2020年8月22日土曜日

64 Audio Nio, A18s イヤホンの試聴レビュー

 64 Audioの新作イヤホン「Nio」と「A18s」を試聴してみたので感想を書いておきます。

64 Audio Nio & A18s


Nioは「1DD+8BA」のハイブリッド型イヤホンで、A18sは「18BA」のマルチBA型イヤホンです。ちなみにNioはユニバーサル型のみ、A18sはカスタムIEMのみの販売です(今回は店頭試聴専用のユニバーサル型を聴きました)。

とても高価なイヤホンブランドとして有名な64 Audioですが、tiaやApexなど独自の技術を用いて着々と進化を遂げており、今回は新たにLIDというコンセプトを導入したということで、その効果のほどが気になります。

64 Audio

新発売のNioは「64 Audioとしては最低価格のユニバーサル型イヤホン」という話だったのですが、それでもUS$1,699と尋常でない値段です。

現在のラインナップを見ると:

  • Nio (1DD+8BA)$1,699
  • U12t (12BA) $1,999
  • tia Trio (1DD+2BA) $2,299
  • U18t (18BA) $2,999
  • tia Fourte (1DD+3BA) $3,599

・・・といった具合に、たしかに新作Nioが一番安いモデルであることに間違いないのですが、それにしても高価すぎて、私ごときではおいそれと手が出せません。

独自技術に自信があるからこそ、下手に低価格モデルを展開するよりも、これくらい高級志向にターゲットを絞る方がブランドイメージとしては正解なのかもしれません。

近頃中国は空前のジュエリー系IEMブームだそうで、全く実績の無い新参ブランドが法外な値段で(高い方が富裕層の注目を集めるので)一攫千金を試みている、まさに下剋上の戦国時代が繰り広げられているのですが、そんな中で64 Audioは中堅の老舗ブランド、みたいな位置づけのようです。

ところで、上記ハイブリッド型のラインナップを見ると、今回のNioが一番ドライバー数が多く、それよりも高価なTrioやFourteのほう少ないというのが不思議です。搭載BAドライバーそのものの性質や性能が違うのか、それとも初期の開発コストを回収するために高価に設定していたのか、そのへんの事情は不明です。

別の視点から考えると、これまで明確に分かれていたハイブリッド型とマルチBA型というそれぞれの経験をもとに、両者のメリットを融合させたのがNioなのかもしれません。それでいて最低価格というのなら、64 Audioのファンであれば興味が湧くのは必然です。

実際、以前FourteとU18tを比較試聴した際に、それぞれに明確な長所・短所があり、もしどちらかを買う事になったら相当悩むだろうという結論に至ったのですが、その点Nioは悩まなくても済むので買いやすくなったと思います。

Nio

Nioは高価なイヤホンだけあって、さすがに高級感溢れるデザインです。ハウジングはメタルでガッチリとした信頼感がありますし、銀色の削り出し金属部分や、立体的に浮き出る宝石のようなフェイスプレートパネルなんかは実際TrioやFourteよりも高級な雰囲気があります。組み立てや嵌め合いも価格相応に丁寧に作られているので、所有する満足感は高いと思います。

装着感はJH Audioなどのように、長いノズルと耳かけケーブルで重い本体を二点支持で釣るような印象です。ノズル角度や耳掛けの位置は良好で、変に角張って痛くなるようなことも無いので、一般的なIEMとしては快適な部類だと思います。特にノズルが長いため耳穴から外れにくく、しっかり安定してくれます。耳の奥まで入るので、普段よりは小さめのイヤピースを選んだほうが良いでしょう。

ケーブルは2ピン端子で黒い編み込みタイプです。FourteやTrioと同様に、2ピン部品がL字になっているユニークなデザインですが、他の一般的な2ピンIEMケーブルでも問題なく装着できます。

A18sの試聴デモ機

今回試聴したもう一つのモデル「A18s」というのは、自分の耳型を送って特注してもらう「カスタムIEM」としてのみ購入できるモデルです。今回は、店頭デモ用にユニバーサルタイプが用意してあったのでついでに試聴したのですが、これは実際は購入できません。

