2020年8月30日日曜日

Astell&Kern SE200 DAP の試聴レビュー

 Astell&Kernの新作DAP「SE200」を聴いてみました。2020年7月発売、価格は約23万円ということで、AK DAPの中ではフラッグシップに次ぐ高級モデルです。

Astell&Kern SE200

2018年モデルSE100の後継機・上位機という位置づけですが、今回は旭化成とESS社のD/Aコンバーターを両方搭載しており、聴き比べができるという、前代未聞の異色なプレーヤーです。


AK DAP

AK DAPの新作が発表されるたびに、今回はどんな音がするのか、必然的に聴きたくなってしまうものです。

2012年の初代モデルから二年おきくらいに第二、第三、第四世代と着々とフルモデルチェンジを繰り返してきましたが、2017年の第四世代DAPシリーズ(SP1000・SE100・SR15など)以降は方針が変わったらしく、KANN、KANN Cube、SA700、SP2000など、メインストリームとは異なるコンセプトのモデルが増えてきました。

SE200

DAPとしての音質性能、操作性、機能性に関しては、すでに第四世代DAPシリーズの時点でほぼ完璧のレベルに達しており、ライバルの2020年最新モデルと比べても一切引けを取らないので、今後なにかユーザビリティ面で大きな革新が起こらない限り、あえてフルモデルチェンジを行う必要が無いのでしょう。

たとえば、第三世代(AK380など)から第四世代AK DAPになったことで、画面やインターフェースが高解像化され、Androidアプリがインストール可能になり、いわゆるサブスクリプションストリーミングサービスの利用が可能になりました。そのため第三世代DAPのユーザーでも、ユーザビリティ面で、第四世代に買い換える理由があったわけです。

それ以降はポータブルDAPを利用する状況において、なにか既存のAK DAPではできない根本的な新しい聴き方、使い方というのはまだ生まれていないと思います。

そんな状況においても、やはり私みたいなヘッドホンマニアというのは、色々なメーカーのDAPを何種類も買い替えたり兼用したりしており、それらは単純に「音質、音色の違い」を味わうためだけに揃えています。

最新DAPを買ったのに、やっぱり古いDAPのサウンドにも魅力を感じてしまい、結局手放さずに両方とも手元に置いてしまう、なんて人も案外多いだろうと思います。

そもそも音を鳴らすだけならスマホとかでも十分なわけですから、高価なDAPを使う事自体が、音に魅力を感じるからです。また、特定のジャンルに合うサウンドや、この歌手はこのDAPで聴きたい、など、こだわりはじめるとキリがありません。

D/Aコンバーター

DAPのサウンドを決定づける中核にあるのがD/Aコンバーターチップです。現在では旭化成マイクロデバイス(AKM)とESSテクノロジーの二社が首位を争っており、それぞれハイエンド据え置き用からコンパクト省電力用まで豊富な種類のチップを取り揃え、多くのオーディオメーカーが採用しています。

Astell&Kernの場合、DAPモデルごとにチップメーカーの選択がけっこうバラバラで、たとえばフラッグシップのSP2000には旭化成AKM4499EQ、SE100とKANN CubeにはESS ES9038PRO、SR25にはシーラスロジックCS43198、といった具合に、一貫していません。

D/Aチップというのは、それ単体に何らかのサウンドの個性を持っているとか、単純にチップだけを入れ替えれば済むというものではなく、チップを動かすための電源、クロック、入力データ形式、そして後続するアナログアンプ構成など、チップの要求動作に合わせて周辺の回路全体を設計する必要があります。

そのため、単純に「D/Aチップの音」というよりは、そのチップを中核としたオーディオ回路全体の生み出す音になります。

チップ仕様書に記載されている推奨回路をそのまま利用する事も可能ですが、一流オーディオメーカーであれば、そこをスタート地点として、独自の実験と試作を繰り返して理想のオーディオ回路を追求しています。それでもD/Aチップのメーカーごとに音の特徴や性格が生まれるのは、同じチップメーカーであれば周辺回路の推奨設計が同じであることが多いからです。

