2022年11月19日土曜日

アナログレコードは音が良いのか(2/3)

前回はレコード盤についてだったので、二回目の今回はレコードプレーヤーについて、初心者向けに基本的な事を紹介します。

初心者が気になるポイントとしては、50年前と最新設計のプレーヤーで何が違うのか、安物と高級プレーヤーで何が違うのか、いざ買う時はどのような部分を見るべきか、といった点が思い浮かびます。

2020年代のレコードプレーヤー

まず最初に言っておきたいのは、レコードプレーヤーは2022年現在でもまだ技術的に完璧といえるレベルには到達しておらず、プレーヤーごとの特性がサウンドや測定結果に明確に現れます。機械設計の技術者にとっては、研究材料としてかなり面白いトピックだと思います。

カッコいいプレーヤーは音も良さそうです

そんなレコードプレーヤーと比べて、たとえばCDプレーヤーを見ると、1980年代のプレーヤーの時点ですでに90dB以上のS/N比、0.01%以下のTHD+N、±1dB以下のフラットな周波数特性といったスペックを余裕で実現できており、少なくとも可聴レベルでノイズや歪みが目立つといった問題はありません。

初期のCDプレーヤーでも超高性能です

もちろんCDプレーヤーにもモデルごとの音色の違いはあると思いますが、それらは主に内部のアナログアンプ回路などによる味付けの差が大きく、レコードプレーヤーに相当する「CDに記録されたデジタルデータを読み取って、D/A変換回路へ送り出す」という部分に関しては80年代から現在まで大きな進化はありません。あまりにも完璧すぎるため、各メーカーは独自の味付けをするのに苦労しているような印象すらあります。

その点レコードプレーヤーを見ると、現在に至るまで可聴レベルで影響を与える多くの要素に悩まされています。いくつか挙げてみると:

  • モーターとベアリングの振動ノイズ
  • 回転数の揺らぎ(ワウ)や小刻みの振れ(フラッター)
  • トーンアームの共振
  • モーターや周辺環境の電磁誘導ハムノイズ

上に挙げたものは明確にノイズや歪みとして耳で聴こえるほど大きな問題ですが、他にも

  • アーム取り付け誤差
  • カートリッジの取り付け誤差
  • インサイドフォース

など、位相やクロストークを測れるテストディスクを使わないと判別が困難な、カジュアルユーザーなら無視できるレベルの問題でも、マニアにとっては悩みのタネとなる要素が多数あります。

こんなハイテクなアームもあります

これらの要素を事細かに微調整できる「機械いじりマニア」向けのレコードプレーヤーがある一方で、設計者が意図したセッティングにガチガチに固定されていて初心者でも失敗の余地がないプレーヤーもあります。

オーディオ機器の中でも、DACやアンプなどは電子回路設計が主な割合を占めるのですが、レコードプレーヤーは材料工学や静・動力学など機械設計が主になり、それらの分野でも、2022年現在はLPレコード全盛期の1950~70年代と比べて大幅な進化が実現しています。

とくに現在は3DモデリングCADとFEA振動解析シミュレーション、高精度モーターやベアリング、小ロットでミクロン単位のCNC加工や3Dプリンターなどが手軽に活用できるようになり、設計者の意欲を掻き立てる環境が整っています。ジャンル的にはロボット工学などを専攻しているメカトロニクス系エンジニアの範疇になるかもしれません。

その一方で、LINNやThorensといった往年の大手ブランドも見事な復活を遂げており、高性能なプレーヤーを大量生産しています。最近のリンのイギリスらしい町工場的な工場見学動画や、トーレンスのドイツらしい真面目な製品解説動画など見ていると、かなり活気があるようで嬉しいです。

測定レビュー

ところで、米Stereophileと英Hi-Fi News誌は測定レビューが充実しているので、個人的に毎月楽しく愛読しています。測定結果が必ずしも音質の良し悪しに直結していると言うつもりはありませんが、これらの雑誌は長年にわたって同じ条件で新製品をテストしているので、メーカーやモデルごとの特徴を把握するための参考になりますし、たまに古い銘機を同じ条件でテストする懐古記事もあったりして読み応えがあります。

やはりテクニクスは圧倒的です

過去数年のレコードプレーヤーのレビュー記事を読み返してみたところ、トップクラスに優れているのがHi-Fi News 2018年6月号のテクニクスSL-1000Rで、上記の多くの課題において測定限界に迫るスペックを誇っています。

回転数エラーは0.006%、ワウ・フラッターは0.01%未満、無音溝のランブルノイズ-74.9dB(Bwt)、ハムノイズ-59.9dB (unwtd)、アーム共振-40dB(40ms)以下といった具合です。

ノイズフロアや回転ムラなどはテストディスク自体の正確さ(つまりカッティングマシンやビニール素材の限界)やカートリッジの性能を超えることは不可能ですから、2018年発売のSL-1000Rのレベルでようやく「これ以上の測定は無意味」というレベルに達しています。

逆に言うと、ほとんどのプレーヤーはまだそこに到達していません。百万円を超えるような高級プレーヤーでも、ワウ・フラッターは0.2%、ランブル・ハムノイズは-60dB、アームの共振に至っては-20dB/40msくらいでも上等といった感じです。

-60dBのノイズなんて、ボリュームノブをちょっと上げれば聴こえるレベルですし、可聴できる共振が40ms以上も長引いていれば録音に本来無い余計な響きが明らかに聴こえます。

プレーヤーのスペックが全面的に低ければ音が悪いプレーヤーだと断言できますが、最高級クラスのプレーヤーを見ると、メーカーやモデルごとに設計方針が違い、異なる側面で優劣があったりするので、最終的には自分にとって音が良いか悪いかは聴いてみないとわかりません。

極端な例を挙げると、針が拾う振動ノイズを低減することに執着しすぎて、非力な低振動モーターを採用したせいで、回転ムラが顕著になっている、といったトレードオフがあります。

安価なフォノアンプも侮れません

もう一つ考えなければいけないポイントは、プレーヤーのみでなくシステム全体としてのポテンシャルや相性についてです。

エントリーレベルのシステムでアンプのボリュームノブを上げていくと、まずフォノアンプの「サーッ」という電気ノイズが気になり、フォノアンプを高級品にアップグレードしたら、今度はプレーヤーのモーターの「ブーン」という音が気になり、といった感じに、なにかアップグレードするたびに、その下に埋もれていた次なる課題が浮き上がり、まるでベールを一枚づつ剥がしていくような体験が得られるのも、レコード再生システムの面白いところです。

先程言った-60dBのノイズというのは、それがレコード再生の限界という意味ではありません。エントリーレベルのレコードプレーヤーでは、どのみちコスト的にノイズが避けられないため、それらがピーキーにならないよう比較的広帯域に分散するように設計しているケースが多いです。

その一方でハイエンドプレーヤーになると、あえてモーターやアームなどの機械設計において特定の帯域の振動モードを見極めて、それをカートリッジの特性であったり、電気信号の昇圧トランスやフォノアンプの特性によって打ち消す事で、それ以外の部分での音楽に含まれる微小信号を聴きやすくするような設計ができるようになります。

効果としてはデジタルにおけるノイズシェーピングと似ているような気がします。そう考えると、CD初期にベタに44.1kHz・16ビットでデジタル化したデータよりも、レコードプレーヤーの方が音楽の質感やディテールが引き出せるというのも、なんとなく説得力があるかもしれません。

私自身も、とあるプレーヤーで真面目なオーテクのカートリッジを使っていたら良好なのに、グラドに交換したらなんとなく鳴り方が変な感じだったので、スペアナのFFTグラフで調べたら中低域に微小ノイズが乗っており、原因はプレーヤー底面のモーター制御基板だったので、外部のスピードコントロールボックスにアップグレードしたらノイズが消えたとか、なかなか一筋縄では行きません。

MC昇圧トランスなどは今でも人気です

つまり私よりももっと経験豊かなベテランユーザーともなると、設置条件やアーム調整であったり、カートリッジ、トランス、フォノアンプなどの組み合わせによる調和をとることで、装置ごとのカタログスペックや雑誌の測定データをはるかに上回るような「音楽体験」が実現できるようになります。レコードプレーヤーというのは「機械的な動特性」と「電気信号の過渡特性」の両方の側面からの相乗効果を狙えるという点で、デジタルオーディオよりも複雑かつ奥が深い世界のようです。

ではレビューやスペックなんて気にせずに好きなものを買えば、というのも一理ありますが、とあるプレーヤーのレビューを見ると、回転数が33.3rpmのはずが実測では35rpmだったり、アームの針圧ダイヤルで1.5gに合わせたはずが実測では2gだったりなど、「音にスピード感がある」とか「低音が太い」なんて思わせるために作為的なミスリードを行っているプレーヤーも無いわけではありません。最悪の場合、そういった不誠実なプレーヤーを使ったせいで、大事なレコード盤や針先を壊してしまうような事にもなります。

優れたプレーヤーであるためには、まず最低限の測定スペックを満たしていることが前提にあり、その上で音質差を評価すべきだと思いますし、もし他のプレーヤーとは全く異なる鳴り方をしているように感じたのであれば、あえて正確さを犠牲にして過剰な味付けをしているかもしれないので、そういった意味では測定レビューというのは大事だと思います。

中古プレーヤー

レコードプレーヤーの歴史を大まかに分類すると、まず1940年代の蓄音機などは除外して、LPレコード初期の1950年代に作られたプレーヤーは、さすがに経年劣化が避けられないため、中古でもコンディションの良い可動品はあまり見ることがなく、希少価値があります。

スピーカーとプレーヤー一体式家具

当時は家具(サイドボード、コンソール)にプレーヤーやスピーカーなどのシステムが組み付けてある事が多かったのも、中古品があまり残っていない理由のひとつです。昔はテレビとかもこういう仏壇みたいな家具に収まっていました。

有名なアイドラードライブ式のガラード301やトーレンスTD-124など、クラシックな風貌や特徴的なサウンドで一部のマニアに偏愛されていますが、スペック面では厳しいものがあります。逆に言うと、手の込んだ調整やアップグレード・レストアによる音質の変化が顕著に現れるため、手のかかる子供のような愛着心がわきます。

家具に入れる前提で売っていたので、現代なら別にシャーシが必要です

半世紀倉庫に眠っていた中古品を手に入れて自己流でレストアする楽しみがある一方で、当時よりも優れた高性能ベアリングやオイルに交換すると音が変わってしまったり、今度は別の問題が露見したりなど、必ずしも完璧にたどり着けない泥沼です。

クラシックカーやビンテージカメラのように「これでないと当時の音は出せない」という芸術性は確かに説得力があり、私もそれらの強烈な音に驚かされた経験があるため、感銘を受けてのめりこんでしまうという人の心境は理解できます。特にジャズ喫茶でこういうのを使っていると玄人感があります。ただ買って接続しただけでは良い音で鳴ってくれませんし、定期的なメンテも必要なので、オーナーがそれだけポリシーとこだわりを持って鳴らしているという証明にもなります。

Thorens + SMEは私も今でも現役で使ってます

60年代~70年代のLPレコード全盛期には様々な技術進歩があり、デザインも現在の人が想像するレコードプレーヤーのほぼ完成形になり、この頃の高級機であれば、再調整とベルト、オイル、コンデンサーなどの消耗品を交換するだけでまだまだ現役で気軽に使えるものが多いです。

ほとんどがベルトドライブ式になり、アーム、モーター、ベアリング、ベルトなどの設計思想が統一してきたおかげで、メーカー同士の部品の互換性や汎用性が高いのもこの時代の特徴です。この頃に買ったプレーヤーを80年代のCD到来までずっと使い続けた人も多いため、中古市場でもコンディションが良いものが見つかりやすいです。

ベルトドライブ全盛期

リンやトーレンスなど海外のベルトドライブ機が完成形を迎え、一家に一台、必ずレコードプレーヤーがあり、しかも60年代というと、まだ「良いもの買って長く使う」という風潮があったため、そこそこ良いプレーヤーを持っている家庭が多かったです。

日本を代表するマイクロ精機 MR-322

70年代になると日本製の高スペック低価格なプレイヤーが海外市場を圧倒して、優れたプレーヤーも続々登場しましたが、その一方でマニア向け以外ではコストダウンや無意味な多機能化も進み、最終的には、見た目重視で中身が伴っていない製品が市場に溢れてしまったように思います。

当時ほとんどの国産大手オーディオブランドはアンプなど電子機器の設計ノウハウしか持っておらず、機械設計主体のレコードプレーヤーを自社製で作ることができなかったため、それら大手ブランドの影でマイクロ社などのOEMメーカーが活躍した時代でもあります。

よくあるパターンとして、有名ブランドの上級機はマイクロ社設計の高性能機だけれど、安価な普及機になると、外観は似ているものの中身は別のOEMや自社設計の粗末な出来だったりします。そのため中古品を探す場合はブランド名ではなく特定のモデルごとの評価が必要です。

ソニーなど末期のレコードプレーヤー

70年代後半から80年代に入ると市場の二極化が顕著になります。一般家庭がレコード以外にお金をかける趣味が増えてきた事もあり、レコードプレーヤーは陳腐化して、プラスチック製の玩具みたいななものや、ミニコンポのようにカセットデッキやラジオチューナーと一体型になった粗悪品が主流になります。

デジタルIC制御が登場したことで、レコードプレーヤーもCDのようにトレイに格納して自動再生や曲飛ばしができるギミックなんかも現れました。そういうのは中古品を見つけても修理が大変です。

80年代はバブルの追い風もあったのでしょう

その一方で、上級機はオーディオマニア向けに先鋭化され、一般人では手が出せないほど高価になっていきます。とりわけオーディオマニアにとって80年代の重要なポイントとしては、Rega RB300、Linn Ittok、SME Series Vなど、現在でも通用する代表的なトーンアームがこの時期に続々登場しています。

当時のオーディオマニアに言わせれば、この頃がレコードプレーヤーの最盛期だったわけですが、しかしメディアとしてのレコード盤の普及率に対して実際にそのようなハイエンドプレーヤーで聴けていた人は少数派です。一般大衆のレコード再生環境はそこまで高尚な趣味ではなくなっており、現在におけるCDプレーヤーの二極化と同じような現象が起こっていました。

そして1982年にCDが登場したことでレコードの需要は一気に冷え込み、末期には安価なプレーヤーばかりになったわけですが、ソニーやテクニクスなど大手メーカーの技術力はピークに達していたので、見た目のチープさとは裏腹にスペックは案外優秀だったりします。

誰でも一度は使った事があるテクニクスSL-1200

CDの登場以降もクラブDJ用などでレコードプレーヤーの需要は残っており、有名なテクニクスSL-1200シリーズと、それの類似品が市場を一手に担うような状況が続きましたが、家庭用のレコードプレーヤーは交換針やベルトなどが手に入りにくくなり、多くが粗大ゴミとして廃棄されました。