公式サイトによると、ユニバーサル型はコンシューマーの音楽鑑賞向けで、カスタムIEMはプロミュージシャン向け、というふうにカタログを分けています。ドライバーの構成が似ているモデルでも、チューニングは全くの別物と考えたほうが良さそうです。

A18sのデモ機は安っぽいです

Nioと並べて比較してみると、A18sのハウジングはプラスチックですし、デザインパネルが単なるステッカーで、全体的な作りも荒削りです。

これは店頭試聴デモ機だからであって、実際に購入できるカスタムIEM版A18sはカッコいいフェイスプレートなどを数種類から選べるようになっています。

ちなみにNioの上面にある通気孔みたいなものはA18sには不在です。Nioはダイナミックドライバーを搭載しているので、それの背圧を逃がすための穴でしょうか。

実際のカスタムIEM版A18s

公式サイトでカスタムIEM版A18sを見ると、ハウジング形状やデザインからしてデモ機とは全く違いますね。

中にBAドライバーが見えます

A18sのデモ機はハウジングがクリアスモークのプラスチックなので、よく見ると内部に大量のBAドライバーが寿司詰めになっているのがわかります。

ちなみにA18sとは別に、2017年発売のA18tというモデルもあります。どちらも$2,990で18BA・tia・apexモジュール搭載、しかもBAの帯域配分も全く同じ(1tia・1高・8中・8低)なのですが、新作A18sとNioは新たにLIDという設計が導入されています。つまり簡単に言えば、A18sとA18tはLIDの有無による音色の好みで選ぶ事になります。

apex・tia・LID

64 Audioがこれほど高価でもファンが多い理由として、いくつかのユニークな独自技術を採用している事と、実際にそれらがサウンドに与える影響がはっきり実感できる、という事が言えると思います。

apexモジュール

まず外観で一番目立つのはapexモジュールです。ハウジング外側にアルミの筒状部品があり、これを引き抜いて交換することでサウンドチューニングを変更するというギミックです。

これまでマルチBA型モデルでのみ採用されており、ハイブリッド型のTrio・Fourteでは非搭載だったのですが、今回Nioにも導入されました。

apexモジュールはOリングでしっかり圧入してあるので、意図的に引っ張らない限りは勝手に外れることは無いと思いますが、米粒のように小さいので、交換時にスペアモジュールを紛失しないよう注意が必要です。

ノズルの真後ろに穴があります

ちょうど出音ノズルの軸線上背面に位置しており、モジュールを引き抜くと完全開放状態になるので、その状態で聴くと低音がスカスカの軽い音になります。ここに密閉具合の異なるモジュールを挿入することで、主に低音の量感を調整するという仕組みです。

Nioでは銀・グレー・黒の三色のモジュールが付属しており、その順番に低音の量が強くなるようです。

低音の量というのは、ユーザーの趣向や音楽ジャンルの好みによって正解が決められないものなので、イヤホンメーカーにとっては常に悩みのタネです。高価なイヤホンだからこそ、ユーザーに選択肢を与えてくれるのは嬉しいです。

また、apexモジュールを採用しているということは、必然的に音の一部が外側に抜けるセミオープン設計になるわけで、一般的な密閉型イヤホンのような耳栓っぽい詰まりが低減され、自然で開放感のあるサウンドが実現できます。


tiaというのは出音ノズルの中に小型の高域用BAドライバーを収めてしまうというユニークな仕組みです。

一般的なマルチBA型イヤホンのようにドライバーから長いホースのようなもので音を伝えるデザインだと、特に高音に変なクセやピークが加わってしまうため(笛や管楽器と同じ原理です)、耳から最短距離にドライバーを配置する事でそれを回避するというアイデアです。

tiaは2017年のFourteに採用されて以来多くのモデルに導入されています。個人的な感想として、tiaの効果は一長一短といった感じで、たしかに高音がダイレクトでクリアに聴き取れるのですが、他のドライバー群とは別に高音だけ間近の空間から飛び出してくるようなバランスの悪さもあったので、特に音場再現を大事にしたい録音ではむしろ逆効果だと思えることもありました。新しい技術だけあって、使い所を見極めるのが難しいようです。