しかし、たとえば、同じ旭化成であっても、スマホ・ガジェット用のD/Aチップの場合は、電源品質の許容が広いとか、ヘッドホンアンプまでワンチップで内蔵しているなど、利便性重視の設計になっていて、逆にハイエンドなD/Aチップほど、オーディオメーカーが優れた周辺回路を用意することを前提として、チップ自体は精度と品質だけを追求して、余計な機能を省いたシンプルなものであることが多いです。

ようするに、逆説的になってしまいますが、最高級のD/Aチップを採用しても、周辺回路にそれに相応しい規模やコストをかける必要があるため、性能を引き出すのが難しくなってしまうので、サイズや価格に制限がある製品を開発する場合、汎用性重視の中級D/Aチップの方がむしろ良い結果が得られるということになります。最高峰D/Aチップ搭載というのは素人でもわかりやすい宣伝文句として掲げたがりますが、それだけで音質の良し悪しを決めつけるのには注意が必要です。

SE200

AK SE200 DAPの本体上面を見ると、3.5mmシングルエンドと2.5mmバランスヘッドホンジャックがそれぞれ二種類づつ用意されています。向かって左側が旭化成AKM AK4499、右側がESS ES9068を通したオーディオ回路になっています。

ソフト上での切り替えは一切不要で、単純にヘッドホンをそれぞれのジャックに挿すだけで、どちらか任意のサウンドが楽しめる、というアイデアです。

ステッカーです
ステッカーを剥がすと・・・

新品開封時は赤と青でわかりやすいラベル(保護シール)が貼ってあるのですが、それを剥がすとどちらかわからなくなってしまいます。

AK4499は2019年に登場した最新チップで、それまでの最高級チップAK4497とは大きく異なる電流出力4チャンネルDACとすることで、導入のハードルは上がるものの、オーディオメーカー独自の柔軟な回路設計が実現できるようになっています。

ES9068の方はまだ新しすぎて情報が少ないのですが、最高級ES9038をベースに、MQAデコードやDSD1028対応などを追加したチップのようです。すでに好評を得ているES9038と今後どのように棲み分けしていくのか気になります。

SE200では、単純にこれら二種類のチップのみでなく、後続するアナログアンプ回路も完全に二系統に分離しているため、インターフェースとデータ送信部分を除いては、二種類のDAPを一台に詰め込んだような設計になっています。「二台分の音を一台で楽しめるなら、この値段でも・・・」なんて考えてしまうのがオーディオマニア病です。

SE100とSE200
ボリュームノブ
上面
下面

ハウジングはSE100と同じサイズの5インチタイプですが、並べて比べてみるとわかるように、細かい部分でかなり進化しています。特にボリュームノブ付近など、SE100は比較的シンプルでしたが、SE200では複雑な曲線を描いています。(写真は新品開封直後なので、側面や上面の保護シールをまだ剥がしていません)。

こういった部分はさすがAKです

AK DAPというのは、やはりこういった造形美の部分で他社を圧倒していると思います。近頃は様々なメーカーから高価なDAPが続々登場していますが、どれも素材や質感、ボタン、エッジや曲線の出し方などがあまりにも素人っぽすぎて、工業デザインを一度も勉強したことが無い人が作ったのかと思えてしまうほど恥ずかしいデザインが多いです。その点AKは最初期モデルの頃から素晴らしいデザイン性を持っており、レイアウトなどのポリシーも一貫しています(KANN Cubeだけは例外かもしれまんが・・・)。

