2020年7月8日水曜日

Fiio M15 DAPの試聴レビュー

Fiio M15 DAPを聴いてみたので感想を書いておきます。

Fiio M15

2020年5月発売、約18万円ということで、これまでのMシリーズ最上位M11PROの9万円から一気に二倍の価格になりましたが、AK4499EQのデュアル構成、超強力ヘッドホンアンプ回路搭載といった具合に、大幅なアップグレードを遂げたようです。


M15

M15のスペックを見ると、かなり気合を入れたモデルであることが伺えます。ここ数年のFiioといえば、従来のXシリーズを一旦凍結させて新たなMシリーズの発展に力を入れていたのですが、M3やM5で1万円台、最上位のM11PROでも実売8万円くらいといった具合に、他社と比べるとずいぶん低価格路線で頑張っていました。

かなり気合が入ってます

そもそもMシリーズのコンセプト自体がDAPの原点回帰というか、音楽再生に特化したシンプルなモデル、という意図があったようで、コストパフォーマンスの高さは他社を圧倒しています。

特に2万円のM6というモデルは個人的にかなり気に入りましたし、M9やM11なども「この価格で、ここまで高性能なチップを搭載」というスペック重視での価格勝負といった印象が強かったです。

そこへ来て今回のM15は公式サイト紹介でもオーディオ回路の技術解説を熱弁しており、これまでコストパフォーマンスを見せつけてくれたFiioだけあって、高価でありながら、ハッタリやオカルトではなく、しっかり値段に見合った中身なのだろうと期待させてくれます。

D/A変換は旭化成AK4499EQをデュアルで搭載、これは2019年登場の最先端D/Aチップで、単体で4チャンネル仕様なのですが、M15では贅沢に左右に一枚づつ使っており、NDK製の高性能クロックで動かしています。

ヘッドホンアンプ回路は全て最新のTI製オペアンプで揃えており、とりわけ奇抜な事はやっておらず、電源や周辺回路の作り込みがそのまま音質に現れるような堅実な設計です。

インターフェースはM11PROと同様の5.15インチ液晶(1440×720)、Android 7.0、Google Play対応といった具合に、フラッグシップだからといって余計な小細工は入れず、スマホと同じような感覚で扱えるように作られています。

化粧箱

さらに中にはロゴ入り木箱が

とても上品で高級感があります

パッケージは一般的な黒い紙箱と思いきや、中にはまるで贈呈用陶磁器のような木箱があり、とても綺麗に仕上がっています。一昔前のFiioのチープないイメージと比べると、随分立派になったなと隔世の感がありますね。

5.15インチ

裏面

本体デザインに関しては、個人的にはそこまで高級感があるとは思いませんが、スッキリとまとまっており、使い勝手は良好で、本体重量は307gと5インチサイズのDAPとしてはかなり軽量で扱い安いサイズに収まっていると思います。

ところで、付属の純正ガラス保護フィルムが微妙に横幅が狭いので、貼ってみると随分不格好ですね。

本体シャーシのサイドの丸め方、ヘッドホン端子のブラスリング、側面の溝、ボタン類など、ソニーファンならウォークマンの新型かと勘違いしてしまうでしょう。Fiioは毎回この手のパクリというかオマージュを節操無く行うのでむしろユーモアがあるのですが、おかげで他の中国ブランドのゴテゴテした金ピカDAPと比べて日本人好みしそうな落ち着いたデザインに仕上がっているのが皮肉なものです。

ホールドスイッチ、電源ボタンとトランスポートボタン

ショートカットボタン

側面には物理ホールドスイッチがあるのは珍しいですね。トランスポートボタンの下にショートカット用ボタンがあります。長押しすると画面に機能一覧が表示されるので、なにかと便利かもしれません。

USB Cとカードスロット

底面はUSB CとマイクロSDカードスロットがあります。カードスロットは棒で押してトレイを出すタイプなので着脱は面倒です。

ところで、よく見ると左側の「DUAL AK4499」と書いてある部分はマイクロSDカードスロットがあるべきスペースを潰したように見えます。開発時にデュアルスロットにするつもりがギリギリで省略したのか、それとも今後M15 PROみたいな上位モデルが出るのでしょうか。

