Astell&Kernの新作DAP SP4000Tを試聴してみたので感想を書いておきます。2026年7月発売、価格は約63万円という最高価格帯のモデルです。
| Astell&Kern SP4000T |
2025年に登場したフラッグシップSP4000と同じクラスにあり、今作は真空管を搭載して幅広いサウンドメイキングが楽しめるモデルです。幸いにもSP4000と合わせて比較試聴することができたので、サウンドの違いをじっくり聴き比べてみたいです。
SP4000T
Astell&Kern (AK) のフラッグシップDAP「A&ultima」シリーズは2017年のSP1000からSP2000、SP3000、SP4000とそれぞれ2-3年間隔でモデルチェンジを果たしてきましたが、それらの間の年にはSP2000T、SP3000Tといった真空管搭載モデルをリリースしており、今回のSP4000Tもその流れにあります。
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| SP4000T |
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| 背面に真空管が見えます |
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| レザーケースに窓があります |
SP4000と同じくステンレスシャーシに6インチ2160×1080の高解像スクリーンを搭載、SP4000の615gに対してSP4000Tは565gと若干軽いですが、どちらにせよポータブルDAPとしてはかなり大きく重い部類です。
D/A変換は旭化成のAK4191EQ + AK4499EXをそれぞれ二枚使っており、肝心の真空管はJAN6418を四本搭載しています。真空管モードをONにすると本体背面の真空管が点灯するようになっており、付属レザーケースもそれが見えるように窓が設けられています。
真空管は電力消費が大きいためかバッテリーも大型化され、SP4000の6780mAhに対してSP4000Tは7450mAhで、どちらも10時間再生だそうです。
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| SP4000 & SP4000T |
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| ヘアラインでエッジが絶妙に面取りされています |
SP4000とSP4000Tのどちらもステンレスシャーシなのですが、SP4000は906Lの鏡面ポリッシュ、SP4000Tは316Lのヘアライン(ブラッシュド)仕上げと、素材と手触りが大きく変わります。
AK DAPらしい直線的な立体形状に、他社と比べて明らかな高級感やエレガントさが感じられるのは、やはり切削加工の精度が高く、正確な直線や平面を出せているおかげです。加工や表面処理が雑だと光の反射が波打つように歪んでしまい、どうしても安っぽく見えてしまうわけですが、AK DAPでは平面の歪みが少ないため陰影がパリッとしていてカッコいいです。
この光の明暗のコントラストに関しては、やはりSP4000の方が高級感がありますが、鏡面だと指紋も目立つので、個人的にはSP4000Tのヘアラインの方が扱いやすくて好きです。どちらにせよ画面の角のみ尖っているので注意が必要ですが、それ以外のエッジは綺麗に面取りされており、ケース無しで使っても手触りが良好です。
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| SP4000 & SP4000T |
並べてみてもSP4000との違いは注意して見ないと気が付かない程度です。左側面のボタンが三つから四つに増えており、真空管モード設定画面を呼び出す専用ボタンが追加されています。真空管がメインのセールスポイントなので、すぐにアクセスして聴き比べができるのは便利で助かります。
またボリュームノブのデザインも若干変わっており、ノブ保護のためにシャーシが三角形に出っ張っている形状も微妙に違います。写真で見ても分かりづらいですが、実際に手で掴んでみると明らかに違います。
| ケースもノブ付近の形状が違います |
SP4000との違い
デザインやインターフェースの詳細は後述しますが、その前にSP4000や前作SP3000Tと中身の違いについて簡単に確認してみたいです。
メーカーの人に直接聞いたわけではないので、私の勝手な想像ですが、SP4000などフラッグシップ機はあくまで完璧な最高峰目指すために無駄を削ぎ落としているのに対して、Tシリーズは真空管を含む色々なモード変更でユーザーが自分好みのサウンドに切り替えることができる柔軟性に特化したモデルのようです。
私自身SP2000T、SP3000Tにも触れる機会がありましたが、なんとなく今回SP4000Tはこれまでと比べて一段上の気合の入り方を感じます。
まずSP2000はステンレス & 銅シャーシにD/Aチップは旭化成を搭載していたのに対して、SP2000TはアルミシャーシでESS DACを搭載しているため全くの別物といったイメージがあり、これがTシリーズの初出だったので、どちらかというとKANNシリーズと同じようなイロモノの印象を受けました。
ちなみにAKは発売から時間が経つとシャーシ素材の違う限定モデルを出すことが多く、SP2000Tも銅ニッケル合金モデルが出ましたが、あくまで後発の限定品なので、新作レビューでの感想とは別物と考えたほうがよいです(値段もだいぶ違いますし)。
続いてSP3000Tではデザインも含めてSP3000にだいぶ近づけており、あえてSP3000ではなくSP3000Tの方を選ぶという人も多かったように思います。ただし発売価格に約十万円の差があり、あくまでSP3000がフラッグシップの地位は譲らないという意思が感じられました。
