2019年10月16日水曜日

Grado HF3 & Grado White ヘッドホンのレビュー

Gradoの新作ヘッドホン「HF3」と「The White Headphone」を買ったので、感想とかを書いておきます。

Grado HF3 & The White Headphone

どちらも通常ラインナップとは一味違う期間限定の特別モデルです。HF3はHead-Fi掲示板とのコラボレーション三作目で、Whiteは一見してわかるように某アルバムの50周年トリビュートと、それぞれ趣の異なるリリースです。

最近Gradoは多方面でかなり精力的に頑張っているようなので、ファンとしては気になって両方買ってしまいました。


Grado

米国の老舗オーディオメーカーGradoは1953年創業なので、2018年で65周年を迎えましたが、ヘッドホンも1991年から作っているので、もうすぐ30周年です。開放感あふれるシンプルな構造が有名で、クセは強いですが、ヘッドホンマニアにとって特別な地位のあるメーカーです。

12,000円で買えるSR60eから、37万円のフラッグシップPS2000eまで、15種類以上のモデルがありますが、どれも基本はダイナミックドライバーに円筒形開放ハウジング、スポンジイヤーパッド、という潔い構成です。

ドライバー、ハウジング、ヘッドバンドなどの全体的なコンセプトは一貫して共通しており、それらコンポーネントを段階的に高品位化していくことでランクアップしていきます。

価格を問わずサウンドの方向性に筋が通っているため、一番安いモデルでも明らかにGradoのサウンドであり、自分の予算や用途に合わせてモデルが選びやすく、またアップグレードの道筋もハッキリしているため散財もしやすい危険なメーカーです。

Gradoのレコードカートリッジ

私にとってGradoといえば、Shureと同様に、まずレコード針(カートリッジ)のメーカーです。とくにGradoのモノラル用カートリッジは素晴らしいので、もう10年以上ずっと使い続けています。

Gradoのヘッドホンといえば、大昔に初めてアメリカ旅行に行った時、記念になにか「アメリカ的な」ものを買って帰ろうと、たしかヴァージンメガストアとかでSR225を買ったのを覚えています。

当時は「なんだかよくわからないけど、とにかく凄いヘッドホンらしい」という漠然とした知識しかありませんでしたが、それまで聴いていた日本やドイツのヘッドホンと全然違うサウンドに驚いた記憶があります。

今となっては、私も素人なりに色々なヘッドホンを聴いてきたものの、未だにGradoヘッドホンだけは「なんだかよくわからないけど、とにかく凄い」というイメージのまま変わりません。毎回買うたびに「なんで買ってしまうんだろう」と思いながら、ついつい試聴に手を出してしまいます。Gradoファンというのは、掛け軸や陶磁器を買い集める骨董マニアと同じで、周囲に理解されなくとも「これは良いものなんだ」という確信があるのでタチが悪いです。


今回登場したHF3とWhiteはどちらも2019年の限定発売モデルです。Grado公式サイトの限定モデルヒストリーを見るとわかるように、同社の限定モデルというのはファッションブランドなどとのコラボレーション、もしくは大手企業の社内イベント贈呈用など、一般には流通しない「別注記念品」みたいな作品が多いです。

我々が店頭で購入できるものでは、最近だとGH(Grado Heritage)シリーズに代表されるように、木材の調達が限られているため、それが尽きるまでの数量限定で、というようなモデルもいくつかあり、今回のHF3・Whiteもそれになります。即日完売、というわけではなく、数ヶ月売って、在庫が切れたら再入荷は無し、というパターンが多いです。


ところで、古くからのGradoファンなら米国公式サイトを見て気がついたと思いますが、最近のGradoはずいぶんブランドイメージが変わったというか、カッコよくなりました。これまでの古臭さを払拭して、家族経営の伝統や、ハンドメイドのクラフトマンシップといった部分を上手に演出しています。商品パッケージやウェブサイトデザインはもとより、広報写真がオシャレになり、インスタグラムやライフスタイル・ファッション系雑誌でのインタビューPRなども手広く視野を広げています。