今回NioとA18sで新たに導入されたLID(Linear Impedance Design)というのは、ドライバー間のインピーダンスを合わせることに重点を置いたクロスオーバー回路のようです。

以前のモデル(A18tなど)でもパッシブクロスオーバー回路は搭載していましたが、あくまで周波数帯域の擦り合せのみの役割だったのですが、LIDではインピーダンスつまり位相補正も考慮した回路に再設計したようです。

マルチドライバーにおける位相補正というのは議論が絶えない話題です。大規模な回路部品が組み込めるフロアスピーカーならまだしも、イヤホンの小さなハウジングの中に詰め込むとなると困難なので、下手なパッシブ素子を通すくらいならクロスオーバーレスで自由奔放に鳴らす、というメーカーも結構多いです。

理想論としてはすべてのドライバーの周波数特性・能率・インピーダンスを任意に作ることができれば補正回路は不要になりますが、現実ではそれは不可能ですから、何らかの補正回路は必須です。(それが嫌いでシングルドライバーのみ支持している人も多いです)。

LIDの効果については後述しますが、やはり現在のマルチBA型イヤホン市場を見ると、それこそ何十万円もするようなハイエンドモデルでもインピーダンスの乱高下が野放しになっているため、少なくともLIDでそれを解消しようという試みは嬉しいです。


インピーダンス

まずNioとA18sのインピーダンスを測ってみました。公式スペックではNioが6Ω (1kHz)、A18sが8Ωという事で、どちらもかなり低い部類ですが、実測ではもうちょっと低いようです。

一般的なマルチBA型イヤホンと比べると、かなり平坦なインピーダンス特性です。特にアンプに負担がかかる急激な谷が無いのが優秀です。これがLIDの効果なのでしょうか。

Nioはダイナミックドライバー搭載のハイブリッド型、A18sは18BAのマルチBA型と、それぞれ全く異なる構成なのに、全体的なインピーダンス特性が似ているのが面白いですね。

LIDの効果のほどは、LID非搭載の過去モデルFourte・U18tと比較してみると一目瞭然です。とくにU18tはかなり激しいですね。

これは64 Audioのみでなく、ほとんどのマルチBA型で見られる傾向ですが、このようにドライバー間でのアップダウンが激しいと、クロスオーバー周波数での位相が狂いまくり整合性が悪いですし、アンプから見た負荷も相当困難です。アンプを自動車に例えるなら、インピーダンスの上下は急な坂道のようなもので、そこを一定速度(つまり一定の音量)を維持して走行するのは大変です。

ようするにLIDはアンプのパワーに極力依存せずに、デザイナーの意図したサウンドを実現するのが狙いです。どれだけ高音質なイヤホンが作れても、アンプを変えるごとに鳴り方が変わってしまうようでは優秀とは言えません。すでにU18tやTia Fourteなどでフラッグシップにふさわしいサウンドが実現できたのだから、今度はそのサウンドがどのアンプを使っても保証されるようなデザインを目指すというのは、技術開発としては正当な考えだと思います。

Nioで三種類のapexモジュールを変更、もしくは未装着の状態でインピーダンスを測ってみたのですが、全てのグラフがピッタリ重なってしまいました。

よく低音の鳴り方が変わるギミックがあるイヤホン・ヘッドホンだと、ドライバーの振幅に制約を与えてしまい、インピーダンスにも変化があるものが多いのですが、apexモジュールはそうならないのが面白いです。

つまり、どのapexモジュールを選んでも、ハウジング内部でのドライバーの電気的な駆動に遡ってまで変な悪影響を与えないという事を意味すると思うので、優秀なセミオープン設計だと言えます。

音質とか

今回の試聴では、普段から使い慣れているHiby R6PRO DAPを使いました。Nioはインピーダンスが6Ωと結構低いですが、105dB/mWということで、実際にも鳴らしやすい部類なので、最近のDAPなどであれば問題ないと思います。

