2020年8月5日水曜日

ゼンハイザー HD25 ヘッドホン(2020年版)について

ゼンハイザーHD25はまさに「世紀の傑作」と呼ぶに相応しいヘッドホンなのですが、なんとなく数年に一回くらいのペースで、その素晴らしさを改めて再確認する機会がやってきます。

HD25 2020年版

今回はゼンハイザー創業75周年記念パッケージというのが出たので、気になって購入してしまいました。

最近になってラインナップや製造国が変わったりなど、常に変化を続けているHD25なので、使ったことがない人のためにも、あらためて紹介しようと思いました。


HD25

HD25というのはドイツ・ゼンハイザー社の代表的なオンイヤー密閉型ヘッドホンで、いわゆる業務用モデルとして、主にプロ楽器店などで販売されています。

1988年に発売したモデルなので、同じく有名なソニーMDR-CD900ST(こちらは1989年発売)とほぼ平行して、今でも売れ続けている、息の長い定番品です。

プロ用といっても、ゼンハイザーの場合、レコーディングスタジオのマスタリング最終過程での細かな音質評価を行うには、開放型ヘッドホンのHD600・HD650・HD660・HD800といったモデルを推奨しており、それらは実際にほぼ業界スタンダードと呼べるくらい広く普及しています。

一方HD25は、堅牢で小型軽量、しかも密閉型で遮音性が高いということで、テレビのロケ収録やコンサート会場の雑務などで使っている人をよく見かけます。

クラブDJ用としてもプッシュしているようですが、著名DJの多くはデッキスポンサーから支給されたブランドヘッドホンを使っているケースが多いので、そこまで普及していないようです。また、クラブDJ用ヘッドホンとなると、騒音下でもビートを把握できるドンシャリなチューニングが求められるのに対して、HD25は音声に適した中域寄りなので、あまりDJ用っぽいサウンドではありません。

75周年

今回2020年7月に発売した「ゼンハイザー創業75周年記念モデル」というのは、お菓子の期間限定特別パッケージと同じような感じで、中身に関しては目立った違いはありません。

パッケージ以外では、通常の黒いイヤーパッドとは別に、特別な黄色いイヤーパッドがオマケで付属しています。あとは細かい点ですが、ゼンハイザーロゴが古いタイプ(左右に波模様)になっている、というだけです。

よくある限定版プレミアム商法と大きく異なる点は、ゼンハイザーは今回あえて通常よりも販売価格を下げて、さらに管理番号も通常版と同じにすることで、いわば期間限定セールといった扱いにして、在庫が無くなるまでもれなく記念モデルが手に入る、という売り方になっています。

「値段が安くなったし、これを機会に買ってみるか」という気を起こさせるためにも、良い戦略だと思います。黄色パッドが苦手でも、黒いパッドも付属しているので損はありません。

オンラインショップなどで実物を見ないで買う場合は、ショップ在庫次第で手に入るかどうかわかりませんが、店頭で陳列されていれば確実に手に入るので、小売店に足を運ぶきっかけにもなります。(コロナ自粛中でタイミングが悪いですが・・・)。

私自身も、HD25は過去に持っていたのを友人にあげてしまってから、いつか買い直そうと思っていた矢先、近所の楽器店にて黄色のパッケージを見かけて、つい衝動買いしてしまいました。まんまとゼンハイザーの狙いに引っかかったわけです。

パッケージ

黄色が目立つ75周年記念パッケージは、通常パッケージデザインの上にかぶせてあるスリップケースです。裏側には現社長のゼンハイザー兄弟からの記念メッセージが書かれています。

黄色が目立ちます

裏側

ゼンハイザーは世界的な大企業なのに、いまだにゼンハイザー家による非公開家族経営なのが面白いですね。おかげで経営方針が安易に翻弄されずに筋が通っているのが長年の人気の秘訣だと思います。

内箱

パッケージ紙箱の方は通常版とほぼ同じデザインでありながら、パッドが黄色くなっているのが良い演出だと思います。

黄色パッドというのは、初代HD25がそうだったから、というわけではなく、1968年に登場した初代ヘッドホンHD414に黄色のスポンジパッドが使われていたからだそうです。