90年代に新品のレコードプレーヤーが欲しい人はDJ用のテクニクスSL-1200シリーズを購入してアームを交換するなどでリスニング向けに改造するか、英REGAのPlanar 3、LINN LP12などロングセラーで細々と存続しているモデルくらいしか選択肢がありませんでしたが、一方ラジオ局で役目を終えたEMT、テクニクスSP-10、デンオンDP-3000/5000などの業務用ターンテーブルシステムが中古で放出されたり、レコードを取り巻く環境はかなりアンダーグラウンドでニッチな状況が続きました。

流れが変わったのは1997年くらいだと思います。この頃からオーディオイベントやショップの試聴デモにおいて、あえてレコード盤を鳴らすのが「本物の証」みたいな風潮が感じられるようになりました。

CDのリッピングやMP3違法ダウンロードのせいでデジタルが陳腐化したことで、新たな物理メディアへの欲求が高まり、業界の矛先がホームシアター、SACD、そしてLPレコードへと分岐した時代です。Speakers Corner・Mobile Fidelityなど往年の名盤を復刻するレーベルの需要も高まり、StereophileやThe Absolute Soundなどハイエンドオーディオ雑誌にたくさん広告を出してました。

シンプルなPro-Ject Debut

ここで欧州オーストリアPro-Ject社の登場が決定打となりました。現在でも世界最大規模のレコードプレーヤーメーカーです。ちょうど東側の共産圏崩壊後で、優れた技術者や工場が手持ち無沙汰だったチェコに製造拠点を置き、モダンな製造技術と合理的な設計によってコストパフォーマンスの高いプレーヤーを連発しました。

低価格プレーヤーDebutやEssentialシリーズが火付け役に、対抗してイギリスのRegaも廉価版P1を出すことになり、トーレンス・DUALも入門機に復活、カートリッジ込みで5万円程度のエントリーモデルが各メーカーから続々登場、欧州の家電量販店を中心に大ヒットしました。

Pro-Ject社は独自ブランドを展開する傍らで他社へのOEM供給も積極的に行っており、現在でも欧米のプレイヤー市場を見るとPro-Ject製プレーヤーのバッジを変えただけのものや、アームやモーター回路など主要部品をPro-Jectに委託しているブランドが多数あります。価格と外観デザインを決めて製造はPro-Jectに丸投げというメーカーも意外と多いです。

2000年頃にこれら入門機を買ってレコードコレクションを築き上げた学生が今では立派な社会人となり、上級機にアップグレードする流れもあり、今ではレコードプレーヤーを持っていないオーディオマニアはいない、というくらいの勢いで、ハイエンド機が爆発的に増えています。

ラックスマンPD-171

オーディオ雑誌を見れば毎月必ず一台は新作プレーヤーのレビューが載っており、日本からも遅ればせながら2011年のラックスマンPD-171が「28年ぶりの新作プレーヤー」として注目され、以降TechDASが登場、テクニクスやヤマハなど大手が復帰するなど、着々と市場が回復しています。その一方で、長年止まっていた渡来メーカーの国内再参入が著しく、ロクサンやミッチェルなど名門ブランドのプレーヤーが日本でも購入できるようになり、つい最近もようやくDUALが日本市場に再参入するというニュースもあり、嬉しい限りです。

日本人にとって昨今のレコードブームの状況が面白いのは、このブームは欧米で始まり日本には5年ほど遅れて到来しているという点です。そのため2010年くらいまでは日本のオーディオショップなどは海外の最先端プレーヤー市場から取り残されて、海外オーディオイベントや雑誌で見るような新製品をなかなか目にする事ができない、という状況が続いていました。TechDASや光悦などの日本の一流メーカーも、国内市場よりもまず海外で高く評価されてから日本に逆輸入されているような状況です。

オリエンタルな魅力あふれる光悦カートリッジ

それまでの期間、日本にレコードマニアがいなかったわけではなく、ジャズや歌謡曲などを中心に根強いマニアはいたわけですが、しかし大昔の全盛期からずっとレコードをやってきた人が多く、前回書いたレコードショップの話と同じように、閉鎖的なホビーとして若い世代にスタイリッシュで魅力的に映るようなバトンタッチがうまくいかなかったように思います。

そのせいで世界的なオーディオ新世代の波から取り残され、大手メーカーも今になってようやく追いかけているような出遅れ感があります。また、日本の大手メーカーの最近の新作を見ても、やはり昔からやってきた年配層をターゲットにしているイメージが強いです。逆に、レコードの逆境時代にも地道にベーシックなレコードプレーヤーを作り続けてきたオーテクなどの国産メーカーはブーム初期から海外の若手レコードファンの需要を掴む事ができました。特に日本が誇るレコード針メーカーのJICO(日本精機宝石工業)やナガオカなど、海外の方で需要が爆発的に拡大して、当事者が驚いていたのを思い出します。

最低限のプレーヤー

近年のレコードブームにおけるプレイヤーを見ると、80年代レコード末期のようなハイテクや多機能性を押し出した製品ではなく、あえて60年代に先祖返りしたベーシックなマニュアル操作のプレーヤーが流行っているようです。

ハラハラするオートチェンジャーの動作

また、全盛期には、複数の盤を連続再生するオートチェンジャーや、終了時に自動的にアームを定位置に戻すオートリターンなど様々なギミックが考案されていましたが、最近のプレイヤーはそれらをほとんど採用していません。

余談になりますが、オペラなど複数枚のセットでは、英国向けはDisc 1のA、B面、Disc 2のA、B面という順番に再生するようになっているのに、同じアルバムの米国向けはDisc 1-A、2-A、3-A、3-B、2-B、1-B、といった順番で、つまりオートチェンジャー用に最適化されていて、さすが国柄が現れているなと関心したことがあります。

ホームパーティーのBGMなどの特別な用途でもないかぎり、家庭用プレーヤーにこれらのギミックが必須というわけでもありませんし、現在はむしろ趣味のこだわりとしてレコード盤に針を下ろす「ひと手間」が喜ばれる時代になったのでしょう。

レコードプレーヤーは「音溝の振動を電気に変える」装置なので、余計なギミックが増えるほど構造上の弱み、剛性の低下、共振による音の乱れが顕著になります。

また、中古レコード盤コレクターなら痛感すると思いますが、過去に誰かが安価なオートチェンジャーやポータブルプレイヤーで再生したせいで音溝がボロボロになってしまったレコード盤を泣く泣く諦めた経験はあるでしょうし、複雑なメカの誤動作で大事な盤に傷がつく心配もあります。(オートチェンジャーで使われたレコード盤には独特の傷跡がつくので、すぐにわかります)。

とくに消費社会のアメリカでは、レコード盤は消耗品としてかなり乱暴に扱う風潮がありましたが、現在は買い直しが効かないという認識が定着したおかげで、扱いも丁寧になり、それなりにしっかりした手動プレイヤーを求める人が多いようです。

最近のプレーヤーで唯一定着している新しいギミックとしては、フォノアンプやUSB ADCを内蔵するモデルが低価格帯では定番になってきました。(SME SynergyやLINN Urikaのような超高級機もありますが)。5万円くらいのプレーヤーを検討している人には別途フォノアンプを買うのは予算的に厳しいでしょうし、昔のオーディオアンプに必ずあった「内蔵フォノアンプ」も最近は少なくなりました。

そもそも「フォノアンプが必要だなんて知らなかった」という初心者も結構多いので(店頭なら店員が確認できますが、オンラインショップだとそうもいかないので)、エントリーモデルにフォノアンプを内蔵しているのは納得できます。10万円くらいの本格的なプレーヤーになってくるとフォノアンプ内蔵は少数派になります。

パソコンで録音できるソニーPS-HX500

USB ADC搭載プレーヤー(ソニーPS-HX500など)に関しては、往年のコレクションをデジタル化したい老人向けかと想像していたのですが、意外にも、私の身の回りでは若い人が買っており、「好きなアーティストが新譜をレコードで出したから、これでデジタル化してDAPで聴く」なんて、まさに新たな市場開拓を実感しています。そういう人たちのコミュニティでは、ストリーミングよりもレコード版を買ってデジタル変換したものを聴いたほうが音が良いなんて口コミも広がっているようです。

海外の家電店で買えるプレーヤー

現在購入できるプレーヤーを見ると、やはり5万円台がスタート地点で、DENONやTEACなど日本メーカーのものが人気のようです。日本メーカーの特徴として、各メーカーごとにフォノアンプ内蔵やUSB・Bluetooth送信など、音質以外の多彩な便利ギミックで勝負しており、それでいてS字アーム、ゴムマット、木目調など、あえて古典的なデザインを強調しているようです。初心者向けとして見た目はレトロな方が好ましいのでしょう。

5万円以下でもプレーヤーは手に入りますが、私の勝手な目安としては、針圧を正確に測って調整できないようなプレーヤーは避けた方がよいと思います。特にポータブル用などで、アームのバネで針先を押し付けるようなタイプは大事なレコード盤を必要以上に摩耗する心配があります。

Pro-Ject X8

10万円台くらいの価格帯になると、Rega Planar 3やPro-Ject Xシリーズなど輸入ブランドが強くなります。日本メーカーはあいかわらずレトロ風なビジュアル演出を押し出しているのに対して、海外ブランドは技術優先で、カーボンファイバー製アームなどの高剛性・低振動設計を導入するようになり、デザインも一気にモダンになります。これくらいのモデルからカートリッジ交換など自己流アップグレードを楽しめる部類になります。(それ以下だと本体を買い換えたほうが良い場合が多いです)。

ヤマハGT-5000

30万円超くらいになれば、ラックスマンやヤマハなど日本メーカーの本気モデルと海外ブランドが均衡するようになり、ベテランのオーディオマニアでも満足できるレベルになります。

Transrotorとか、これに見合う部屋もなかなかありません

100万円クラスだとスーパーカーのような奇抜なアイデア勝負になるので、堅実さよりもむしろ、法外な価格設定に説得力が感じられるような魅力的なプレイヤーが作れるかどうかで、メーカーとしての技量が問われます。真面目に最高音質を追求しているメーカーがある一方で、明らかに大富豪をターゲットにした豪華絢爛な装飾プレーヤーも存在しているので、余裕がある人のみが検討すべきで、コスパ論争やマウント合戦の妬み僻みは虚しいです。

プラッターとベアリング

レコードプレーヤーについて個人的に一番よく聞かれるのが、プラッター(回転する円盤)は重い方が音が良いのか、という疑問です。

確かに、高価なプレーヤーほど重く厚くなる傾向で、Pro-Jectなどのラインナップを見ると、同じプレーヤーで上位モデルになるほどプラッターが厚くなるといったグレードアップの手法もよく見られますが、その一方で、LinnやRegaなど英国メーカーは高級機でも軽く薄かったりしますし、メーカーによってポリシーがバラバラです。日本では特に重厚で存在感があるものが好まれるようです。

エソテリックの新作はいかにも重厚です

軽いものでは1kg程度から、Linn LP12などに使われている亜鉛アルミ合金鋳造で約4kgくらい、明らかに重そうなメーカーになるとプラッターだけで10kgを超えるものもあります。

安価なモデルのプラッターはアルミ鋳造や圧縮成形が多く、高価になると金属、特殊ガラス、アクリル樹脂ブロックの削り出しが主流です。特性が均一で、響きにくく、重量バランスが取りやすいなどの特徴が求められます。

固有振動を分散させるために積層や分割式のプラッターを採用しているメーカーもありますし、出荷前に個別に重量バランスを測定して、裏に小さな穴を開けたり錘を入れるなどで精密なバランス調整を行っているものもあります。

プラッターが重い方が慣性で回り続けるので、細かな揺らぎが発生しにくく安定したスピードを得ることができます。しかしその一方で、モーター、ベルト、ベアリングなどへの負担も大きくなるので、やみくもに重くすれば良いというわけでもありません。

重いプラッターを回すためにモーターのトルクを上げると振動や電磁ノイズが増えてしまいますし、ベルトも硬く太いものが必要になり、モーターの振動が伝達しやすくなってしまうので、むしろ軽いプラッターを低出力モーターと細いベルトで回す方が有利という考えもあります。

プラッターが重ければ軸受ベアリングも耐荷重を高めないといけないので、摩擦ノイズや経年劣化の心配も高まります。重量バランスがとれていないとベアリング側面の摩耗が偏るので、プラッターを重くするとなると、それに見合う高精度な製造技術やバランス調整が要求されます。

ベアリングはスムーズである事と同時に、何十年も摩耗せず安定して回転し、移動の際の衝撃にも絶えうる設計でないといけません。とくに引っ越しや中古で売買する場合は梱包を間違えると輸送時の衝撃で破損してしまうリスクもあります。(輸送時にはシャーシとプラッターの間にダンボールを挟んで縦軸を浮かせるなどのテクニックをよく使います)。

一般的な回転軸

ほとんどのプレーヤーは青銅などの滑り軸受で横荷重を受け、シャフト底部の硬鋼の半球とセラミック板で縦荷重を受けるデザインが多いです。特定の粘性のオイルで満たすことで油膜を作り、回転中はほぼ非接触の状態になります。

この状態を正しく維持できていれば何十年でもスムーズに動作することが可能ですが、もし衝撃で傷がついたり、間違ったオイルに入れ替えたりすると油膜が維持できなくなり、底や側面が削られ、削りカスで摩耗が加速して一気に劣化してしまいます。

オイルはかなり重要で、先日ヤマハの新型プレーヤーにて、室内温度が低すぎるとベアリンググリスの粘性が高すぎて定回転に到達できない、なんてニュースがありました。逆に、50年代のビンテージ品をレストアする場合、シャフトがすでに摩耗しすぎているため、当時の指定どおりの粘性オイルだと油膜が切れてしまうため、もうちょっと重いオイルを入れるといった裏技も使われます。

ベアリング摩擦による振動と回転ムラというのは実際に観測できるノイズや歪みの最大の要因といっても過言ではないので、それらを最低限に抑えるためにハイエンド機では様々なアイデアが考案されており、たとえばドイツのClearaudioはマグネット、日本のTechDASは空気ポンプでプラッターを空中に浮かせる(縦荷重を受ける)といった手法を使っています。

そんなわけで、各メーカーはコストとのバランスを考えて最善のプラッター、モーター、ベアリング設計を行っています。ノイズを抑えるためにギリギリの設計で作られている事が多いため、ユーザーが勝手にいじると悪影響を与える事が多いです。