4.4mmバランス、2.5mmバランス、3.5mmシングルエンド

個人的にFiioでとても魅力的だと思うのが、4.4mmと2.5mmバランス両対応です。どちらの陣営に付くでもなく両方採用するのが潔いです。そもそも内部のアンプ回路などは同じなので端子を二つ設けるだけで済みますし、ユーザーに喜ばれるでしょう。

近頃のDAPは大画面化が著しく、シャーシ内部スペース余裕は十分にあるので、他のメーカーもぜひ両端子対応を真似てほしいです。

ボリュームノブは一応光りますが

個人的にちょっと気に入らないのがボリュームノブです。せっかくのフラッグシップ機なのに、なぜかここだけチープなミニ四駆のギヤみたいな質感でガッカリします。M15はエンコーダーではなくアナログポットを採用している事がセールスポイントのなのですが、デザインで損をしているように思えます。

純正プレーヤーアプリ

インターフェースはこれまでのMシリーズと同じように、Fiio純正ミュージックプレーヤーアプリのみが起動するピュアモードと、任意のアプリを実行できるAndroidモードが切り替えられるようになっています。

バッテリーは15時間再生(バランスでは9時間)、12VQC2.0クイックチャージ対応、MQA再生、S/PDIF出力、OTGトランスポート&DACモード、Bluetooth 5.0 (SBC/AAC/aptX LL/aptX HD/LDAC)といった具合に、Android系DAPに求められているものはほぼ網羅して死角がありません。

オーディオ設定

デジタルフィルター

オーディオ設定画面には音質や接続に関して色々なオプションがあります。D/A変換チップが旭化成なのでデジタルフィルターの種類も豊富です。

Bluetooth

最近は複数のBluetoothコーデックに対応しているヘッドホンが増えてきたので、任意でコーデックを切り替えられるのは便利です。

プレーヤーアプリはUIがちょっとわかりづらいです

インターフェースに関してはAndroidスマホそのものなので迷うことは無いと思います。

純正プレーヤーアプリも、さすがにこれまでのMシリーズのおかげで熟成が進んでおり、初期モデルで経験したような致命的なバグやクラッシュは無く、そこそこ快適に使えました。(M9・M11・M11PROは初期不良に散々悩まされて、結構使ったのにレビューしませんでした)。

FiioミュージックアプリのUIに関しては、ちょっと煩雑というか、高解像ディスプレイで表示できる情報量が増えたことがかえって逆効果になっているようなので、もうちょっと直感的な作り込みを期待したいです。

たとえばスタート画面・トランスポート・ライブラリーモードでそれぞれボタン位置やアイコンデザインが違うなど挙動が一貫しておらず、ジャケット絵や右上のアイコンなどタップすると、状況次第で別の事が起こるため、再生が始まったり変なところに飛ばされたりで混乱します。もちろん慣れれば問題無いレベルの話です。

Fiioでよく起こるエラー

ところで、Fiioユーザーなら知っているであろうファームウェアアップデート地獄も健在です。ファームウェアの通知が出てダウンロードが完了するまで延々と手動で再試行が必要でした。

Fiioによると、サーバーが中国国内にあるため中国ユーザーであればスムーズに終わるのですが、海外からのアクセスだとファイアウォールの関係かなにかでランダムに切断されるそうです。タイミングが良ければ一気にダウンロードが進むので、上手くいかない人はめげずに挑戦してみてください。

文字化けが多いです

もうひとつ、M15に限った事ではありませんが、やはりFiioは中国市場向けだなと思えてしまうのは、OSを中国語以外にしても、Unicode欧州文字が中国語に化ける事です。(もちろん他社DAPでは正しく表示される楽曲です)。ユーザーの大半が中国人でしょうから大した問題では無いのでしょうけれど、何年も前からずっとこの調子なので、海外で売るならもうちょっと改善してもらいたいです。

オーディオ回路

M15はD/A変換に旭化成AK4499EQを搭載している点が注目されがちですが、個人的にはそれよりもアナログヘッドホンアンプ回路の方に興味があります。

公式サイトによると、DAC後のI/V変換はOPA1612、ローパスはOPA2211、そしてヘッドホンアンプのゲインとバッファーにはOPA1622といった具合に、TI社の現行最新オペアンプを適材適所で採用しています。(まさにTI社のお手本みたいな回路です)。