ちなみにHD414の黄色スポンジパッドは現在でも純正交換部品として販売されており、偶然Gradoヘッドホンにピッタリ合うため、HD414というヘッドホン自体は見たことがなくても「Gradoで使う黄色いスポンジ」としてのほうが有名かもしれません。

デザイン

HD25には世代ごとにいくつかのバリエーションがありますが、このモデルはいわゆるスタンダード(クラシック)タイプと呼ばれるやつで、70Ω・120dB/Vrmsのダイナミックドライバー搭載、1.2mケーブルという仕様です。

黄色パッドは記念品ということで、使うのが勿体ない気がして、私はすぐに黒パッドに付け替えてしまいました。

旧ロゴ復刻だそうです

ルーマニアです

ちなみにこの75周年記念と前後して、製造国がこれまでのアイルランドからルーマニアに変更されました。

ヘッドバンドやハウジングのプラスチック品質は以前のアイルランド製と比べて劣っているというわけではなさそうです(そもそも最初からチープな風貌ですし)。

イヤーパッドはビニール製で純正交換部品として現在手に入るものと同じタイプです(いわゆるVer.2パッドというやつです)。人気機種だけあって色々なパッドが手に入るので実験してみるのも楽しいですが、この純正パッドは装着感と音質のどちらもかなりよく出来ているので、まず一旦これに慣れてから他のパッドを試してみるのが良いと思います。

秀逸なデザインです

HD25がロングセラー名機である理由は、音質はもちろんのこと、そのデザインの素晴らしさによるものが大きいです。

業務で使ったことがある人ならわかると思いますが、一見チープなデザインとは裏腹に、使い勝手、信頼感、装着感の全てが高水準にまとまっています。

プラスチックの軽さとしなやかさによる絶妙なバランスにより、側圧は強めでもピタッとホールドしてくれるため、慣れてくると装着している事を忘れてしまうほどです。軽量で安定感があるので、屋外で走り回るような業務でもはずれにくく、安定感が抜群に良いです。

さらに、余計な回転折りたたみ機構などが無いので、片手で持ってもグニャグニャと動かず、素早く着脱できますし、首に掛けても違和感がありません。

また、手軽に分解でき、故障の際にはドライバーやヘッドバンドなど部品単体で購入可能、しかもポピュラーなモデルなので、放送映像系・プロオーディオショップであれば大抵の在庫がある、という安心感もあります。

とはいえ、かなり堅牢に作られているため、落雷や水没など極端な理由でもなければ、そうそう壊れるものでもありません。

ヘッドバンドが二分割できるデザインは、一般的なヘッドホンではあまり見かけないギミックですが、用途によってはかなり重宝します。まず、頭頂部に負担が掛からないため、長時間着用しても痛くならない事、髪型が潰れにくいこと、そして、屋外作業で帽子(キャップ)をかぶっても頂上の出っ張りにぶつからず、しっかり頭に安定してくれること、といった点が思いつきます。

オンイヤー型ヘッドホンは苦手だという人も多いと思いますが、キャップやニット帽をかぶって作業したり、もしくはサングラス・メガネ着用時には、アラウンドイヤー型だと隙間が出来て密閉が得られず、遮音性が悪くなるので、オンイヤー型のほうが断然良いです。

メガネや革靴とかと同じで、慣れるまで最初は痛くても、ずっと使っていると気にならなくなってきます。明らかに骨にぶつかる部分などがある劣悪な設計ならどうしようもありませんが、HD25はそのあたりの設計が優秀なので、他のオンイヤー型ヘッドホンと比べても、思いのほか快適だと思います。私の場合は、パソコンデスクで3~4時間以上ずっと作業するならアラウンドイヤー型の方が良いかな、というくらいの感覚です。

回転できます

ハウジングは凹凸のある棒に沿って上下に調整できます。この棒はCapsule Restという名称で、左側のみ前後に回転できるようになっています(ヒンジは摩擦が結構強いので、勝手に回転してしまうということはありません)。つまり装着したままで片耳モニタリングが可能で、その状態でも、もう片方はしっかりと耳に密着した状態を維持してくれます。これは実際に使い慣れてみると、かなり秀逸なデザインだと関心します。

さらにスペアパーツとしてCapsule Rest Turnable (561086)Capsule Rest Fixed (561087) でそれぞれ購入できるので、左右どちらも固定や回転可能にすることも可能です。スタジオで使うから左右ともガッチリ固定している方が良い、とか、両方回転させてネックバンド型っぽく使いたいなど、安価に自己流の改造が楽しめます。