公式の純正アクセサリーとして売っているなら良いと思いますが

わかりやすい例では、初心者ユーザーが良かれと思って、重いマットやレコードクランプ(パック)を買って乗せてしまったせいで、ベアリング油膜の耐荷重を超えて摩耗が促進されたり、モーターのトルクが不足してコギング(カクカクした動き)が顕著になったり、ゴムベルトに想定以上の負担がかかり波を打つような動作になったり、といったトラブルが発生します。

回転ムラが発生し、音楽のタイミングがブレてしまったせいで、「重いパックを乗せたら音に厚みが出て豊かに聴こえるようになった」と錯覚して満足している初心者ユーザーも少なくありません。

物量投入で得られるメリットと、軽量で効率良く駆動することのメリットが相反しているため、最上級のプレーヤーであっても両極端のデザインが存在するというわけです。

シャーシ

基本的なシャーシデザインはいくつかのグループに分類できます。

一番ベーシックなのはRegaやPro-Jectのような、繊維板や発泡プラスチックなど軽量で振動の減衰が速い素材を硬いプラスチックで覆い、足に柔らかい衝撃吸収ゴムを使うタイプです。

トーレンスとかの木目調のシャーシも、合板や繊維板にベニアの化粧板を貼っただけのものが多いです。高級感を出すために無垢材の削り出しでシャーシを作ってみたら、音が響きすぎてダメだった、なんて話はよく聞きます。

Rega P8の画期的なシャーシ

これらは軽量で設置しやすいので安価なプレーヤーによく見られるタイプなのですが、ポテンシャルは侮れません。近代の傑作Rega RP8/Planar 8を見ると、振動解析によってシャーシの不要な部分は徹底的に肉抜きして、プラッターとアーム間を強固な金属板で固定するのみという、まさに合理性の塊といった域に達しています。4.2kgという軽さで、固有振動がほぼ不在です。

逆に、日本のメーカーで多いのはいわゆる物量投入タイプで、重く硬い素材を使ってガッチリと土台を固める手法です。最近発売されたヤマハGT-5000やテクニクスSP-10Rなんかが代表的な例です。重ければ重いほど、大きければ大きいほどファンに喜ばれるので、コンクリートや大理石を使うなんて事もあります。ちなみにヤマハは26kgもありますので設置も一苦労です。これは日本メーカーに限った事ではなく、Pro-Jectの最上位Signature 12は34kgだそうです。

シャーシを重ねていくタイプ

さらに、上級機になるにつれて同じシャーシを何段にも重ねていくという手法もあります。一段ごとにスパイクとシャーシ素材で振動を分散吸収することができるので、重ねるほどにメリットがある、というアイデアです。もちろん工作精度が低くてガタガタしたり、シャーシそのものの固有振動が顕著だと、それを倍増させる事になるデメリットもありますが、払ったお金に対して厚さが増すというのは単純明快でわかりやすいです。小規模なガレージメーカーが製品ラインナップを広げたい時によく使われる手段です。

重量級のプレーヤーを買っても、設置するラックや床が不安定だと意味がないので、リスニングルームの設置環境に合わせてシャーシデザインを選ぶのが最善です。もし床がカーペットだったり床板が弾みやすいのであれば、あえて柔らかいプレーヤーの方が振動を吸収してくれて良い場合もあります。

バネの効果

正しい調整のワークショップ動画

極端な例としては、LINN LP12に代表されるサスペンデッド・サブシャーシ式というのもあります。プラッターとアームが乗った軽いシャーシが長いバネで外枠から浮かせてあり、上から押せばトランポリンのように上下に弾みます。

これらのバネは、床からのシャープな衝撃(足音など)がバネを伝わって緩やかな上下運動に変換される一方で、レコード盤の回転や音楽の低音では共振しないように、4Hzくらいの周期でバネが上下に弾むように設計されています。そうすれば、もしアームがバネの4Hzで共振したとしても、音楽の波形よりも低い周波数なのでフォノアンプの低音フィルターでカットできます。もちろん延々と弾んでしまっては音楽がうねってしまうので、適度なダンパーで減衰するようになっています。

定期的に四方のバネのテンションバランスを調整しないと動きがおかしくなる事や、アームとシャーシの共振の相性によっては暴れてしまうなど、手がかかるのですが、それがマニアに喜ばれるようで、LINNは40年以上このデザインを作り続けており、現在でもファンが多いです。

こういう奇抜なシャーシもあります

どのシャーシ構造がベストかというのは、やはりユーザーの設置環境によると思います。LINNのような緩いサスペンション式が1970年代に流行した理由は、一般家庭でもそこそこ良いレコードプレーヤーを買っていた時代なので、居間のサイドボードとかに適当に置いて、間近で歩いても振動が伝わらないような設計が重宝されました。アームやサスペンションの調整が難しくとも、当時は近所のオーディオショップの店員さんに頼んで調整してもらうのが普通にできた時代です。

一方、ハイエンドな重量級モデルはそれに見合うような優れたオーディオ専用ラックや、床にオーディオ専用のコンクリート基礎を設けるなど、本格的オーディオルームを想定しているため、ただ高価だからと軽々しく購入しても満足な性能は発揮できません。

いざリビングルームの安物レコードプレーヤーを高級機に買い替えたのに、扉を閉めたり周辺で人が歩くたびに振動で音が飛んでしまって使い物にならないとか、照明の近くに置くとハムノイズが目立つようになった、なんてトラブルもよく聴きます。

壁マウントなら軽いプレーヤーが好まれます

マニアのリスニングルームとなると、各国の建築事情との兼ね合いもあります。日本ではコンクリートにフローリングが多いので、床にボルトやスパイクでガッチリ固定したり、オーディオラックの部分だけ床とは別のコンクリート基礎を打って部屋と振動を分離させるという手法がよく見られます。そのためプレーヤーも重くてしっかりしたものが好まれます。

一方、英国とかだと、板張りカーペットにレンガ壁が多いため、アンプなどのオーディオラックとは別にレコードプレーヤーだけは壁に直接固定する棚がオーディオショップで売られており、そのためハイエンドでも軽量なプレイヤーの方が好まれるなど、各国で振動対策の考え方が違っていて、それに見合ったプレーヤーのデザインも変わってくるので面白いです。

ベルトとダイレクトドライブ

ベルトかダイレクトドライブかというのもマニアの意見が分かれる所です。

わかりやすいベルトドライブ式のPro-Ject RPM9

ベルトドライブの利点は、ベルトが緩和材として機能するためモーターの回転ムラや振動がプラッターに伝わりにくい事、電磁ノイズに敏感なカートリッジからモーターを遠ざけられる事、モーターとプラッターでそれぞれ別々のベアリング軸受けの設計が可能になる事、そしてベルトのプーリー比のおかげで安価な高回転モーターを使う事ができるといった点が挙げられます。

レコードは33.3rpmですが、そんなにゆっくり回転するモーターというのは産業用の汎用品ではなかなか見つかりませんので、ベルトドライブであれば250rpmくらいの高速モーターを使ってプーリー比で減速させる事ができます。

初期SL-1200のダイレクトドライブモーター

一方ダイレクトドライブの利点は、モーターとプラッターの軸を一体化して製造できる合理性、消耗品のベルトが不要になる信頼性の高さ、そして強力なモーターのトルクを直接伝達できるといった点が挙げられます。

ベルトドライブは電源を入れてから定回転に達するまでに10-20秒かかるのが一般的ですが、ダイレクトドライブの有名なテクニクスSL-1200シリーズは開始から1秒以内に定回転に到達するため、ラジオ局などの業務用やDJ用として重宝されています。

現在でも、家庭用レコードプレーヤーの大半はベルトドライブ式で、ダイレクトドライブはテクニクスやVPIを筆頭に一部のメーカーが作っている少数派です。

ベルトドライブとダイレクトドライブとは別に、もう一つ、ガラード301やトーレンスTD-124など、1950年代に主流だったアイドラードライブ型というタイプもあり、一部のマニアから熱烈な支持を得ています。モーターでゴムの円盤を回して、プラッターの側面に当てて摩擦で回すという原始的な構造ですが、とくに50年代の古い音楽はこれでないと駄目だと言われるような独自の魅力があります。

テストディスクでの実測においてベルトとダイレクトドライブはほぼ互角で、最高級クラスのプレーヤーにて両方が採用されている事から見ても、明確な優劣の差はありません。

ダイレクトドライブモーターは金がかかります

ダイレクトドライブがベルトドライブと比べて流行らない理由は、単純に市販モーターで33.3rpmでスムーズに回ってくれるものが無いため、モーターから自社製で作るとなると、それこそソニーやテクニクスくらいの大手でないとコストの割りに合わないというだけです。プレーヤーの価格設定を考慮すると、アームなど他の部分に予算を回した方が優秀なプレーヤーが作れるという考えのメーカーが大半でしょう。

普通のDCモーターを低い電圧でゆっくり回せば良いのでは、と思うかもしれませんが、実際にやってみるとカクカクしてスムーズに回りません。さらにダイレクトドライブのモーターはプラッターの中心、つまりカートリッジの間近に配置されるため、なんの配慮もしないとモーターの電磁ノイズがカートリッジに伝わってハムノイズが発生します。こういった様々な困難を克服する手間を考えると、ベルトドライブが人気である理由がなんとなく理解できます。

1970年頃には日本製の安価で高性能なダイレクトドライブ式が市場に参入して、英国などの伝統的なベルト式プレーヤーのメーカーを廃業に追い込んだという歴史があるため、当時の英語圏の雑誌やショップでは「ダイレクトドライブは音が悪い、魂が無い」といったネガキャンが行われていました。

ところが1990年頃になって新規プレーヤーの選択肢が少なくなってくると、DJ用の堅牢なダイレクトドライブ式テクニクスSL-1200シリーズを買って、そこからアームやカートリッジなどを自己流でリスニング向けにアップグレードしていくという手法が世界的にも広まり、今では相当頭が古い人以外はベルトとダイレクトドライブという方式の差だけで優劣を語るような事もなくなりました。レコードマニアならそれぞれ頭の中に「ベルトドライブらしい音」「ダイレクトドライブらしい音」という持論があるという程度の感覚です。

換装アームボードとか

テクニクスの魔改造

現在のテクニクスSL-1200G

SL-1200はそのままでもリスニング用として十分実用的なプレーヤーなのですが、スクラッチDJなどの過酷な用途でも耐えるため、特にアームがトラッキング重視にかなり強固に作られており、普通に音楽を聴くにはちょっと硬めなサウンドで、しかも繊細な高級カートリッジとの相性問題もあるということで、アームだけを別物に交換するという改造が流行っていました。

今でもテクニクスSL-1200の改造というのは一大ジャンルとなっており、様々な高音質化キットが販売されていますし、本家テクニクスもこの流れに乗って、最近ではSL-1200シリーズを家庭での音楽鑑賞向けにチューンアップしたものを10~40万円くらいで展開しています。さすが本家だけあって、ボディやプラッターからモーターに至るまで改良を施しているため、見慣れた外観に反して中身はまるで別物に進化しています。

古いシンプルなACモーター
一番ポピュラーな9904型モーター

ベルトドライブのプレーヤーも60年代から現在に至るまでいくつかの変化がありました。

モーターはPro-Ject、LINN、Regaなど多くの大手メーカーがPremotec/Allied/Mclellan社の24相250RPMタイプを採用していた歴史があり、このモーターは三相ACで6つのコイルを回すタイプなので、非常に安定した回転が得られます。近年ではもっと精度の高い産業ロボット用高級モーターや、フィードバック回路を使って駆動トルクを調整するメーカーなどもあり、色々と進化しています。

位相トリムが狂うとモーターがカクカクします

60~70年代のプレーヤーでは、コンセント電源の周波数をそのままコンデンサーで三相に分けてモーターを回す回路が主流でした。扇風機とかと同じ仕組みです。それが一番シンプルなのですが、回路の経年劣化や調整次第で位相がズレてモーターがカクカク・ブルブル振動するトラブルが発生したりなど、完璧にスムーズな動きを目指すとなると結構奥が深いです。

ちなみに家庭のコンセント電源は英国と欧州は50Hzで、米国は60Hz、日本だと50Hz・60Hzの地域に分かれており、この仕組みだと地域ごとにレコードの回転数が変わってしまうので、ベルトプーリーの径を変える事で対策していました。微妙な周波数変動もそのままディスクの回転に影響を与えてしまうということは、「電力会社によってオーディオの音が変わる」なんてジョークも、当時ならありうる話だったのかもしれません。

初期クオーツACのLINN Valhalla載せ替え基板

後期クオーツACのLINN LINGOキット

70年代になるとクオーツで正確なAC波形を作ってACモーターを回すタイプが普及しはじめ、正確でムラの少ない回転が実現できるようになり、各国のコンセント周波数事情に左右されず、ワンボタンで33・45回転を切り替えることも可能になりました。これが現在でも一番広く使われているタイプです。

クオーツ制御回路をプレーヤー底面に組み込むとなると、基板サイズに制限がありますし、カートリッジに電磁ノイズを与えてしまうリスクもあるので、上級プレーヤーになるとモーター制御回路は別のボックスに収めてプレーヤーから物理的に遠ざけているものも多くなります。

Pro-Jectなんかは、低価格プレーヤーにはコンセント電源をそのままトランスで降圧するAC16Vアダプターを付属していて、アップグレードキットとしてクオーツでAC16Vを生成する電源ボックスを販売するなど、上手いこと考えています。

当時流行したOrigin Live DCモーター化キット

LINNの純正DC化キットRadikal

90年代になるとDCモーターを採用するトレンドも生まれ、とくに往年のACモーター式プレーヤーをDCモーター化するOrigin Liveなどのアップグレードキットなども好評を得ました。

しかしAC周波数で回転数を固定できるACモーターと違い、DCモーターの速度は電圧に比例するため、非常に安定したDC電源が必要になり、ある程度高級機にならないとメリットが見いだせませんでした。現在は高性能安定化電源やフィードバックサーボによる制御技術が進歩したことでACモーターとDCモーターがほぼ対等な立場になっており、プレーヤーのスペックを読まないと、どちらが使われているかわからない事も多くなっています。

ベルトは綱引きです

ベルトドライブの弱点としてよく挙げられるのがベルトの伸縮です。極端な例として「非常に重いプラッター」と「非常に柔らかい伸縮性のあるゴムベルト」を想像すれば、ベルトの苦労がわかります。

まずモーターが回りはじめると、ベルトの片側が引っ張られ、伸び切ったベルトの摩擦でプラッターが回り始めて、今度はベルトが縮む力でプラッターが引っ張られて回りすぎてしまうので、反対側のベルトが伸びてブレーキの役目になり、といった感じに、まるで綱引きのような一連の動作の連続になります。