決して独自性を押し出してレアな特注部品や変な回路理念で差を見せつけるのではなく、あくまで入手性の良い最先端パーツを組み合わせてセオリー通りに真面目に作ってあるところがFiioらしいです。時代遅れの低スペックな絶版ICをビンテージ品として祭り上げるよりはよっぽど健全だと思います。


ちなみにM11PROでは、D/A変換は旭化成AK4497EQでしたが、アンプはTHX AAA-78というヘッドホンアンプチップを採用していました。

余談になりますが、THXブランドのアンプチップというのは最近結構流行っていて、とくに2-3万円程度の低価格な据え置きヘッドホンアンプや、組み込みアクティブスピーカーなどでよく見かけますが、これらはTHX社が考案したAAAというアンプ回路をベースにTriad Semiconductor社などがライセンス製造したICです。

THX AAA-788などスピーカーアンプ用の大型チップは手軽にハイパワーと高音質が得られるため好評ですが、AAA-78などモバイル向けチップはパワーがそこまで強くなく、作り込みの自由度が低いため、M11PROのように低コストを目指すなら良いですが、M15ほどのパワースペックは出せません。(そもそもTHXの狙いはハイエンドオーディオではなく、ワンチップで昇圧回路からゲインバッファアンプまで詰め込んだIoT向け市場です)。

近頃はオールインワンチップで済ませるのがトレンドですが、M15はせっかくのハイエンド機ということで、古典的なオペアンプのカスケードで、電源や周辺回路を作り込むほど音が良くなる設計を目指しているのは嬉しいです。

ボリュームノブはアナログポットです

ボリュームノブにアナログ制御デジタルボリュームというのを採用している点はユニークだと思います。音楽信号経路は一般的なDAPと同じようにD/Aチップ内のデジタル演算で行うのですが、ロータリーエンコーダーではなくアナログボリュームポットの抵抗値をA/D変換してD/Aチップに送っています。

つまりノブを回した時のフィーリングをアナログっぽくするための演出であって、実際は一般的なDAPと同じようなデジタルボリュームなので、左右のギャングエラーなどの問題は一切ありませんし、ボリュームノブ位置による音質差とかも気にしなくても大丈夫です。

GainとOver-ear Headphone Mode

ボリュームのゲイン切り替えが二種類あるのもユニークです。どちらも画面上スワイプショートカットから選べます。

まずゲインHI・LOWはこれまでどおりデジタルでのリミッターみたいな方法で切り替えているようですが、もうひとつ「Over-ear Headphone Mode」ON・OFFというのがあり、これは公式サイトのブロック図を見ると、増幅段オペアンプのゲイン回路定数を切り替えるような仕組みになっています。

つまりOver-ear ModeをONにすることで高ゲインに、OFFにするとゲインが下がるので、IEMイヤホンなどで低ノイズが実現できるそうです。

無音時のバックグラウンドノイズ(俗に言うヒスノイズ)というのは難しい課題です。アンプメーカーとしては、そういったノイズを完全に消すのは容易なのですが、やりすぎると音質が悪くなるので、ちょっとくらいあったほうが良いのですが、ネットレビューなどを見ると、ヒスノイズが聴こえるというのが自分の耳が良い事の自慢みたいに、それだけでアンプの優劣を決めたり、鬼の首を取ったように声を荒げるマニアが結構いるので、そのあたりのバランスを見極めるのが難しいです。オペアンプが関わると高ゲインと低ノイズを両立することは困難なので、今回M15が採用した方法は良いアイデアだと思います。

出力

いつもどおり1kHz 0dBFSサイン波信号を再生しながら負荷を与えて、歪みはじめる(>1%THD)最大電圧(Vpp)を測ってみました。

上で述べたように、M15にはゲイン切り替えとOver-ear Mode、さらにシングルエンドとバランス、そしてライン出力モードもあるので、組み合わせがかなり多いのが困ります。ちなみに4.4mmと2.5mmバランスの出力は同じです。



グラフがかなり混雑していますが、それぞれ実線がハイゲイン、破線がローゲインモードです。

まず一見してわかるように、バランス出力+ハイゲイン+Over-ear Modeでの出力電圧は非常に高いです。無負荷時最大27Vpp (9.5Vrms)というのは古今東西DAPの中でも最高レベルと言えます。さすがにここまでゲインが高ければほとんどのヘッドホンで大音量が出せるでしょう。

