2019年10月1日火曜日

ビンテージヘッドホンの魅力

このブログは新製品の試聴がメインなのですが、今回はいくつか古いヘッドホンを紹介しようと思います。

古くても良いヘッドホンはたくさんあります

ヘッドホンを趣味とすることの良いところは、少しくらい古くなった機種でも十分現役で楽しめることです。型落ちモデルはすぐに淘汰されてしまうパソコンやスマホなどのハイテクガジェットと一味違うところで、趣味性を高めていると思います。

もちろん技術の粋を詰め込んだ最新機種も素晴らしいですが、古いモデルも意外とあなどれないということで、現代の目線であらためて聴き直してみました。


ビンテージヘッドホン

私は多方面でオーディオ関係のイベントや、自作オーディオの集いみたいなものに参加しており、やはり最新ニュースや業界の情報などはそういった機会に遭遇することが多いので、一人で自宅でずっとネットレビューを読んでいるよりも、趣味として有意義に感じます。

ヘッドホンマニアというのはカメラコレクターとかと一緒で、生涯ずっと一台と連れ添うというよりは、買い換え買い足しも趣味の一環という人が多いです。しかも古いモデルであっても単純に優劣の物差しでは測れないため、処分せずに溜め込んでしまいます。スピーカーなどと違って、サイズが小さいので場所をとらないというトラップもあります。

私も例に漏れず、大小合わせて60台くらいを押入れにしまってあるのですが、そういうのはイベントや仲間内で物々交換したりとか、タダであげたりもらったりということも、けっこう多いです。

今回紹介するヘッドホンも、イベントなどで知り合いが「君はこういうの好きだろうから」と持ってきてくれて頂いたものが多いです。自分では進んで買わないけれど、いざ聴いてみると案外良かったとか、中古でもなかなか見かけないモデルなど、ヘッドホンオーディオの歴史と奥深さを再認識できます。


冒頭の写真にあるAKG K340はそんなビンテージヘッドホンの象徴ともいうべきモデルです。今回はあえて深く紹介しませんが、1979年発売なので、もう40年前のモデルでありながら、未だにパッドの互換性があるなど、古さを感じさせません。

一見普通のヘッドホンですが、中身はダイナミックドライバー+静電型(エレクトレットコンデンサー)ドライバーという奇抜なハイブリッド構成で、クロスオーバー回路や、平面駆動へ近づけるためのパッシブラジエーターなんかも搭載されています。しかもインピーダンスは400Ω、能率は88dB/mWと極端に鳴らしにくく、最近になって強力なヘッドホンアンプが登場することによって、ようやくその真価を発揮できるようになったという、いわくつきのヘッドホンです。コンデンサーマイクの老舗AKGだから可能だった実証機みたいなもので、現在同じような事をやっているメーカーはいないと思うので、実に面白いです。

これは極端な例でしたが、では一体どんな音がするのだろうと非常に気になりますし、部屋のセッティングとかを気にせずに、それをすぐ試せるのがヘッドホンオーディオの素晴らしいところです。

ベイヤーダイナミック DT531

まずはベイヤーダイナミックのヘッドホン「DT531」です。いつ発売されたのかは不明ですが、公式サイトの歴史表によると、1995年にフランスのオーディオ雑誌で金賞を受賞したなんて書いてあるので、少なくとも20年以上前のヘッドホンです。

Beyerdynamic DT531

今とあまり変わりませんね

デザインはレトロですが、そもそも現行ベイヤー製品も(DT990 PROとか)古臭いデザインなので、違和感はありません。今でも地方の楽器店とかに行けば売ってそうですね。

このDT531は当時のラインナップの中でも中級クラスの家庭リスニングヘッドホンという位置づけだったらしく、スタジオプロフェッショナルモデルとは一味違うチューニングということです。現在でいうところのAMIRON HOMEのポジションですかね。当時も今も、ちゃんとMADE IN GERMANYです。

このイヤーパッドは凄いです

注目すべきはイヤーパッドです。サイズや形状は現在のベイヤーヘッドホンと同じなのですが、表面がモコモコしたタオル素材で、実にユニークです。茶色っぽいゴールドの色合いも、その手触りも、百貨店で売っている高級ドイツ製テディベア人形なんかを連想します。