ゴムベルトが伸縮しないような硬い素材だと摩擦が足りず滑ってしまいますし、テンションを強くしすぎるとプラッターやモーターのベアリングに横向きの力が加わり負担がかかりますし、経年劣化でベルトが伸びやすくなってしまいます。さらにモーター振動の伝わりにくさも肝心です。

小さなサブプラッターを回すRegaのデザイン

LINNやRegaなどのように、レコードを置くプラッターの下にある小さなサブプラッターを回すタイプや、Pro-Jectのようにプラッター外周目一杯を使うタイプ、ゴムバンドではなく釣り糸のような素材を使うタイプなど色々あります。ゴムの伸縮ムラを分散させるために二本のベルトを使ったり、左右二つのモーターや複雑なプーリー機構を使うプレーヤーもあります。

EATのダブルモーター
三本ベルトのキットなんかも売ってます

一般的なベルトの寿命は結構長く、毎日使っても5~10年は持ちますが、指油を付けてはダメなので交換時には手袋をつけたり、ベルトの表と裏で音が変わってしまったりなど、結構気を使います。

ベルトは寿命、摩擦、伸縮特性が優れている特殊なゴム素材で作られ、しかも繋ぎ目があると回転ムラの原因になるので、大きなゴムのパイプを薄く裁断したものが使われるため、一本5,000~10,000円程度とそこそこ高価です。数百円で売っている互換品とかもありますが、実際に使ってみると回転ムラや振動が発生したり、最悪テンションが強すぎてベアリングに横荷重がかかり摩耗してしまうなどのリスクがあるため注意が必要です。

Hi-Fi Newsの2019年11月号にPro-Ject X2というプレーヤーのレビューがありましたが、このプレーヤーには角型と丸型の二つのゴムベルトが付属しており、見た目とサウンドの好みで交換できるようになっています。この記事の測定によると、丸ベルトを使うと回転フラッターやモーター振動の伝達が悪化し、さらに回転速度も1.3%速くなってしまうため、サウンドが明らかに変わります。このように意図的にスペックを劣化させることで音の違いを演出させることができるのもレコードプレーヤーの面白さです。

カートリッジについて

一昔前まで、安価な入門品カートリッジはMM式(ムービングマグネット、カンチレバーに磁石があるタイプ)で、高価な上級品はMC式(ムービングコイル、カンチレバーにコイルがあるタイプ)というのが定説でしたが、現在はそうでもありません。

MMとMC式の違い

高級カートリッジともなると、いかにも高そうです

価格帯で見ると、数千円ならMM式、1万~10万円くらいはMMとMCの両方が混在しており、それ以上の最高級クラスならMCが主流になります。幸いな事に、ほとんどのカートリッジの取り付け面のネジや配線ピンは標準化されているため、交換は容易です。

カートリッジメーカー大手オルトフォンのカタログを見ると、MM式は1~8万円、MC式は4~100万円といったラインナップになっています。

例外としてDS Audioのフォトダイオードや、サウンドスミスの歪みゲージ式など、MMでもMCでもない奇抜な方式のカートリッジも存在します。CDの到来によってレコード産業が断絶していなければ、もしかしたらこれらの技術が今頃MM/MCを淘汰して主流になっていたのかもしれません。他にもMM式の亜種としてオーディオテクニカのVMやグラドのMI式などがありますが、これらは昔Shureが持っていたMM式の特許を回避するために生まれた側面もあるので、方式の優劣にこだわるよりも音質で選ぶべきです。

MMでは針とカンチレバー部分のみを交換できるモデルが多いですが、MCではカンチレバーからコイルワイヤーが伸びているため分離できません。万が一破損してしまった場合はカートリッジを送り返すことで新品の半額くらいで交換してくれるメーカーが多いです。

MC式は出力が低いのでMC専用アンプが必要と言われていますが、高出力MCというのもあるので、それぞれの出力スペックを見て必要なアンプのゲインを確認すべきです。古典的なMM式カートリッジShure V15-IIIの出力が定格振幅で3.5mVrms、代表的MC式Ortofon MC10は0.2mVrms程度と、10倍以上の差があります。

カートリッジとフォノアンプ

最近はMC・MM用のゲイン切り替えのみでなく、カートリッジごとに細かいゲイン、入力インピーダンス、キャパシタンス(静電容量)を設定できるフォノアンプが増えてきています。また、ここ数年のトレンドとして、RIAA以外のイコライザーが選べるものや、バランスライン入出力を搭載しているフォノアンプも好評です。確かにカートリッジの出力は浮いていて、コモンモードの電磁ノイズに敏感なので、差動で出すのは理に適っているかもしれません。

フォノアンプはカートリッジの微小な電気信号をラインレベル信号に増幅するためのものなので、膨大な電圧ゲインが必要です。高出力なMMカートリッジの定格振幅出力は4.8mV程度なので、それで1Vライン出力を得るには208倍(+46dB)、低出力MCで0.2mV程度なので、1Vを得るには5000倍(+74dB)もの電圧ゲインが必要です。カートリッジごとに出力は違いますが、大体これくらいの範囲が目安です。

5000倍もの電圧増幅を低ノイズで行うのは非常に困難ということで、MCを鳴らせる環境というのは一種のステータスだったのですが、現在は電気回路の性能が飛躍的に向上したおかげで導入のハードルは低くなっています。年配の人ほどMCへの憧れが強いという傾向はあるかもしれません。

昔であれば、真空管はもちろんのこと、トランジスターアンプでも熱雑音や電源誘導ノイズなどの要因から、MMカートリッジの+46dBくらいなら達成できても、MCに必要な+74dBの増幅は非常に困難だったので、一旦トランスで昇圧してからMM用アンプで増幅するといった二段構えの手法も使われていました。

トランスは入力に対して非線形な特性があり、カートリッジと互いに誘導負荷として影響を与えあうため、組み合わせ次第で音がかなり変わります。そういった変化を楽しんだり、特定のカートリッジと相性が良いトランスを探したりします。とくにトランスというのは電子回路のように回路図だけで安易にコピーできるものではないため、どこかの森の奥深くに住む仙人が手巻きしたトランスとか、そういう逸話に溢れているジャンルでした。

現在はトランス不要で低ノイズ回路が作れるようになったので、数万円のフォノアンプでも、MCカートリッジで80dB以上のS/N(つまりMCカートリッジのノイズ以下)までフラットに増幅できるようになりました。

同様に、昔はコンセント電源からのノイズが問題になっていたので、バッテリー駆動のフォノアンプというのも人気でしたが、現在は電源回路の低ノイズ化、フォノアンプの省電力化と回路の小型化といった技術的な進歩から、外来ノイズによる影響が桁違いに下がったおかげで、ACアダプターやコンセント駆動でも圧倒的な低ノイズが実現できるようになっています。逆にそのせいでフォノアンプ自体の音の「クセ」が薄れてしまったので、昔の方が音が良かったと主張するベテランマニアも少なくありません。

RIAAフォノイコライザーについては前回紹介しましたが、最近は1954年RIAA標準化以前のイコライザーカーブを選べるものも多くなってきました。

RIAA規格制定前もレコードレーベルごとに似たような事をやっていたので、コロンビアのNABカーブ、デッカのFFRRカーブなど、低域と高域で±数dBの差があります。1950年代前半、つまりモノラル時代に製造されたオリジナル盤のみの話なので(同じアルバムでも再販時にはRIAAに統一されています)、ほとんどの人には縁の無い話です。

50年代のフォノアンプにはRIAAイコライザーは搭載されておらず、オーディオアンプにLOW・MID・HIGHのイコライザーノブがあり、レコードジャケット裏面に「低音を+20、高音を-20に設定してください」なんて書いてありました。

レーベルやアルバムごとに特定のカーブを選ばないと「本来の音」で楽しめないと誇張する宣伝もありますが、前回紹介した様々な問題もありますし、あまり真剣に考えるものではなく、自分の好みに合うカーブが見つかればラッキーといった程度で良いと思います。

フォノアンプは大小様々なものがありますが、スピーカーアンプと違って大電力を消費するわけではありませんから、必ずしもシャーシが大きいほど音が良いとは限りません。ノイズの観点からは、できるだけ電磁シールドがしっかりしている方が好ましいというくらいです。

矢印の部分がフォノアンプです

たとえばMusical Fidelity M3xフォノアンプの紹介写真を見ると、フルサイズシャーシなのに、左端に電源基板があって、実際のフォノアンプ回路はどこなのかと探してみたら、RCA端子周りの数センチ四方の基板がそれなので、笑ってしまいました。だからといって音が悪いわけではありませんし、スペックも優秀です。シャーシサイズの統一感を優先したのでしょうけれど、別の有名ブランドのように鉛の重りを入れたりしなかっただけでも良心的なメーカーです。(未だに重い方が高音質だと信じているマニアが多いので)。

フォノ+ヘッドホンアンプなんて奇抜なアイデアがある一方で

本格的なフォノアンプでも凄い新作が沢山あります

その一方で、トランスやインダクターコイル、真空管などを採用するとなると、シャーシは大型になってしまいますから、ポケットに入るような小型タイプから、一人で持てないような重量級まで、幅広い種類のフォノアンプが作られており、ここ10年くらいに生み出された斬新な回路設計などもあり、まだまだ発展が望めるジャンルです。

針とカンチレバー

レコード針は頻繁に交換する消耗品だと思っている人も多いですが、実際はかなり長持ちします。

メーカーのスペックでは数百時間というのが一般的ですが、DJやBGM用に重い針圧で毎日8時間使うなら別ですが、一日1~2時間程度の音楽鑑賞でしたら、そこまで消耗を気にする人もいないと思います。実際に10年くらい日常的に使っていた針先を顕微鏡で見たら新品同様だったという事はよくあります。先端が徐々に摩耗するというよりは、アクシデントで壊してしまう人の方が多いのではないでしょうか。

もちろん優れたプレーヤーでしっかり調整してある方が長持ちするので、粗悪なプレーヤーなら消耗も速いでしょうし、盤が汚れていて細かい砂などが付着していると針も盤も消耗します。

肝心なのは、何時間で交換するとかではなくて、定期的に虫眼鏡や顕微鏡で針先の状態を確認しておく事だと思います。正常な形状をしっかり覚えておけば、異常が起こった際にもチェックできます。

また、中古で針を買うとか、知人から譲り受けるとかでも、着脱や輸送時にダメージを受けた可能性もあるので、入念にチェックするのが大事です。特に最近はマクロモードで撮影できるスマホカメラとかも増えてきてるので、針先の状態を記録しておくのも大事です。

安価なMM針でしたら、常に交換針をストックしておくのも良いです。いざという時に取り寄せで待たされるのも困りますので。

オーディオテクニカによる針先解説

カートリッジを購入する際には、個人的には値段よりもまずフォノアンプやプレーヤーのアームとの相性と、普段再生するレコードに合った針形状を選ぶ事が最重要だと思っています。

カートリッジメーカーのカタログを見ると、同じシェルデザインと発電メカニズム(MMやMCとか)を一つのシリーズとして、そのシリーズの中で針形状とカンチレバー材料を変えてラインナップを展開しており、実際に鳴り方が全然違います。しかも高価な方が良いとは言い切れないのが難しい所です。

カートリッジについては大手オルトフォン社のYoutube動画が非常に参考になります。色々と観覧していると、オーディオマニア向けの超高級針の真面目な説明動画がある一方で、スクラッチDJ用のレクチャー動画があったりして、本当に幅広いニーズに答えているなと、つくづく関心します。やはりこういう見て楽しくて役に立つプロモーション動画を定期的にアップロードしてくれるメーカーは信頼が置けます。

オルトフォン公式のスクラッチ解説シリーズから

2Mシリーズの解説も

たとえばオルトフォンのMM式「2M」シリーズは最安からRed → Blue → Bronze → Blackと4種類あり、、上のYoutube動画を見てもらえれば一目瞭然ですが、主な違いは針形状がElliptical → Nude Elliptical → Line Contact → Shibataと変わるだけです。

2M Redが13,000円、2M Blackが75,000円なので、同じMMカートリッジデザインなのに針形状が違うだけで値段がこれだけ変わります。つまり、どのカートリッジを買うか狙いを定めても、どの針形状を選ぶかで悩んでしまうわけです。

その上のオルトフォンのMCタイプ「Quintet」シリーズは先程の2Mと同じようにRedからBlackまでそれぞれ針形状が異なり、しかも最上級のBlackではさらにカンチレバーがアルミではなくサファイアになっています。

もっと高価なMC「Cadenza」シリーズでは、同じくRedからBlackまでの四種類が用意されており、今度はFine Line/アルミ → FG70/ルビー → Replicant/コニカルアルミ → Shibata/ボロンといった具合に、これでもかというくらい針形状とカンチレバーの組み合わせを変えています。

オルトフォンのカートリッジ工場

カンチレバーは硬く響かず軽量であることが理想なので、軽さ優先でアルミの薄い金属チューブを使うのが一般的ですが、高級品ではアルミの代わりにボロンを使ったり、硬さ優先でルビーやサファイアの棒を使う場合もあります。ちなみにオルトフォンの最上級針MC Annaではボロンを使っており、最近さらに上のランクでMC Anna Diamondという人口ダイヤの棒を使ったモデルも出ました。

サウンドスミスのサイトから、ルビーカンチレバーの針先

金属チューブの場合は先端に穴を開けて針を通して圧着するのが一般的ですが、ルビーやダイヤのカンチレバーだとそうはいかないので、先端に接着剤の玉を作って、そこに針を正確に接着するという高度な製造技術が求められます。

すべて寸分の角度の狂いも許されず、しかも何百時間も再生する中で針先が外れてしまっては困るので、手作業であれ、オートメーションであれ、ものすごい技術力が要求されます。カートリッジのブランドは数多くあっても、実は針先から全て自社製で作っているメーカーはほぼおらず、ほとんどのブランドが同じOEM供給元から針を購入して組み付けているので、必然的に針形状やカンチレバー素材も似通ってきます。

針形状については、基本的には一番安いものが円錐(丸針)で、高価になるにつれて薄い楕円に近づくといった感じです。安価なものではコストダウンのため先端部分だけダイヤを使った接合針というものもあります。

丸針は高音の溝に収まらず、左右のタイミングもズレます

音溝を上から見ると、そもそも音溝を掘ったカッティングヘッドは三角形ですので、それなら再生針も同じ三角形なら良いのではと思うかもしれませんが、あまり鋭利だと欠けてしまいますし、盤も削れてしまいます。

シンプルな丸針だと高周波の溝に入り込めないため、高音が鈍ってしまう事、そして針が上に押し出されるため、上下方向の動きが発生して、意図せぬステレオ信号が発生してしまうこと(モノラルは左右のみの動きなので)、そして、左と右の溝の接触点がズレるため、左右信号のタイミングがズレてしまう事がわかります。