SE200とSP1000M

見るだけならカッコいいSE200ですが、実際は5インチの大画面液晶という事もあり、ポータブルDAPとしては大きめで、気軽にポケットに入るサイズではありません。AK DAPの中では比較的小型軽量なSP1000Mと並べて比べてみても、かなりの差があります。本体重量は273gということで、203gのSP1000Mと387gのSP1000のちょうど中間くらいですね。軽快なポータブル機というよりは、自宅で腰を据えて聴くような使い方に向いているかもしれません。

筐体が角張っているので、携帯するならケースは必須です。昔のAK DAPは上質なレザーケースが必ず付属していたのですが、最近は最上位SP2000・SP1000を除いて、ケース別売になってしまったのが残念です。今回も専用レザーケースが黒と茶の二色で販売しています。別売の方が好みの色を選べるので良いという人もいますが、本皮ケースともなると一万円くらいするので、やはり何かしら付属してくれたほうが個人的には嬉しいです。

スモークガラスっぽいです

角度を変えるとロゴが現れます

背面と上面には、これまではガラスがよく使われていましたが、今回は新たなセラミック素材だそうです。質感はツルツルしたガラスに近いので、言われないとわかりません。光の角度によってはガラスよりも淡いフワッとした輝きを見せるので良い感じです。

電源とトランスポートボタン

上面の二種類のヘッドホンジャック以外では、一般的なAK DAPと比べて珍しいところは無く、SE100と比べると、電源ボタンが上面から左側に移ったくらいでしょうか。下面にはUSB CとマイクロSDカードスロットがあります。

起動画面
定番のインターフェースOS
ファームウェアは1.10CMでした

AndroidベースのOSはSP1000などと同じ第四世代AK DAP相当で、熟成を重ねた優れたインターフェースです。

Androidアプリインストールなども可能ですが、動作は他の現行AK DAPとほぼ同じなので、今回は使いませんでした。BluetoothもaptX、aptX HD対応だそうです。

さすがに5インチ720×1280液晶だけあって、視認性や操作性はとても良いです。大量のアルバムを観覧する際などは、やはり大きな画面があると有利です。カードの楽曲読み込み、選曲ブラウザ、再生トランスポート画面など、使い慣れているせいもあって、不満は一切ありません。

デジタルフィルター選択
AKMのフィルター
ESSのフィルター

今回SE200にて唯一追加された珍しい機能として、D/Aチップのデジタルフィルターモードが変更可能になりました。他社のDAPなどではごく当たり前のように存在する機能ですが、これまでAK DAPにおいてはメーカーのポリシーとして変更不可能でした。

ちなみに同時期にSP2000もファームウェアアップデートにてフィルター変更可能になったので、他のモデルも今後どうなるのか気になります。

切り替えは設定画面から行うので、ちょっと面倒です。できればスワイプダウンのショートカットなどから切り替えられれば嬉しいのですが。

このデジタルフィルターはD/Aチップの機能として内蔵されているもので、AKMでは六種、ESSでは三種から選べます。

デジタルフィルターはデジタルデータの点と点をスムーズにつなぐ補完のために存在するため、どれが正解というよりも、音の好みで決めるべきです。当然の事ながら、44.1kHz・16bitのCD音源で一番効果を発揮して、ハイレゾ音源ではそもそも点と点が細かく記録されているので必要性や効果は薄いです。また、高次の自然な倍音成分が多く含まれている生楽器で効果が感じやすいので、ヴァイオリンやトランペットなどの生演奏録音では違いがわかりやすいです。元から自然倍音が無いデジタル楽器や、高域が乏しいピアノなどではほぼ違いが感じられません。

フィルター切り替え(右端がESS)

せっかくなのでフィルターをオシロで確認してみたのですが、AKMの方は六種類が正しく切り替わりましたが、ESSの方はなぜかどれを選んでも同じでした。バグなのか原因は不明です。(ファームウェアは現時点で最新の1.1CMでした)。

追記:ファームウェアV 1.12で修正されたようです。

出力

いつもどおり、0dBFSの1kHzサイン波信号を再生しながらヘッドホン負荷を与えて、歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。

