2024年3月19日火曜日

DITA Audio Project M イヤホンのレビュー

シンガポールのDITA AudioからProject Mイヤホンを購入したので、感想を書いておきます。

DITA Audio Project M

2023年12月発売、1DD+1BAの2WAYハイブリッド型で、高級志向のDITAとしては珍しく5万円という比較的手が出しやすい価格です。ついでにドングルDACのNavigatorも試聴してみました。

Project M

今回Project Mを購入した理由は、身も蓋もない話ですが、値段が意外と安かったからというのが一番大きいです。

これまでのDITA Audioというと40万円超のPerpetuaを筆頭にかなり高価格帯に寄せており、サウンドに感銘を受けても私の財布では手が出せなかったところ、そんなDITAのイヤホンが5万円でということで、どうしても気になってしまいました。

安さに釣られたというよりは、この値段で本当にDITAらしいサウンドが実現できているのか興味に釣られたという方が大きいかもしれません。

DITA Perpetuaと比較

DITA Dreamと比較

もう一点気になったポイントとして、これまでのDITAイヤホンはどれも耳へのフィット感が自分に合わず、音は良いのにポロポロ外れてしまい常用できないという悩みがありました。

数年前に一念発起で購入したDITA Dreamという高級イヤホンは、現在でも最高峰に置けるくらい素晴らしいサウンドなのですが、ノズルのフィットが浅すぎてAirPods並みに不安定なのが難点で、そのためサウンドの聴こえ方も結構個人差があるだろうと思うと、むやみに推奨できません。

その点Project MはまるでカスタムIEMのようなプラスチックシェルになったことで、これならフィットも大丈夫そうだという期待が持てました。

2WAYハイブリッド

さらに、DITAとしては異例の2WAYハイブリッドという点でも興味が湧きました。2015年DITAブランド初期のイヤホンAnswerからDreamやPerpetuaまで、これまでは「シングルダイナミックドライバー型イヤホンの職人肌メーカー」というイメージが強く、とくにマルチBA型が主流だった時代にシングルダイナミックでこれほど凄まじいサウンドを鳴らしていることに衝撃を受けた人も多かったと思います。

ところが今回Project Mでは9.8mmダイナミックドライバーとBAドライバーの2WAY構成に踏み切ったのは面白いです。公式サイトのイラストを見ると、ダイナミックドライバーは金属の缶に入っているような特殊デザインで、一方BAは耳穴ノズル内部に詰め込んである構成になっています。

そんなわけで、個人的にかなり気になるProject Mですが、五万円が安いといっても、近頃は中華系ブランドを中心に格安イヤホンが続出しているので、良いイヤホンの価格相場自体が曖昧になっています。

私の個人的な印象としては、これまで様々な格安イヤホンを聴いてきた中でも、やはりドライバーやハウジング素材などの製造コストの物理的な限界があるため、音質面で満足できる製品は三万円以下では厳しいようで、どうしても変に安っぽい響きやバランスの悪さが目立ってしまいます。なにか一点に特化したネタ的なイヤホンなら数千円から面白いのがありますが、普段使いで満足できるバランスの良いモデルとなると五万円クラスで良いものが揃ってくる印象です。

本体デザイン

Project Mは透明なプラスチック製だということは知っていましたが、写真で見るよりも実物の美しさに感動しました。

とても綺麗です

まず透明度が半端なく綺麗です。写真では伝わりにくいかもしれませんが、黒っぽい内部反射のせいか、まるでバカラの鉛クリスタルガラスのような深い質感があり、一般的なIEMイヤホンのクリアシェルとはレベルが違います。

さらにもう一点、上の写真を見るとわかるように、DITAのロゴが一般的なIEMシェルのフェースプレートにあたるフラットな外面ではなく上方向の面にあります。これはダイナミックドライバーの円筒の裏側にあたるので、それをデザインアクセントとして使うユニークさと、さらに、通常のフェースプレートにあたる部分の三角形をあえて小さくすることで、見慣れたIEMシェルとは一味違う複雑な立体造形を生み出しています。

直線と曲線の組み合わせが良いです

曲線ばかりのように見えるのに、上の写真の右側ユニットの2ピンコネクター付近など、別の角度から見ると思い切りよくバッサリと直角に切ってある面もあり、このようなメカっぽい直線とカスタムのような曲線がバランスよく組み合わさっており、まるで氷かガラスの塊のようなな魅力があります。