扱いやすいケーブルです

ケーブルは1.5mタイプで、旧型よりも若干しなやかで肌触りの良い材質です。サラッとしているので絡まりにくく、クセも付きにくいので、不満はありません。3.5mm L字端子に、6.35mmネジ込みアダプターが付属しています。

ちなみにHD25のケーブルは「右側片出し」という点に注意が必要です。スタジオミキサーなどを見るとヘッドホンジャックが右側にあることが多いので、理に適っているのですが、他社のヘッドホンは左側片出しが多いので、つい間違えてしまいます。町中でHD25をケーブル左側で装着している人を見かけたら密かに笑ってください。

このネジと板でケーブルが固定されています

左右両出しのバランス接続なんかも可能です

また、ケーブルは容易に着脱でき、コネクターはHD650などと同じタイプで、しかもハウジングを上下逆に入れ替えることもできるので、上の写真のように左右両出しに改造することが可能です。

たとえばHD660Sに付属している4.4mmケーブルを使ってバランス駆動、なんて事もできますから、意外なほどに守備範囲が広く、多機能なヘッドホンです。

HD25のバリエーション

1988年の発売から、長い歴史をの中で、多くのバリエーションが存在しています。

2020年現在、現行モデルとして手に入るのはHD25 (Classic)・HD25 Plus・HD25 Lightの三種類です。

Plusというのは通常版よりもちょっと値段が高く、1.5mとは別に3mコイルケーブルが付属、さらにイヤーパッドもスペアが入っています。

HD25 Lightは廉価版で、ヘッドバンドが分割できないデザインなので見分けがつきます。これについては、ちょっと事情がややこしいです。数年前まではHD25 SPという、同じデザインの廉価版があったのですが、そちらはドライバーが通常の70Ωではなく85Ωで、本物のHD25とは別物の安っぽいサウンドだということで、あまり高く評価されていませんでした。

現在のHD25 Lightになってからは、ドライバーが通常のHD25と全く同じ70Ωのものに変更されています。(交換品の部品番号もHD25と同じです)。そのため、HD25のサウンドを最安値で楽しむにはオススメできるのですが、以前のHD25 SPとデザインが一緒で混同されやすく、未だに勘違いしている人もいるようなので、レビューなどを読む時は注意が必要です。

HD25は1988年~90年代初頭までドイツ製で、それから1990年に設立されたアイルランド工場に移行しました。当時アイルランドは租税地としてヨーロッパから多くの企業工場を誘致しており、HD600やHD650などの製造国としても馴染みが深いです。

ゼンハイザーは2019年にルーマニアに工場を新設、今後はHD25を含めた多くのモデルがルーマニア製に移行することになりそうです。HD25 Lightのドライバーが統合されたのも、この工場移転がきっかけかもしれません。

HD25は歴史が長いため、製造時期によって微妙な違いがあり、それらを楽しむコレクターも多いです。ただし、気をつけなくてはならないのは、HD25は修理部品が容易に手に入るため、中古品でパッケージや外観が古いものでも、中身のドライバーカプセルやケーブルなどは交換されている事もあります。放送局の中古品放出とかでは部品取りでニコイチされていることも多いです。

また、吸音素材やケーブルなどは経年劣化が避けられず、特に初期の鉄製コイルケーブルなんかは、修理のために分解してみると、中がサビだらけというのも多いです。つまりエージングというか劣化による音質変化も個体差が大きいです。

ビンテージも良いですが、やはりHD25の最大の魅力は、いつの時代でも同じ使い慣れたモデルを店頭で購入できる安心感にあると思います。

HD25のバリエーションというと、2016年くらいまでは2mケーブルのHD25-IIや、600ΩのHD25-13など、現在とは異なるモデルも展開されていました。

バリエーションとか

他に気になるバリエーションとしては、2012年のAmperiorと、2013年のHD25 Aluminumがあります。どちらもハウジングがプラスチックからアルミにアップグレードされた特別版です。それぞれ青と銀が選べました。