このイヤーパッドが凄いのは、20年近く経った今でも、クッション性や肌触りが大変良好で、毛の抜け落ちや縫製の破れも一切ありません。中古でそのまま使うのは嫌なので、温水に浸けて洗剤で洗ってみたところ、綺麗に汚れが落ちてピカピカの輝きを取り戻しました。高価なバスタオルに優しく包まれているような装着感で、とても快適です。

ケーブルは当時のままで、3.5mmコネクターのみ交換しました

ケーブルは左右両出しで、この時代なのでもちろん着脱は不可能ですが、細くで柔らかい線材はとても扱いやすいです。こういうのはあえて派手な太い線材に交換するよりも、オリジナルのままで楽しむのも良いと思います。唯一、オリジナルの3.5mm端子が接触不良で音が途切れることがあったので、新しいものに交換しました。

前から見ると、ものすごくスリムです

ヘッドバンドは薄手のビニール製ハンモックをカチカチと調整するタイプです。最初期のDT880とかも、現在のデザインに変更されるまではこの形状でした。

現行モデルのメタルハンガーのほうが剛性が高いですが、この古いタイプのほうが軽量なので、このままでも良かったのでは、なんて思います。分解交換も手軽ですし、素材選びが優秀なのか、経年劣化も見られません。

分解手順

イヤーパッドを外すと、ドライバーは現在のベイヤー同様プラスチック外枠のはめ込みタイプなので、外周を工具で持ち上げればパチパチと外れます(私はギターピックを使いました)。ドライバーの前には薄い和紙のようなものが貼ってあり、その周辺は白いコーヒーフィルター紙みたいな素材です。このへんも現行のDT880などとほとんど変わっていません。

ドライバーの前面に黒いスポンジが挟んであったのですが、経年劣化でボロボロに朽ち果てていたので、分解後に丁寧にブラシと掃除機で除去して、AKG K240シリーズ用交換パッドに付属していたスポンジに取り替えました。(写真ではすでに交換した後です)。

ドライバーハウジングの裏側

ドライバーはテスラ以前のベイヤーらしいデザインで、ケーブルは直にハンダ付けされています。ケーブル交換は容易そうですが、これに限らずベイヤーのドライバーコイルは熱に弱いので、ハンダ作業は注意が必要です。

ドライバーの後ろには黄色いスポンジが詰め込まれており、開放型というよりセミオープンっぽいチューニングに仕上げているようです。このスポンジは劣化していませんでしたので、交換せずそのまま使っています。

このヘッドホンの音質ですが、初めて聴いたときは本当に衝撃的でした。

古いベイヤーといえば、DT990みたいに硬質でシャリシャリしたキンキンサウンドを想像していたのですが、全くの真逆で、中域重視のカマボコ型特性で、非常にマイルドで聴きやすいサウンドです。どんな音楽でもホンワカ暖かく、優しく包み込んでくれるような音色です。密閉型のような篭りも無く、あくまで自然でリラックスした雰囲気を提供してくれます。

実はこのDT531というヘッドホンは、ネット検索すると「Groovalizer」という愛称がついており(非公式だと思いますが)、現在でも愛好家が多いということがわかりました。その名の通り、どんな音楽もグルーブ感を引き出してくれるので、いわゆるベイヤーっぽい堅苦しいイメージとは正反対です。

もちろん現在の高級ヘッドホンと比較すると、細部の解像度や楽器ごとの定位の分離なんかは劣っており、全体が平面的に鳴っている感じなのですが、それも無駄な混乱を避けてノリの良い音楽鑑賞を提供してくれます。相当な数が作られたようで、中古品も多いヘッドホンなので、見かけたらぜひ手にしてみてください。素材が劣化しにくいようなので、ドライバーさえ生きていれば、あとは手軽にクリーニングで補修できます。

ソニーMDR-SA5000

次に紹介するのはソニーの開放型ヘッドホン「MDR-SA5000」です。2004年発売で、2014年頃まで普通に売っていたので、見たことがある人も多いでしょう。発売価格は74,000円で、最後の方では3万円くらいで買えました。

SONY MDR-SA5000

当時のソニーらしいハイテク軽量設計です

ソニーファンなら「SA」というモデル名から想像できると思いますが、2000年代初頭にソニーがSACD(スーパーオーディオCD)を発表した際、「100kHzまで再生できる」というわけのわからないセールスポイントを掲げていたので、それでは既存のヘッドホンではポテンシャルが活かしきれないという名目で、SACD対応を堂々掲げて登場した製品群の一つです。