ドライバーとノズル

耳にあたる面

IEMらしいスタイルです

耳に挿入する方向から見ると、いわゆるIEMっぽく耳穴深くまで挿入するデザインであることがわかります。

シェルの透明度はもちろんのこと、ダイナミックドライバーの表面処理や、内部のノズルからイヤピースにつながる部分まで、配線を含めて非常に綺麗に仕上げてあるのが素晴らしいです。ドライバー側面にDITA PROJECT M HYBRIDとカッコいいフォントで印刷されてあるのもセンスが良いです。

このような内部の作り込みや演出があって初めて優秀なデザインといえるので、たとえシェルだけ綺麗な透明にしても、配線が雑だったりドライバーを接着剤でベタベタ固定していたりしたら全て台無しです。あえて透明シェルにこだわっているということは、それだけ内部の組付けに自信があるという証です。

通気孔

ちなみに配線周りをよく見ると、ドライバー付近から細い通気孔が通っているのが見えます。内部配線も最短距離で、余計なごちゃごちゃが無いのが良いです。

UE Liveと比較

私が普段使っているUE LIVEイヤホンと並べて比べてみると、透明感は段違いながら、意外と同じようなサイズ感でした。やはりDITAとしては異質な設計です。UE LIVEの方がノズルは深く挿入されるので、私の耳ではイヤピースはSかMSサイズを使っているのですが、Project MはMがちょうどよいです。このようにイヤピースはノズルの奥深さによって決まるので、自分はいつもMサイズだなどと決めつけるのは良くないです。

Moondrop S8と比較

シェルの透明感といえばMoondrop S8が素晴らしかったので並べて比べてみたところ、どちらも同じくらい綺麗です。S8は8BA、Project Mは大きなダイナミックドライバーと、それぞれシェルの曲面で屈折した中身を多方面から眺めるのが楽しいです。

蓄光で結構光ります
DITAは昔からFinalと関係が深いだけあって、Finalのイヤピースを付属してくれているのは嬉しいです。

最初は気が付かなかったのですが、このイヤピースのノズル部分は蓄光素材でできています。寝る時に電気を消したらぼんやり光っていて驚きました。装着すれば耳穴内なので光は見えませんし、移動中は夜行バスや飛行機内など暗いところが多いので意外と便利です。

パッケージ

ずいぶんカッコいい紙箱に入っています。

パッケージ

このあたりのデザインセンスは日本や欧米の老舗メーカーは壊滅的に悪いので(楽器店に十年陳列されているようなテカテカのダサいパッケージやアップルのパクりみたいなのが多いです)、それらと比べるとDITAはデザインセンスが抜群に良いです。

ログ軸の目盛線を罫線としてタイプフェイスをきっちり揃えて、右上のMロゴや周波数カーブのレイアウトも抜群に良いです。

中身

ケーブル

説明書

箱の中身はイヤホン本体とハードケース、そしてFinalのイヤピースがケースに入っています。

このFinalのケースは私も普段愛用しており、新製品試聴に行く際など、色々なメーカーのイヤピースを選定して携帯しておくのに非常に便利です。ケーブルはハードケースの中に入っています。

説明書の裏側には歴代のDITAイヤホンが陳列されているのが粋な演出です。

ケーブルコネクター

以前のものと合います

付属ケーブルはDITAが以前から採用している着脱式コネクターになっており、3.5mmシングルエンドと4.4mmバランスが付属しています。

ためしにPerpetuaのものと付け替えてみたらぴったり合いました。最近は多くのメーカーが似たような交換コネクターを用意していますが、その中でもDITAはかなり最初期だったと思います。当時はずいぶん画期的で珍しかった記憶があります。

ケーブル

ケーブルはコネクター部分に「Conductors by Cardas」と書いてあるので、Cardas Cableとのコラボレーションのようです。

五万円のイヤホンなので、さすがにそこまで高級感のあるケーブルではありませんが、実際に手にとってみて驚いたのは、表面がサラサラした、まるで紙のような質感です。この手のケーブルは大抵ベタベタして使いづらいので、結局テフロンや布巻きの高級ケーブルに交換したくなるのですが、今回の付属ケーブルの絡まりにくさは相当優秀です。