Amperiorは当時ヘッドホンブームが始まったばかりという事もあり、ストリートで使えるDJヘッドホン、といったアレンジを加えた商品です。具体的には、ドライバーのインピーダンスが70Ωから18Ωに引き下げられ、イヤーパッドとヘッドクッションはマイクロファイバー製、ケーブルにはスマホ用マイクリモコンが付き、リモコン部分のジャックで分離できるようになっています。

HD25 Aluminiumの方は、HD25発売25周年記念ということで、通常版HD25と同じスペックで、ハウジングのみアルミに変更、専用キャリーケースが付いた豪華版でした。

Amperior(右)だけケーブル保持が一体式で、しかも壊れやすいです

音質については後述しますが、個人的にはやはり通常版HD25が一番完成度が高いと思います。

たとえばAmperiorのリモコンマイクケーブルはベタベタしてクセがつきやすく悲惨な仕上がりで、しかもケーブル固定パーツが一体型デザイン(HD25 Plusのコイルケーブルと似たようなタイプ)になっているため、一般的なHD25用ケーブルを買っても固定できないという罠があります。

個人的によく使うHD25 Aluminum

HD25 Aluminumの方は基本的に通常版と同じですが、ケーブルがちょっと貧弱で断線して壊れてしまったので、私はオヤイデの安い互換ケーブルに付け替えて使っています。

さらに、これらのモデルが出た2012年頃というと、ちょうどゼンハイザーがHD800やHD700など近未来的な新進気鋭モデルを続々とリリースしていた時期で、例の悪夢のような「疑似スエード調素材」が多用されており、どれも5年くらいで壊滅的に粉々に劣化します。

黒い粉問題

HD25 Aluminum専用ケースも・・・

実は、今回HD25 75周年記念版を買って、せっかくだからAmperiorとHD25 Aluminumと比較してみようと思って倉庫から出してみたら、どちらも悲惨な状況になっており、せっかくだからパッド類を新品に交換しようと急遽注文することになり、ブログを書くのが遅れてしまいました。

純正パッドはビニールタイプとベルベットタイプの二種類が選べますが、今回はビニールタイプで全部統一しました。こちらのほうが耳との密着が良いので遮音性が高く、さらに薄手でドライバーと耳の間に余計な空間が生まれないため、ダイレクトなサウンドになります。

純正交換パッド類

純正スペアを取り寄せたら、以前のような青白紙タグのパッケージではなく、新しい白黒ポリ袋になってました。ルーマニアかと思ったらドイツ製だそうです。このタイプのパッド(578881)はVer.2と呼ばれており、以前使われていた薄いしわくちゃなタイプよりもしっかりした紙みたいな手触りです。耐久性は高そうで、装着感も良好です。

ちなみに、純正交換パッドはペアでの販売ですが、ヘッドバンドのスポンジ(543657)は何故か一本づつなので注意してください。

パッド類を交換すると気持ちが良いです

旧パッド、Ver.2、YAXI

非純正のパッドも装着感や音が変わるので試してみる価値がありますが、マーケットプレイスとかで売っている安価なコピー品だと、薬品臭かったり、耳が痛くなったりなどの経験があるので、あまりオススメできません。

その点、社外品でもYAXIなど有名なパッドメーカー品のほうが長持ちしてくれています。特にYAXI HD25 Type Bパッドは、ドライバーから耳までの距離が離れて音響空間が生まれ、低音や高音が強調されるドンシャリ気味になるので、音的にはそっちの方が気にいる人も多いと思います。

インピーダンス

HD25の公称インピーダンスは70Ωということで、近ごろのイヤホンと比べると若干高めですが、幅広い用途で活用するとなると、これくらいがちょうどよいです。

たとえばインピーダンスが低いイヤホンをパソコンやカメラなどで使うと、ボリュームを最小まで下げても音が大きすぎるとか、ノイズが目立ってしまうなど、意外と使いづらかったりします。

インピーダンス

HD25(A)HD25 Aluminium(B)のインピーダンスはほぼ同じで、低音の山はハウジング由来なので、新旧ドライバーは同じと考えてよさそうです。(HD25 Aluminumのドライバー交換部品番号は通常版HD25と同じです)。

ちなみに600Ω版(HD25-13)や28ΩのAmperiorも一応測ってみたのですが、似たようなインピーダンス曲線でそのまま上下に移動しただけなので、あえてグラフに掲載しませんでした(グラフ縦軸が見にくくなるので)。

