というのも、DT1770の前のモデルに当たるT70は250Ωと32Ωバージョン(T70p)がありました。

さらにその原型となったDT770というモデルは、1980年代から細かな変更を経て現在も作られ続けている伝統的なモデルなのですが、600Ω・250Ω・80Ω・32Ωの四モデルが存在しています(現在は600Ω版は廃止)。

どのDT770もドライバーの能率は同じ(96dB/mW)で、インピーダンスだけが違うので、据え置きのプロ用途なら高インピーダンス、ロケーション用途なら低インピーダンス、というような使い分けを想定しています。

そんな中で、DT1770はこれまで250Ω版のみだったので、そろそろ32Ω版でも出るのでは、という期待が、今回Massdrop版で実現しました。

「GO」という名前の通り、ポータブル向けの密閉型ヘッドホンとして、15,000円のDT770 32Ωと、10万円のT5p 2nd Gen(こちらも32Ω)の間に収まるちょうどよい位置づけになります。(以前はT70pがこのポジションにありました)。


ところで、ヘッドホン初心者なら、インピーダンスが低い方が「鳴らしやすい」なら、なぜ最初から32Ωで作らないのかと疑問に思うかもしれませんが、音質面では高インピーダンスであるメリットは大きいです。そのあたりについては以前からこのブログで何度も紹介してきましたが、いくつか理由としては:

1.  同じ能率(dB/mW)のドライバーなら、音量に対する消費電力(パワー)は同じです。パワーは電圧×電流です。貧弱なアンプで鳴らす場合、高インピーダンスヘッドホンなら電圧不足でボリュームが頭打ちになりますが、低インピーダンスヘッドホンなら電流不足で音が歪み始めます。簡単に言えば音量と音質の駆け引きです。パワフルなアンプであれば大音量でも歪みません。

2. 低インピーダンスヘッドホンは多くの電流を流すためドライバー振動板のコイルワイヤーを太くする必要があるので、振動板が重くなり、レスポンスが悪くなったり、クセが生まれたりしやすいです。

3. 低インピーダンスヘッドホンはアンプの出力インピーダンスの影響を受けやすく、アンプの設計や性能によってヘッドホンの音質・周波数特性などが左右されやすいです。

4. アナログボリュームノブを使ったアンプだと、無音から最初の20%くらいは左右チャンネルのバランスや分離が悪いことが多いため(ギャングエラー)、強力なアンプがあるならボリュームを絞るのは本末転倒です

・・・など、他にもいくつか理由がありますが、ようするに音量(鳴らしやすさ)を優先するか、音質の安定性を優先するか、という考えで、程度の問題なので、必ずしも600Ωが最善というわけではありません。

パッケージ

開封

内部補強材

DT1770 PROに付属していた巨大なハードケースが無くなった分だけ、パッケージは一回り小さいです。開けてみるとヘッドホンがそのまま入っており、スペアイヤーパッドが衝撃緩衝性の役目を果たしています。

さらにヘッドホンを取り出すと、中心の補強ダンボールが簡易的なヘッドホンスタンドになっているという、合理的でスマートなアイデアです。結構しっかりしたダンボールなので、そこそこ実用に耐えうると思いますし、よくあるビニール袋満載の過剰梱包と比べて楽しい配慮です。

ケーブル

スペアイヤーパッド

ケーブルは1.8mのストレートタイプのみで、ヘッドホンスタンド部分の中に入っています。

イヤーパッドは、標準のベロア素材と、オプションのシープスキンが入っており、説明書ではどちらもDekoni製と書いてありますが、ベロアの方はDT1770 PROに付属していたベイヤー純正のものとほぼ同じ質感です。

シープスキンの方は、DT1770 PROなど一般的なベイヤーに付属している合皮タイプとは全く違い、四角断面の低反発ウレタンです。破れそうで心配になるくらい外皮が薄いのですが、そのおかげで柔軟性が高く、顔にピッタリ沿ってくれます。