逆に極端に感度が高いというわけでもないので、ちょっとボリュームを上げただけで大音量になるとか、ノイズが目立つということもなく、使い勝手の良いイヤホンです。

Hiby R6PRO

LIDのおかげで出力インピーダンスの影響をあまり受けないということは、アンプ選びはノイズやクロストークの低さなどに重点を置いたほうが良いかもしれません。

出音ノズルが比較的長いので、イヤピース選びには配慮が必要です。AzlaやJVCなど根本まで貫通するタイプと、SpinFitやComplyなど定位置までしか挿入できないタイプでは、耳穴に入り込む深さがかなり変わるので、tiaドライバーを搭載していることもあって、高音の印象が大きく変わってしまいます。私は今回AzlaのSサイズを使いました。

LINNレーベルから新譜でRobin Ticciati指揮DSOベルリンのシュトラウス「ドンファン」「死と変容」Louise Alderが歌う歌曲集のアルバムです。

LINNとTicciatiのアルバムでも、スコットランド室内管との作品は結構激しめですが、こちらDSOベルリンとのほうが重厚で立体的な良い感じです(シュトラウスはスコットランド室内管とだと疲れてしまいそうです)。Alderの歌はちょっと表情が硬いのでコンクールっぽいですが、前半のドンファン、後半の死と変容と、どちらも怒涛の大爆発系クラシックなので、中間の箸休めみたいな感じで悪くないです。LINNらしく、まさにHI-FIテスト盤のために作られたような高音質です。

HighNote/Savantのセールをやっていたので、買い逃していたアルバムをいくつか手に入れたのですが、特にこのFreddy Cole 「My Mood is You」は良かったです。

惜しくも今年6月に88歳で亡くなってしまったフレディ・コールは、実兄ナット・キング・コールと比較されがちですが、長きにわたるキャリアで得たファンの数はナットを凌ぐかもしれません。この2018年のアルバムは最後の公式セッションで、レギュラートリオとしっとりしたダークなスタンダードを歌っています。ベースが重く力強く録音されているので、オーディオ機器の低音再生能力(量ではなく質)が試されるアルバムです。


64 Audio Nioのサウンドを簡単にまとめると、全体的に音抜けがとても良く、低音が力強く弾み、楽器にクッキリとしたメリハリがあり、高音は繊細で刺さらない、といった具合に、かなり良い感じです。とりわけ目立った弱点も無い、ハイエンドと呼ぶにふさわしい仕上がりで、ジャンルを問わず、あまりシビアにならずに充実した演奏を味わえる、優れたイヤホンだと思います。

とくに意外だったのが、高域のtiaドライバーがそこまで主張しない点です。上位モデルのFourteとTrioではこれがかなり目立ってしまい、クリアではあるものの気を使う印象があったのですが、Nioではそれほど意識しません。FourteやTrioはapexモジュールを搭載していなかったからでしょうか。

FourteやTrioの方が録音された高音が「全部聴き取れる」ような目覚ましい効果があるのですが、全体的なバランスを考えると不釣り合いでもありました。たとえばステージ上で楽器を演奏しているのに、指使いのカチャカチャした雑音や、奏者の鼻息とかが耳の真横で聴こえてしまうような感じです。オーケストラでも、全景が前方に展開されるのに、スポットマイクで拾った椅子のギシギシが耳元で鳴るのが気になりました。Nioではそういった「余計なお世話」が無くなり、演奏全体のプレゼンテーションが自然です。

ようするにドライバーどうしの繋がりが上手く整えられているという事なので、新たに導入されたLIDクロスオーバーが上手く作用しているのだと思います。物理的に考えても、たとえばスピーカー設計ではツイーターとウーファーの出音面を揃えるなんてよく言われてますし、マルチBAイヤホンでも、出音ダクトの長さを調整することでタイミングを合わせるといった話も聞きます。tiaドライバーはわざとそれらとは真逆の事をやっているわけですから、パッシブクロスオーバー回路で調整するのは必須なのかもしれません。