装着時

同じヘッドホンでも、ヘッドホンを装着していない状態(A)と、耳にギュッと当てた状態(C)で電気特性がこれくらい変わります。イヤーパッドによって音が変わるというのは、このような事情もあるようです。


ちなみに、純正ケーブルはとても柔軟で扱いやすいのですが、抵抗値が往復11Ωと非常に高いので、社外品のアップグレードケーブルに交換することで、かなり音が変わります。上のグラフでは、(A)が付属ケーブルで、(D)がオヤイデの互換ケーブルです。

過去のHD25やAmperior、Aluminumなどのケーブルも同じく11Ωくらいです。ケーブルインピーダンスが高いと音が悪い、というつもりはありませんが、本来理想的なケーブルというのは、ケーブルの存在が消える事だと思うので(つまり0Ω)、さすがにここまで高いと関心できません。(HD600シリーズとかも同様です)。しかし、それを含めてのHD25のサウンドとも言えるので、今回の試聴では全て同じ純正ケーブルを使いまわして聴きました。

音質とか

まず、新たなルーマニア製と、従来のアイルランド製とで音質が違うかについてですが、新しい方が音がマイルドで伸びが良く、刺激が少ないような気がします。

もっと具体的には、以前のHD25の場合、新品開封直後はずいぶん息苦しい詰まったようなサウンドで、長期間使いこまないと自然な鳴り方をしなかったのですが(多分、湿度などによるものだと思うので、過酷な環境で使われたやつの方が音が良い、なんて話も聞きますが)、今回は開封直後から結構良い感じに鳴ってくれたので、エージング不要で楽しめました。

ルーマニア工場は2019年操業開始の最新設備ということもあり、製造技術が進化したのでしょうか。なんにせよ、これといって不満点は思い当たらないので、一安心しました。

Questyle CMA Twelve

今回はQuestyle CMA Twelveを主に使いました。IEMから大型ヘッドホンまでしっかり鳴らせる、優れたDAC一体型ヘッドホンアンプです。


Criss Cross Jazzから新譜でDavid Gilmore 「From Here to Here」を聴いてみました。ギターのGilmoreと、彼のバンドからベースBrad Jonesもゲスト参加、ピアノとドラムはCriss Crossレーベル常連Perdomo、Stricklandという強力なメンバーとのカルテットです。

オーソドックスなジャズというよりは、80年代フュージョンっぽいピロピロ弾く感じですが、曲ごとにアコギ、ジャズギター、エレキと使い分けて、音楽もそれぞれに見合ったジャンル風に変えているので、バリエーションの豊かなアルバムです。Criss Cross Jazzレーベルは昨年オーナー兼プロデューサーが亡くなって、運営の行き先が気がかりでしたが、今作はオーナーの息子が引き継いでリリースを実現したそうです。今後も事業を続けていくのかは未だ不明ですが、現存する数少ないジャズの良心のようなレーベルなので、頑張ってもらいたいです。


HD25は密閉型としては珍しく、音に一歩引いた距離があり圧迫感があまり強くないこと、そして周波数特性が自然で余計な演出をしていないこと、という二つの長所が挙げられます。

小さな密閉ハウジングを見ると「きっと音が響きまくって、低音も空気ポンプのように圧迫するサウンドなんだろうな」なんて想像しますが、実際は意外なほどにスッキリした地味な鳴り方で、肩透かしをくらいます。

この異例の仕上がりは、偶然の産物なのか、計算しつくされた設計によるものなのかは不明ですが、発売から30年以上経った今でも好評を得ている事に十分な説得力があります。

とくに優秀なのは、中域の楽器やボーカルに十分な厚みや実在感(分離、輪郭みたいなもの)と聴き応えがあることです。ドンシャリとは正反対の性格なので、長時間使っても、あまり疲労感がありません。このジャズアルバムでは、アコースティックギターならボディの箱鳴り、エレキならアンプのドライブ感、といった、楽器ごとに聴くべき個性が十分に伝わってくるのが良いです。とりわけロック系の楽曲との相性が良く、ギターが好きな人なら、歪ませたオーバードライブがしっかり味わえる満足感があります。