さらに、Over-ear ModeをOFFにした場合(黄色線)と、ローゲインモードにした場合(赤破線)では、どちらも最大電圧が下がりますが、グラフの曲線が異なる事も確認できます。Over-ear Mode OFFだとアンプの出力曲線がそのまま下がり、ローゲインモードだと入力信号がリミッターで制限されているような感じです。

3.5mmシングルエンドを見ると、無負荷時13.5Vppなので、十分すぎるくらいパワフルです。しかも、ちゃんとバランスではシングルエンドの二倍の電圧が出せているということは、アンプの電源がしっかりしている証拠です。

固定ライン出力モードを選ぶと、5.9Vpp(1.9Vrms)になり、ちゃんと高インピーダンス出力になるのもFiioらしくて良いです。ちなみにライン出力モードに切り替わるのは3.5mmシングルエンドのみで、バランス出力はヘッドホン出力のままでした。


同じテスト波形でボリュームノブを無負荷時1Vppに合わせて、負荷に対する出力の落ち込みを測ってみました。

バランス出力だと出力インピーダンスが若干悪化するのがわかります。単純にアンプ回路が二倍になるので仕方がありません。つまり高感度BA型IEMなど、インピーダンスが低く、あまり出力ゲインが必要でない場合は、3.5mmシングルエンドを選んだ方が良いかもしれません。

ちなみにゲインとOver-ear Modeはどれを選んでも出力インピーダンスは変わらない事も確認できます。どちらもアンプのバッファ段には影響を与えないので納得できます。


いくつかアンプの最大出力電圧を比較してみました。それぞれバランス出力があるならバランスで得られる最大電圧です。

上から順に、1. CMA Twelve 2. SP1000AMP 3. micro iDSD BL 4. M15 5. KANN CUBE 6. hip-DAC 7. M11PRO 8. SR25です。

やはりパワーだけ見ればCMA Twelveのようなディスクリート構成・コンセント電源の据え置きアンプに勝るものはありません。micro iDSD BLはポータブルでしかも唯一シングルエンドのみでここまで圧倒的な出力なのが凄いです。こちらもディスクリートで低インピーダンス側はCMA Twelveとほぼ同じ特性ですね。

ポータブルだとSP1000AMPが特出していますが、M15もかなり迫っています。どちらにせよ、M11PROやSR25など一般的なDAPと比べると大幅なパワーアップと言えます。SP1000AMPは尋常でない巨体ですから、M15は常識的なDAPサイズでここまでパワーがあるのが凄いです。

結局のところ単なる最大音量の話なのですが、小音量であってもパワーに余裕がある方が音の押し出し・ダイナミクスが明確になるなんて言われたりもするので、あながち無関係でもありません。

ただし、無闇に高ゲインだけを求めても、回路がショボければノイズもそれだけ増幅されてしまいます。つまり実用上そこまで大音量が必要無いのにバックグラウンドノイズが目立つなんて本末転倒に陥りがちなので、やはり高出力と低ノイズを両立するとなると、値段も高価になりがちです。

音質とか

試聴にあたって、まず最初にOver-ear Modeを試してみたのですが、音量が上がる以外ではそこまで目立った変化は感じられませんでした。

そもそもアンプのノイズが十分低いので、Over-ear Modeは常時ONでもノイズが目立つというような事もありません。OFFにしたほうがイヤホンなどでは若干音が柔らかめになるかな、といった程度なので、ボリュームノブの使いやすさで選べば良いと思います。ただし切り替える時に急激にボリュームが変わるので注意が必要です。


Smoke SessionsからBobby Watson「Keepin' It Real」を聴いてみました。ライブではなくSear Soundでのスタジオ録音で、リーダーのアルトにトランペットを入れたバンドによる、気張らないアップテンポで陽気なハードバップジャズです。

Smoke Sessionsらしくアルバムの構成がジャズの王道で、変な演出や小細工を入れていないのが好印象です。

UE RR

まず最近愛用しているUEのReference Remasteredを3.5mmシングルエンドで使ってみました。典型的なマルチBA型IEMイヤホンです。


M15のサウンドを簡単にまとめるとすれば、低音と高音の両極端が明確に表現され、とても広帯域でスケールの大きいサウンドです。

まったりした美音系とか、丸く厚く仕上げたというのとは真逆で、かなり高解像で細かいディテールまでクッキリとしています。これはDAPとしては結構珍しい傾向で、どちらかというとプロ用機器とかに近いイメージかもしれません。