このような理由から、丸針は高音域の再現性が悪いと言われています。この問題を回避するためには、理想の針先は丸ではなく線でないといけません。高価な針になるほど丸が楕円になり、一番高価なものだとほぼ直線に近くなります。

二段V字だと溝への設置面積が広がります

さらに、前方から音溝と針の断面を見ると、まず尖り具合とVの角度はどのメーカーもほぼ同じです(あまり尖りすぎても溝の底を突いてしまいます)。溝底の半径が大体6ミクロンくらいなので、針先端の半径は10~20ミクロンくらいが一般的です。

針先がシンプルな円形だと、音溝に対して点接触になってしまうため、高級針になると二段V字のような複雑な曲線形状になっていて、溝への接点を広げるような形状になっており、一般的にラインコンタクトと呼ばれています。針先メーカーによって形状が微妙に違うため、マイクロラインやシバタ式など、色々な名前がついています。

針選びがなぜ重要なのかというと、普段聴いている盤によって相性が変わってくるからです。いくつかの例を挙げると、

 1950年代のモノラル盤などを聴くなら、その当時はまだメーカーごとにカッティング溝の形が大幅に異なる時代だったので、大きめな丸針でないと底を突いてしまうリスクがあります。(底を擦るとゴソゴソとノイズばかりでまともに聴こえません)。

中古盤コレクターの場合、一見綺麗な盤質であっても、すでに同じ丸針で何回も再生された盤は接触面だけが深く削れているため、別の針形状を使うことで、摩耗していない新鮮な音溝に接触できて、音が良くなります。

丸針と比べて、楕円やラインコンタクト針は溝に対して直角でないと急激に性能が落ちるので、後述するアームのセッティングが正確に行えないプレーヤーで高価な針を使ってもむしろ逆効果になる場合があります。

他にも色々と理由が挙げられますが、ようするに比較的新しいレコードを優れたプレーヤーで再生する場合は最高級の針を使うメリットが十分ありますが、そうでない場合は意外とベーシックな針の方がノイズが少なくて音が良かったりするという事です。

モノラルとステレオカートリッジ

ステレオレコードの凄いところは、モノラルとの互換性をほぼ保っている事です。つまり、ステレオ盤をモノラルカートリッジで聴くこともできますし、モノラル盤をステレオカートリッジで聴くこともできます。(どちらも音はモノラルになりますが)。

前回解説したように、ステレオの左右チャンネルは一つの音溝に45°の角度で刻まれているため、針の左右の動きはL+Rでモノラル信号になります。

モノラル盤がステレオカートリッジでも聴けるのなら、わざわざモノラル盤のためにモノラル専用カートリッジを用意する必要は無いのでは、と思うかもしれませんが、実はそれなりにメリットがあります。

モノラルカートリッジもステレオと同様に針先は上下左右に動きますが、それを電気信号に変換するコイルが左右方向にしか反応しないように作られています。つまり定位がセンターにピッタリ安定するメリットがあり、しかも針の上下の動きが電気信号にならないということは、溝のゴミや傷などに針が乗り上げても音にならないので、パチパチノイズが低減されて、かなり聴きやすくなります。特に中古で傷の多いモノラル盤を聴くビンテージコレクターはモノラルカートリッジを使うメリットが大きいです。

モノラルであれば左右個別の配線は不要なので、デンオンDL-102のようにカートリッジのピンが二本しか無いものもありますが、利便性のためにステレオと同じ四本ピンにして左右に同じ信号を出しているカートリッジが多いです。

多くのカートリッジメーカーは通常ラインナップの一つとしてモノラル用を用意しており、高級ブランドなら頼めば特注で作ってくれたりもします。それらの多くは通常のステレオカートリッジの内部配線をモノラル用に変更しただけだったりもしますが、厳密にモノラル用コイルで専用設計にしているメーカーもあります。

針のクリーニング

何度も再生していると針が汚れてくるので、クリーニングに関しては様々な手法があるため、マニアの議論が絶えません。

片面再生するたびに毎回念入りに針先をクリーニングする人もいれば、目視できるほど毛玉がくっついていたらフッと息を吹きかけるだけという人もいます。

粘着ゴムみたいなものでゴミをくっつけるのや、液体をマスカラブラシでゴシゴシするやつ、超音波で洗浄するやつなど、色々な種類が売っています。

私は汚い中古盤を再生することが多く、再生前には必ず粘着ゴムタイプを使っていますが、丁寧に超音波洗浄したレコードでも、再生するたびに毎回かなりのゴミが付くので驚きます。気が向いたら針先端を顕微鏡で見て、どうしても除去できないゴミは液体タイプでクリーニングします。こういう時にも交換型ヘッドシェルは便利です。

グラドの針先

オルトフォンの針先

私が普段使っているグラドとオルトフォンの針を実体顕微鏡で見た写真で、左が数枚再生した後で、右がクリーニングした状態です。

ずいぶん汚いのでブラシと粘着ゴムで念入りにクリーニングしてみましたが、針先端は綺麗になったものの、カンチレバーについたゴミは意外と取り除けていませんね。どれだけ軽量なカンチレバーであっても、これだけゴミが乗っていたら音に影響しそうです。

ただし、こういうのを無理に掃除しようとして壊してしまったら本末転倒です。ブラシでクリーニングする場合は後ろから前へ(再生と同じ方向に)撫でるのがルールですが、それでは前方の針とカンチレバーの繋ぎ目にゴミが溜まってしまうのも確認できます。

写真のグラドとオルトフォンのどちらも、カンチレバーはアルミ金属パイプで、穴にダイヤ針を圧入しているデザインです。接着剤で固めてある場合もあり、変な液体クリーナーなどを使うとアルミが酸化したり接着剤が溶けて針が抜け落ちてしまうというトラブルもありますので注意が必要です。また、液体クリーナーを大量に使いすぎると、カンチレバーの上の方にあるゴムやコイルワイヤーなども濡れてしまい、内部が錆びて壊れてしまうというのも見たことがあります。

日頃の手軽なクリーニングと、定期的な念入りのクリーニングは分けて考えたほうが良いのかもしれません。

そういえば、盤面と針先をわずかに水没した状態で再生するウェットプレーという荒業もあり、そうすることで静電気やゴミのノイズがかなり軽減されるのですが、一旦やってしまうと乾いたらゴミがさらに溝の奥に付着してしまうため、たとえばレコードをデジタル化する専門家の人など、一回限りの捨て身の切り札とも言われています。

針先

結構汚れてます

プレーヤーに付属していた安価なカートリッジの針先を電顕で拡大してみました。

こちらもアルミチューブの先端を潰して穴を開けたところにダイヤの接合針を圧入した構造というのがわかります。

この針も結構しっかりとクリーニングしたつもりだったのですが、ずいぶん細々とゴミが付着して汚れていますね。針先が音溝に押し当てられる面(写真では右側)は自然とゴミが除去されるので比較的綺麗ですが、反対側は無理に掃除しないサイドなので、ゴミが溜まっています。

針圧

各カートリッジごとに適正針圧の数字がデータシートに書いてあり、基本的にそれに従うようにトーンアーム側で調整します。

推奨針圧に幅を設けているカートリッジもありますので、その範囲内でサウンドの微調整を行うこともでき、一割程度のマージンが一般的なようです(2gなら1.8~2.2gとか)。

一般的にはトーンアーム後方の重りに刻んである目盛りで調整するのですが、不正確なアームもあるので、自前の針圧計を使って確認する人が多いです。正確なデジタル式でも数千円程度ですし、よくカートリッジに付属している安価なシーソー式でも十分実用的です。

シンプルなシーソー式からデジタル式まで

針圧計の針を乗せる部分は平均的なレコード盤と同じくらいの厚さになるよう設計されているので、レコード盤を外した状態でプラッターのマットの上で測るのが正解です。アームの角度によって数値が若干変わるので、実際に再生するのと同じ高さで、アームの並行もしっかりと調整された状態で測るのが肝心です。

針圧を軽くした方がレコード盤へのダメージが少ないと思っている人が多いですが、これは誤解で、むしろレコード盤へのダメージが増えるリスクがあります。

良かれと思ってメーカーが指定した適正針圧よりも軽く設定してしまうと、まず音が悪くなるのは当然ですが、針先が溝を滑るように追従できなくなり、瞬間的に浮き上がって飛び跳ねるような動作を繰り返し(目視ではわかりにくいですが)、音溝を細かく叩いて削るような動きになります。

適正針圧というのは、カンチレバーのバネ可塑性(コンプライアンス)にあわせて、針先が音溝に対して正しい角度でトラッキングできるよう指定されているので、あるカートリッジは1.5gで、別のカートリッジは3gと指定されていても、1.5gの方が盤の摩耗が少ないというわけではありません。どちらも適正針圧を守らない事による摩耗ダメージの方が大きいです。

もちろん限度はあるので、安価な縦置き可能なポータブルプレーヤーなど、アームのバネで針を強く押し付けるような構造のプレーヤーは、針圧計で計ってみると10g以上もかかっているものもありますし、スクラッチDJ用に5g以上を想定しているカートリッジもあり、そこまでくると盤面へのダメージはあるだろうと思います。

そういえば、以前ショップにて初心者がカートリッジの本体重量(10gとか)を針圧の事だと勘違いして、それに設定して再生しようとして「どうも音がおかしい、不良品だと思う」と返品してきた事がありました。確認してみるとカートリッジが底を突いて盤面を擦っている状態でした。私の意見として、カートリッジの取り扱い説明書は不親切なものが多いので(英語だけだったり)、メーカーや輸入代理店はもうちょっと新規ユーザーにも配慮してもらいたいです。

トーンアーム

トーンアームは新旧様々なデザインやアイデアが考案されており、音質への貢献も大きいです。

高級機になってくるとアームの交換アップグレードが可能になり、アーム無しのプレーヤーを買って、自分好みのアームを取り付ける事もあります。さらに、一つのプレーヤーに複数のアームが取り付けられる贅沢なプレーヤーもあります。

アームボードとアームを任意で追加するプレーヤーもあります

アームのみを専門に作っているメーカーも多く、それらをアップグレード用として単体で売ったり、他のメーカーにOEM品として供給しています。

現在よく目にするOEMアームメーカーはSME、Rega、Pro-Jectなどで、とくに海外プレーヤーの多くがこれらのアームを採用しています。自社製で下手なものを作るよりも、完成度の高いメーカー品を装着したほうが合理的なのでしょう。

ただしSMEが2019年からアーム単体の販売は辞めると発表したり、日本の老舗JELCOがコロナ中に廃業したりなど、ここ数年でも業界に動きがあります。

一方日本のプレーヤーメーカーは良くも悪くも自社製や独自デザインへの固執があり千差万別です。「どうせマニアは勝手にアームを変えるんだろ」と言わんばかりに本体に見合わないチープなアームを同梱しているプレーヤーもあります。

洗練された美しさのLinn Ekos SE

アームは純粋な機械設計で、電気設計はほぼ不要なので(カートリッジからの配線を中に通すだけなので)、色々と奇想天外なデザインも生まれています。最近はコンピューターによる三次元振動解析や、高精度CNC切削、金属3Dプリンターなどのおかげで、従来では不可能だった複雑な形状が作れるようになり、飛躍的に進化したジャンルだと思います。

もちろんプレーヤー付属のアームを使うのが無難なのですが、たとえば同じプレーヤーでもアームのグレードが違うモデルが選べたり、特定のカートリッジとの互換性を調べる必要もあるので、基本的なポイントを把握しておけば有利な事は確かです。

謎ギミック満載のアームは見ていて楽しいです

アームが盤上で弧を描く「静的特性」は中学生レベルの図形や数学で計算できるので、そういう思考パズルが好きな人なら色々なアイデアが浮かびます。

次に、振動や慣性力、応力がどう働くのか、さらにモーターや地面の振動による共振や、衝撃を受けた時にどう反応するのか、といった「動的特性」が重要になります。これは地道な試作試験やシミュレーションに頼る部分が大きいです。

そしてもっとも肝心なのは、実際に製品として量産するにあたって、工作精度やベアリング精度によるガタの影響や、ユーザーの設置環境が不適切だったり、配送時の衝撃で壊れたりしないか、10年後の経年劣化は、温度や湿度の変化による影響は、といった現実的な問題も考えなければならないので、なかなか図面だけで完璧な設計というのは実現できません。

そんなわけで、Linn Ekos、Rega RB1000、SME V、Pro-Ject 9ccなど、名機と呼ばれているアームは何十年もマイナーチェンジを経て使い続けられている傾向があります。

塗箸とゴルフボールと釣り糸っぽいのに何故か音が良いWell Tempered

Gradoが大昔に作っていた木製アーム

メカメカしさがたまらないDynavectorアーム

Dynavector、Vertere、Thalesなどはメカ好きにはたまらないデザインや、Well Tempered、Gradoなど、本当にこれで大丈夫なのかと心配になるデザインもありますが、一部マニアの熱狂的な支持を受けているので、それぞれにメリットがあるのでしょう。

ヘッドシェル

日本を含むアジアではSMEタイプの交換型ヘッドシェルが普及していますが、欧州ではDJ用以外ではほぼ廃れています。

SMEタイプから、リスニング用、DJ用

海外のメーカーに言わせると、残念ながら「ヘッドシェル交換型じゃないから日本では売れない」という事情で日本市場に参入していないメーカーが多いようです。日本向けに交換型モデルも作れと国内輸入代理店が説き伏せようとしても、ほぼすべての海外メーカーは死んでも嫌だと拒否するだろうと思います。

海外はヘッドシェル交換できないモデルが多いです

日本以外では、アームの先端に着脱コネクターがあるのは振動や重量配分の面で不利だという主張が70年代から主流になっており、そもそも着脱コネクターの先駆者SME社自身が好ましくないからと早々に廃止しています。そのため海外雑誌に日本の最新プレーヤーのレビューが載るたびに「こいつら未だに交換型ヘッドシェルなんて使ってるぜ」と嘲笑されがちです。

実際はテクニクスを筆頭に着脱型でも高性能なプレーヤーはたくさん存在しますから、利便性も考慮すれば、そこまでシビアに考える必要は無いと思います。

カートリッジを頻繁に変える気が無いなら固定型の方が良い事は確かです。しかし、いざカートリッジを変える際に、細い配線をピンセットで掴んで接続する作業は面倒ですし、もし断線したらアーム内部の配線を全交換することになります。そのリスクを考えると、交換型による音質へのデメリットは甘んじて受けるという人が多いのではないでしょうか。

私の場合、モノラルとステレオカートリッジを使いわけるために交換型ヘッドシェルは重宝しています。もっと裕福な人はデュアルアームにしたり、モノラルとステレオ用でプレーヤーを二台持つ人もいます。