すでに他のベイヤーヘッドホンを所有している人であっても嬉しいオプションですし、Dekoniにとっても良い宣伝になります。ちなみにDekoniは最近日本でも流通するようになったので興味を持っている人も多いと思います。

このヘッドホンに関しては、シープスキンパッドだと密閉感が強すぎて低音がかなり増すので、私は標準ベロアパッドのまま使う事にしました。屋外使用などで遮音性優先ならシープスキンの方が良いかもしれません。

パッド交換が楽

余談になりますが、ベイヤーのヘッドホンの多くは、パッドを挟む部分に切り欠きがあり、ここにまずパッドを引っ掛けてから360°ぐるっと回すことで瞬時に付け替えできます。他のヘッドホンでパッド交換に散々苦労するので、ベイヤーの気遣いに感謝したいです。

ほぼ同じです

DT1170 PROとDT177X GOを並べて比べてみると、見た目で明らかに簡略化されている部分と、手触りや質感の雰囲気で気がつく部分と、その両方でコストダウンの影響が感じ取れます。

どちらもドイツ製で、組み立て精度などに関しては大きな違いはありません。手にとって真っ先にわかるのは、DT1770 PROのハウジングはシボ加工のようなザラザラした手触りで、重厚な高級感があったのですが、DT177X GOではサラッとしたマットブラック塗装でベーシックに見えます。他にもヘッドバンドのプラスチック部品に印刷ロゴが無いなど、細かい点はいくつか見当たります。

ちなみに、写真のDT1770 PROは2015年に買ったものなので、最近の製造ロットで変更されている箇所もあるかもしれません。

DT177X GO

DT1770 PRO

ドライバー面を覗いてみると、DT177X GOは中心に円形のパターンがあります。これが音質にどう影響を与えるかは不明です。

この外枠を外すと

ドライバーユニットが外れます

ドライバーユニット

DT1770 PROはこんな感じです

質実剛健なベイヤーダイナミックらしく、簡単にハウジングユニットを分解できます。写真のように、ギターピックなどで外周のリングを外すと、そのままドライバーバッフルがゴロンと外れます。この際にケーブルを潰したり断線したりしないよう注意が必要です。

バッフル面は和紙のような中心部に、コーヒーフィルターのような外周部で、これは何十年も変わっていないベイヤーの伝統的設計です。

ドライバーユニットは青色で、振動板と同じくらい巨大な磁石だということがわかります。以前DT1770 PRO発売時には、それまでの(T5pやT70pなどの)初代テスラテクノロジーと差別化するために、Tesla 2.0という名前がついていましたが、最近ではどちらも単純にTeslaと呼ばれるようになりました。

ちなみにDT1770 PROと比較してみると構造は全く同じなので、インピーダンスが変更された以外では、この肝心な部分でのコストダウンは行われていないようです。

それにしても、ハウジングの中身には綿や吸音材なども無い、ただのプラスチックのドームなので、それでも高水準の音が出せるというのは本当に驚異的です。エキゾチックな高級素材とかで味付けを調整しているメーカーが多い中で、ベイヤーは本当に結果第一主義のようですね。

装着感

装着感については個体差・個人差もあるのかもしれませんが、私の場合、DT177X GOはどうしてもフィットしてくれず、かなり悩まされました。

一見普通に見えるのですが・・・

DT1770 PROの方はすっぽりと耳を包み込むグローブのようなフィット感が素晴らしいのですが、それと比べるとDT177X GOは全然駄目です。

具体的には、イヤーパッドの上半分だけが押し付けられ、下の部分に隙間ができて、耳周りにしっかり密着してくれません。そのため側圧が痛くなり、低音が逃げてしまい、音が不安定になってしまいます。

DT1770 PROと並べて比べてみてもほとんど差が無いのに、どうしてDT177X GOはこうまでフィットが悪いのかと考えてみたところ、致命的なポイントが見つかりました。

DT1770 PRO (左) DT177X GO (右)