そもそも商品自体はすでに高く評価されているので、それ自体は変えずに、ストーリーの「伝えかた」が上手くなったというのは、マーケティングとして理想的な形です。ジョン・グラドの息子ジョナサン・グラドがこういった技量とセンスのある人で、彼が数年前に広報担当に就任したことが大きいと思います。

このブランドイメージ更新プロジェクトに関しては、公式ブログで詳細に解説しているので、とても勉強になりますし、ブログそのものもカッコよく作られています。

モデルごとに全然違う一過性の「スペシャルサイト」に飛ばされて、ブランドとしてのポリシーや存在意義が薄れてしまい、共感が得られずファンが育たない、というのが、ヘッドホンに限らず日本企業の悪いクセだと思うので、Gradoのような、大企業の会議や広告代理店では決して生まれない、しっかり地に足がついたPRというのは見習うべきところが多いです。

Grado HF3

まずHF3ヘッドホンの方ですが、奇遇にも前回このブログでHF1とHF2についてちょっと紹介したところでした。

HFというのは、世界最大のヘッドホンオーディオ掲示板「head-fi.org」の事です。その掲示板ユーザーのようなコアなヘッドホンマニアのために2005年にリリースした限定モデルがHF1でした。続いて2009にはHF2が登場して、それ以来なぜか音沙汰が無くなり、10年後の2019年にようやく出たのがこのHF3です。

HF3

価格は公式ショップからUS$350で、そこから$100はGradoとHead-Fi名義で募金に使われるという事で、薄利でコミュニティ貢献を目的とした限定モデルです。価格だけ見ると小型Gradoの上位クラスといった位置付けで、ちょうどSR325eとRS2eのあいだに収まります。

HF1とHF3

HF1がプラスチックとマホガニー材、HF2はマホガニーとアルミのハイブリッド(PS500の原型)というように、ヘッドホンマニア向けだけあって内容も面白いモデルでしたが、今回のHF3も通常ラインナップとは一味違います。

パッケージ

パッケージは他のシリーズと共通の白いペラペラの紙箱で、大きな黒いステッカーでフタが封じられているので、これをカッターナイフで切らないと開封できません。

このステッカーに各モデルごとの商品名やスペック、バーコードなどを印刷してあるので、合理的でかさばらない良いデザインだと思います。

レッドオーク材だそうです

HF3のハウジングはマホガニーではなく、ナラの木に近いレッドオーク材を採用しており、木目や焼印がとても綺麗です。未塗装でまさに「削り出し」の状態なので、何年か使っているうちに質感に光沢や深みが出てくると思います。今回はHead-Fiのスペルが合ってますね・・・(前日の記事を参照)。

GH1と比較

GH3と比較

RS1eなどのようなキノコ状の張り出しは無く、シンプルな円筒形ですが、似たような形状のGH3よりも長く突き出しています。

ところで、私はこのヘッドホンを米国Grado公式オンラインショップで買ったのですが、ちょっとした不具合がありました。ヘッドバンドのプラスチック部分にある「L」「R」表示は、浮き彫りに白色の塗装がしてあるのですが、開封後にここを指で触ったら、塗料が剥がれてしまいました。

まだ塗料が完全に乾いていなかったのでしょうか、それとも部品に油膜でもあって塗料の乗りが悪かったのか、まるで塗装したてのプラモを早まって触ってしまった感じです。そのため写真で見てもわかるように「L」が無塗装になってしまいましたが、わざわざ返品するほどでもないのでそのまま使っています。こういうのもGradoらしいと言えば、それで済んでしまいます。