高音は緩やかにロールオフされている感じで、ある上限でバッサリと切られるような息苦しさや詰まりはありません。シンバルやハイハットなどもしっかり分離して聴こえるものの、金属っぽい刺さりは無く、張り詰めた空気感みたいなものも少ないです。ドライバーの限界以上の無理をしない程度に仕上げているのが好印象です。

低音側はちょっと特徴があります。キックドラムやダブルベースの重低音は意外と控えめで、スッキリとしていて見通しが良いのですが、それよりもちょっと上の、ギターやピアノの箱鳴りあたりが若干厚く重なって濁るような印象です。このあたりにハウジング共振とかがあるのでしょうか。不快というほどではなく、意識すると気になるという程度です。

周波数特性だけ見れば、もっと広帯域で派手に聴こえるヘッドホンは沢山あるのですが、HD25の最大の魅力は、出音の「つながりの良さ」だと思います。

鳴っている全ての音が一つのポイントから発せられているという感覚があり、それが心理的に聴きやすさや安心感に繋がります。これはたとえばFinal E5000とかIE800Sのようなシングルドライバー型イヤホンの利点とよく似ています。マルチドライバー化で無理に広帯域化を狙ってしまうと、帯域のばらつきが顕著になり、演奏の情景が損なわれてしまいます。

密閉型ヘッドホンの場合、バスレフ構造やハウジング素材を駆使して、ドライバーの限界を超えるような演出に仕上げていて違和感があるモデルが多いのですが、HD25はそのような特殊効果に頼らず、唯一気になる中低域の厚みも、ドライバーの帯域内に上手に潜り込んでしまっているため、鳴り方の統一感を損ないません。


HD25は完璧というわけではなく、もっと上級な大型ヘッドホン勢と比べると決定的な弱点が二つあります。

まず一つは、音色に金属っぽいキラキラした色艶が乗ってくれない事です。ドライバーの基礎設計が古いからかもしれませんが、アタックの描画が弱いようです。そのため、ベイヤーのTeslaみたいなシャープなサウンドのヘッドホンを聴き慣れている人からすると、野暮ったく面白みのないサウンドに聴こえます。いわゆる美音系ではありません。

もうひとつは、同時音数の限界が低い事です。一人の声や、一つの楽器のイメージを表現するのは得意なのですが、声や楽器の数が増えてくると許容限度を超えてしまい、だんだんと音が重なり合って不明瞭になってきます。小型密閉ハウジングのせいで、音抜けや音場の展開分離といった能力が弱いです。

こういった弱点を踏まえると、HD25が主にロケーションなどのモニター用途に適している理由がわかります。たとえば自身の演奏を録音するとか、ネット動画のナレーション編集など、一点に集中して、ノイズがどの程度か、音響は響きすぎていないか、滑舌はどうか、セリフがBGMに埋もれてないか、といった要素を的確に把握するには最適のツールです。開放型ヘッドホンだと、この辺りが結構曖昧なままで済んでしまいがちです。

一方、オーケストラとか、四人以上のバンド、大量のトラックを駆使した壮大な作風だと、HD25では細部までの描き分けができず、力不足に感じます。

Aluminum・HD25・Amperior

冒頭で、HD25は余計な演出をしていない自然なサウンドだと言いましたが、これは特にAmperior・HD25 Aluminumと比べてみるとわかりやすいです。

Amperiorはストリート・クラブDJ用という名目どおり、18Ωの特製ドライバーで低音がズンズン響くように盛ってあり、さらにアルミハウジングのおかげか高音も刺激的です。EDM作品を聴くなら断然これで良いのですが、それ以外だと明らかにバランスが悪いです。

HD25 Aluminumは通常版HD25と同じドライバーを使っていますが、アルミハウジングで高音に金属っぽさが加わります。HD25には無かった繊細さと硬さが同時に発生するので、クラシックなどの高解像ハイレゾ録音を聴くと気持ちが良いのですが、それ以外だとシャリシャリ感が目立ち気味です。

どちらも既存のHD25から一歩先へと進もうと頑張った意図は伝わるのですが、先程言った「音のつながりの良さ」は薄れてしまいます。

ちなみに以前存在していた600Ω版HD25というのも持っているので一応比べてみましたが、個人的には通常版(70Ω)の方が好みです。インピーダンスが高い方が「鳴らしにくいけど高音質」みたいな先入観があると思いますが、HD25に限っては、そうでもないようです。