今回はAKM・ESSでそれぞれシングルエンド・バランスと四種類の出力が選べます。

グラフ上の赤がAKMで青がESS、実線がバランスで破線がシングルエンドです。公式スペックでも書いてあるのですが、なぜかAKM出力の方が最大電圧を高く設計してあります。スペックではバランス出力がそれぞれ6・4Vrms(つまり17・11.3Vpp)とあり、実際もそれくらいで合っています。

ここまで差があると、交互の比較試聴は難しいですね。ではどのボリューム位置なら両出力電圧がピッタリ合うかというのは、ヘッドホンのインピーダンス負荷によって若干変わってしまうので明確には言えません。感覚で、ESS出力を使う時はボリュームノブを数クリック上げる必要がある、ということです。

他のAK DAPと重ねて比べてみたグラフです。赤と青は先程のグラフと同じSE200で、黃がSP2000、緑がSE100です。

SE200のAKM出力の方は、同じくAK4499EQチップを搭載するSP2000とピッタリ一致しています。つまりアンプ回路の設計がよく似ているということです。しかしESS出力の方はES9038チップを搭載するSE100と同じというわけではなく、むしろ出力特性はSP2000/AKMの方に沿っていて、無負荷時の最大電圧のみSE100と同じくらいに合わせているような感じです。なぜこのような設計になったのかは不明です。

なんにせよ、SE200の実用的な出力はAKM・ESS出力のどちらを選んでもSE100など第四世代AK DAPと比べて大幅に(SP2000相当に)向上しているので、アンプの基礎設計としては第五世代デザインと言っても良いかもしれません。とくに音量がとりにくいイヤホン・ヘッドホンを使っている人にとっては明確なメリットが感じられると思います。

いつもどおり、同じテスト信号で無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて負荷を与えていったグラフです。色分けは先程のグラフと同じです。どれも最近のDAPらしく低インピーダンスまでほぼ横一直線なので、明確な優劣はありません。上下の差はほぼボリューム数値の誤差によるものです。(ピッタリ1Vppに合わせられないので)。


音質とか

SE200を試聴するとなると、やはり総合的な評価というよりも、AKMとESS出力の比較の方が気になってしまいます。

UE RR
Dita Dream

今回の試聴では、UE RRとDita Dreamを主に使いました。どちらも個人的に愛用していて、普段から聴き慣れているイヤホンです。高解像で軽めなサウンドのイヤホンなので上流機器の違いが把握しやすいです。

同時に音が鳴ります

余談になりますが、SE200の二つの出力は完全に独立しているというだけあって、実は両方同時に音が鳴らせます。もちろんバッテリーや電源回路の供給上限を超えてしまうと思うので推奨でません。

Smoke Sessionsレーベルから新譜でEddie Henderson 「Shuffle and Deal」を聴きました。愛車のフェラーリをバックに、昔の大将みたいな自信満々のHendersonですが、今作の内容もそれに見合うように、モーガンやハバードみたいなキャッチーで豪快なハードバップ系のスタジオセッションです。


まず最初に、AKMとESS出力のサウンドは、かなりわかりやすく違います。僅かなニュアンスの差などではなく、雰囲気からして根本的に違う音なので、これなら誰でも、どんなイヤホンでも違いが体験できると思います。

他のAK DAPでいうと、AKMはSP2000、ESSはSE100が思い当たりますが、確かにそれぞれ両DAPのサウンドを連想するような鳴り方かもしれません。そこまで極端ではありませんが、もしSP2000とSE100が水と油なら、SE200はそれぞれを「6:4」、「4:6」で配合した感じといえば伝わるでしょうか。「7:3」「3:7」くらいかもしれません。

SE200のAKM出力は、色濃く、鮮やか、華やか、といったイメージが浮かびます。主役楽器はもちろんのこと、パーカッションの金属音やベースの低音も距離が近めでハッキリと鳴るので、音楽全体を肌で感じているような印象を受けます。