ハウジング厚さ

Lパッド

ドライバー

ドライバーは専用チューニングを施した44mmタイプで、イヤーパッドはドーナツ型の「Lパッド」です。このあたりの外観は他の小型Gradoと同じです。

黒色ドライバー

ドライバーユニットは最近のモデルでよく見る黒いタイプで、数年前の赤いタイプとどう違うのかは不明です(昨年の65周年から色が変わったのでしょうか)。写真ではよく見えませんが、ドライバー周囲に薄いガーゼのようなものが貼ってあります。この辺で音響を微調整しているようです。あまりにもシンプルすぎる構造ですが、他社のヘッドホンだって、いざ派手なプラスチックハウジングを開けてみれば、中身は大体こんなものです。

新型ケーブル

GradoファンにとってHF3が特に珍しいのは、ケーブルがこれまでのようなゴムではなく、編み被覆になっています。なぜこれになったのかは不明ですが、今後の商品開発のためのテストケースでしょうか。

ケーブルの質感はMrSpeakersとかと似ており、この手のケーブルらしく曲げ方向は柔軟ですが、捻じれ方向は非常に硬いです。軽量ですし実用上不便というわけではありませんが、これまでのGradoと比べるとちょっとゴワゴワして違和感があります。Y分岐や3.5mmコネクターはちゃんと既存のGradoと同じモールド部品です。中身の線材もたぶん同じものでしょう。

Grado The White Headphone

次にThe White Headphoneです。真っ白なハウジングの右側にさりげなく刻印されているGradoロゴは、明らかに1968年の某ホワイト・アルバムを意識したデザインですが、タイアップ企画ではない一方的なオマージュのようなので、意匠についてそれ以上は言及されていません。

The White Headphone

きっとGrado一家のお気に入りアルバムだから、とりあえずなんかトリビュートっぽいのを作ってみようと盛り上がったのだろうと想像しますが、かなり気合が入っています。

価格はUS$795です。GS1000eが$995なので、実はこのWhiteが大型Gradoでは最安モデルということになります。

GS1000eとWhite

ずいぶん横に飛び出します

さりげないGRADO刻印

大型Gパッドを装着しているので、サイズ的にはGS1000eなどと同じなのですが、ハウジング形状はかなりユニークで、円盤のような部品が左右にかなり飛び出します。公式解説では「プラッター」と書いてあるので、レコード盤もしくはレコードプレイヤーをイメージしているのかもしれません。

発売前のニュースで写真を見た時は、この白いパーツはきっとプラスチック製のカバーだろう思ったのですが、実はハウジング全体が白く塗装された木材で作られています。

木材はメープルというのも珍しいです。Gradoといえばマホガニーで、これまでメープルはGS2000eやPS2000eの内側や、GH1など限られたモデルでのみ使われてきました。

ヘッドホンの白い塗装は家具とか古いギターのラッカースプレー塗装を彷彿とさせるアメリカンな質感です。全然関係無いですがレスポールジュニアの白色塗装を連想しました。新品開封時から塗りムラや汚れが若干あったので、神経質な日本の漆塗り伝統工芸ヘッドホンとかとは雲泥の差がありますが、Gradoなのでそれで良いです。

GH3のパッケージと比較
フタはマグネットです

中身

Whiteのパッケージですが、これはかなり良いです。公式ブログによると、65周年のブランドイメージ戦略で大型Gradoはこのタイプのボックスに変わったようです。

これまでの大型Grado用パッケージというと、オフィスで書類を収納するために使うボール紙のファイルボックスに、A4用紙をコピー機で複製したようなラベルを糊付けしただけのシンプルなボックスでした。そのチープさが味があるという人も稀にいますが、大抵は笑い話のネタになります。

今回しっかりした光沢のある厚紙ボックスで、蓋もマグネットになっています。店頭で開封した時、店員も周りのみんなも「ついにGradoもここまで来たか・・・」と驚きの声があがりました。

ケーブル

Gradoの上位モデルらしく、ケーブルはGS1000eから上のモデルに使われている12芯線材です。RS1eなどの8芯ケーブルと比べて、太さや取り回しなどにそこまで違いは感じません。