ハウジングとハンガーをつなげる回転ヒンジを見ると、DT1770 PROではケーブルにギリギリ接触するかというところまで回転できるのですが(写真ではぶつかっているように見えますが、実際は紙一重か、ちょっと触れる程度でそれ以上は回りません)、一方DT177X GOではかなり隙間があり、これ以上回転できません。

この部品が問題のようです

さらに調べてみると、この円筒形の回転ヒンジ部品が別物に変更されています。

DT1770 PROでは部品が金属製で、ハウジング内部で板バネクリップで固定されていました。一方DT177X GOでは、上の写真にあるようにプラスチックのブッシュになっています。それ自体は問題ないのですが、このデザイン変更に伴いハウジングの回転範囲が狭くなっています。

実は以前Amiron Wirelessのフィット感が悪くて悩んだのですが(そのためブログに挙げませんでした)、先ほど再確認してみたら、こちらも同じプラスチック部品で、回転角度が制限されていました。

これでは私の頭にぴったり沿ってくれず隙間が出来てしまいます。Massdropの掲示板を見ても、過去のDTシリーズと比べてフィットが悪いと不満を言っている人が多いようでした。

とりあえず乱暴な解決策として、Y字メタルハンガーを手で曲げることで、なんとかフィット感は改善できました。かなり硬い金属板で、あまり無理に曲げると一気にぐにゃっといきそうなので注意が必要です。

私にとってベイヤーダイナミック、とくにDT1770 PROというのは職場でほぼ毎日使ってきた相棒のようなヘッドホンなので、装着感は慣れ親しんだものがあります。そのためDT177X GOを装着してみて「なんか変だ・・」と一瞬で気が付きました。これまでT1やT5pなど、どのベイヤーのヘッドホンも安心して買えていたので、こういうデザインの改悪はちょっと残念です。

バランス対応ケーブル

DT177X GOのユニークな点として、ケーブル端子がバランス接続対応になりました。

付属ケーブルは残念ながら3.5mmアンバランス(ねじ込み式6.35mmアダプター)のみなので、別途バランスケーブルを購入する必要があります。

Massdropは色々な謎ブランドの「アップグレードケーブル」とかも売っているので、これから対応バランスケーブルを販売して一石二鳥というプランなのでしょうか。

DT1770 PRO(左)DT177X GO(右)付属ケーブル

ヘッドホン端子

ミニXLR

接続端子はAKG・ベイヤーでよく使われている「ミニXLR」ですが、通常の三極ではなく四極端子になっています。

四極化というのは、大昔からAKGやベイヤーをバランス化改造する時の常套手段でした。コネクターサイズが同じなので、ハウジングを分解して自前で交換する人も多く、そういうのを代行してやってくれる業者もありました。

ただし市販完成品ケーブルの種類は少ないですし、コネクターが細いので、あまり太い線材は使えません。

また、左側片出しということは、必然的に右側ドライバーへはヘッドバンド内部配線で橋渡しされているので、せっかく高級バランスケーブルを使っても、左右の経路が違うというのは(実害があるかどうかは別として)どうにももどかしいです。

ベイヤーT1・T5p・Amiron Homeなどの最上級機種では左右両出しの3.5mmコネクターを採用しており、そちらは社外品バランスケーブルの種類も豊富ですので、今回の四極ミニXLRのというのはかなり特殊でマニアックな選択です。

三極と互換性はありません

ちなみに四極端子に通常の三極ミニXLRケーブルは挿せませんので、すでにお気に入りのケーブルがある人にとっては致命的です。

逆に三極端子に四極用ケーブルは物理的には挿せますが、信号線が一つ未接続になりますし、そもそもピンアサインが違います。つまり四極ケーブルを買って三極のヘッドホンでも使いまわそうという考えは通用しません。

AKG・ベイヤーの三極ミニXLRは、ピン番号順にGND・L・Rです。これはフルサイズの三極XLRのGND・HOT・COLDと同様に、まず一番ピンのGNDから接触するようにという規格です。ケーブル端子の写真を見ても、一番ピンの接点だけ飛び出しているのがわかります。