SACDのダイナミックレンジと超高帯域を味わうにはスピーカーよりもむしろヘッドホンの方が適しているという主張もありました。SACDは「CDを超える高音質」という意味で、ハイレゾ音源の原点とも言える試みだったので、この当時ハイレゾとヘッドホンオーディオという二つのキーワードのどちらも時代を先取りしていたソニーにはつくづく感心します。

Qualia 010

MDR-SA5000が注目に値するヘッドホンである最大の理由が、これは同時期にソニーが発売した超弩級ヘッドホン「Qualia 010 (MDR1)」の廉価版だからです。

今となっては「Qualia」の名前を知っている人は少ないと思いますが、2000年頃、ソニーは家電メーカーのイメージ脱却を図るべく、Qualiaという別ブランドを立ち上げました。特定のジャンルにこだわらず、テレビやオーディオ、デジタルカメラなど、当時ソニーの技術の粋を注ぎ込んた意欲的なモデルを、一流産業デザイナーの手によりコスト度外視で仕上げたプレミアムシリーズです。ネットで「Sony Qualia」と検索すれば面白い商品が色々と見られます。

いわゆるファッションコレクションの販売スタイルと、B&Oっぽいデザイナー家電を融合させたブランドです。コンセプト自体は悪くなかったのですが、バブル経済も終わり、世間はパソコン主体のIT化の波も進んでいたことで、成金趣味のボッタクリ商品というイメージもつきまとい、長続きはしませんでした。

結局Qualia失敗の最大の理由は、テレビやカメラなどのハイテクガジェットはシーズンごとに技術進歩があり、どんなに高価なモデルを買っても三ヶ月後にはすでに時代遅れというものなので、万年筆や腕時計と違って、後生大事にするような逸品には成り得ないことです。さらにソニーの強みであるハイテクは少量バッチ生産には向いておらず、不具合や設計不足の問題もよく話題になりました。

そんなQualiaの中で唯一と言ってもいい伝説の銘機になったのが、ヘッドホン「Qualia 010」です。2004年発売で価格は26万円と、当時としてはとんでもない高価です。

ちなみにソニーは1980年代にすでに36万円の密閉型ヘッドホンMDR-R10を発売しているので、近頃のヘッドホン業界はインフレしてけしからん、なんて言ってられませんね。

上の写真を見比べてみても、Qualia 010のデザインはMDR-SA5000とそっくりだということがわかります。高嶺の花だったQualia 010の廉価版ということで大いに喜ばれました。さすがの私でもQualia 010の現物は持っていないので、大昔に聴いた記憶があるのみです。

ヘッドバンド調整

実際Qualia 010の方はユーザーの寸法に合わせたオーダーメイド品だったので、中古で出回るようなものでもありません。MDR-SA5000は新規設計の調整可能ヘッドバンドや、本革イヤーパッドを合皮にするなど、汎用機として簡素化されたのみで、外観はほぼそっくりなので、ずいぶんお買い得感がありました。

イヤーパッドとケーブルは社外品に交換してあります

今回私が聴いた個体は、ケーブルが以前断線したとかで、社外品に交換してありました。その状態で長い間死蔵していたものを手に入れたので、かなり酷い状態でした。

オリジナルのイヤーパッド

まずイヤーパッドは完全にボロボロに劣化しており、装着すらできません。結局のところ合皮が嫌がられる最大の理由は、肌触りや質感が悪いからではなく、「10年後、一体どうなっているのか予測できない」ということだと思います。紫外線や酸性の汗など、様々な原因で壊滅的に劣化します。

本革が好まれるのは単なる高級志向なのではなく、長持ちするということが、人類の数千年に及ぶ歴史が実証しています。

一番困ったのは、イヤーパッドからボロボロ崩れ落ちた黒い合皮の粉がドライバー部分に混入しており、最悪ドライバーの破損にもつながってしまいます。この場合イヤーパッドは真っ先に捨てて、掃除機にゴムチューブを付けたもので粉を丁寧に除去しました。

アルコールワイプなんかを使うと劣化した合皮の成分が溶け出してベタベタな状態になってしまうので、できるだけ乾燥状態でクリーニングします。最後にクリーナーで全体を拭いたら、布が茶色になってしまったので、多分喫煙者が使っていたのでしょう。目に見えない汚れがここまで付着しているかと驚きました。