次に、低音側に注目すると、apexモジュールの効果は絶大で、三種類を入れ替えることで、ダイナミックドライバーとの相乗効果がはっきりと感じ取れます。色々と入れ替えて聴いてみるとわかるのは、ダイナミックドライバーが中域の上の方まで、というかNioのサウンドの大部分に貢献しているという事です。

一般的に、ハイブリッド型イヤホンというと、マルチBAが主体で、ダイナミックドライバーは低音に迫力を与えるためだけの(いわゆるサブウーファー的な)役割を与えている設計が多いのですが、Nioの場合はそうではありません。かなり上の方までダイナミックっぽい鳴り方で、感覚としてはベイヤーXelentoなど大口径ダイナミック型イヤホンを聴いている感覚に近いです。

おかげで、よくハイブリッド型にありがちな、「ここから下はダイナミックドライバー、ここから上はBAドライバー」といった感じの境界線が気になりません。つまりボーカルなどに不自然な捻じれや穴が無く、コントラバスやチェロなど低音寄りの楽器も最低から最高音まで統一感のある鳴り方をしているのが嬉しいです。

apexモジュールを交換することで低音の量感が変わるのですが、単一のピークではなく、中域にまたがる全体が上下に調整されるような変化なので、どれを選んでも極端なクセが無く、実用的に使えそうです。

たかがイヤホンがここまで高価である必要はあるのか、という疑問は誰しもあると思いますが、この低音の作り込みだけをとっても、決して安価なイヤホンでは真似できない鳴らし方だと思います。

たとえば、安易に低音を強調したイヤホンでコントラバスを聴くと、100HzくらいだけをEQでブーストしたような、楽器本来のバランスが崩れるような不自然な効果になりがちですが、apexモジュールでは、コントラバスそのものがリスナーの近くに寄ったり離れたりといった感じに変化します。

一番低音が強く出る(黒)モジュールだと、明らかにフラットではなく、低音がかなり主張するので、クラシックなどを聴くにはバランスが悪いですが、鳴り方自体はとても開放的で抜けが良いので、強烈なわりに、響きが他の帯域を覆い隠すような事もありません。

単なるパンチの強いドンシャリではなく、あくまで高水準なハイエンドイヤホンを基調として、手軽なモジュール交換だけで強烈な低音が引き出せる、というのはなかなか他では味わえないと思うので、ヒップホップやEDMなどで、ダイナミックドライバーらしい低音のパンチや重みが欠かせない、けれどシングルダイナミックからアップグレードしたい、という人には理想的なイヤホンかもしれません。

中間(グレー)と一番軽い(銀)apexモジュールなら生楽器演奏でも違和感は無く、気分に応じてどちらを使っても良さそうです。グレーのモジュールでも一般的なマルチBAなどと比べて低音の量が多いのですが、音が遠くまでよく抜けて、スケールが大きく、分離が良いので、聴いていて邪魔になりません。銀モジュールが一般的なフラットな印象に近いのですが、それまで低音があった空間位置が目立たなくなってしまうため、若干音場展開が上下に狭くなる感じがします。

そんなわけで、低域はapexモジュールで好みに調整できますが、Nio本体の特徴はむしろ中~高域にかけての鳴り方にあると思います。私はかなりツボにはまったというか、好みの鳴り方だったのですが、個性的ではあるので好き嫌いは分かれそうです。

1DD + 8BAという構成から想像するよりも、もっと上の方までダイナミックドライバーっぽい鳴り方で、ボーカルや楽器が比較的近い距離でクッキリ鳴り、残響などは遠く奥の方へ伸びていくので、響きが邪魔をすることが無く、主役と背景のメリハリが誇張されます。音像は近いですが、上下左右に広く展開するので、スケールが大きく、混雑しません。楽器の定位がぴったり決まって、急に前に飛び出してきたり、奥に隠れたり埋もれたりといった不具合もほぼ感じられないので、「派手で押しが強いのに、余裕があって、場をわきまえている、優等生」みたいな不思議な魅力があります。

さらに、このまま行くと高音は派手で刺さるだろうと思っていると、実際は高域に向かうにつれて音が繊細な厚みを出して、左右奥へと展開していきます。tia + apexの効果でしょうか。これは数あるイヤホンの中でも結構珍しい部類の鳴り方だと思います。