一方、DT177X GOの四極XLRは、ピン番号順にL+・L-・R+・R-です。つまり、フルサイズ四極XLRバランスヘッドホンケーブルと同じピンアサインという事です。

バランスケーブル

せっかくなので、手持ちの線材でバランスケーブルをいくつか作ってみました。MMCXとかよりは作業がマシですが、コネクター内部にあまり余裕が無いので、太いケーブルは使えません。

最近のDAPやヘッドホンアンプはバランス接続にすることで二倍の電圧ゲインが得られるモデルが多いですし、さらにステレオセパレーション改善など、バランス化のメリットは十分あると思いますが、付属ケーブルもそんなに悪い物ではないので、試聴ではそちらを使いました。

インピーダンス

DT1770 PROとDT177X GOのインピーダンスを比べてみました。

インピーダンス

まずDT177X GOが大体32Ωくらいというのが確認できますが、それとは別に、DT1770 PROはスペック250Ωというのは実は2-10kHzくらいの狭い範囲の話で、低音の方は500Ωにまで上昇しています。もちろんインピーダンスが高いということはアンプによる音質依存は低いので、音量さえ十分に出せるアンプであれば問題ありません。

上のグラフだとDT177X GOがかなりフラットな特性に見えてしまうので、下のグラフではDT1770 PROを左軸、DT177X GOを右軸に分けて、大体重なるようにプロットしてみました。

左右軸に分けたグラフ

このグラフを見てわかるように、双方のインピーダンス特性はよく似ているので、同じドライバー設計だということがわかります。ただし中低音の山は若干異なるので、このあたりが音質に影響を与えるのかもしれません。

位相

位相グラフも、低音のインピーダンス山の違いが影響を与えています。全体的に見て、典型的なダイナミック型ヘッドホンという印象ですね。前回見たGradoとかと比べてみると面白いです。

音質とか

今回の試聴では、据え置きシステムのChord Qutest DAC + Violectric V281ヘッドホンアンプと、ポータブルDACアンプのiFi Audio micro iDSD BLで鳴らしてみました。

とくにmicro iDSD BLとDT1770 PROの組み合わせは私が職場オフィスで過去四年間ずっと使ってきて慣れ親しんだ構成です。私にとってほぼ理想に近いヘッドホンなので、あれこれ新作ヘッドホンを買ったり試聴したりしても、必ずこのDT1770 PROに戻ってきてしまうという不思議な安心感があります。

密閉型ヘッドホンの中では、自宅でゆったり聴くならFostex TH610、職場で真面目な作業や雑用に使うならDT1770 PROというのが自分にとっての定番になっています。今回DT177X GOに興味を持ったのも、DT1770 PROをもう一台スペアで買っておく程度の気分で購入しました。

まず32Ω化によって、音量はたしかに上がりました。感覚的にはボリュームノブを二割くらい下げることができます。スマホや古いソニーやAKなど貧弱なDAPなどではこの差は大きいです。

音量を大体合わせて、実際に両者を聴き比べてみると、サウンドの性格はかなり違います。些細な変化ではなく、瞬時に違いがわかるというレベルです。

装着感はヘッドバンドを曲げることでほぼ同じ状態にできましたし、パッドはどちらもベロア素材を選び、双方のパッドを入れ替えてみたりもしました。エージングの可能性もあったので、手に入れてから3週間ほどずっと使い続けてみましたが、印象は大きく変わりません。


PentatoneからSACD・DSDリリースでヤノフスキ指揮フランクフルトRSのウェーバー「魔弾の射手」を聴きました。

同レーベルのワーグナーオペラ集・ブルックナー交響曲集で一躍有名になったヤノフスキなので、その直系の源流ともいうべき作品をリリースしてくれたのは嬉しいです。マタチッチ、ハウシルト、カイルベルトなど東西ともに過去に錚々たる録音が揃っていますが、このアルバムは一味違います。あまりドタバタした演劇っぽさは無く、まるでオラトリオのように粛々と進行していくのですが、歌手陣の実力が凄すぎて圧倒されっぱなしです。