真っ先に目立つのは高音側で、特に試聴に使ったジャズとかだとハイハットなどがかなり強調されます。これはこのアルバム自体がスタジオ録音ということもあり、明確に録っているせいでもあるのですが、他のDAPで聴くよりも明らかに前面に出てきて主張が強いです。

ただし、あくまで録音されている情報がクッキリ聴こえるというだけであって、変な金属的な刺激が上乗せされているとか、響きが伸びるといった演出効果ではありません。先程プロ用機器と言ったように、RMEやFocusriteなどDAW用のオーディオインターフェースに近い感じなので、そういうのが好きな人なら気に入ると思います。ただし包み隠さず前に出てくる感じは楽曲によってはちょっとシビアになりがちです。CD音源ならデジタルフィルター切り替えで若干対処できますが、96kHzハイレゾアルバムだとそれも無理です。

低音側もかなり目覚ましいです。とても力強く重量があるのですが、それがひとかたまりにならず、立体的に広範囲の空間に展開しています。たとえばアップライトベースのウォーキングライン、キックドラムの打撃音など、それぞれが独立した離れた空間で鳴っているように聴こえます。この鳴り方と比べると、一般的なDAPでは、低音楽器の帯域全体が一つの低音として丸く凝縮されているように感じてしまいます。

低音の立体感というのは、よくコンセント電源の据え置きアンプで得られるメリットだと言われているので、多分M15のパワフルなアンプのおかげで同様の効果が実現できているのでしょう。

M15では、一般的なDAPで聴き慣れた空間展開の広さに追加されるような形で、低音側への展開が延長されるので、全体のスケール感が大きくなり、音源が分散するため見通しが良くなり、そのおかげで解像感が向上する、という一連の相乗効果をもたらしてくれます。

M15の弱点だと思えたのは、音色の美しさ、とくに弱音の表現力が物足りない事です。M15は非常に優秀なのですが、この点に関してのみ、他のDAPを選ぶメリットがあると思えました。

高音と低音だけが目立つV字のドンシャリというわけではありませんが、アタックなどの強い音が強調されるため、かなりギンギンな眩しい鳴り方で聴き疲れしやすいです。それと比べてメロディラインの中域楽器は定規で線を引いたように平坦で無個性です。

トランペットやアルトサックスなど、ブレスの強弱でニュアンスの色を付けるような楽器も、淡々と分析的になりがちで、まろやかな艶っぽい美音を堪能するというような感じではありません。

このあたりも、先程言ったプロ用オーディオインターフェースっぽいと思った原因です。もしくは、レコーディング用アクティブモニタースピーカーで音楽を聴くと圧倒的に高解像なのにあまり面白く無い、という感覚に近いかもしれません。

音色の味付けというのは程度の問題もありますし、M15のような鳴り方を否定するわけではないのですが、いわゆるパーソナルな音楽鑑賞用DAPとしてはかなり珍しいスタイルなので、意外に思えました。

M15が優秀だと思える理由は、これだけワイドレンジな解像感を押し出しているにも関わらず、変なクセや破綻が無く、しっかり整合性がとれている事です。変なDAPだと、なにかしら耳障りなクセや位相の捻じれみたいなものが気に障るのですが、M15ではそれがありません。つまり高価である説得力は十分あります。

4.4mmバランス

Dita Dreamイヤホンを使ってシングルエンドとバランス接続を聴き比べてみたところ、同じ音量であれば音色にそこまで大きな差は感じられませんでした。回路的にも同じものが二倍になるだけで、変な小細工はしていないためでしょう。(バランス接続だとパワーが増す代わりに重苦しく歯切れが悪くなるようなDAPも結構あります)。

ためしにベイヤーダイナミックT1を純正2.5mmバランスケーブルで鳴らしてみたら、さすがにパワーアップのおかげか明確なメリットが体感できます。音場の土台がしっかりして、前後の空間情景がスッキリ見通しが良くなるような感じです。

このような空間表現が上手い大口径ヘッドホン(平面駆動型など、たいがい能率が悪くてインピーダンスが高い)を使う場合にはバランス接続を使うメリットは大いにあると思います。