ヘッドシェルにも色々な種類があるので、アームやカートリッジと合わせて重量や固有振動数、振動の減衰などが音響に大きな影響を与えます。その変化を楽しむために、あえて交換型を選ぶ人もいるくらいです。

オルトフォンSPUタイプ

また、交換型を選ぶ理由として、オルトフォンSPUカートリッジを使いたい、という人も多いのではないでしょうか。独特のデザインは印象的ですし、とくにビンテージ盤を聴くならSPUでないと駄目だというマニアは多く、オルトフォンは現在でも復刻版を作り続けています。

つまり固定型か着脱型かというのは、レコードプレーヤーの派閥を二分する要素だと思います。最先端技術で最高峰の音質を得たいという人と、アクセサリー的に色々試して遊びたいという人で、考え方が根本的に異なります。

現状では、Pro-Ject/EAT、Thorens、Clearaudio、VPI、Regaなど世界の大手メーカーは固定型を推奨しています。ただし、Pro-Jectは最上位の豪華絢爛モデルのみ交換型を採用しています。日本やアジア圏の裕福な年配マニア向けには交換式ヘッドシェルが望ましいという判断なのでしょう。一方Pro-Jectから発生したEATブランドの最上級モデルは固定型を選んでおりヨーロッパ風のスタイリングなので、マーケットセグメントごとに棲み分けを行っています。

トーンアームの重さ

アームの重さというと語弊がありますが、実効質量(エフェクティブマス)という数字がアームの重要なパラメーターとして音質に結構影響します。

理想的なアームの動作を考えてみると、

  • 音溝に対して針先が正確に追従するけれど、アームは一切動かないこと
  • しかし、溝が徐々に内径に向かって進むにつれて、アームがしっかり追従すること

という、よく考えると矛盾している二つの動作が要求される事になります。

エフェクティブマスというのはカートリッジ側から見てアームを動かすために必要な力の事です。実際に重さを測るのではなく、振り子のような振動モードについての話です。

極端な例を考えればわかりやすいです。もしアームのエフェクティブマスが極端に軽い場合、いとも簡単に回転してしまうので、音溝で針のカンチレバーが動くよりもアーム全体が左右に動いてしまいます。

逆に、アームのエフェクティブマスが極端に重い場合、針のカンチレバーが限界まで曲がるほどの力がかかってもアームが追従してくれません。いざアームが動きはじめたら、今度は慣性で行き過ぎた動作を止める事ができず、振り子のように暴れてしまいます。

カンチレバーの動きやすさはコンプライアンス、アームの動きにくさはエフェクティブマスという数値として、これらの組み合わせによって、カートリッジとアームの相性、つまり共振する周波数と規模に影響を与えます。

オルトフォンが推奨する数式に基づくグラフを作ってみました。横軸のアームのエフェクティブマスと、縦軸のカートリッジのコンプライアンスを知っていれば、どれくらいの周波数で共振するか予測できるというグラフです。

グラフ上で極端な例を挙げると、コンプライアンスが35micron/mNといった非常に柔軟なカートリッジと、エフェクティブマスが35gといった極端に重いアームを組み合わせると、針の動きが柔らかすぎてアームを一定位置にピタッと落ち着かせる事が出来ないため、アームが5Hz以下の周期で振り子のようにゆっくりと揺れるように動き続けてしまいます。レコード盤が湾曲していたら、アームの上下の揺れが制御できず、針が底を突くか飛び出してしまいます。

逆に、コンプライアンスが低く動きにくい針にエフェクティブマスが低い軽いアームを組み合わせると、針を動かすために必要な力がアームをも振動させてしまい、20Hz以上の可聴帯域に変な「鳴り」が発生してしまいます。

一応の目安として、10Hz付近に共振点を持ってくるのが理想的だと言われています。10Hzを狙う理由は、音溝に刻まれた音楽の波形よりも低く、盤の湾曲や軸の狂いによる揺らぎよりも高いので、どちらからも共振しにくいポイントだからです。

メーカーごとに解釈は違うのですが、たとえば昔のSMEアームの説明書では、大体8~13Hz(グラフの青色の範囲)に収まれば大丈夫だと書いてありました。

ちなみにエフェクティブマスはアーム単体でのカタログ数値ではなく、アームとカートリッジ(そしてヘッドシェル)の合計を計算しないといけないので、正確な数値を算出するのは難しいです。

そのため、簡易計算式を使ったり、テストディスク波形で共振点を探ったりといった事をやる人もいます。つまり正確な数字にこだわりすぎると泥沼にはまります。そのためRegaのように、あらかじめ相性を追い込んだ自社製カートリッジとアームをセットで使う事を推奨しているメーカーもあります。

一般的に、針圧が軽いカートリッジの方が柔軟でコンプライアンスが高い場合が多いので、針圧2gを標準的な目安として、そこから極端に離れるようなスペックのカートリッジを使いたいなら、アームとの相性に注意する、というような、自分なりの目安を決めている人も多いです。全てのカートリッジに対応できる完璧なアームは存在しないので、マニアともなると、使いたいカートリッジをまず決めて、それに合うようなアームやプレーヤーを選ぶ人もいます。

歴史的な話をすると、1950~60年代のカートリッジは重くコンプライアンスが低い(針先が動きにくい)モデルが多かったので、それに対応するアームも重くエフェクティブマスが大きいモデルが主流でした(グラフのB)。しかし1970年代になって軽量なMMカートリッジが登場したことで、従来のプレイヤーに付属していた重いアームが時代遅れになり、軽く動きやすい新世代アームが主流になりました(グラフのA)。

つまりビンテージなレコードプレーヤーを使う場合は、その時代のカートリッジとの相性を前提に設計されているため、想定外の組み合わせは大概上手くいきません、カートリッジメーカーも単純に値段の高い安いだけでなく、様々なアーム特性に合わせたカートリッジを提供しています。こういうのはメーカーや一個人のマニアで全ての組み合わせを実験することは到底不可能ですので、やはりショップのベテラン店員のアドバイスに頼る部分が大きいです。

トーンアームの高さ

カートリッジの厚さはメーカーごとにバラバラで、たとえばDENON DL-103は15mm、Ortofon 2M Redは18mmといった感じなので、そのまま交換すると再生時のアームの角度が変わってしまいます。

カートリッジ上面が盤と平行になるよう調整します

カートリッジは「アームが盤面と平行な状態で指定針圧をかけると、針が音溝に対して垂直になる」設計なので、つまりカートリッジを変えたらアームの高さを調整しないといけません。

高級針は目視で垂直に見えなかったりします

ちなみに注意点として、安価なアルミカンチレバーに丸針(円錐)などであれば、横から見れば針が垂直だとわかるのですが、高級カートリッジに見られるような、ルビーカンチレバーに楕円針を接着しているようなタイプでは、針先が前後非対称に仕上げてあるため、溝との接触面の垂直は必ずしも見かけ上の針の垂直と一致しません。原則としてカートリッジ取付面が盤面と平行になるように調整するのが正しいです。

アームの傾きで音が変わります

一般的にはアーム位置が高すぎて針が前屈みになると高音が目立つようになり、逆にアームが低すぎると高音が出にくくなるカートリッジが多いようです。9インチのアームで針を1°傾けるにはアーム取り付け高さを4mmも変えることになるので、カートリッジ厚さの違いが1ミリ程度なら気にしなくても良いのかもしれません。

目視で明らかに傾斜していても気にならないという人もいれば、完璧に並行でないと気持ち悪いという人もいます。人間の目は0.1°の傾きでも気になるといいますから(壁に絵を飾る時とか)、耳もそれくらい敏感なのでしょうか。正確に調整できるなら、それに越したことはありません。

Regaの完璧主義は美しいです

Regaなど、自社製アームとカートリッジをセットで使わせたいメーカーは、Rega純正カートリッジで正しく平行になるようにアームの高さが固定されているので、もしRegaよりも厚いカートリッジを使いたい場合は、アームを外して別途スペーサーを買って根本から嵩上げする必要があります。逆にRegaよりも薄いカートリッジを使いたいなら、カートリッジの厚みを増すためにシムプレートを追加します。

一方Pro-JectやSMEなど、好みのカートリッジに交換することを前提に作られているアームは手軽に上下に調整できる設計になっています。

ヘッドシェルのシム調整

ヘッドシェル交換型アームは色々なカートリッジを付け替える事ができるので便利ですが、交換するたびにアーム角度を再調整するのは面倒ですから、ヘッドシェルとカートリッジの間にシムプレートを入れて、自分が持っている一番厚いカートリッジと同じ高さに揃えるという人もいます。シムを入れると剛性が落ちるとか、エフェクティブマスが増して響きが変わるといった考え方もあるので、理想の音質と利便性を両立するのは難しいです。

私の場合はステレオとモノラル用のカートリッジを同じメーカーのシリーズで揃えています。そうすれば取り付けもフォノアンプ設定も共通しているので交換が容易です。

ヘッドシェルとカートリッジの間に挟むアクセサリー

また、Funk Firm Houdiniなど、あえてジェルのような素材をスペーサーとして挿入することで、カートリッジとアームの振動を切り離す方が音が良くなるとするアイテムもあります。

あまり論理思考にのめり込むよりも、色々と試してみると意外な結果が得られるのがレコード再生の面白いところですし、自身のプレーヤーで上手くいったからといって、別のプレーヤーでは散々な結果になることもあるので、やはり色々なプレーヤーと接する経験が肝心になります。

厚いマットを使うならアーム高も調整が必要です

また、意外と忘れがちですが、マットやレコード盤の厚さが変わることでもアーム角度が変わってしまいます。厚い盤の方が低音のコシが出る、マットを取り除くと音がシャープになる、マットを二重にすると音がマイルドになる、といった逸話も、そのつどアーム高さを正しく調整していないのであれば、針の角度が変わったことによる影響かもしれません。

以前友人が新しくレコードプレーヤーを買ったので披露したいというので聴きに行ったところ、詰まったような、抜けの悪いような、どうも音が変なのです。なんだかレコード盤がプラッターに正しく乗っていないか、アーム設定がおかしいのかと指摘したところ、よくよくプレーヤーを見たら、レコード盤の下にコルクマットを二枚重ねで使っていました。そのため音溝と針先の角度がおかしくなっていたようです。

ちなみに件のプレーヤーはRega P10で、硬いセラミックのプラッターにそのままレコード盤を乗せる設計になっているため、そのままだとレコード盤に傷がつくと思い(綺麗に掃除していればそんな事は無いのに)、良かれと思ってコルクマットを購入、しかも二枚買ったので、二枚重ねにすれば音質もさらに良くなるだろうと思ったらしいです。案の定マットを取り除くと素晴らしいサウンドに変身しました。

オーディオマニアというと、オカルトめいたアクセサリー商法がネタにされますが、レコードプレーヤーに限っては実際に誰でも気がつくようなサウンドの変化を生み出す事があるので、色々試すのも良いですが、なにかおかしい場合はそれに気がつく事も重要だと思います。仲の良い友人だったので快い経験になりましたが、凄いハイエンドマニア宅とかショップのデモルームだと、変な音なのに萎縮してコメント出来ないなんて事もたまにあります。

アジマス

アジマスは前から見た針の傾斜角度です。理論上は垂直であるべきで、傾いていれば左右のクロストークが悪化して、ステレオバランスや位相もずれるので、音像の分離やステレオイメージが悪くなります。

目視だと完璧を得るのは難しいです

問題は一つではありません

調整できるアームであれば、正面からカメラで撮影したり、針の下に鏡を置いて確認するなどの方法があります。

ただし、カートリッジの垂直が必ずしも正しいとは限らないのが問題です。上のイラストで左から順に、完璧な状態から、カートリッジ自体が傾いているのならわかりやすいですが、針先とカンチレバーの組付けが曲がっていたり、内部のコイル組付けが曲がっているなどの製造上の問題がある場合は、カートリッジが垂直でも左右信号が正しくない事がわかります。

こういう高度なソフトも存在します

アジマス測定ができるテスト機器Dr. Feickert Adjust+による実測レビューを色々と見ると、垂直から1°や2°くらいの小さな傾きでも信号には大きな変化があり、細かく傾けていって測定で追い込む事でクロストークが10dBも向上して、カートリッジごとに左右の位相差がピッタリ揃うポイントが見つかるそうです。

カートリッジは人間が手作業で組み付けているわけですから、必ずしも完璧に90°で正確に作られているわけではありません。しかし優れたカートリッジメーカーであれば、取り付け角度誤差による影響が起こりにくい設計であったり、製造上のばらつきを抑える努力をしています。ただし必ずしもカートリッジの値段と比例しないのが難しいところです。

高級カートリッジを使うほどのマニアであれば、自分で測定してベストな条件を探るのは当然だろうと考えるマニアがいる一方で、適当に取り付けて音楽を楽しむという人が(私を含めて)大多数だと思います。

レコードのファンが全員機械マニアというわけではありませんから、このあたりもやはり高級カートリッジをただ売るだけでなく正確なセッティングも含めてサービスとして提供してくれるショップが身近にあれば嬉しいです。

トーンアームのオフセットとアーム長さ

昔のレコードプレーヤーはアームがS字のものが多かったのですが、最近のハイエンドモデルはストレートアームが多くなっています。

ストレートとS字の違いは実際そこまで大きくありません。どちらが良いかというよりは製造上の都合によるものです。

アーム形状がなんであろうと、針先の軌道は同じです
J字は勝手に回転しないよう錘が必要ですが、S字は左右対称なので不要です

鉄などの長いパイプを切断して使う場合、直線のままでは笛のように固有振動が強烈になってしまうので、S字に曲げる事で振動モードを分散する事ができます。S字にすることで左右の重量バランスをとっているものや、古いSMEのようにJ字で、反対側に重りを置くことで針圧とラテラル(左右に傾く力の)バランスの両方を調整しているタイプもあります。

鋳造やカーボンのストレートアーム

ストレートアームの場合、Regaのように合金を鋳造したり、Pro-Jectのようにカーボン複合材を成形するなど、先端に向かって細くなるコーン状にしたり、内部の空洞を複雑にするなどで振動をコントロールしています。

オフセット角度無しと有り

ストレートでもS字でも、アームの先端を見ると、針の進行方向がアームとの一直線でなく「オフセット角度」がついているアームが多いです。この角度はメーカーごとに多少の差はありますが、古いSMEの場合、9インチアームで23.2°、12インチアームで17.3°です。