自前のOリングを追加しました(付属していません)

唯一の不満点としてY分岐のスライダーがありませんでした。私にとっては必須なので、自分で小さなOリングを通しておきました。

2PINコネクター

社外ケーブル

イヤホン側のコネクターは2PINタイプで、QDCなどのようにケーブル側に外枠がある特殊形状なので、2PINの弱点である横曲げに強いのが嬉しいです。

ためしにEffect Audioの2PINケーブルを装着してみたところ、問題なく使えますが、イヤホン本体から飛び出すような感じになってしまうので曲げてしまいそうで心配です。

上蓋の凹みが困ります

閉めるのが一苦労です

付属のハードケースに関しては、デザインはカッコいいのですが、そこまで実用的だとは思えませんでした。

よく実験用測定機器などが収納されているハードケースをミニチュア化したような形状で、それ自体は良いものの、写真で見てわかるとおり、イヤホン本体の大きさに対してケースの厚さが全然足りません。上面と側面にある取っ手はデザイン要素のみで実用性は皆無なのですが(指でつまむ程度です)、そのせいで上蓋に凹みがあるため、余計内部が狭くなっています。

どうにかイヤホンを上手い角度に持ってきて閉めることができても、2PIN端子に曲げ荷重がかかっているような心配があり、どのみち咄嗟にパッとイヤホンを放り込むような使い方はできません。デザインは劣っても一般的なジッパーのセミハードケースなどに入れたほうが良いです。

インピーダンス

再生周波数によるインピーダンス変動を測ってみました。

他にも身近にあったハイブリッド型を中心に、最近よく聴いているイヤホンと比較してみました。DITA Perpetuaのみシングルダイナミック型です。

Project Mは公式スペックでは32Ωということで実測は若干低めですが、他のイヤホンと比べると高めです。3kHz付近のクロスオーバーまで横一直線なので、ダイナミックドライバーがほぼフルレンジで、BAは高音用の補助的な役割ということがわかります。10kHzを中心に一気に下りますが、それでも13Ωですので、アンプの出力インピーダンスによる問題はそこまで気にならないでしょう。

他のハイブリッド型を見ると、1DD+4BAのFir Audio 5x5や、1DD+7BAのUE Liveなど中低域からBAが入ってくるので、このあたりのクロスオーバーの乱れが気になりますし、1DD+8BAの64 Audio Nioは全体的に5Ω付近ということでアンプの特性に影響を受けやすいです。

Perpetuaはさすがシングルダイナミック型だけあって素直な横一直線ですが、逆にいうと、メーカーとしてはハイブリッド型の方が音質設計の自由度が高いので遊びがいがあります。

Navigator

せっかくなので、同時期に登場したDITA NavigatorというドングルDACも聴いてみました。こちらもProject Mと同じ5万円ということで、ドングルDACの中ではそこそこ高価な部類です。

高いだけあって、最近の上級ドングルDACでポピュラーなESS ES9219をデュアルで搭載して、FPGAに独立したクロックも使っているそうです。私自身ドングルDACはあまり使わないので、こちらは購入しませんでした。

Navigator
裏面
ドライバー

NavigatorはドングルDACとしては結構奇抜なデザインをしています。入力はUSB-C、出力は3.5mmと4.4mmという、現行の売れ筋らしい仕様なのですが、高強度6000系アルミ合金の削り出しで、アドベンチャー・アウトドア系のコンセプトが伺えます。

近頃はどのドングルDACも同じような凡庸な見た目をしており、中身もUSBバスパワーに依存する以上、そこまで奇抜なこともできませんので、このようなデザインでの差別化というのは面白いアイデアだと思います。手に握るとたしかにコストがかかっているのが伝わってきて、所有感を満たしてくれます。

ボリュームボタンは手袋をしていても押せるような無骨なスイッチ、太いロープ、裏面にはフリップスタンド、そして側面には謎のドライバービットが隠されています。なんだかナイフやテーザーも隠されていそうで心配になります。ちなみにプラスのビットがついているのですが、Navigator本体ネジは六角なので分解用というわけでもなく、どういう意図なのか不明です。自分なりのビットに交換しろという事でしょうか。