最大の魅力は、シンプルなジャズカルテットでも、各楽器演奏の音色が引き立つので、その世界にグイグイと引き込まれ、怒涛の演奏を浴びせられるような爽快感があることです。

とくにリーダーのトランペットは金管楽器の複雑な倍音成分を綺麗に表現できており、余計な刺激や破裂音は目立ちません。あえて集中しなくても、向こうから勝手に明るい音色が飛んでくるような感じです。中低音は比較的軽めで、響きもあまり長引かないので、味付けが濃くて重すぎるというほどではありません。


ESS出力の方は、AKMと対象的に、地味めで淡々としており、演奏の距離もAKMよりは一歩離れたような感じです。最初はESSの方が音量が低いからだと思ったのですが、ボリュームを結構上げても印象は変わりませんでした。また、試聴に使ったアルバムは96kHz/24bitなので、デジタルフィルター選択によるものでもなさそうですから、明らかにAKMとESS出力の個性の違いです。

どちらが優れているかというのは、好みや楽曲ごとの違いもありますし、かなり難しい問題ですが、それぞれの傾向や、向き不向きというのは確実にあると思います。

AKMはカラフルな油絵、ESSは水墨画といえるかもしれません。写真や映画の世界だと、華やかなカラー写真も魅力的ですが、あえてモノクロで撮ったほうが、色の余計な情報が無くなる事で、構図や輪郭、コントラストなどの表現が明確になる、なんてよく言われますし、モノクロ写真には独特の深みや趣があります。

映像だと、よく女性の方が色彩や配色の認識が優れており、男性の方が造形や明暗の認識が優れているなんて言われたりします。DAPのサウンドも女性的・男性的なんて言うつもりはありませんが、単純に同じ尺度では計り知れない事もあるという話です。


ヘッドホンオーディオに限らず、よくESSのサウンドというと、シャープすぎて聴きづらい、なんていう話もよく聞きます。SE100を聴いた時も若干その傾向はあったように思います。今回SE200をじっくり聴いてみると、ESS出力の魅力というのは、音色の引き際であったり、ピアノとかのタッチがスッと消えるニュアンスみたいなもので、無音部分の行間を読むようなものです。つまり、ヘッドホンでもスピーカーでも、リスニング環境の騒音やバックグラウンドノイズが大きかったり、そもそも録音自体に細かな情報が収録されていないと、せっかくのESS出力の表現力が活かせず、ただ単に刺激的なアタックばかりが目立つサウンドになってしまいます。

ESS出力の本領を発揮するなら、24bitハイレゾ生録などダイナミックレンジが広い録音品質はもちろんの事、そのダイナミックレンジを最小音までしっかり聴き込めるような、静かなリスニング環境と、優れたイヤホン・ヘッドホンが必要になります。

ではAKM出力の方がお手軽で聴きやすいサウンドなのかというと、そういうわけではなく、AKMの明るく濃い音色をストレートに再現できないような、ハウジング反響などで過剰な響きが盛られるようなヘッドホン・イヤホンでは、押しが強すぎて抑揚の無い平面的なサウンドになってしまいます。

空間展開を比べてみると、AKM出力の方がドラムの金属音や重低音などが隅々まで前に出て強調されるため、ドンシャリ傾向が強いイヤホンなどだとそれらの主張が強すぎて、メイン楽器や歌手のスポットライトを奪ってしまうような感じになります。

AKMとESSという二種類の出力というのは、単なる音色の好みというだけではなく、いくつものイヤホン・ヘッドホンを所有しているマニアであれば、それぞれと相性が良い組み合わせを見つけることができる、という意味でも有意義なアイデアだと思います。