Gパッド

幅広いヘッドバンド

イヤーパッドは大型アラウンドイヤー「Gパッド」なので、装着感はLパッドモデルと比べて圧倒的に優れています。

さらにヘッドバンドは最上位GS3000e・PS2000eから導入された超幅広タイプで、重そうなハウジング木材も意外と軽く、本体重量はケーブルを除いて270g程度なので、総合的に非常に快適で、長時間の使用でも疲れたり痛くなったりしませんでした。シンプルな見かけによらず、家庭でのリスニングヘッドホンとしては理想に近いデザインです。

イヤーパッドはどのモデルも互換性があるので、下位モデルをGパッドに交換することも可能なのですが、各モデルはそれぞれの付属パッドに合わせてサウンド調整を行っているので、他のパッドに変えるとかなり音が変わってしまいます。それが良い結果をもたらす事もあるかもしれませんが、たいていは悪くなるのが難しいところです。

メタルリングとドライバー

Gradoはどれも同じような構造です

GS1000eと比較

ハウジングを固定するリングはメタルタイプで、ドライバーは他の大型Gradoと同じ50mmです。ドライバー前のグリル穴が新しいパターンになっていますが、音に影響を与えるかは不明です。

GS1000eと比較してみると、スポンジイヤーパッドの溝から見て、GS1000eの方がドライバーが数ミリ飛び出していることがわかります。つまりイヤーパッド装着時、GS1000eの方がドライバーが若干耳に近いという事になり、この差が音にけっこう現れます。

ただしGradoの場合、同じモデルでも製造時期によってこういった細かい部分が変更されていたりするので気が抜けません。

グラフ

インピーダンスと位相グラフです。それぞれサイズが似ているGH4・GS1000eと比較してみました。

インピーダンス

位相

もちろんこれらのグラフを見ただけで音質がわかるわけではありませんが、それでもいくつか面白い点が見つかります。

まずHF3はGH4と、WhiteはGS1000eと、それぞれドライバーサイズが同じタイプのモデルは、グラフも非常によく似ています。

HF3・GH4は1kHzでのインピーダンスが40Ωで、100Hz付近に大きな山があります。一方White・GS1000eは34Ω程度で、100-200Hzに小さな山があります。

インピーダンスの山が位相変動につながっていることがわかり、とくにHF3・GH4のような44mmドライバーモデルは低音で70度以上のシフトが発生しています。

Gradoに限った話ではありませんが、低域のインピーダンス変動というのはドライバーよりもハウジング由来なので、たとえば周波数スウィープを行っている際にハウジングに触れていると、この帯域を通過する時にウッドハウジングがブルブルと震えていることが感じられます。

ためしにGrado Whiteのハウジング開放グリル部分を厚いゴムシートで塞いで、共振しないように密閉状態にしてインピーダンス・位相を測ってみたのが下のグラフです。

グリルを塞ぐと・・・
グラフを見てわかるように、グリルを密閉することで100Hz付近の山がほぼ無くなり、位相変動も少なくなり、中域のピークも移動します。グラフだけ見ると、こっちのほうが「フラットっぽくて正しい」と思えてしまいますが、実際のサウンドはハウジング内部で延々と響き、エコーに埋もれてまともに聴けたものではありません。いわゆる「風呂場でカラオケ」状態です。

技術趣向が強いメーカーであれば、平面駆動などのテクニックでドライバー性能を上げて、グラフ上の特性を限りなくフラットに近づけようという方向に開発努力が進むのでしょうけれど、Gradoの場合はハウジングがいわゆる管楽器のような役目を果たしているので、ドライバーとハウジング設計の微妙な組み合わせ次第でさまざまな魅力的なサウンドが生み出せるのが大きな強みです。

音質とか

試聴では自宅のChord Qutest DAC → Violectric V281ヘッドホンアンプや、出先のQuestyle CMA Twelveなどを使ってみました。