たとえば典型的なダイナミック型イヤホンだと、振動板に金属コーティングしたり、ハウジングに硬く響く金属を使ったりなどで高音の不足分を補う手法が一般的なのですが、Nioの場合はダイナミックドライバーに対して8BAがその役目を担っているように聴こえます。

つまり高音に金属っぽい響きが付帯するのではなく、ダイナミックドライバーに不足している部分をBAで補うことで、主役の楽器やボーカルの輪郭を際立たせて、背景の空気感や臨場感を提供する、みたいな仕上がりになり、それ以上の余計な響きや刺激を加えません。

そのため、いわゆる「低音寄りドライバー+金属っぽい刺激」みたいな典型的なV字ドンシャリ系イヤホンには成り下がらず、空気感豊かな背景の上で、楽器や声が派手に鳴ってくれるという、魅力的なサウンドとして仕上がっています。


同時に試聴したA18sの方ですが、全体的な鳴り方や質感は意外なほどNioと似ており、18ドライバー搭載にしては、ずいぶん抜けがよく輪郭がしっかりしたサウンドです。前作U18tはもっと典型的なマルチBAらしい、細かな音が壁のように整然と敷き詰められた鳴り方だったので、両者の違いに驚きました。

もっとも、今回試聴したA18sはユニバーサルの試聴機ですので、実際のカスタムIEM版でどれくらい音が変わるのかは気になります。また前作といっても、ユニバーサル版のU18tの話で、カスタムのA18tの方は未聴です。

Nioと鳴り方が似ているというのは、音像の配置が比較的手前寄りで、空気が奥に抜けていくような感じですが、とくにtiaドライバーの存在が従来よりも気にならなかったりなど、多分LID回路のおかげでドライバー間のブレンドを整えるという一手間が加わったことで、統一感のある音作りが実現できているようです。双方とも進化を遂げた最新機種なのだということに説得力があります。

低音に関しても、Nioはダイナミックドライバーを搭載しているため、apexモジュールを低音が一番強く出るタイプを装着すれば、A18sでは到底不可能な強烈な低音が得られるのですが、低音が軽めなモジュールを使った場合は、絶対量や雰囲気にはそこまで大差ありません。

NioとA18sの違いが一番明確に現れるのはむしろ中~高域にかけてだと思います。Nioは先程言ったとおり、派手でメリハリの強い中域があって、そこから高音に向かうと意外なほどにふわっと厚くなる傾向でした。つまり派手に聴かせるポイントを中域に持っていき、低域と高域はそれにかぶらないように厚めでゆったりと鳴らしています。

一方A18sの方は、低~中域をもうちょっとフラットに仕上げており、繊細で高解像を維持したまま、高域に進むにつれて一気に空間が頭上に広がっていくような鳴り方です。いわゆるマルチBA型として想像する鳴り方の延長線上にありますが、耳障りな刺さりや、金属っぽい艶の乗せ方ではなく、あくまで高解像で細かく仕上げているのがプロフェッショナルモデルらしいです。


もし資金が無限にあるとして、私だったらNioとA18sのどちらを選ぶか、という事になると、私の用途ならNioを選ぶと思います。

A18sのサウンドの方がレファレンス的な分析力があり、汎用性が高いと思うのですが、私なら普段それは自宅の開放型ヘッドホンとかで済んでしまうので、あえてIEMイヤホンでその必要性を感じません。もちろんプロの現場で、レファレンスヘッドホン的なサウンドをIEMイヤホンにも求めるのであれば、A18sはまさに最適です。

私の場合、プロでもなんでもなく、単なるエンジョイ勢というか、DAPで聴きたい音楽を鑑賞するだけの使い方なので、わかりやすく派手に良い音で鳴ってくれるNioの方が好印象です。しかも、こういった聴き応えのあるイヤホンというと、味付けのクセが強くて、すぐ飽きてしまいがちですが、Nioはそのへんがとても高水準に仕上げてあり、しかもapexモジュール交換での気分転換もできるのが利点です。たとえ作為的であっても、レファレンス以上に良い音で音楽鑑賞が楽しめるということが、高価なハイエンドイヤホンにふさわしい魅力だと感じました。