600Ω版の方が音量が出しにくいのは当然ですが、最近のDAPならボリューム70%以上くらいでそこそこ鳴らせます。ただし低音の音圧が結構前に出てくる感じで、とくに弱いアンプだと低音が暴れてサブウーファーのように鳴ってしまいます。それ以外の帯域はとてもフラットで繊細なのですが、遠く奥の方で鳴っているようで、歌手や楽器の輪郭が実在感が弱いです。音数が多い場合の見通しの良さは70Ω版よりも優秀だと思いますが、聴いていてあまり面白くありません。

他社ヘッドホンでのライバルというと、個人的にはやっぱりベイヤーダイナミックT51p・Aventho Wiredが思い浮かびます。どちらもベイヤーTeslaドライバーらしく高音の切れ味が鋭く、金管楽器や女性ボーカルなどの表現が綺麗なのが、HD25には無い魅力です。一方、特にAventhoになって低音がかなり豊かになりましたが、Teslaらしい高音以外の帯域はフォーカスが甘く、集中して聴きたくてもステレオイメージが滲むのでもどかしいです。

他にはオーテクATH-M60xとかもコンセプトが近いです。過去のオーテクというと中高域が派手なシャリシャリしたイメージがありますが、最近はずいぶん変わってきて、とくにこのM60xはかなり肉厚で温厚な中低域寄りサウンドです。あまり硬派なサウンドではないので、非常に聴きやすい反面、ちょっとカジュアルすぎるかなとも思います。

他にもコンパクトオンイヤー密閉型は探せば色々ありますが、デザイン重視のオモチャっぽいやつか、もしくはあまり長続きせずに淘汰されたモデルが多いです。そんな中で、HD25は世代を超えた代表格のような存在として、その完成度の高さは今でも薄れていないことが再確認できました。

おまけ

ところで、HD25 75周年記念の黄色いイヤーパッドはHD414というヘッドホンをオマージュしたということでした。

友人が当時のHD414を持っていたので、ちょっと借りてみました。領収書には1974年と書いてあります。

HD414

HD414

パッケージは70年代の味わいがあって良いですね。パッケージ写真では青いスポンジですが、黄色パッドに交換されていました。

HD414・HD25

美品です

HD25と並べてみると、パッドのサイズは同じくらいですね。50年前とは思えないほどの美品です。プラスチックが加水分解などで劣化していないのは素晴らしいです。

コネクター

ケーブルコネクターがHD25などと同じというのが凄いです。1970年代からずっとこれを使っていたというのは知りませんでした。

もちろん当時は単なる利便性のためで、ケーブルアップグレードとかを考慮していたわけではないと思いますが、それにしても、現行最新モデルHD660Sでも同じコネクターを採用しているのは驚異的だと思います。

2000Ωだそうです

実測

パッケージを見ると、2000Ωと、思わず目を疑うようなことが書いてあります。実際に測ってみると、たしかに2000~3000Ωくらいのインピーダンスです。能率はわかりませんが、音量を出すのに相当苦労します。

HD414発売当時はまだまだ真空管アンプが主流で、ようやくトランジスターアンプが世間に普及しはじめたくらいで、ウォークマンなんてまだ20年先の話です。つまりコンセント電源の高電圧アンプで、しかもヘッドホンジャック配線は多分スピーカー端子と兼用という時代ですから、スピーカー出力を適切な音量に下げるために高インピーダンスにするのは理に適っています。

電池駆動のポータブルオーディオが主流になり、低出力電圧・低ノイズの時代が到来してから、ヘッドホン・イヤホンのインピーダンスが下がってきたようです。

ところで、HD414の音質ですが、たしかに鳴らしにくいのですが、しっかりした据え置きヘッドホンアンプで鳴らせば、とても軽快で空間が綺麗に広がる、まさに開放型ヘッドホンを象徴するようなサウンドです。もちろん現代のヘッドホンと比べると解像感も音像の正確さも物足りませんが、サラッとした雰囲気には不満がありません。

近ごろは強力なヘッドホンアンプを所有する人が増えてきたことですし、あえて当時のままのスペックでHD414を復刻するのも面白いと思います。重厚なハイエンドヘッドホンが続々登場している時代ですが、HD25やHD414のような手軽で軽快なヘッドホンはまだまだ追求する価値がありそうです。