Channel Classicsからイヴァン・フィッシャーのマーラー「大地の歌」を聴いてみました。2005年から着々と進んでいるフィッシャーのマーラー全集ですが、これで残すところ8番のみです。フィッシャー自身が8番はあまり乗り気でないみたいな話も聞いたので、もしかするとこれで終わりかもしれません。DSD録音の王様Channel Classicsの代表的シリーズだけあって、今回もDSD256録音で音質に抜かりはありません。

奇遇にも、来月Pentatoneからもユロフスキー・RSOベルリンで大地の歌が発売、しかも男性歌手の方はフィッシャー盤と同じロバート・ディーン・スミスと、見事に被っています。それだけ世界的にマーラー歌手が少ないということでしょうか。ともかくオーディオマニアとしては聴き比べが楽しみです。


SE200は約23万円ということで、ポータブルDAPの中でもかなり高価な部類だと思うのですが、では他のAK DAPと比べてどうなのか聴き比べてみました。

これくらいの値段になると、単純に高価な方が高音質という安直な話ではありませんし、SE200は二つのD/A出力があるので、それぞれが23万÷2 = 11.5万円相当のサウンドだというわけでもありません。

まず、あくまで私の個人的な好みとしては、AK DAPの中で一番好きなサウンドはSP1000とSA700で、次点でSP2000とSE200、そしてあまり好みでないのはSP1000MとSE100です。もし自分が買うなら、という話なので、スペックの優劣とかではありません。

とくにSE100は、SE200と比べると余裕が無いというか、下手な音源を許さない、かなり攻めたDAPだと思います。オーケストラの弦セクションの配置や人数など、とても鋭く細部まで分析できるのですが、解像感が目立って、それらをまとめあげるステージ全体の土台みたいなものが足りません。歌手を含めたすべての演奏者が空中で宙吊りになって演奏しているようなイメージです。

SE200とSP1000M

この土台が安定しないというのは、SP1000Mでも同様に気になる点でした。上位モデルSP1000ゆずりの繊細で豊かな広がりを持った高域が魅力的で、全体的な鳴り方はとてもよく似ているのですが、どうもSP1000Mの方が浮足立って、楽器が地面に落ち着いてくれません。その点SE200では、周波数特性とかはほとんど同じなのに、演奏家がしっかり椅子に座っていて、その周囲に壁や天井がある、というような現実味のある安定感があります。

こういうのはスピーカーオーディオだとたいていアースとか高価な電源コードとかの話になりますが、ポータブルDAPの場合だと、内部基板のグラウンドの引き方とか、電磁シールド、シャーシアースのとり方などでしょうか。

大型ヘッドホンにも有利です

ところで、SE200の公式サイトを読むと、「・・独自のレーザーグラウンドエキスパンションテクノロジーにより、ノイズフロアを限りなく抑えたサウンドを実現・・」なんて書いてあるのですが、それについての詳細が書いてありません。普通に考えると、レーザー加工で基板かシャーシのグラウンド接点を広く取ったとか、そういう事だろうと思いますが、もしかしてこれが効いているのでしょうか。少なくともSE100では無かった技術のようです。

また、出力特性グラフで見たように、アンプがパワーアップした事もサウンドの安定感に貢献しているようで、これまで苦手だった大型ヘッドホンとかでもしっかり鳴らしきってくれます。

SE200とSA700

SE200は二つの出力を選べるので死角無しのように思えますが、アナログっぽい太くコッテリしたサウンドを出すのだけは苦手なようです。そのあたりはSP2000、SA700、SR25などの方が得意なので、どちらが好みか、いろいろな楽曲で聴き比べてみる価値があります。

特にSA700は、SE200と比べると中低音の音抜けの悪いモコモコした感じがするのですが、それが例えば男性ボーカルとかに濃い粘りを与えてくれるメリットにもなります。アナログポタアンでブーストした時の魅力に近いです。