Pentatoneリマスターで、イエペスによるギター協奏曲集をDSDで聴いてみました。

PentatoneがDSDダウンロードセールをやっていたので、これらのフィリップスDGGリマスターシリーズをようやく全部揃える事になりました。どのタイトルも音質はアナログ録音史上最高峰の類だと思います。以前はSACDでしか買えなかったのがDSDファイルでも買えるようになったのは嬉しいです。(実際はSACDで買った方が安いのですが・・・)。

AK SA700と比較

M15をいくつか他のDAPと聴き比べてみました。

まずM11 PROとM15では明確な格差が感じられ、同じ路線の上位互換だと言えるので、買い換える理由は十分にあると思います。

どちらも高解像で分析的な傾向ですが、とくに試聴に使ったフルオーケストラ演奏では、M15ではDSDデータを余すこと無く引き出せているような余裕を感じ、一方M11 PROではスケール感が乏しいので、ハイレゾっぽさが取り柄のデジタルガジェット、みたいな印象に留まってしまいます。(M11 PRO Stainlessは聴いたことが無いのですが、そっちのほうが私の趣味に合っているかもしれません)。

M15と同じ価格帯のAK DAPだと、個人的に結構気に入っているSA700が思い浮かびます。AK DAPはモデルごとの性格が異なり、上下関係があまり明確ではありませんし、デザインもかなり凝っているので、まさに嗜好品といった感じです。

SA700のサウンドはM15とはまるで真逆の手法で音作りをしているように思えるので、比較としては面白いです。

M15は低音が広く展開して解像感が増すと言いましたが、SA700は正反対で、低音をむしろ重なるように厚い層として下に敷き詰めて、高音も派手な主張を控えてスペースを取らせない事で、一番重要なボーカルやメロディ楽器のある中域の音色に十分なスペースを与える拡大鏡のような効果があります。そうすることで、中域の音色を厚く仕上げても、混雑せずに聴き入る事ができます。(下手なDAPだと、音色を厚くするだけでスペースを与えないので煩雑になってしまいます)。

試聴に使ったギター協奏曲では、M15はオーケストラのパワーを浴びて圧倒されるような聴き方になり、SA700ではソリストのギターを爪弾く、まるで羽毛が触れるようなニュアンスや、艶っぽい美音を堪能する、息を呑む演奏体験といった具合です。ただしそれ以外の部分はM15ほどのスケールや情報量は引き出せていないので、どちらが優等生かといったらM15の方なのですが、どちらの演奏が魅力的かといったらSA700の方が好みです。

嗜好品という意味で極端な地位にあるのがソニーウォークマンだと思います。WM1AやZX507など、アンプのパワーはM15と比べて半分もないのに、全モデルを通して明らかに「ソニーっぽい」サウンドという物が土台にあり、多くを語らずともサウンドに共感した固定ファンを生み出します。

M15が4K HDRの圧倒的な眩しい映像だとすれば、ウォークマンはセピア調の写真みたいな良い趣があります。僅かな緩さ、僅かな響き、僅かな厚さ、といった絶妙な作り込みが全域に渡って一貫して施されているため、とくにロックやポップスの古い楽曲とかでも雰囲気を崩さずに美音が味わえるのが人気の秘訣でしょう。スペックではなく、あくまで聴こえ方を尊重して設計を進めていった事が伺えます。

ただし逆に、どんな曲でもソニーっぽく聴こえてしまうという事は言えると思います。ソニーのサウンドに慣れ親しんでいて、正反対の視点から、音源の限界に迫りたいと思うなら、次はあえてM15を聴いてみるのも良いかもしれません。

DAPは上を見れば際限がありませんし、サイズや予算を気にしなければ、SP1000AMPやHugo 2Goといった選択肢も思い浮かびます。それぞれ音色の魅力について語ればキリがないですが、少なくとも基本的なポテンシャルにおいてM15はそれらに劣っているとは思いません。9万円のM11 PROではまだ大きすぎる格差が感じられたので、やはりコストパフォーマンスのFiioを持ってしても18万円でないと出せない音があるのかと考えると、DAPの現状は奥が深いようです。

おわりに

Fiio M15は最上級モデルだけあって、これまでのMシリーズとは一線を画する優れたDAPでした。

Fiioとしてはかなり強気の価格設定で、しかもデザインがあまり高級っぽくは見えないため、感性や物欲を刺激するような商品ではありませんが、スケール感が大きく目覚ましい鳴り方は、M11 PROなどと比べても明らかな進歩が感じられます。