オペラ歌手の何が凄いのかわからない、なんて言う人にはぜひ聴いてもらいたいです。ストーリーもシンプルなので、ネットで対訳でも追いながらじっくり楽しめます。


ECMからEthan Iverson Quartet「Common Practice」を聴いてみました。ピアノトリオにトランペットのTom Harrellをソロに迎えた新譜で、ECMとしては珍しくスタンダード主体のアルバムです。普段は複雑な曲ばかりのHarrellに「あえて」スタンダードをやってもらうというのが新鮮です。もちろんベタなバップとかではなくひねりが効いていますが、ちゃんと追えるほどにはわかりやすい良いアルバムです。



DT1770 PROとDT177X GOを聴き比べて明確に感じるのは、周波数帯域幅が、DT1770 PROは広く、DT177X GOは狭い、という印象です。実際にどの周波数まで出ているかというよりは、両端のどのあたりの帯域が耳に残るかというチューニングの差だと思います。

どちらも密閉型ヘッドホンなのでハウジングの響きはあるものの、DT1770 PROはクセが少なく、可聴帯域全体が安定して鳴ってくれるのが大きな魅力です。一方DT177X GOは明確な「200Hzと4kHzの壁」みたいなものがあり、その中で音楽の力強さや太さを上手く引き出しています。

私はオーディオ・音質マニアなので、高価なアンプでクラシックやジャズなどを聴いてDT1770 PROの方がスッキリしていて良いと思ったのですが、その真逆のケースとして、マニアではない友人にノートパソコン直挿しでポップスをYoutubeで聴いてもらったところ、DT177X GOの方がボリューム感があって断然良いと言われましたので、用途に応じてハッキリと好みが分かれるようです。

ここからはあくまで私のオーディオマニア視点になりますが、DT177X GOで感じる「壁」というのは、そこでバッサリ切られてしまうというのではなく、そのへんで盛り上がって、その先までスムーズに伸びてくれない、という事です。

まず低音側ですが、200Hz付近というと、ちょうどチェロとコントラバスあたりに盛り上がりがあります。パンチが強いというよりは、太く緩く、耳の間近でハウジングからモコッと発せられているような低音です。

ロックのドラムやジャズのベースラインなどでは太い低音がリズム感に貢献してくれますし、騒音下でもしっかり聴き取れるという利点がありますが、逆に弱点としては、常に低音が鳴り続けている感じがして、ダイナミックレンジが狭くなったような感覚になります。つまりスッキリした無音状態が得られません。

ハウジング構造に違いは見受けられないので、ポータブル向けということで、あえてそういうふうにドライバーを調整したのかと想像します。

DT1770 PROの方が低音の量は少ないものの、録音に対してヘッドホンの性能が妨げになっていないので、質感の表現力は高いと思います。ティンパニやコントラバスなど50~200Hzくらい(さらに倍音も含めればもっと高い周波数まで)の広帯域を発する低音楽器であっても楽器としての統一感があるので、オペラやクラシックのような自然な音色や音場展開が求められる状況ではDT1770 PROの方が一枚上手です。ハウジング反響が無いわけではないのですが、もっと地鳴りのような低い帯域なので、空間定位は関係無くなり(波長が10mとかになるので)音楽の妨げになりません。


次に高音の方ですが、DT1770 PROの方が鋭く高解像で良く伸びているように感じられますが、コンプレッションが高い音源では刺さると指摘されます。DT177X GOは4kHzくらいに壁が感じられ、それが音楽全体の印象を丸く厚いものに変えています。

歌声の音域というのは100Hz~1kHzくらいですが、ソプラノあたりの女性歌手は声の成分(フォルマント)の一番強い高次倍音が3-4kHzくらいにあり、DT177X GOではこれが厚く強調されます。つまり声量は大きく力強く聴こえるのですが、その代わりに口に綿を詰めたように発声のクリアさが犠牲になります。一方テノールなど男性歌手の場合は、同じ音程を歌っても倍音が2-3kHzくらいに出るので、これは自然で正しく聴こえます。男性・女性歌手の境界線という極めて重要なポイントに当たるのが致命的です。