AKG用イヤーパッド

イヤーパッドは純正品を手に入れてもどうせ劣化するので、ベイヤーダイナミック・AKG汎用のベロアパッドを使いました。ちなみにパッドに付属していたスポンジディスクは不要ですが、先程のベイヤーダイナミックDT531で使ったので、一石二鳥です。

ドライバー

MDR-SA5000はハウジングが前方に傾斜していますが、これはイヤーパッドではなく、その下のフレーム自体で前後の厚みを変えているので、前後対称のドーナツ型のパッドでもちゃんと傾斜してくれます。もちろん純正と比べると音が変わってしまうという指摘はありますが、そこまでこだわるほどでもないですし、ベロアパッドも悪くないです。

MDR-SA5000とHD800

本体デザインを横から見ると、なんだかゼンハイザーHD800とよく似ていると思いませんか?

ハウジングのドライバー配置や周囲グリルのレイアウト、ケーブル導入部分など、コンセプトは明らかに共通しています。HD800はMDR-SA5000をパクったというわけではありませんが、HD800発売の5年前にはすでにこんなデザインがあったことは凄いと思います。

幅広いヘッドバンド

ヘッドバンドはとても幅が広いナイロンメッシュ製です。頭部の圧迫はゼロで、側圧というかイヤーパッドの輪郭でホールドしているような感じです。装着感は良好なのですが、これだと髪型が潰れてしまうという問題はあります。

MDR-SA5000最大の問題としてよく指摘されるのは、ヘッドバンドの調整幅が異常に狭いことです。最大に伸ばしてもまだ足りず、頭が大きい人だとドライバーが耳まで届きません。フィリップスX1とかもそうでしたが、せっかくの設計が台無しです。こればかりはデザインミスなのでどうにも出来ません。

BLACK DRAGONケーブル

前のオーナーによってケーブルが社外品に交換してありますが、着脱コネクターは無いので、本体を分解してドライバーに直付けしたようです。

米国MOON AUDIOのBLACK DRAGONケーブルを選んでいるのもセンスが良いです。MDR-SA5000はケーブルがボトルネックだと指摘されていたので、本体購入後まず真っ先に社外品ケーブルに交換した人は多かったようです。


MDR-SA5000のサウンドは、たしかに開放型ヘッドホンとして音抜けの良さや圧迫感の少なさは優秀なのですが、高域がかなり目立ちます。アンチソニーの人が言う1990年代当時の「ソニーっぽい」音というのは、たぶんこれだろうなと納得できるような、独特のサウンドチューニングです。

ハッキリ言うと、個人的には、今の時代にわざわざこのヘッドホンを買い求める必要は無いと思いました。他にもっと安くて優れたヘッドホンは色々手に入りますし、とくに現行のソニーヘッドホンは何倍も優れていると思います。

MDR-SA5000の高音はキンキン・ギラギラ響くというのではなく、とにかくドライで、アタックが硬質です。金属的な付帯音ではなく、フラットなヘッドホンを意図的にイコライザーで高域を持ち上げたような感じだと思います。

悪い音なのかというとそうではなく、とにかく個性的で、我が道を行くといった独特の音作りです。

MDR-SA5000はソニーがSACDをプッシュしていた時代のヘッドホンだと言いましたが、なるほどなと思えるチューニングです。必要以上に高域が尖って目立つのは、多分SACDの「100kHz」という魔法の数字を強調したかったのかもしれません。

これが長年続くソニーの悪い癖というか、多角経営のデメリットを絵に描いたような例だと思います。ソニーのショウルームで、あまりオーディオに精通していないお金持ちのお父さんが試聴したら「今まで聴こえなかった音が全部聴こえる」なんて喜ぶと思います。

もうちょっとソニーファンとして踏み込んだ感想を言うと、私自身はこのヘッドホンと同世代のソニーを代表するオーディオシステム(SACDプレイヤーSCD-777ESとアンプTA-FA777ES)が大好きで、まだ後生大事に持っているのですが、これらのサウンドは実はかなり重厚で太いです。「SACDは100kHzが」などではなく、空間や音色がCDよりも自然で豊かだということをしっかりと伝えてくれます。つまり、ソニーの中でも当時の据え置きハイエンドオーディオを開発していた部門は、下世話なプロモーションとは別の次元で、SACDの良さを尊重した優れたオーディオ機器を開発していたと思っています。

そんな2004年の温厚なソニーオーディオシステムにヘッドホンを追加するとなると、MDR-SA5000は絶好のコンビネーションになってくれます。(当時はヘッドホンアンプなんかではなく、スピーカーアンプのヘッドホンジャックが高音質だとされていました)。