最近Questyleをよく使います

Gradoヘッドホンはどれも鳴らしやすいので、DAPでも十分なのですが、大型据え置きヘッドホンアンプを使う事による音質メリットが大きいです。他社のヘッドホンでは、どのアンプで鳴らしてもだいたい同じ、というモデルも多いのですが、なぜGradoは上流機器にとくに敏感なのか不思議です。完全開放だからか、感度が高いから、もしくはインピーダンスの山があるからでしょうか。


ジャズでArt Pepper 「Promises Kept (The Complete Artist House Recordings)」を聴いてみました。

以前からペッパー作品のリマスターを頑張っているOmnivore Recordsからの新作リリースで、1979年にマイナーレーベルArtist Houseから出たアルバム四作に別テイクを加えたCD五枚組です。そのうちの三作は2004年にAnalogue ProductionsからCD・LPが出ていましたが、今回全てを安く揃えられるのは嬉しいです。リマスターの仕上がりも異なり、楽器の質感重視のAnalogue Productionsと比べてこちらのほうが音場の自然さを優先しているので、ヘッドホンでも聴きやすいです。


Eloquenceから新譜で、ドイツ・グラモフォンのフーゴ・ヴォルフ「イタリア歌曲集」を聴いてみました。1958年ステレオ録音でイルムガルト・ゼーフリートとディートリヒ・フィッシャーディースカウが46曲を交互に歌います。ゼーフリートの部分は以前Eloquenceが出した彼女の10枚シリーズに一部入っていましたが、今回のように男女交互というのはコントラストがあって(飽きないので)良いです。

歌唱もピアノも音質は上等で、ゼーフリートは教科書・古典的な歌い方ですが上手さに引き込まれます。フィッシャーディースカウもオペラよりもこういうのを聴くと深みの凄さが再確認できます。最近のリマスター盤ではかなりオススメの一枚です。

Grado HF3

まずは値段が安いHF3の方から聴いてみましたが、安いからといってWhiteよりも劣っているというわけではありません。

このヘッドホンは同価格帯のGradoヘッドホン(RS2e・GH3・SR325e)と比べてかなり特殊です。Grado特有の高音のパシャパシャした派手さが控えめで、むしろ硬くストレートで淡々としているというか、コントロールが効いたレファレンスモニター寄りのサウンドだと思います。

開放型だけあって音抜けの良さは素晴らしく、高音から低音まで変なつっかえや詰まりが無く、残響は素直に外に向かって広がっていくのですが、楽器や声の質感はあまりGradoっぽくないというか、なんとなくゼンハイザーやベイヤーとかを連想するような表現です。

ジャズアルバムを聴いてみると、音が無駄に響かず、スッと鳴ってスッと消えるので、ヘッドホンそのものの味付けや個性はあまり表に出ません。高音寄りというわけではなくベースも歯切れ良く十分出ており、ドラムのオープンハイハットはパシャーンではなくカツーンと聴こえます。ハウジング素材のクセが少ないのでしょうか、ケーブルでしょうか、それともドライバーになにか細工がしてあるのかわかりませんが、インピーダンスグラフなどは他のGradoと似ているのに、サウンドは明らかに違います。

価格がちょっと上のRS2eと、ちょっと下のSR325eと比べると、このHF3のユニークさが際立ちます。私自身はRS2eがかなり好きで、通常ラインナップの中では一番のオススメだと思っていますが、中高域のエネルギーがかなり強く、朗々としたサウンドです。歌手やサックス・トランペットなどが明るく前に出てきて、それより上の打撃音などは控えめ、低音もスッキリしているので、一番わかりやすくピンポイントでGradoらしさを体験できるヘッドホンです。

一方SR325eの方は、プラスチックハウジングにアルミカバーという構造なのですが、RS2eよりも高い周波数での刺激音が活発で、たとえばドラムやブラスがしっかり金属っぽく鋭角に鳴ってくれる充実感があります。しかしその反面、中低音の響きがどうしても「プラスチックの筒」っぽく聴こえてしまう限界が感じられます。とくに、旧モデルのSR325iと比べて現行SR325eの新型ドライバーで低音がしっかり出るようになったので、ハウジングのクセがわかりやすくなってしまったモデルだと思います。