DT1770 PROにもこういった高音のクセはもちろんありますが、歌手の倍音よりもずっと高い帯域なので、シンバルやトランペットといった金属的な音だけが目立ちます。(よくベイヤーらしいサウンドと言われる部分です)。

金属音は千差万別なので、あまりクセや違和感は気にならないのですが(プロのドラマーやトランペット奏者なら気になるかもしれませんが)、一方、人間の声というのは我々が普段慣れ親しんだものなので、ちょっとしたクセであっても大きな違和感となってしまいます。


音場の空間展開についてですが、目を閉じて、音像がどこにあるかと想像すると、DT1770 PROは音楽全体が目前の空間に浮かぶような感覚で、一方DT177X GOでは低音は耳の間近から発せられ、中域は眉間の付近、そして高音に向かうにつれて頭上に移動する、まるでハウジングとヘッドバンドから音が鳴っているように聴こえます。もちろん実際に音が鳴るのはドライバーなのですが、どうしてもヘッドホンの存在と切り離せません。

この差は結構重要で、どちらが高音質かというよりも、音楽の聴き方そのものが変わります。DT1770 PROは一歩離れてコンパクトにまとまった音場を眺めるような鑑賞スタイルで、DT177X GOは音楽に包まれる共感スタイルです。まさに名前の「PRO」と「GO」がそのまま現れているように思えます。

たとえば、私ならDT1770 PROでクラシックやジャズを聴いて、観客席からリアルな演奏を眺めるような雰囲気が楽しめるのですが、ロック好きの友人に言わせると、演奏が小さなスペースに圧縮されているようだと不満があり、この場合DT177X GOの方が相性が良いです。

ちなみに、この空間展開の違いというのは、たとえばDT770やT70など、他のベイヤーヘッドホンでも、250Ω・32Ωバージョンの違いとして現れるポイントなので、多分ベイヤーのドライバー設計においてインピーダンスの影響を受けやすい要素なのかもしれません。

32ΩのT5p 2nd Gen

ベイヤーダイナミックの32Ωヘッドホンというと、10万円のT5p 2nd Genと4万円のT70p(生産終了)が思い浮かびます。どちらもDT177X GOと同じ102dB/mWなので、鳴らしやすさも同じくらいです。

他にも、1万円台のDT770やCustom Oneがありますが、これらはTelsa以前の古いドライバーを搭載しているため、価格相応というか、明確な差を感じます。

DT770でも解像感や帯域の広さは優秀なのですが、音の輪郭が粗っぽく、ずっと聴いていると、だんだん音色の質感が「物足りない」という気分になってしまいます。価格を考えると他に良いヘッドホンもあまり思い浮かびませんが、価格に対する費用対効果みたいなものはこの価格帯が一番大きい(つまりもうちょっと上を目指す価値がある)と思います。10万円に近づくにつれて、だんだん差が縮んできます。

初代Teslaの金属フレーム

T5p 2ndとT70pは初代Teslaドライバーなので、振動板を支えるフレームがDT177X GOのような青いプラスチックではなく重厚な金属で作られおり、他にも細かい変化はあるかもしれませんが、初代Teslaヘッドホンは総じて高音が派手で刺激的すぎる傾向がよく指摘されます。

特にT70pは音が硬く尖っていて、聴き疲れしやすいということで、ベイヤーファンの私も購入しませんでした。アタック部分の分析力は非常に高かったので、特定のモニター用途には好評でしたが、音楽鑑賞用の汎用性としてはDT177X GOの方が優秀だと思います。

T5p 2ndのバッフルと傾斜配置

T5p 2ndはドライバーを前方から耳に向けて傾斜させることで、密閉型ながら見事な立体空間を生み出しています。さらに傾斜のおかげで音が鼓膜に直接ではなく外耳でワンクッション置く事で、Teslaドライバーの鋭さはそのままに、刺激を低減しています。