音色の濃さはプレイヤーとアンプで十分に出せており、そこに当時のヘッドホンではまだまだ難しかった立体空間の広さをMDR-SA5000が作り上げてくれます。そんな相乗効果は、ソニーのワンメイクでフルシステムを揃えるメリットを体現したような製品群でした。

それから数年後、アンプの空間広さはS-MASTER式アンプが登場してからぐんぐん良くなっており、その技術が現在の高級ウォークマンにつながっており、そうなると、もはやMDR-SA5000のようなサウンドのヘッドホンは不要になり、逆にMDR-Z1Rのように温厚な音が望まれる、という時代ごとの組み合わせの相性がというものがあるように思えてきます。

なにはともあれ、MDR-SA5000は活気があった当時のソニーを象徴する、歴史の1ページみたいなヘッドホンです。

ちなみに現在のソニー最上級ヘッドホンは密閉型のMDR-Z1Rですが、過去にソニーは密閉型MDR-R10、開放型Qualia 010という順番でハイエンドヘッドホンを出しています。もし現在のソニーが新たな真剣勝負の開放型ヘッドホンを開発したら、一体どんな音になるのか、そんな期待を心に秘めています。

Grado HF1

最後に紹介するのはGradoの開放型ヘッドホン「HF1」です。2005年に登場した限定モデルで、一見普通のGradoヘッドホンですが、実は密かにユニークな構造です。

Grado HF1

プラスチックハウジングとウッドバッジ

このHF1というモデルは、Gradoヘッドホン初の限定モデルとして、公式サイトの年表でも一番最初に載っています。

https://gradolabs.com/headphones/limited-editions

サイトを見るとわかるように、その後Gradoは多くの限定・別注モデルを作っていますが、そのほとんどがコラボレーションや記念品などのデザイン変更のみなので、オーディオマニア的にはこのHF1が一番記憶に残っているモデルだと思います。

HF1の「HF」とは、Head-Fiの略で、ヘッドホンオーディオの世界最大手ネット掲示板に由来します。つまりHead-Fiに書き込んでいるマニアのために、掲示板のみで発表された、限定受注生産品というわけです。

ちなみに「HF1」と「HF-1」のどちらが正しいのかわかりません。Grado自体がその辺については無頓着で、公式サイトではHF1なのに本体ラベルはHF-1だったり、他のSRやRSシリーズなども、ハイフン有り無しが混同していますので、気にするだけ時間の無駄です。

薄型ハウジングにLパッドです

外観は当時のSR-225などと同じ、薄型ハウジングにLパッド(中型サイズ)を装着したデザインですが、グリルの中心に木製のバッジが接着してあります。

SRシリーズは第二世代のSR-225iなど「i」シリーズになってからハウジングが厚く突き出した(斜めに面取りされている)形状に変わりましたが、このHF-1はそれ以前の初代デザインを踏襲していることになります。

中身はウッドハウジングです

外観だけ見ると、SR-225に木製バッジがついただけのように思えるのですが、イヤーパッドを外してみると、実は内側はRS-1など上級モデルと同じマホガニー木材を使っている事がわかります。木製バッジはそれを密かに示しているわけですね。

つまりこのHF-1というのは、マニア向けの限定モデルとして、外観は一見プラスチックなのに、中身は高級モデルRSシリーズのウッドハウジングというユーモアのあるアイデアでした。

単なる限定カラーとかではなく、音質も独特なものになることは確実なので、ヘッドホンマニアとして大変興味がわくモデルだったと思います。

私は2005年当時はまだHead-Fi掲示板とかには全然興味が無かった頃なので(当時はバイト貯金でAKG K240を買って喜んでいた頃です)、当時購入したわけではなく、最近になって友人から譲り受けた物です。

Gradoらしい組み立てクオリティ

構造的にはRS-1のような木製ハウジングにプラスチックのカバーを取り付けただけなので、Gradoを見慣れている人であれば物珍しさもありません。

Gradoを知らない人ならば、ドライバーを組み付けてあるボンドの大雑把さに驚くかもしれません。

イヤーパッドは砂のようになってました

これを譲り受けた時には当時のままのイヤーパッドがついていたわけですが、触るとパラパラと風化してしまいました。取り急ぎ掃除機で綺麗にして、ハウジングに付着した部分も除去しました(ベタベタになってました)。