ただし、どんな楽曲でも美しく聴かせる、というよりは、むしろ楽曲の不具合を包み隠さず露見してしまうようなシビアなサウンドです。そういった意味では、趣味のハイエンドオーディオというよりはプロ機器寄りに近い印象を受けたので、評価が分かれそうです。

近頃は中国を中心に何十万円もするような高級DAPが乱立しており、それらの多くは濃い味付けや謎理論でプレミア感を演出しがちな中で、M15は全く別の方向から切り込んできた事に正直驚きました。(もっと厚い美音系にしたほうが市場ウケすると思うので)。

そんなサウンドと合わせて、比較的軽量で扱いやすいサイズ感、Androidの汎用性、そして圧倒的ハイパワーといった具合に、もし一台のDAPで何でもこなしたいならM15はかなり優秀な候補です。

逆に、弱点として、艶っぽさや弱音の質感など、音色そのものの魅力はAKなどの方が深く作り込んでいると思いました。味付けの好みは人それぞれ違うので難しいですが、私だったら、古い楽曲を聴く時などM15では物足りないので、前回紹介したKORGの真空管アンプみたいな変なガジェットを間にはさみたくなってしまいます。

考え方としては、M15はひとまず2020年現在のレファレンスとして、18万円でここまでの音質・パワー・機能性スペックが実現できるという代表例になり、そこから各自の好みにあわせてデザインや音色に付加価値を見出すような感じです。一癖も二癖もある高級モデルを色々聴いてみたけど結局M15が一番実直で良かったなんて結論に至るかもしれません。

個人的に、Fiio製品で一番心配になるのはラインナップの無節操さです。一応今のところ公式サイトでは「Flagship M15」と書いてあるのですが、M11では発売して半年も待たずにM11 PRO、M11 PRO Stainlessなど上位モデルが続々登場しました。そういうのを見ると、さすがに購入を躊躇してしまいます。高価なものになるほどメーカーとの信頼関係が大事になりますね。

もちろんそんな事を言っても始まらないので、2020年7月現在の時点では、M15は十分価格に見合う価値のある最先端DAPだと思います。

おまけ

M15と同時に、M3 PROという小さなDAPもちょっと聴いてみました。

M15とM3 PRO

M3K、M3 PRO、ソニーNW-A105

サイズや機能はM3Kの後継機といった感じで、ディスプレイが全画面化されています。3.46インチ液晶、70g、バッテリーは15時間再生だそうです。最新モデルらしくUSB Cなのが嬉しいです。

一見Androidっぽく見えますが、実はとても簡素な階層型インターフェースなので、ようするに昔のiPod Nanoとかと同じような感じです。(アイコンをタッチして進んでいき、フリックで戻るだけです)。

ホーム画面

設定画面

M15同様、文字化けや未翻訳が多いです

M3Kでは旭化成AK2376Aというチップを搭載しており、これはD/Aコンバーターとヘッドホンアンプがワンチップ化されているICなので、出力スペックなどはそのチップの特性がそのまま反映されていましたが、M3 PROでは同じくワンチップのESS ES9218Pに代わったことで、出力も若干上がりました。

出力を測ってみたところ、無負荷時の最大がM3Kでは2.5Vpp (0.9Vrms)だったのに対して、M3 PROは4.4Vpp (1.56Vrms)なので、スマホのアダプターとかと同程度とはいえ、十分なパワーアップを遂げています。

Fiioとしては意外にもBluetooth機能は一切無く、あくまでマイクロSDカードでのファイル再生に特化したシンプルなプレーヤーなので、ようするにジョギングやジムなどで有線イヤホンを使うならこれくらいがちょうどよいでしょう。ただし、M3KではできなかったUSB DACモードやトランスポートモードがM3 PROでは可能になったので、ノートパソコンで簡易的なサウンドカードとして使うのも良いかもしれません。

トランスポートとしてDXDもいけます

トランスポート用としても悪くないかもしれません

イヤホンで使う分には音量は十分で、音質もさすがESS社のICを搭載しているだけあって、低ノイズで解像感があり良い感じです。DSD128ファイルにも対応しているので、ハイレゾダウンロードで買ったファイルを手軽に聴きたい人なら、スマホに変なアダプターを介して使うよりは、M3 PROを使った方が便利で高音質だと思います。