| Nutube 6P1とJAN6418 |
ちなみに真空管についてもSP2000TがNutube 6P1だったのに対してSP3000TではJAN6418に変更されています。真空管搭載のDAPやポタアンというと、現状これらのどちらかに派閥が分かれている印象があり、AKもベストを模索しているのでしょう。
今作SP4000TもSP4000と比べて約6万円安く設定されており、あくまでSP4000の方がフラッグシップという立ち位置は変わりませんが、それ以上に前作からの変更点が興味深いです。
こうやって一覧でまとめて見るとわかりやすいです。AK4191EQデジタルフィルターチップ、AK4499EX D/A変換チップ、そしてJAN6418真空管の数の割り当てに進化の流れが想像できます。チップの数だけで音質の良し悪しを語ることはできませんが、それでもポータブルDAPの場合、限られた基板面積の中で一番スペースを使うのが真空管やDACチップを含めたD/A変換回路です。(高出力なヘッドホンアンプになると、放熱も含めた電源やアンプ回路の面積の方が大きくなりますが)。
| AK公式サイトからSP4000Tの内部イラスト |
SP3000をスタート地点とすると、SP3000TではAK4499EX DACチップの数を減らして、その代わりにJAN6418真空管を二本入れるスペースを確保しており、続いてSP4000ではシャーシがさらに大きくなったことでAK4191EQデジタルフィルターチップの数を増やしています。
そこで今回SP4000Tが面白いのは、安直に考えれば、SP3000Tの時のように、SP4000をベースにチップを二枚減らしてJAN6418真空管を二本入れるのが合理的に思えるところ、ICチップの数はSP3000Tから変えずにJAN6418を四本に増やすという思い切った判断を行っています。
その判断が正しいかどうかは開発陣のセンスに委ねられるわけですが、あくまで素人目線で考えるなら、真空管の物理的なクロストークや歪みといった弱点と比べればデジタルICを並列で増やす影響は些細なものなので、真空管を四本にすることの恩恵の方が大きいのでしょう。
フラッグシップSP4000の下位モデルに留まらない、別路線での頂点を目指す意図が感じられます。
デザイン
冒頭で触れたように、シャーシデザインはボタンや端子類も含めてSP4000とそっくりなので、価格にふさわしい高級感があります。
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| AKらしいボリュームノブ |
ボリュームエンコーダーノブは押し込むと電源ボタンを兼ねており、再生ファイルのサンプルレートでLEDの色が変わります。
上面には3.5mmと4.4mmヘッドホン出力端子があり、さらに操作ロック用のスライドスイッチがあります。このスイッチはSP3000には無かったので、ユーザーからの要望が多かったのでしょう。
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| トランスポートボタン |
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| USB-CとマイクロSD |
側面にはトランスポートボタン、底面にはUSB-CとマイクロSDカードスロットと、ごく一般的なDAPらしいデザインです。
最近は外部ACアダプターでブーストするなどギミック盛りだくさんのモデルが多い中で、個人的にはこれくらいシンプルな方が使いやすいです。
先ほど触れたとおり、ボタンは四つあり、真空管モード設定画面を呼び出す専用ボタンが用意されています。
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| 折り込み式のレザーケース |
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| SP4000と比較 |
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| 真空管が見える窓があります |
付属レザーケースは個人的にはSP4000Tの方が好きです。SP4000のグレーのケースは女性用ハンドバックのような薄手のしなやかさが魅力的なのですが、汚れが目立ちそうですし、ボリュームノブ周辺など使っていると伸びてきそうです。
一方SP4000Tのはもっと無骨な革靴みたいな質感なので、今回借りた試聴機はすでに裏面に汚れがありましたが、それもなんとなく良い感じの味が出ます。
どちらにせよAKは昔からレザーケースの品質やセンスが良いのも固定ファンが多い理由になっていると思います。オーディオブランドの枠を超えた一級品の革製品として通用するクオリティなので、一旦これに慣れてしまうと他社DAPのレザーケースはどれも安っぽく粗末に見えてしまいます。
私は古いDAPをいくつか手放さず保管してあるのですが、革ケース表面の塗装や裏地がパリパリ剥がれたり接着剤や縫目がバラバラになるなど経年劣化が目立つケースが多い中で、AK DAPは本体とケースが十年経っても綺麗なままなので、それを見ると次回もAKを買いたくなってしまいます。
インターフェース
システムOSとユーザーインターフェースに関してもSP4000など最近のAK DAPと共通しています。私のSP3000も含めて多くのモデルが直近のアップデートで公式にGoogle Playアプリインストール対応になりましたが、それでもAndroidっぽさは極力見せないように配慮されており、やはりファイル再生画面がメインになります。
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| これまでどおりファイル再生メインです |