ケーブルについて

64 Audioは一般的な2ピンIEM端子を採用しているので、社外品アップグレードケーブルの選択肢が豊富です。

2ピンIEMケーブル

今回Nioを試聴していた際に、ちょうどEffect Audioの新しい低価格ケーブルラインナップも試聴する機会があったので、Nioで使ってみる事にしました。Vogue Seriesという1-2万円のケーブルです。

結論から言うと、Nioの付属ケーブルが意外と良い感じだったので、とりわけ社外品に交換する必要は無いと思いました。

公式サイトによると、Nioの付属ケーブルは「Premium Cable」という銀メッキ銅ケーブルだそうで、単品でUS$129です。さらにこの上に「Premium Silver Cable」という銀+銀メッキOCCのアップグレードケーブルも販売しており、そちらは$499です。ちなみにA18sなどカスタムIEMには「Professional Cable」という$40の安いケーブルが付属しています。

値段や材質で音質の優劣を決めつけるのは良くないと思いますが、実際Nioの付属ケーブルは下手な安物ではないことは実感できます。Effect AudioのVogue Seriesラインナップは銅→銀メッキ銅→銀+銅と三ランクがあるのですが、どれも結構明確に「これが銅っぽい音です」「これが銀っぽい音です」と明確に主張するような傾向で、つまり初心者でもベーシックなケーブルからのアップグレード感がわかりやすいような商品だと思いました。一方Nioの付属ケーブルの方が全体的なバランス感が良く、変に特出したクセも無いので満足できます。

Nioの付属ケーブルよりも明らかなアップグレード感が得られるケーブルとなると、Effect Audioで色々試してみても、それこそ10万円もするようなケーブルになってしまうと思うので、もはやレビューであれこれ言えるレベルではありません。高価なイヤホンですから、余裕がある人ならプレミアムなケーブルも検討しても良いと思います。

ようするに、付属ケーブルは一見チープな黒い編み込みタイプですが、実は意外と悪くない、という話です。以前Nobleでほぼ同じ見た目のケーブルがかなりインピーダンスが高くサウンドの変化に悩まされたので、ケーブルは見かけによらない、という事ですね。


おわりに

64 Audio Nioは非常に高価で個性的な、まさに嗜好品と呼べるイヤホンですが、個人的にかなり気に入りました。ちょっと高すぎて買えないのが残念ですが、今のところ2020年に試聴した中で一番欲しい新作イヤホンです。

値段相応(?)に素晴らしいイヤホンです

やはり最大の魅力は、64 Audioがこれまでに生み出したapex・tia、そして新たなLIDといったアイデアが高レベルで融合できており、旧作で感じたような不満が解消され、着実な進化が感じられる事です。過去のモデルを聴いてきた身としては、数々のアイデアがただの飛び道具的なギミックで終わらず、ちゃんと開発の筋を通しているという点に好感が持てます。

サウンドはレファレンスモニターというよりは派手目で鮮やかな仕上がりですが、各帯域の繋がりが良く、目立った弱点が無いため、コストパフォーマンス度外視の嗜好品としては、これで良いと思います。上位モデルTrio・Fourteよりも、こちらのほうが自分の趣味に合っています。

カスタムIEMのA18sの方がもうちょっと聴き慣れた高解像サウンドに近いですが、それでも意外なほどにNioとよく似たサウンドなので、ハイブリッド・マルチBAといった垣根を超えて、メーカーとしてのサウンド設計が上手くできていると思います。こういったところも、他のイヤホンメーカーではなかなか真似できない芸当です。

好みが大きく分かれそうなサウンドですが、ダイナミック・マルチBAのどちらでも、既存のIEMイヤホンに行き詰まりを感じている人なら、現状トップクラスのイヤホンサウンドがどの程度のものか、ひやかし程度にでも聴いてみる価値があるモデルだと思います。