幸いイヤーパッド自体は現在の「Lタイプ」パッドと同じなので、せっかくなので新品を取り付けました。

ちなみにGradoのパッドは、値段が安い順から、SR-60、80、125が薄手スポンジオンイヤー「Sタイプ」、今回のHF1やSR-225、325以上はドーナッツ型「Lタイプ」、さらにGS1000・PS1000などハイエンドモデルはアラウンドイヤー「Gタイプ」という名称です。どれも互換性があるので、色々と入れ替えて聴き比べる楽しさもあります。

ちなみに純正品は5000円くらいと、ただのスポンジにしては法外に高いのですが、硬さが違う三層構造だったり結構凝っている作りです。安物の模造品を使うと音が変わってしまいます。

ところで、このHF-1は10年ほどほぼ使われていなかったと思われますが、それでもイヤーパッドが粉々に風化してしまっているので、もし古いGradoを押し入れの奥にしまっている人がいましたら、本体へのダメージを避けるためにも、定期的にパッドのチェックをするか、もしくは外した状態で保存しておくのが良いと思います。

ちなみにパッケージに使われている(ヘッドホンの形にくり抜かれた)スポンジ枠は劣化していませんでした。このHF-1のパッケージはその当時のSRシリーズと同じタイプですが、裏側にマジックでJohn Gradoのサイン入りでした。全部がそうだったかは不明です。

細いタイプのケーブル

PS500とのケーブル太さ比較

ケーブルは細いタイプで、6.35mm端子です。最近のラインナップは3.5mmになっていますが、Gradoはやっぱり大型アンプで駆動したいので、6.35mmの方がしっくりきます。

HF-1とPS500

ところで、上の写真ではPS500というモデルと並べていますが、こちらは外側がアルミで、中側はHF-1と同じようにウッドハウジングになっているハイブリッド構造です。コレについてはちょっとしたエピソードがあります。

GradoはHF-1ヘッドホンが好評だったため、次に第二弾としてHF-2というモデルをHead-Fi掲示板限定で販売することにしました。

HF-1はRSシリーズのウッドとSRシリーズのプラスチックを融合させたハイブリッドデザインだったわけですが、その後Gradoは大型ハウジングでアルミとウッドを組み合わせたPS1000というハイエンドモデルをリリースしています。

PS1000とSR325

(ちなみにGradoでたぶん一番有名な(悪名高い?)SR-325というヘッドホンがありますが、あれはアルミとプラスチックのハイブリッドです)。

そういうわけで、PS1000のようなアルミとウッドの組み合わせを、より低価格なコンパクトサイズで提供しようという「ミニPS1000」とも言うべきモデルがHF-2でした。

HF-2

ところがこのHF-2ですが、実際の商品がユーザーの手元に届いたところ、アルミハウジングに刻印されたロゴが「Head-Fi」ではなく「Head-F1」になっていると判明しました。アルミ部品を外注した際にちゃんとチェックしなかったため製造ミスだということですが、せっかくのHead-Fi限定なのに、肝心なところが台無しです。いまさらリコールで作り直しというわけにもいかず、今となっては気楽なGradoを象徴するような笑い話になっています。

それでもGrado HF-2のサウンド自体は好評だったため、ぜひ限定ではなく通常ラインナップに入れてくれという事で、その結果登場したのが「PS500」というモデルです。

私はそのPS500を持っているので、わざわざコレクターとしてHF-2を手に入れようという意欲は湧きませんでした。(所有者によると、サウンドは同じだそうです)。

ちなみに最近HF-3というモデルが出ましたが、ある程度鳴らし込みが済んだらまたレビューしようと思います。


話を戻して、肝心のHF-1のサウンドですが、これがかなり素晴らしいです。Gradoらしからぬ温厚系で、柔らかくマイルドな澄んだ音色を奏でます。開放的で風通しが良く、素朴な音楽が語りかけてくるような、不思議なアナログ感があります。全然キンキンしておらず、むしろAKGなどに近いというか、KOSS Porta Proが進化したようなサウンドなんて言いたくなります。

とくにGradoが嫌いだというヘッドホンマニアに聴かせて反応を伺うのが楽しいです。皆必ず口を揃えて「こんな音がするGradoは聴いたことがない」と驚きます。

単純に言えばGradoから高域がマイルドにロールオフされたサウンドです。これは数年間にわたる鳴らし込みや経年劣化(エージング)によるものなのか、もしくは初期のドライバーユニットの特性なのか、それとも何か特別な魔法がかかっているのかはわかりません。少なくとも私が2009年に新品で買ったRS-1iはまだこんな音はしません。