さらにオーバーハング調整といって、カートリッジ取り付け位置を前後に移動できるもの(つまりアーム長の微調整)もあります。

オフセット無しと有り

オフセットで何が変わるのか、図形で見れば理由がわかります。

円盤の回転に対して音溝は常に直角に刻まれているわけですが、トーンアームは弧を描くため、音溝に対して常に並行の直線を維持することはできません。

もしオフセット無しのストレートアームで、最初の地点で音溝と直線になるようにアームを組み付けたら、ディスクの終盤になる頃には大きなトラッキング角度誤差が生じて、波形を正しく追従しなくなり、左右チャンネルのタイミング誤差も顕著になります。これはトラッキング歪みと呼ばれ、5%以上にもなってしまいます。

そこで、アーム先端にオフセット角度をつけることで、針と溝がピッタリ直線に揃うポイントが盤上で一点ではなく二点得られる事になり、アームの取り付け位置を調整することで、その二点がどこになるか自由に決める事ができ、結果的にトラッキング誤差が少なくなります。

Baerwald、Stevenson、Löfgren Bなど、いくつか定番の配置がありますが、たとえばLöfgren Bは半径116mmと70mmの地点で直線になるよう設定することで、その間のトラッキング歪みは0.5%以下に抑えられるけれど、盤の終盤70mm~60mmまでの歪みが一気に上昇する、といった具合に、それぞれに一長一短あり、ユーザーが調整できるようにしているプレーヤーや、メーカーがベストだと思う地点に固定してあるプレーヤーなど、メーカーごとに考え方が違います。

極端にオフセット角度を強くしすぎると、アームが回転することで針先が前後に動いてしまいますし、アームが上下することで針が左右に傾いてしまうなどの問題も発生するので、何事もちょうど良いバランスが大事です。

カートリッジの前後位置が調整できるタイプでしたら、アームのメーカーが専用のテンプレートを提供しており、針先を正しい設置に合わせられるようになっています。古いSMEアームを見ると、ヘッドシェルの穴は前後調整できませんが、アームの根本で前後にスライドして調整できるようになっています。

アームが極端に長ければトラッキングエラーはほぼゼロです

トーンアームが長い方が弧が大きくなるので、トラッキング歪みを少なくできるという事もわかります。具体的には9インチと比べて12インチアームではトラッキング歪みが20%ほど低減します。

ただし、アームが長くなるということは、重量と慣性モーメントも増すので、エフェクティブマスが増えて、共振も長引きます。そのため昔は9インチよりも12インチアームの方が低音が豊かに鳴るというのが定説でした。現在のアームはずいぶん軽くなり、固有振動も上手に分散するよう設計されているので、そこまでクセはありません。

また、アームにヒンジやレバーなどの構造を設けて回転に合わせてオフセットが変化する(つまり常に溝と直角になる)ようなデザインも考案されていますが、ベアリングなどの部品点数が増えるほどガタが生じたり、捻じれに弱かったり、経年劣化で動きが渋くなるなどの問題も考えないといけないので、なかなかオーソドックスなデザインの利点を覆すまでには到達していません。

長いアームのためにシャーシを拡張する人もいます

9インチと12インチのどちらが良いか、という話ですが、意外と忘れがちなのは、そもそも9インチのアームが定着した最大の理由は、9インチであれば一般的な横幅450mmオーディオラックに収まるサイズのプレーヤーが作れるからです。12インチアームを搭載しているプレーヤーの多くは500mmを超えてしまい、一般的なオーディオラックには収まりきりません。そういった理由から、12インチのロングアームを採用しているプレーヤーは高級品というイメージが定着しました。

現在のハイエンド機を見ると、VPI、Clearaudio、Rega、Linn、SMEなど、どれもフラッグシップ機に9~10インチのアームを採用しているので、アームが短い事による利点の方が弱点を上回るという考え方が定着しているようです。逆にレトロなデザインを押し出しているメーカーは12インチが多く、12インチ特有のノスタルジックなサウンドを求めている人も多いようです。

インサイドフォース

オフセット角度と関連した事で、アームのインサイドフォースというのがあります。

これは色々な要因が絡んでいて、考えすぎると泥沼になるのですが、いくつかわかりやすいポイントを挙げると、

  • 重量配分の偏りによって、アームが自重で勝手に回転したがる力
  • 静的なバランスが取れていても、プレーヤーの傾きやアームの上下の動きが加わることでアームが回転したがる力
  • 再生中に針先が溝との摩擦で引っ張られることでアームが回転したがる力

といった複数の要因を、ひとまとめにインサイドフォースと呼んでいるので、混乱しやすいです。ようするにインサイドフォースが多いと、再生中にアームが内側に向かって自然と回転したがるため、常に音溝の内側に針先が押し付けられるような横向きの力が加わってしまい、音に影響を与えるという事です。

理想的には、溝と針とアームが常に一直線に揃っていれば良いのですが(それでも円盤が回転することで、溝が針を内側に引っ張る力が働くのですが)、現実ではそうはいきません。ストレートなアームを使うことでインサイドフォースを減らしたいという考えと、オフセット角度を設けてトラッキング誤差を減らしたいという考えは相反します。結局どの問題を優先的に対策するかという話なので、完璧は望めません。

外向きの横回転を派生させる釣り糸と錘

SMEの釣り糸と錘や、Regaの磁石式など、インサイドフォースに反発する(アームを外側に回転させるための)キャンセラーギミックを搭載しているメーカーが多いです。

一般的に「アンチスケート」呼ばれていて、特に放送やDJ用途で、アームを浮かせた時に(もしくは荒っぽく扱って針が飛び上がった時に)アームが勝手に内側へ回転していってしまわないように(つまり針先が盤上をスケートするように滑っていかないように)アンチスケートという名前が定着しました。

そういう実用上の用途の場合、アームが宙に浮いている状態で、どちらかの方向に勝手に回転しないようキャンセラーを調整するわけですが、それでは上記の三つの理由のうちの一つ目(自重による回転)しか対策できておらず、むしろ二つ目(プレーヤーの傾き)の対策を疎かにしてしまいがちで、さらに三つ目(溝と針の摩擦)への対策にはなっていません。

Regaのマグネット式

Regaアームの説明書でもアンチスケートと呼ばれていますが、設定方法としては、カートリッジのトラッキングフォースと同じ数値に設定するための目盛りがあります。つまり針圧1.5gのカートリッジなら、1.5に合わせるということです。

ようするに、Regaの場合はアームの自重バランスはほぼ完璧にとれており、プレーヤーの設置もユーザーが完璧な水平に合わせていると仮定して、アンチスケートは針先と溝の摩擦による力への反発補正が主な役割です。

このように一概にインサイドフォースやアンチスケートといってもいくつかの解釈があるため、各自使っているプレーヤーの作法によって、レコードファンの間でも話が通じなかったりします。

Roksanのユニピボット

RoksanやClearaudioなどが採用しているユニピボット型のアームは、尖ったコーンの上にカップを乗せるような構造で、上下左右回転の摩擦が均一で、原理的にガタが無い事が利点なのですが、インサイドフォースによってアームが捩れる方向の力が働くとアーム全体が傾いてしまいます。それを防ぐために釣り合いの重りを乗せたり、針とカップの間に粘性のオイルを充填したりなどで対策しており、やはりメーカーごとに様々な試行錯誤と苦労が伺えます。

静的な図形計算では理想的な設計だと思えても、動的には不安定だったり、プレーヤーの設置、カートリッジ特性、外部の振動による影響など、様々な要因に対処しなければなりません。さらに経年劣化やアクシデント対策、輸送時や引っ越しの際などに調整が乱れたりしないような配慮もしなければならないので、アーム設計は一筋縄では行きません。

大手メーカーともなると、机上の空論での理想を追い求めるだけでなく、幅広いユーザー環境や設置条件がちょっとくらい狂っていても不具合をおこなさいような、いわゆるデザインのロバスト性のための、長年に渡るノウハウの蓄積があるわけです。

スタティックとダイナミックバランス

現在ほぼ全てのトーンアームで採用されているスタティックバランス式というのは、アームの後方にある重り(錘)でバランスを取る方式です。重りを前後に移動することでテコの原理で針圧を調整します。

少数ですが、ダイナミックバランス式というアームもあり、これは重りの代わりにバネで適切な針圧を与える仕組みです。縦置きプレーヤー、ポータブル、DJ用など、重力に期待できない場合に採用されることが多いです。(昔は車載レコードプレーヤーなんてものもあったようです)。バネの力を使うことで針が溝から飛び出しにくく、つまりトラッキングが安定します。

ただし、バネは微妙な調整が難しく、温度変化や経年劣化でも特性が変わる心配があるのに対して、スタティック型は単なる重力なので一旦ピッタリに合わせれば半永久的に調整不要であるため、ほとんどのプレーヤーがスタティック型を選んでいます。

高級プレーヤーのアームになると、LINN EKOS SEやオルトフォンRS-309Dなど、重りとバネを併用して両方のメリットを得るアーム設計もあります。そういった高級プレーヤーがダイナミックバランスを採用する分には問題ありませんが、安価なポータブルレコードプレーヤーでダイナミックバランスを使っているものには注意すべきです。特に縦置き再生可能なプレーヤーなどは強力なバネの力で針を盤面に押し付けている事が多く、音溝へのダメージが避けられません。

リニアトラッキング

リニアトラッキング式ほど「絵に描いた餅」という例えがピッタリなものはありません。多くの人が理想を描きながら、現実に直面して苦労しています。

リニア式アームは複雑高価です

レコードのカッティングヘッドはモーターで横に徐々に進みながら溝を刻んでます。それならばトーンアームも弧を描くのではなく横にスライドする仕組みのほうが原音に近いのではないか、というのがリニアトラッキングのアイデアです。

しかし、カッティングはアームを強制的に動かすことで新しい溝を彫っているのに対して、再生時はすでにある溝に追従するようにアームを動かさなければなりませんので、そもそも主従関係が真逆で、それを実現するのは何倍も困難です。

いくつかのアイデアは実用化され、そこそこハイエンドなモデルも出ています。メーカーのエンジニアともなれば、凡庸な回転式のアームではなく、いつかは究極のリニアトラッキング式を作りたいという願望があるだろうと思います。80年代にはソニーやテクニクスなどから安価なモデルも出ていましたが、結局コストと複雑さから少数派のままで廃れました。

カーテンレールのようなものにアームを乗せて、純粋に溝と針の摩擦だけでアームをスライドさせるものや、角度や応力検知でサーボモーターを動かして先読みでアームを動かすものなど、様々なアイデアが考案されています。

やはり一番の問題は、一般的なアームの回転ベアリングと比べて、横方向のスライド移動というのは摩擦抵抗を減らすのが非常に困難で、しかもメンテを怠るとゴミの付着などで動きが渋くなります。リニアモーターカーのごとくマグネットで浮かせたり、ポンプで圧搾空気を噴射して浮かせたりなど、様々なアイデアが生まれましたが、どれも高コストでメンテが大変です。

また、普通ならカートリッジからの配線はアーム内部から回転軸を通ってシャーシに出していますが、アームが左右に動くとなると、ケーブルも伸縮する必要があり、スムーズな動きを妨げます。

肝心なのは、そもそもリニアトラッキング式が目指しているのは何なのかを思い返してみると「回転アームに存在するトラッキングエラーを排除する」というのが大義名分なのですが、実際トラッキングエラーによる音の歪みというのは、一般的な回転アームでも1%未満がほとんどなので、レコードプレーヤーの他の歪み要素と比べてそこまで大きくありません。

つまり、安易にリニア式にしたせいで、アームのガタや共振など他の部分でのデメリットが増えてしまっては本末転倒ですし、ゴミ付着でリニア動作が渋くなると大事な音溝や針を壊してしまうリスクもあります。そのため現在では一部マニア向けに存在するのみで、ハイエンドレコードプレーヤーでも回転アームを採用しているメーカーが大半です。

レーザー非接触式

もうひとつ、誰もが想像することといえば「レコード盤をCDのようにレーザーで再生できないか」というアイデアです。そうすれば非接触なので音溝の摩耗も無く、カートリッジやアームの振動などの諸問題も一気に解決できます。

実際これは市販化もされており、私もかなりポテンシャルがあると思っているのですが、2021年現在ではまだ容易ではなく、今後なにか大企業レベルで壮大なプロジェクトが行われない限り完璧を求めるのは難しいと思っています。

ちなみにレーザー非接触といっても、音がデジタルになるわけではありません。レーザービームの反射光の明るさをセンサーで拾ってアンプで増幅するだけであれば、針の振動をコイルで拾ってアンプで増幅するのと原理的には同じで、アナログアンプのみで済みます。しかし、レーザービームを正確に溝に当て続けるためには、CDのようにICサーボ制御を使った方が有利です。

1970年代の時点で光学式非接触のレコードプレーヤーは登場しており、現在も数種類が販売されていますが、高価なわりに音質面でそこまで有利というわけでもないため、広くは普及していません。

ここで肝心なのは、CDと比べてレコードの音溝を再生する方が何倍も難しい、という事実です。意外とそれに気がつかず、CDができるならなぜレコードができないのか、と思っている人も多いです。

同じレーザービームを使うとしても、CDの場合は単純に穴(ピット)があるか無いか、つまり0と1のデジタルデータの列を読み取っています。レーザーで光を当てて、その反射光をフォトダイオードで拾い、反射光が明るければ1、暗ければ0、というだけで済みます。

CDの場合、ステレオで左右二つのデータ列があるわけではなく、左データ・右データと交互に一列に記録されており、DACに送られてはじめて左右のデジタル信号に振り分けられます。

CDデータ穴の幅は0.5ミクロン、列の間隔は1.7ミクロンなので、レーザーのスポットサイズは0.8ミクロン程度で十分です(ちなみにブルーレイのスポットサイズは0.25ミクロンです)。

トラッキングは(たとえばソニー式の場合)三つに分光したレーザーを当てて、三つのセンサーで中心が常に最強であるようにレーザーヘッドの左右位置を自動調整するような仕組みになっています。

ところが、アナログレコードの場合、単純な0と1ではなく連続した波形です。しかもステレオ盤になると、平面ではなく45°のV字で「幅と深さ」がある三次元の立体形状です。つまり二つのレーザーで正しく左右側面の凹凸を正確に測定して、さらに溝に追従するためのトラッキングや、盤の歪みに対応するため高さ調整もどうにかする必要があります。

レーザー光が検出した凹凸は、実際の音溝の波形なのか、それと左右トラッキングの誤差なのか、湾曲による盤自体の上下なのか、といった、複数の要素が混在する中で、音の波形だけを抽出するのは非常に困難ですし、CDと違って、毎回同じ読み出し結果にはなるとは限りません。

実用化されているレーザーレコードプレーヤーを見ると、5つのレーザーを同時に駆使してそれらの判別を実現していますが、盤面の歪みを考慮するとレンズをCDほど近づける事はできませんので、レーザースポットサイズはCDの0.8ミクロンに対して3~5ミクロン程度を使っているようです。これはレコード針の直径と同じくらいです。