それら二つと比べると、HF3はまさに「ストレート」「ドライ」といったイメージが浮かびます。RS2eのような中高音楽器の派手さや、SR325eのような低音の箱鳴り感もありません。

このコントロールの効いた鳴り方のおかげで、HF3は空間音場の再現性が非常に高いです。優秀な録音であれば前方に球体のような立体音場が生まれ、悪い録音なら左右に張り付き、サウンドが規定位置から飛び出しません。距離やスケール感はそこまで広くないのですが、各音像がピタッと空間のポイントに定位する感覚が、いわゆるGradoらしくないモニターヘッドホンっぽいところです。

つまり、これまでのGradoだと若干苦手だった大編成オーケストラなどが得意なのがHF3の面白いところです。この正確な定位の決まり方は、ゼンハイザーHD600やベイヤーダイナミックDT880とかと似ていると思いました。

HF3の弱点もHD600やDT880と似ている傾向があります。ジャズアルバムでも薄々感じたのですが、とりわけクラシックの歌曲集では、歌手とピアノだけのシンプルな対話みたいな情景なのですが、HF3はちょっと実直すぎて退屈になりやすいです。

HF3がモニターっぽいと言っても、たとえばHD800のような広大な空間や、ADX5000やTH909みたいな音楽鑑賞でも楽しめる超高級機というわけではなく、あくまで価格相応のプレゼンテーションです。

中低域(男性ボーカルの低い部分や、ベース楽器のソロとか)が若干ハウジングで響いて厚くなる以外では、どの音域も淡々としていて、歌声とかの美音効果も期待できず、ピアノのキラキラした高音や、ドシンと響く低音も、それが前方で正確に鳴っていると観察できるだけで、それ以上グッとくる「色の濃さ」がありません。つまり「世界に引き込まれる」感覚が弱いので、カジュアルに聴いてしまうと、意識が他のところに向いてしまいがちです。

リスニング向けの開放型ヘッドホン、とくにGradoとあれば、もうちょっと演出が派手で艶っぽいサウンドを期待していたので、HF3の優等生っぷりには意表を突かれました。では悪いヘッドホンかというと決してそうではなく、HF3はGradoの中では一番真面目に集中して聴きこめるタイプのヘッドホンです。RS2eやさらに上のモデルでもHF3のようなサウンドは決して得られません。

見通しが良く、複雑に入り組んだ演奏でも各パートがくまなく聴こえるので、細かい音を追っていても、もどかしく感じることはありません。しっかり集中して分析的に聴く用途では最適です。この価格帯で、完全開放であっても、薄っぺらくならず、箱鳴り感がせず、音像がしっかり耳元から離れて正確なイメージを組み立ててくれるヘッドホンは稀なので、このHF3はまさにヘッドホンマニアのためのモデルと言えると思います。

さらにヘッドホンマニア向けだという理由として、録音品質やアンプの良し悪しが明確に現れてしまいます。つまり、空間情報が優れたソース&再現性が高いシステムと合わせる事で、かなり化けるヘッドホンだと思います。

小細工なしで、素の特性が優れているため、使いこなすにはリスナー側に求められる要求が高いというところが、ヘッドホンマニア向け、Head-Fiコラボとして十分納得できるヘッドホンだと思いました。

Grado The White Headphone

次にThe White Headphoneを聴いてみました。結論から言うとHF3とは真逆のサウンドなのですが、こちらも、従来のGradoを聴き慣れている人にとってはかなり面白い仕上がりだと思います。

大型イヤーパッドということもあり、サウンドの傾向が一番近いのはGS1000eですが、細部はずいぶん異なります。

GS1000eは個々の楽器や演奏者がドライバー面から前に迫ってくるような感じで、高音質録音であれば生演奏っぽいスリリングな体感が得られるのですが、録音の質が悪いと耳への刺激が強く不快感がでてきます。その点、Whiteの方が一歩退いたような立ち位置で、全ての演奏が前方遠くへと移動します。