そもそもGradoはデザイン自体が古臭いので、型落ちの中古品を買う抵抗感みたいなものは薄いです。グレードの分類と値段も明確でわかりやすいので、なにか興味を惹くモデルが見つかれば手を出してみて損はないと思います。

ネットで見つけたGradoぴったりのケース

余談になりますが、自分のGradoヘッドホンコレクションが増えるにつれて、なにか手頃に収納できるケースがないかと探していたのですが、ようやく満足できるものが見つかりました。

デンマークRAACO社のASSORTER 55 4×4-0というやつで、ネットで1000円弱くらいでした。LEGOで有名なデンマークなだけあってプラスチック産業が強いらしく、その中でもRAACOはかなりメジャーなブランドです(よく見たら私の工具箱もRAACOでしたし、ICチップとかを収納している静電気防止RAACOSTATケースも同じメーカーでした)。

ちょうど良いサイズで、積み重ねができます

RSシリーズでもウッドハウジングがフタに接触しない絶妙な厚さで、ケーブルも潰れず、ヘッドバンドのテンションで固定されるような感じです。ついでにシリカゲルも入れておきました。このメーカーのプラスチックケースはデンマーク製でかなりしっかりしているのに軽量で、しかも安いので、自分のGradoは全部これに入れる事にしました。100均とかの安いプラスチックケースと比べると、クオリティの高さに感動します。GS1000などの大型は入りませんが、それに合うケースもこのメーカーならありそうです。

おわりに

今回は三つの変わり種ヘッドホンを紹介しました。なにがビンテージと呼ぶにふさわしいのか、もしくは単なる古臭い粗大ゴミか、という境界線は主観で決めることなので、定義は難しいです。1950年のホーンスピーカーや真空管じゃないとビンテージと呼ぶのにふさわしくないなんて言う人もいると思いますし、さらに遡って、蓄音機こそが音楽の真髄というマニアもいるでしょう。

古いヘッドホンというのは、他のオーディオ製品と比べると、そこまでコレクター需要も無いですし、買い取り側も相場が決まっているわけでもありませんので、リサイクルショップや中古楽器店などで思わぬ発見があるかもしれません。

もちろん定番みたいなものはいくつかあり、たとえば、あまりにもベタなので紹介しませんでしたが、初期のドイツ製ゼンハイザーHD25なんかはビンテージヘッドホンの代名詞として専門コレクターがいるくらいです。それ以外でも、たとえばごく最近のモデルでも、メーカー渾身の力作だったのに、リリースのタイミングが悪く、売上は鳴かず飛ばずだった、なんて隠れた銘機も存在するのかもしれません。最新モデルばかりではなく、そういうのを発掘するのも面白い趣味だと思います。

もしかしたら現在のハイエンドヘッドホンも、ちゃんと大事に使っていれば、また20年後には「幻の初期型を徹底検証」とかオーディオ雑誌で紹介されて、ネジの色とかケーブルの刻印とかで、レトロマニアを騒がせる日が来るのかもしれません。

今回とくに気付かされたのは材料工学と設計思想の重要性です。20年を経て、朽ち果てる素材と、新品同様の輝きを保っている素材の差が明確になり、その辺もビンテージとしての価値があるかどうかに影響するようです。

とくに誰が使ったかわからない中古品というのはやはり気持ち悪いので、私の場合は最低限きれいに掃除できて、イヤーパッドがまだ購入できる、もしくは代用品が手に入ることは大事です。

サビやメッキ剥がれ、紫外線や汗のダメージ、ストレスクラックなど、経年劣化は5年、10年の歳月が過ぎないとわかりません。メーカーが良かれと思って採用した最新の合成皮革でも、5年後に取り出してみたらボロボロに風化していたというのは悲しいです。材料選びというのは、そのまま売上には結びつかないかもしれませんが、メーカーの開発者が誇りを持って仕事に取り組んでいるかどうがが伝わってきます。

目先のデザインやコスト削減だけではなく、しっかり10年、20年先を見越したヘッドホンデザインであれば良いですし、また、そういった設計概念をサポートしてくれるような企業であって欲しいです。今回の例を見ればわかるように、そういった企業が長期的なファンを生み出すのだと思います。