左右チャンネルのレーザー光の反射がそれぞれの受光センサーに干渉したらクロストークが発生しますし、ビニール素材の品質や鮮度で反射率も拡散も変わりますので、それらを補正する技術も必要になります。

例えるなら、CDの再生は「ヘリコプターで上空から高速道路の渋滞の車を数える」ような作業ですが、レコードは「ヘリコプターで上空から山脈の谷間に沿って細かな3D起伏を測定する」ような作業です。不可能ではありませんが、求められる難易度が遥かに高いです。

光学やレーザー式三次元スキャナー

将来的に、たとえばコンフォーカルレーザーなど3Dスキャナーで複数の溝を連続撮影して立体マッピングを行い、デジタル解析でミクロン以下の起伏まで三次元モデリングできる技術が生まれれば、盤面の立体デジタルデータ化が可能になり、盤の歪みやゴミや傷を三次元的に除去する技術も可能になるかもしれません。

クリーニングしていない盤のゴミや

針が乗り上げた傷とかも、3Dデータなら補修できます

リアルタイム再生はできなくとも、歴史的な絵画のデジタル化などと同様に、後世のためのデジタルアーカイブとして活用できる価値は十分あると思います。

オリンパスのレーザーで見た音溝プロファイル

私も業務用のレーザープロファイラーなどで何度かレコード盤のデジタル化を実験してみたのですが、解像度はまあまあ出せるものの、盤面から溝底までのフォーカス深度が足りなかったり、左右の溝で反射率が異なり正確に描写できなかったり、溝の底のゴミでレーザーが強烈に反射して飽和したり、そもそも数センチ四方を解析するのに30分もかかったり、まだまだ実用的ではありませんでした。業務用のCTスキャンでも、レコード針と同じミクロンレベルの解像度を出すためには1cm四方のスキャンを数日繰り返さないと一枚の3Dデータは作れません。

しかしCDプレーヤーのように、特定の用途に特化した光学装置や高速DSPチップなどが生まれれば不可能ではありません。解像度に関しては、ビニール素材の表面粗さが30nmということなので、そこまでの凹凸を判別するのは可視光系では物理的に不可能ですが、X線やレーザーなど今後の進展を期待しています。

もちろん「針を使わないと音に魂が入らない」なんて言われればそれまでなのですが。

最近の高級レコードプレーヤー

レコードプレーヤーの進化が最も感じられるのは、やはり30万円を超えるような高級機だと思います。これらが値段相応に高音質である保証はありませんが、デザインを眺めるだけでも凄さが伝わってきますし、各メーカーが目指す開発理念やポリシーが見えてきます。逆に言うと、安価なプレーヤーではどのメーカーも似たような安定志向なデザインになってしまいがちです。

SME Model 60 と Synergy Diamond

近頃のレコードプレーヤーの一つのトレンドとして「ライン出力までのトータルパッケージ化」というのが増えてきています。たとえばSMEはModel 30やModel 60という定番シリーズとは別に、Synergyというモデルでは、小型のベルトドライブ機にSMEトーンアーム、カートリッジはオルトフォン、配線はクリスタルケーブル、そしてシャーシ内にはナグラのフォノアンプを内蔵するという、一流ブランド同士のシナジー効果を発揮する製品になっています。あれこれ悩まずとも、これを買えばライン出力でアンプに繋げてすぐに楽しめるという手軽さを、ものすごい高次元で実現しています。

Pro-Ject Signature 12 & EAT Forte S

オーストリアの大手Pro-Jectは自社ブランドで素晴らしいプレーヤーを多数展開しており、関連ブランドのEATや、OEM供給しているMusic Hallなども含めると、実に幅広いスタイルと価格帯のラインナップを繰り広げています。

中核にあるXtensionやRPMシリーズはスッキリとしたモダンなデザインですが、最上級モデルを見ると面白いです。Pro-JectブランドのSignatureではS字ヘッドシェル交換型アームを採用するなどレトロなデザインを追求しており、逆にEATブランドでの最上位Forte Sはスタイリッシュに洗練されたモデルになっています。つまり、それぞれ想定される購入層に応じてデザインの路線を分けているようです。

Rega Planar 10

英国Regaは1970年代から現在まで個人経営が続いており、レコード衰退期にも細々と灯火を守り、苦境を乗り越えてきた数少ないメーカーです。最近のレコードブームに便乗して手のひらを返すようにレコードプレーヤーを復活させたメーカーとは本気度が違います。

現行トップモデルPlanar 10はシミュレーションによるシャーシの肉抜きで剛性と振動対策を徹底しており、セラミックのプラッターや補強骨格、ヘッドシェル一体型の鋳造アームであったり、ベアリングの品質や部品の工作精度を高める事で、ガタやブレを徹底的に排除する事に専念しています。そのため高級機でも余計な装飾を一切行っていないため、素人が見ても下位モデルと何が違うのか見分けがつかないのですが、実際に音を聴いてみるとその格差に驚かされます。

VPI Prime Signature & Reference

イギリスのRegaと対をなすように、アメリカではVPI社が40年以上家族経営でレコードプレーヤーを製造しています。

上級モデルPrime SignatureやReferenceシリーズは重さ約10kgのプラッターをACモーターでベルトドライブしている、まさしくアメリカンな金属の塊のような設計で、自社製10インチユニピボットアームは3Dプリンターで作られており、一見ただの棒のように見えても、内部は共振を防ぐために複雑な構造をしています。アームのVTA(傾斜角度)やインサイドフォースキャンセルなどの設定が細かく行えるようになっているマニア向けのメーカーです。

Clearaudio Statement V2

ドイツの大手Clearaudioは低価格モデルではコンパクトなシャーシに洗練された合理性が魅力的なのですが、最上級になると圧倒的な超弩級モデルを展開しています。

Statementは総重量350kgで、自社製リニアトラッキングアームを採用、本体中央部にある強力なダイレクトドライブモーターで下部の重りを回転させるという凄まじい作品です。実際に所有している人は世界中でも一握りだと思いますが、レコードプレーヤーに対する技術力と本気度が伺える、まさにステートメントです。

Thorens TD1601 & TD124DD

ドイツの老舗トーレンスは1950年代からレコード全盛期に活躍したメーカーで、日本でも知名度が高いです。ここ数年は往年の名機を彷彿とさせるデザインを復刻しており、上級機ではTD160のサスペンデッドサブシャーシ式を発展させたTD1600/1601、そしてTD124のデザインに似せたTD124DDなどがあります。

本来のTD124はアイドラードライブ型でしたが、復刻ではハイテクなダイレクトドライブ化しているという思い切った判断も面白いです。TD124ファンならオリジナルと新型で横に並べて楽しむのも良いかもしれません。

Linn Klimax LP12 & Urika II

古くからサスペンデッドサブシャーシに特化しているスコットランドのLINNは、現在のトップモデルKlimax LP12でも70年代の初代モデルからのデザインを貫いています。オプションパーツが豊富なので、70年代当時のモデルを持っている人も、ベアリングやシャーシなどを最新版にバージョンアップできるというコンセプトが凄いです。

一見レトロな風貌でも、シャーシ底面に搭載するUrika IIフォノアンプでは、カートリッジの信号を即座にA/D変換して、イーサネットケーブルで同社のネットワークアンプにデジタルで送るという独創的なアイデアです。先見の明というか、クセが強い発想をするメーカーで、CDプレーヤーは時代遅れだということで率先して開発を止めて、ハイレゾネットワークストリーミングとレコードプレーヤーを音楽鑑賞の主軸においています。

TechDAS Air Force Zero & Air Force V

昨今のレコードブームで日本を代表するプレーヤーといえば、テクニクスでもラックスマンでもなく、まずTechDASを挙げたいです。旧マイクロ精機時代から、海外ハイエンド界隈での存在感や知名度は圧倒的です。

超弩級すぎるAir Force OneやAir Force Zeroなどが強烈なインパクトを与える一方で、ミニマリストの極地のようなAir Force Vを出すなどアイデアが尽きません。マイクロプロセッサー制御による高性能ACモーターベルトドライブに、エアダンパーシャーシ、チタンやタングステンの複合プラッターなど、近代のハイテクプレーヤー技術の象徴的なメーカーです。総重量350kg、5000万円のプレーヤーを実際に購入できるかは別として、このような強烈なスペックのレコードプレーヤーが存在するという事実だけでもインスピレーションになります。

現在は奇想天外なプレーヤーの最盛期です

他にも活躍しているレコードプレーヤーのメーカーは沢山あり、レコードマニアにとっては現在が最盛期と呼べる時代だと思います。海外の雑誌やオーディオショップを覗くと、普段見る機会も無いような超弩級プレーヤーが山程あります。こういう最先端のプレーヤーを見ると、「昔は良かった」と懐古主義やビンテージ趣向だけで終わりたくはないなとつくづく思わせてくれます。

個人的に使っているレコードプレーヤー

どうでもいい余談になりますが、私が個人的に使っているプレーヤーも一応紹介します。以前は色々と頻繁に買い換えていましたが、ここ10年ぐらいは現状に満足して落ち着いています。というか、プレーヤーを買うお金があるならレコードを買いたいです。

現在メインで使っているのはトーレンスのTD125 Mk 2とTD309、そしてラックスマンPD121です。

TD125 MK II

中身のボロさが良い感じです

TD125 Mk 2は1970年代の古いプレーヤーですが、モーターや電源基板などに改造を重ねて現役で頑張っています。アームは定番のSME 3009 S2Impで、グラドのモノラルカートリッジを鳴らしています。

サスペンデッドサブシャーシ式で、バネやモーター類など多くの部品がLinnと共通しているので修理やアップグレードも容易にできます。サスペンデッド型はこれまでLP12、Ariston RD11(これもLP12の源流)、TD126といろいろと使ってきて、現在のTD125が一番気に入っていて落ち着きました。

TD309

私のTD309

同じくトーレンスのTD309はTD125のコンセプトを近代の最先端技術でゼロから作り直そうという試みで2009年に登場したモデルで、一見リジッドですがサスペンデッドサブシャーシなので、主軸を叩くと盛大に弾みます。

赤い三角形のバカっぽいデザインなのに意外と高性能というあたりが個人的に結構好きなのですが、やはりトーレンスとしても「やっちまった」感があったらしく、これ以降の新作プレーヤーはすべて往年の名機をコピーしたような四角い茶色の木目調のデザインに戻ってしまいました。

そんなTD309はハイエンドスピーカーOEM開発大手のFink Audioに設計依頼したそうで、サスペンションはスピーカーコーンのエッジを参考に開発され、従来のサスペンション型ほど暴れずリニアに動いてくれます。アームはTP92で、シンプルながら合理的で精度の高い設計です。コンパクトで奇抜なデザインながら、サウンドは昔のTD520などのロングアーム機と似ている柔らかい印象です。

サスペンデッド型というのは総じて解像感や迫力よりもリズム感や流れるような音色が上手な傾向なので、個人的に古いモノラルのジャズやクラシックばかりを聴くため、最新のカリカリしたプレーヤーよりも、これくらいまったりしたタイプの方が楽しめます。もちろん定期的にサスペンションのバランスやアームの調整は行わないといけませんが、それも趣味の一環として楽しめます。

どの時代もラックスマンはカッコいいです

中身の重厚なダイキャストとのギャップが良いです

もう一台の愛機ラックスマンPD121はトーレンスとは真逆の性格で、1970年代に登場したダイレクトドライブ式プレーヤーです。重厚な鋳造シャーシに、モーターはテクニクスSP10のやつをOEMで搭載しています。

SP10モーターを搭載するプレーヤーはもっとハイエンドなものが沢山あるものの、それらの多くは仰々しい物量投入型が多いです。そんな中でこのラックスマンPD121・131というモデルは異端な存在で、コンパクトでカジュアルっぽいデザインでありながら中身は本格的というギャップを気に入って使い続けています。そのあたりはTD309と通づるところがあります。

アームはSTAX UA-7カーボンで、クラシックのステレオレコードなど、立体空間をカッチリと正確に描きたい時に使いたいプレーヤーです。軽いアームなのでカートリッジやヘッドシェルは軽いやつの方が良い感じです。

この手の高解像系プレーヤーはこれまでLinn Axis、Rega P6、Pro-Ject RPM9Evoなど色々使ってきた中で、高精度すぎてもCDっぽい鳴り方になってしまい、わざわざレコードで聴く意味が無いかも、と感じていたところ、PD121のような古いダイレクトドライブ型が個人的に一番しっくり来ました。

もちろん私が使っているプレーヤーは高級品でもなければベストな回答というわけではなく、比較的コンパクトで手軽に使えて修理しやすい妥協の産物です。もうちょっとハイエンドなものに買い換えようかと思っても、予算的に厳しいのはもちろんのこと、いざ借りて試聴してみると、そこまでのメリットが感じられない、という繰り返しで現在に至っています。今後完全に壊れるまでは買い換える気が起きません。メンテさえしっかりやれば70年代のプレーヤーが現役で使えているというのは凄い事だと思える一方で、TD309のような新しいプレーヤーにも十分なメリットが感じられます。

おわりに

レコードプレーヤーが近年でも進化を続けていて、様々なメーカーから新作が出ている理由は、機械設計や材料工学などの分野の発展があるからだと思います。

最近は意外なブランドがレコードプレーヤーに参入してきました

たとえばアンプやDACなんかは、電子回路と電源をシャーシに入れるだけなので、新作を出すにしてもチップやコンポーネントの進化を待たなくてはなりませんし、そもそも消費者はシャーシの中身の電子回路にはあまり興味がありません。

その一方で、レコードプレーヤーとなると、モデリング解析やCNC・3Dプリンター、そしてロボット産業で活用している高性能ベアリングやモーターなど、いわゆるメカトロニクスという、現在非常に活気がある分野と平行しています。そのおかげでアイデアさえあればスタートアップがすぐに製品化できる環境が整っています。

レコードプレーヤーというのは、腕時計やカメラのレンズなどと同じようなメカっぽいところが魅力的なのかもしれません。しかし、たとえば高級腕時計は実際の性能(時間を表示する)に対しての付加価値を払っているかというと疑問ですし、逆にカメラのレンズはガラス研磨やコーティングなど製造技術のレベルが高すぎて小規模なメーカーでは太刀打ちできない世界です。

機械設計に興味がある人なら、奇抜なデザインのレコードプレーヤーをじっくり観察することで、どういう意図を持ってそのような設計をしたのか、そしてオーソドックスなプレーヤーと比べて長所と短所は、といったあたりを自分なりに考察するのも面白いです。

レコードプレーヤーについての話は尽きませんが、次回はビンテージ・オリジナル盤レコードの音が良いと言われている理由について書きたいと思います。