さすがに高価なだけあってサウンドもワンランク上で、ベイヤーダイナミックらしいシャープな高音とハウジングのフワッとした響きを上手く融合して、音色が後光で輝いているような色艶が生まれます。ハウジングによる味付けが強いヘッドホンなのですが、その完成度が非常に高いため、ポータブルといっても自宅メインで優れた演奏をじっくり聴き込みたい人には、DT177X GOよりもこちらの方がおすすめです。

そんなわけで、やはり、1万円台のDT770・Custom One、4万円のDT177X GO、10万円のT5p 2ndという三段階には説得力があります。

ゼンハイザーなど海外メーカー勢はこぞって開放型ヘッドホンにばかり重点を置いており、密閉型の需要があるのは家が狭い家庭事情がある日本メーカーくらいだ、なんてよく言われますが、ベイヤーダイナミックだけはずっと開放型と密閉型を対等な立場に置いて進化に取り組んでいます。

おわりに

Massdropの企画は面白いものが多いので、つい予約購入に手を出してしまいがちですが、いざ商品が届くと我に返って「もう似たようなの持ってるし・・・」「実際これ使うのか・・?」と冷静に考えなおしてしまうことが多いです。安いものならネタで済みますが、かなり高価なアイテムもあり、とくに高級モデルの廉価版というのは、必ずなにかしら劣る部分が気になってくるものなので、コストパフォーマンスの高さだけに目が眩むと後悔しがちです。

それを踏まえた上で、今回のDT177X GOヘッドホンは、正規版DT1770 PROとは全く別物のサウンドと言ってよいので、単純な廉価版として持て余すことはなさそうです。32Ωになって音量は出しやすくなったので、バランスケーブル対応はそこまで必須というわけではありませんが、興味を惹く面白いアイデアだと思います。

装着感の悪さに関しては個人差がありますし、このモデルのみの問題ではないので、今後ヒンジ部品を見直してもらいたいです。今回は金属ハンガーを無理やり曲げることで対策しました。

サウンドチューニングは「GO」という名前の通りのポータブル向け仕様で、中低音の力強さや、高音の尖りを抑えて中域に厚みを出す感じなど、騒音下でもカジュアルに音楽を楽しめるように作り変えられています。DT1770 PROと全く同じ音を求めている人は避けたほうが良いですが、そうでなければ使い勝手の良いヘッドホンです。




唐突な商品ネーミングに困惑してます・・・

ところでベイヤーダイナミックといえば、ここ数年はあまりコアなオーディオマニア向けのハイエンドモデルは出しておらず、その代わりに、ブランドイメージを一新して(メーカーロゴも変わりました)、LagoonやByrdシリーズなどカジュアル向けの低価格モデルを続々発売しています。(USBアンプとヘッドホンのセットもなんだか不思議なネーミングで戸惑ってます)。

カジュアルモデルも商品自体は悪くないのですが、サウンドは中低域と音圧重視のありふれたチューニングなので、率直な意見としては「別に他のメーカーでもいいかな」と思う無難なモデルが多いです。DT1770 PROに対するDT177X GOのサウンドも、その傾向があります。

とくに個人的に好きなDT1770 PRO・T5p 2ndを聴いていると、どちらも「録音が高音質であるほど性能を発揮する」ように設計されているのに対して、今回のDT177X GOというのは、なんとなくそれ以外の人の手が入ったというか、長所を潰してでも低音質録音で不満が出ないよう再調整したイメージが浮かびます。

カジュアル路線でメーカーとして成長するのは良いことですが、ここ数年FocalやMrSpeakersなどの台頭で盛り上がっていたハイエンドヘッドホン市場で、肝心のベイヤーダイナミックはずいぶん静かだったので、次に出るハイエンドモデルは一体どんな音に仕上げてくるのだろうと、個人的に気になってしかたがありません。