音色の特性としてはGS1000eと似ており、とくに低音は一見響きそうですが、意外とスッキリしていて軽めで、中高域にかけて細かく綺麗に鳴るので、見通しが良く、気持ち良いです。この「中高域が綺麗」というのはGradoウッドハウジングモデルに共通する魅力なのですが(そのため、HF3はそれが希薄なのが意外だったのですが)、Whiteはその中でも特に音像の距離が遠く、それでも粒立ちや艶が感じとれるので、疲労感無く、魅力的な音色を長時間聴いていられます。

GS1000eなどと比べてWhiteが特にユニークなのは、響きの演出です。ハウジングが巨大な筒状木材で、開放グリルが他のGradoと比べて狭い事からも想像できるように、空間音響がかなり豊かで、いわゆる原音忠実なモニターヘッドホンとは一味違う、リラックスしたホームリスニング向けのヘッドホンです。

他のGradoヘッドホンや、一般的な開放型ヘッドホンの場合、演奏が手前で、響きはその後方に、外に向かって広がっていくような感覚なのですが、Whiteではその位置関係が逆で、遠くにある演奏から自分に向かって響きが展開するような感じです。

しかし、下手な密閉型ヘッドホンのように特定の周波数帯域だけ過剰に反響するのではなく、絶妙な塩梅にフワッとリスナーを包み込むような感じで環境を作り上げてくれます。とくにオンマイクで刺激的な録音では、この特殊効果が上手く音場を演出してくれて、聴きやすくなります。

冒頭で挙げたクラシックの歌曲集は、Whiteヘッドホンとの相性の良さが素晴らしいと思いました。歌手は女性・男性ともに自然で美しく、ピアノ伴奏のキラキラした粒立ちや、歌手との空間分離も良く、さらにそれら全体を包み込んで、情景をまとめ上げてくれる自然な響きと、全ての組み合わせが上手く行っています。止めどころが見つからず、ついアルバムの最後まで聴き通してしまったのは、良いヘッドホンの証です。

このアルバム自体が、古いなりに素朴な録音だからこそ、再生装置次第で聴こえかたが大きく変わり、色々なヘッドホンで聴き比べてみたくなってしまうような良盤です。こういうのをレファレンスアルバムと呼ぶのでしょう。

一人の歌手と、一台のピアノ、それぞれにマイクを設置、というシンプルな世界なので、それを単純に並べるだけではなく、さらにプラスアルファしてくれるヘッドホンとして、Whiteヘッドホンのポテンシャルが発揮されました。


個人的に、Whiteヘッドホンのサウンドが、稀に見る「絶妙な」「魅力的な」ヘッドホンだと思えた理由は、たぶん「親近感」を上手く演出できているからだと思います。

10万円近いハイエンドヘッドホンとしてはずいぶんカジュアルすぎる音響プレゼンテーションなのですが、家庭でのスピーカーオーディオに当てはめてみると、そこに納得がいきます。

スピーカーと言っても、小型卓上スピーカーや、オーディオ専用ルームで何千万円もかけているようなハイエンドオーディオマニアの事ではありません。むしろ、いわゆる「お父さんが家庭のリビングルームで頑張って設置した、そこそこ良いオーディオシステム」みたいな雰囲気の、スピーカー20万円、アンプ類20万円くらいの気合が入ったシステムという意味です。

そんなリビングルームオーディオと、ガチなオーディオマニアの決定的な違いは、部屋の音響設計です。部屋そのものの寸法、スパイクや設置位置からはじまり、吸音材や床天井素材などにまでこだわったオーディオルームとは違い、リビングルームで工夫できるのは、せいぜいスピーカーの間隔距離とトーイン角度くらいでしょう。