スタンド

スタンド

フリップスタンドはこのような感じに使えるのですが、本体が細いので結構不安定ですし、これではボリュームノブにアクセスできなくなるので、ギミック程度に考えた方が良さそうです。しかしこういうのがあると他に用途を思いつきたくなります。

電力

ちょうど前回iBasso DC-Eliteをテストした後だったので、同じ機器でUSB充電器から給電しながら、Navigatorをボリューム最大で負荷をかけて電力消費を測ってみました。5V/0.56Aで2.8Wも引けたので、DC-Eliteと同様に、バスパワーのみでなく外部電源で供給するメリットがあるかもしれません。もちろんイヤホンを常識的な音量で聴く程度ならバスパワーでも必要十分です。

出力

0dBFSの1kHzサイン波を再生しながら負荷を与えて歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧(Vpp)を測ってみました。

実線がバランスで破線がシングルエンドです。参考までに、同じES9219を採用しているiBasso DC06PROと比較してみました。やはりバスパワーでIC依存なので、最大出力はほぼ同じです。

Navigatorの方が低インピーダンスでカクカクしているのはボリューム調整ステップのせいなので、実際のアンプ特性としはほぼ重なると思います。

同じテスト信号で無負荷時に1Vppにボリュームを合わせてから負荷を与えて電圧の落ち込みを見たグラフです。

同じESSのICを採用していても、電源や出力周りの設計はメーカーによって異なるので、両者の出力インピーダンスが結構違うのが面白いです。DC06PROは0.1Ω付近で、Navigatorは0.7Ω程度です。

これだけ見るとDC06PROの方がしっかり駆動できているので優秀ですが、ノイズと歪みやステレオクロストークなどの性質も関わってきますし、音質に直結するかどうかは実際に聴いてみないとわかりません。こういう測定グラフは明らかな不具合や相性問題を発見するのに役に立ちます。

音質とか

Project Mを購入してから二週間ほどメインのイヤホンとして毎日使い倒しました。DAPは普段から聴き慣れているHiby RS6です。

イヤピースは付属のFinalのやつが一番良い結果が得られました。AZLA Crystalなど開口の大きなタイプのイヤピースはクリア感や解像感を高めるためには有効ですが、Project Mは逆にFinalのように柔らかく開口が狭いタイプの方がサウンドがスムーズに整えられて好印象です。

Hiby RS6

まず最初にProject Mの第一印象は、中高域が柔らかく綺麗に鳴って低音のフォーカスが効いている、スッキリしたV字のドンシャリ系といった感じです。

暴れるような過剰な響きとは無縁の、整った透明感のあるサウンドなので、そのあたりはまさにDITAらしく、優れた音作りを最優先で考えていることが実感できます。

つまり、レファレンス的に各帯域のバランスやフラットさなどで評価すればもっと優れたイヤホンは他にあると思いますが、音色やメロディなど音楽演奏を楽しむことに重点を置いたサウンド設計として、DITAは他のメーカーよりも一段上のステージにあると思います。

2WAYハイブリッド型ですが、これまでのDITAイヤホンやJVCのFW1000とかAcoustuneなど綺麗めなシングルダイナミック型の鳴り方を連想するようなまとまりの良さがあり、耳元のBAの主張の強さやクロスオーバーの擦り合せの違和感はそこまで感じられません。

フルレンジのダイナミックドライバーだと、どうしても低音寄りか高音寄りのどちらかになってしまい、低音寄りのドライバーに金属コーティングや金属ハウジングなどでキンキンした高音の響きを乗せるのが通例なのですが、Project Mの場合はそれをBAドライバーにまかせているようです。

さらに関心した点として、ハウジング由来の鈍い響きやサブウーファー的な低音の盛り上げがほとんどありません。あくまでダイナミックドライバー自身がメインで、ハウジングは正しいフィット感のためだけに存在している感じです。とくに安価なIEM系イヤホンでは、周波数特性の不揃いをハウジング空間で響かせて補うためにプラスチックや金属などハウジングの響きが目立ってしまうのですが、Project Mではそれがほとんど感じられないのが凄いです。

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ジャズでCriss Crossレーベルから新譜でMichael Thomas 「The Illusion of Choice」を聴いてみました。