試聴に使ったChannel Classicsのアルバムは高レートDSDの最新録音で、オーケストラの見通しの良さや立体表現についてはSE200で聴いた方が圧倒的に有利なのですが、歌手のみに注目すると、男性・女性ともにSA700の方が心に響くというか、すんなり入ってくるような感じがします。他にも、古いジャズとかロックなどでもSA700の方が力強さが得られます。

このような「太さ v.s. 高解像」といった対比は、SR25とSE100あたりで一番違いがハッキリと感じ取れ、SE200・SA700・SP1000Mはその傾向が薄れ、最上級のSP2000とSP1000くらいになると、そんな些細なことを気にしなくてもいいくらい、不満が無くなります。

冒頭でDAPは値段で比べられないなんて言いましたけれど、やはりこうやって順番に聴いてみると、価格帯ごとに求められるサウンドが違ってくるようにも思えてきます。最終的には好き嫌いで決まるのですが。

おわりに

SE200の二種類のD/Aチップの聴き比べというアイデアは、そもそもどちらかを聴いている間は、もう一方は完全に無駄な存在なので、ずいぶんもったいないというか、バカっぽいアイデアのように思えます。

しかし実際に最近のDAPについて考えてみると、ストリーミングアプリなどの需要から、スマホのような大画面が求められるようになりましたが、実質的なヘッドホンオーディオ回路については、そこまで大きな面積を必要としません。(SR25やSP1000Mなどの小型モデルでも十分すぎるほどのパフォーマンスが得られます)。

似たような例として、たとえば最近のiPadやMacbookなどを分解してみると、本体の大きさと比べて、実際の電子回路基板は「割り箸の袋」くらいの小さなものが入っているだけです。昔のソニーとかのようにスペースのやりくりに苦労して小型化する、という時代は終わりました。電子部品の小型化がどれだけ進んでも、画面やキーボードなど人間が触れる部分はそこまで小さくできないという事です。

そうなると、SE200の5インチ大画面で生まれた余計なスペースに何を入れるか、と考えるわけで、二種類のD/Aチップというのがピッタリのアイデアなのかもしれません。

他にも、高出力アンプを搭載するといったアイデアも思いつくかもしれませんが、そうなるとオーディオICや電源回路、バッテリーなどの物理的なサイズが非常に大きくなってしまいますし、発熱対策なども考慮しないといけないので、それこそKANN Cubeくらいの厚さになってしまいます。

もし私が開発者だったなら、たとえば光・同軸出力や、フルサイズSDカードスロットを追加するとか、そのような利便性を考えてしまうと思いますが、それでは多分地味すぎて話題性が全然無いので、企画段階で却下されただろうと思います。(そろそろ4.4mmを追加してほしいとは思いますが・・・)。

今回試聴してみてわかったように、SE200の二種類のD/Aチップ出力は明確に聴き取れる違いがあり、しかもどちらを選んでも、サウンドの仕上がりやパワー面ではSE100から大きな進歩が感じられます。

5インチというサイズは結構大きいので、利用環境に応じてメリットにもデメリットにもなると思いますが、もうちょっとコンパクトなモデルが良ければ、ほぼ同価格で軽量コンパクトなSP1000Mも選べますし、逆に自宅メインなら巨大なKANN CUBEという候補もあります。純粋にサウンドの好みでは、個人的にそれらよりもSE200の方が気に入りました。

古いCD音源とかをメインで聴くなら、もうちょっと低価格でも厚く太く鳴るSA700やSR25なんかも候補に上がります。毎度の事ですが、AK DAPというのは、単なる価格の上下関係のみでなく、多彩なユーザーを想定した、モデルごとの棲み分けが上手です。

SE200に関しても、AKが展開する多くの選択肢の中の一つに過ぎませんし、他では類を見ない有意義なコンセプトという点では面白いDAPだと思います。

また、SE200はSP2000と同世代の強力なヘッドホンアンプを搭載していることからも、単なるギミックだけで済まさず、ちゃんと水面下では第四世代DAPシリーズを超える進化を遂げていることも注目すべきです。