そういった、一般家庭にありふれたオーディオ環境で、いざソファに座ってみると、演奏は耳元ではなく前方3~5mくらい先にあるスピーカーから鳴っていて、さらに部屋に拡散した音が、窓や家具、壁や天井など様々な障害物に反射して、厚く複雑で広く分散した、意外とクセは少ない、潤沢な響きに包み込まれるような感覚があります。

ヘッドホンや、間近な卓上パソコンスピーカーしか聴いたことが無い人にとっては異質かもしれませんが、1940年代から現在まで、典型的な家庭での音楽鑑賞というのは、本来こういうものでした。そしてWhiteヘッドホンは、それを上手に再現してくれます。多くの人にとって、これまでの半生でそんな家庭での音楽体験が見に染みているため、無響室のようなヘッドホンリスニングには違和感がありますが、Whiteヘッドホンの鳴り方ならば「親近感」がわきます。

Gradoの大型モデルというと、種類が豊富ですが、私の個人的な大雑把な印象としては:

  • GS1000e(マホガニー)RS2e・RS1eの延長線で、小型Gradoの明るさを大型に持ってきた感じ
  • GS2000e(メープル+マホガニー)GS1000eの明るさの上にサブウーファーを追加した印象、低音だけ別物で存在感が強い
  • GS3000e(ココボロ)残念ながらまだ未聴
  • PS1000e(クロムメッキアルミ+マホガニー)重厚で落ち着いた太い音色、若干の鈍さがあるもののまとまりが良い
  • PS2000e(クロムメッキアルミ+メープル)PS1000eとは別物でサウンドステージが広く、クラシックのコンサートホールみたいなサウンド

・・・といった感じで、モデルごとに方向性が異なるようです。音楽は娯楽趣味なので、ヘッドホンオンリーでEDMや電子楽器主体のポップスを好む人、アリーナやロックフェス、アンダーグラウンドなライブハウスに通いつめる人、クラシックやオペラを好む人など、一つのフラッグシップモデルで全てのユーザーを満足させることは不可能ですから、平均点を目指すより、とあるシナリオにおいて最強のヘッドホンを作ろうという意気込みを感じさせます。

そんな中で、Whiteヘッドホンのコンセプトがホワイト・アルバムであることを広げて解釈すれば、1968年の一般家庭で、まだパソコンやテレビゲームも無い時代の最大の娯楽として、リビングルームのレコードプレイヤーとステレオシステムで聴いたホワイト・アルバムの音、そんな感覚を呼び起こしてくれるのが、Whiteヘッドホンなのかもしれません。

おわりに

今回紹介した2つのGradoヘッドホンはどちらも限定モデルでしたが、変なプレミア性も無く、入手も難しくありませんし、内容・デザイン・価格と合わせて、通常ラインナップと比べても十分リーズナブルなモデルです。

Gradoのような老舗中小メーカーの場合、こういった限定モデルというのは良いアイデアだと思います。

通常ラインナップのSR80eやRS2eなどは2016年発売ですが、現在でも好調に売れ続けているため、今あえて奇抜なフルモデルチェンジを行ってブランドを台無しにするリスクを侵す必要は無いと思います。

そこで、いわゆる定番のSRやRSシリーズは一旦そのままにして、突発的な期間限定モデルを出すことで、新たな客層を引き込んだり、私のようなファンを飽きさせず新鮮さを維持できます。

また、最近のブランドイメージ更新PRと合わせて、今後の方向性についての試作やフィードバックを少量で実施できる、一種のプロトタイプラボ的な意味合いもあります。

サウンドも、モニター調でヘッドホンマニア向けのHF3と、カジュアルなスピーカーリスニングに寄せたWhiteと、それぞれ異なる魅力があるので、単なるカラーバリエーション、マイナーチェンジ、廉価版といった、製品ライフサイクル末期にありがちな小手先の発生モデルではない、正真正銘のコンセプトモデルです。

もちろん、何を言っても、結局「GradoはGrado」なので、誰もが一台目で買うヘッドホンではないかもしれませんが、二台目以降はちょっとした不条理を楽しむというのも、良い事だと思います。