このレーベルはどの作品も優秀な佳作揃いですが、今回は定番とは一味違ったスリリングなアルバムです。リーダーのアルトは最近のジャズでは珍しいくらいバリバリ高度なバリエーションを吹くタイプで、オリジナル曲であることが良い効果を発揮しています。リズムセクションも複雑なアレンジを牽引しており展開に迷うこともありません。

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クラシックではソニーからPhilippe Jordan指揮ウィーン国立歌劇場の「パルジファル」を聴いてみました。

ソニーの一連のKaufmannをフィーチャーするシリーズですが、個人的にP. Jordanは大好きな指揮者で、いつかワーグナーを聴きたいという願いが叶いました。パルジファルがバリトンみたいだなどと不満もありますが、ZeppenfeldのグルネマンツやKochのクリングゾルなど他の役者がとても良く、オケも広く壮大な録り方で非常に満足できました。


オペラとなると、架空の打ち込み楽器やアンプ楽器ではなく、生声や生楽器を全帯域で正しく再現しないといけないため、相当ハイエンドなイヤホンでないと満足に鳴らすのが難しいのですが、Project Mは素晴らしい鳴り方をしてくれるので驚きました。じっくりオペラのストーリーを追って鑑賞するなら、他のハイエンドイヤホンよりもむしろProject Mを選んだ方が良いと思います。

歌唱帯域は男性も女性も不具合がなく、綺麗に発声してくれますし、ワーグナーらしい金管と弦の壮大な演奏もメロディアスで広く展開してくれます。高音は綺麗なのに、雑味やノイズっぽさが少なく、ツルッとした表現なので、滑舌は破裂音が耳障りにならず、何時間でも聴き疲れせずに歌唱の美しさと演奏の中身に集中できます。

低音が広がらないのもProject Mのユニークなところです。空間展開のイメージとしては、高音が広がるのに対して低音がフォーカスしている「逆三角形」のプレゼンテーションです。量感は十分なのに、鼓膜にぶつかる感覚が無く、前方オケピットから鳴っている楽器をピンポイントで眺めるような感覚があります。このあたりはDITAがDreamやPerpetuaでも得意としてた部分なので、他のメーカーと比べると最初は異質に感じるかもしれません。

イヤホンはドライバーだけで満足な重低音を出すのが難しいというのもありますが、多くのメーカーは屋外の騒音下で使われることを想定して低音の音圧をかなり膨らませる傾向にあり、それに慣れてしまっている人が意外と多いです。

しかし優れた開放型ヘッドホンやスピーカーで聴いた時の低音というのは、そこまで鼓膜を打撃するようなものではなく、前方のコントラバスとコントラバスーン、チューバ、ティンパニなどそれぞれの低音演奏を空間や音域で明確に区別できる事が重要です。

Project Mはそんな低音の優れた描写を実現できているのが優秀です。BAとの擦り合せも含めて、なんとなくKEFの同軸ドライバーとか、すぐれた2WAYブックシェルフ型スピーカーでの音楽体験に近いです。スタジオ用のニアフィールドモニターではなく音楽鑑賞に特化したスピーカーの事で、たとえば私はATOHMやProAcといったメーカーの2WAYブックシェルフを使っていますが、高音の広がりや低音のスッキリした正しい描写などはそれらの体験とよく似ています。

とりわけワーグナーのように中高域の管弦の艶やかな厚みが魅力的な作曲家との相性が良いです。シュトラウスやショスタコーヴィチみたいに低音の怒涛の迫力も楽しみたい場合は、スピーカーでも4WAYなどのフロアタイプが良いように、イヤホンでもたとえば64 Audio Nioなんかが良いです。

ハイブリッド型で比較

そんなわけでいくつか手持ちのハイブリッド型イヤホンと比較してみたところ、64 Audio Nioはたしかに低音のパワーが凄いのですが、おかげで前方空間の上半分が中高域で、下半分はすべて低音というくらい、情景全体の50%が低音という感覚があり、その厚さが良いと思える反面、リアルとはかけ離れています。

UE Liveも個人的によく使うハイブリッド型で、こちらはUEらしくマルチBAがメインで、ダイナミックドライバーは低音用です。しかし音圧増強というよりは、1DD+7BAという多数のドライバーの時間差を利用して空間の広がりや距離感を上手く演出しているイヤホンです。ふわふわした厚い響きに包まれるような特殊な鳴り方なので、好き嫌いが分かれます。一方Project Mはそのような空間演出は無く、音像は一歩離れた平面上にすべて現れます。

Fir Audio 5x5はパンチが強く歯切れが良いため、とくにジャズとの相性が良いので愛用しています。しかし全体的に荒々しさがあり、まさに外出時の騒音に負けないイヤホンといった感じなので、静かな室内でProject Mと比較してみると、5x5は表面のザラッとした感じが目立ち、滑舌や表面質感が伝わりやすい一方で、同じ音量だと雑味が多く感じられます。

とくに試聴に使ったジャズのアルバムでは、曲ごとにベースギターとアップライトを使い分けており、一曲目のベース演奏はかなり聴きごたえがあります。アルトサックスのソロばかりを聴いていても混乱しますが、ベースさえ追っていれば音楽の流れが理解できます。Project Mではサックスとベースギターのメロディを同時に聴き分けて追うことができ、しかも空間的にはどちらも前方中央にて見据えるような聴き方ができますし、キックドラムとの音域の区別も出来ており、どちらも遅れた反響ではなくタイミングよくドライバーからダイレクトに発せられている感覚があり、このあたりも優れたブックシェルフの聴き方と似ています。

Project Mは完璧というわけではなく、弱点や欠点もいくつか挙げられます。まず音場空間のスケール感みたいなものは出にくいので、その点はあいかわらずDITA DreamやPerpetuaなど上位モデルの凄さとは決定的な格差があります。とくにクラシックなど録音自体に含まれている自然なホール音響を再現したい場合は、ハイエンドなシングルダイナミック型に勝るものはありません。逆にスタジオミックス作品に空間演出を加えたい場合はUE Liveのようなマルチドライバーの音響効果に特化したイヤホンの方が向いています。

次に、録音の再現性という点では、Project Mはかなり音楽鑑賞用に作り込まれた作為的な表現だと思います。滑舌や破裂音など耳障りなディテールはあえて強調されないので、録音のアラ探しのような分析的な聴き方には向いていません。それでも、アタックの刺激が緩和されている一方で、響きが後をひかないため、全体で見るとかなりスッキリした余白の多い鳴り方なので、そのあたりの作り込みが上手いです。カジュアルに聴きやすいイヤホンというと響きが残りすぎてクリア感が損なわれるタイプが多いのですが、Project Mはそうではありません。

もう一点、個人的に結構気になった点として、冒頭でV字ドンシャリと言ったように、中低域で再現が鈍くなる傾向があり、男女歌手やサックスなどでは気にならないのですが、ピアノなど帯域が広い楽器だと違和感がある場合があります。とくにスタインウェイのグランドピアノなど、普段から聴き慣れている楽器では、Project Mで聴くと、なんとなくチェンバロみたいな高音寄りの軽い演奏に聴こえてしまうので、なにか肝心なものが欠けている整えられたサウンドのように感じてしまいます。

このあたりも、さきほど言ったような優れた2WAYブックシェルフスピーカーでの音楽体験によく似ています。たとえばLS3/5aは素晴らしいサウンドを奏でてくれますが、それだけで全てをこなすことは不可能で、やはり大きなフロア型スピーカーが欲しくなる事もあります。しかし、そんな大掛かりなリスニングルームを持っている人でも、意外と普段は書斎のブックシェルフと20Wの小型アンプで聴きたくなる事の方が多い、なんて話はよく聞きます。Project Mもまさにそのような感じのイヤホンです。

DITA Celeste

ためしにDITAのアップグレードケーブルCelesteを装着してみました。Project M本体よりも何倍も高価なケーブルなので、ネタとして写真に撮りたかっただけです。

Project Mの付属ケーブルはCardasとのコラボレーションということで線材や構造の情報は見当たらなかったのですが、価格と見た目からして銀メッキ銅とかでしょうか。Celesteは特殊な純銀だそうです。

Project Mの高音寄りの印象はケーブルに由来する部分もありそうです。Celesteに交換したところ中低域の厚みが増して、V字のドンシャリ傾向がだいぶ緩和され、かなりバランスの良い鳴り方に変わりました。

Project Mの付属ケーブルは変なクセも無く優秀な部類だと思いますし、DITAが全体的なチューニングの一部として選んだのも納得できます。2PINコネクターがしっかり保護されるので、私はこのまま使い続けようと思いますが、ケーブル次第でProject Mのポテンシャルはもっと引き出せると思うので、DITAから別のケーブルが出たら興味があるかもしれません(Celesteほど高価なのでは困りますが・・・)。

DITA Navigator

Project Mとは直接関係ありませんが、せっかくなのでドングルDACのNavigatorも試聴してみました。

最近のドングルDACの相場は1~2万円くらいが多いと思うので、5万円のProject Mに対して5万円のNavigatorはちょっと不釣り合いかもしれませんが、音質面では確かに安価なドングルDACよりも一枚上手だと思いました。

FiioやiBassoのスティックタイプのドングルDACと比べると、Navigatorは結構ホットで荒っぽい鳴り方です。昔のDragonflyのようなデジタルっぽい荒さとは違い、オペアンプ系ポタアンをしっかりドライブしている感じでしょうか。最新DACらしい広帯域と解像感を持ち合わせていながら、中域の音圧には古風な迫力があります。

とくにProject Mとの組み合わせでは、中域の不足分を補うような相乗効果がありますし、外出先の騒音下で使うとなると、大人しくサラッとした鳴り方よりも、この方が充実した聴きごたえが楽しめます。ベーシックなドングルDACはライン信号直結のようなスッキリした鳴り方が多いので、Navigatorはそれらとは明らかな違いが体感できると思います。

Dita Perpetua

UE Live

Vision Ears VE10

Dita Perpetuaや、私が普段愛用しているUE Live、そして最近結構気に入っているVision Ears VE10などのハイエンドイヤホンも鳴らしてみたところ、どれもしっかり満足できる鳴り方です。

これらイヤホンは全て空間重視でふわっとした鳴り方なので、カジュアルに使うにはインパクトに欠ける感じもあります。本来はAK SP3000などハイエンドDAPで鳴らしてスケールの大きなサウンドを楽しむのが最適なのですが、Navigatorで荒っぽさを与えるのも悪くないです。この手の古典的ポタアン風サウンドは最近珍しいので、ドングルDACというフォーマットで手軽に楽しめるのは妙案です。前回紹介したiBasso DC-Eliteとも対照的なのが面白いです。

おわりに

DITA Project Mは期待以上に素晴らしいイヤホンでした。入門機としてはもちろんのこと、すでに優れたハイエンドイヤホンを持っている人でも一味違った美しいサウンド体験が得られるため、買い足す価値があると思います。むしろ5万円という低価格ゆえにハイエンドイヤホンユーザーの眼中に入っていないのであれば、実に惜しいです。

広帯域、高解像で全部が聴き取れる高コスパ機といった売り方ではなく、バンドやオーケストラなどアンサンブル全体の表現が上手で、雑味を低減して親しみやすい鳴り方に仕上げてくれるあたりは、スタジオモニター的な表現とは一味違う、まるで優れたピュアオーディオ系ブックシェルフ型スピーカーの楽しみに近いです。

イヤホンやヘッドホンはプロスタジオモニター的な音作りであるべきという風習がいまだに根強く、Project Mのような作風が世に出にくい傾向があると思います。何十万円もするレファレンスモデルならそれも一理あると思いますが、全員がモニター系サウンドを求めるのも不条理です。

オーディオ初心者が家庭用よりもプロ用モニタースピーカーの方が優れているからと思って購入して失敗するのと似ており、イヤホンでもリスニング系とプロモニター系の評価の違いや使い分けはもうちょっと浸透しても良いと思います。

そして古くから10万円前後のブックシェルフスピーカーがオーディオマニアの入り口として多くの人に愛用されてきたように、5万円のProject Mもまさにそのような存在です。なんでも詰め込めるハイエンド機とは違って、メーカーとして自信を持てるサウンドを5万円で提供するというのはかなり勇気のある判断ですし、DITAらしいサウンドのポリシーを損なわずにそれを実現できているのは凄いことだと思います。

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