私はこれくらいシンプルな方が本来の用途である音楽再生に集中できるのでありがたいですし、アプリに関しても以前のようにAPKをサイドローディングするのと比べればだいぶ楽になりましたが、やはりスマホのようなAndroid OSが欲しい人はAKではなく別のDAPを選んだ方が良いです。
ただし、高画素6インチ大画面のおかげで、TidalやQobuzなどストリーミングアプリを使う場合でも、スマホと比べて遜色ない体験が得られると思います。
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| 真空管モード |
真空管モード設定画面はスワイプダウンショートカットや本体側面の専用ボタンから入れます。OP(オペアンプ)、Hybrid、Tubeの三種類があり、Hybridを選ぶとスライダーでOPとTubeの間を五段階で調整できます。
さらに真空管の設定項目にTube CurrentとTube Modeがそれぞれ三種類あるので、かなり多くの組み合わせが選べるため、試聴が大変そうです。どれが一番良いというよりも、聴いている曲やイヤホンとの相性に応じて気軽に切り替えて楽しめます。
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| ショートカット |
もう見慣れたAKのシステムOSも成熟とともに新機能がどんどん追加されているため、スワイプダウンのショートカットの数がかなり多くなっており、設定画面で順番を自分好みにアレンジする必要があります。
私はオーディオに関連する機能(High Driving Modeやクロスフィードなど)を最初のページに、Wi-Fiなどネットワーク機能を次のページに設定しています。ちなみにXLRというボタンがありますが、押しても何も起こりません。たぶん別売XLR出力ドック(PD20・SP4000用)を接続した時に使えるようです。
| DAC Filter、Line Out |
DAC Filterは旭化成AK4191EQフィルターチップに搭載されているものがそのまま選べます。SP4000TはDARや真空管など他にサウンドを調整する機能が沢山あるので、デジタルフィルターにまで手が回りません。Short Delay Sharp Roll-off がデフォルトに推奨されているので、私はそのままで使いました。
Line Out設定はONにするとボリューム調整時にLine Outボタンが表示され、それを押すことで出力電圧が固定されます。SP4000Tは多くのAK DAPと同様に純粋な高インピーダンスライン出力信号は引き出せず、ヘッドホンアンプ出力がボリュームレベル固定になるだけです。
| DAR、Crossfeed |
SP3000世代から導入されたアップスケーリングのDigital Audio Remaster(DAR)ももちろん搭載しており、設定でPCMかDSDでのアップスケーリングが選べます。
CrossfeedもSP3000世代から追加された機能で、個人的に結構気に入って使っています。ステレオ左右の信号を少しブレンドしてくれるため、1960年代ステレオ初期の作品など、左右両端にパンされてイヤホンだと耳障りに感じる音楽で有効活用できます。
単純なON/OFFだけでなくスライダーでブレンド具合を調整できるのも嬉しいです。主にスピーカーで音楽を聴く人は、イヤホンと交互に聴いて同じようなイメージングに追い込むのも有意義です。
また、ちょっとした裏技として、クラシックなどでステレオミックスが自然な曲ほどクロスフィードON/OFFの違いが現れにくいので、それでミックスの不自然な違和感を見つけるのに意外と重宝します。
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| VUメーター |
スクリーンセーバー的なギミックとしてVUメーター風画面も用意されています。高解像画面のおかげでそこそこリアルな動きをしてくれます。
画面下に専用のショートカットまであるので、それなりに力を入れているのだと思いますが、デザインの選択肢も多くありませんし、初期設定のやつ(上の写真だと左側)以外はだいぶ地味なので、もうちょっとバリエーションを増やしてもらいたいです。
実際のところ、再生中はトラック情報やプログレスバーも見ていたいですし、VUメーターばかり眺めていてもしょうがないので、できればスペアナやNow Playing情報をカッコよく表示するなど、高価なDAPにふさわしいエレガントなデザインを期待しています。DAPの再生中インターフェース画面は他社との差別化を一番安価に行える部分だと思うのですが、なぜかどのメーカーやアプリもそこまで積極的にやっていないのが残念です。
| USB DACモード |
前作SP3000Tでも不満に挙げたように思いますが、USB DACモードはちょっと使いづらいです。
USB DACとして使用中は専用の画面に切り替わるのですが、DARとDACフィルターは変更できるものの、肝心の真空管モードなどの変更ができません。そのためには一旦USBを切断してDAPとして操作する必要があるようです。SP3000/4000のUIを流用しているからでしょうか。DAPをUSB DACとして使う人は稀だと思いますが、一定数はいると思うので改善してもらいたいです。
出力とか
いつもどおり0dBFSの1kHzサイン波を再生しながら負荷を与えて歪みはじめる(THD > 1%)最大出力電圧を測ってみました。
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| SP4000Tの各種モード |
まず最初にバランス接続でSP4000Tの各種モードを比較してみたところ、真空管やHigh Driving Modeなど、どれもラインプリ回路の方に影響を与えるものなので、ヘッドホンアンプとしての出力特性は大きく変わらないようです。
無負荷時のゲインには微妙な差が出るものの、100Ω以下ではほぼ重なりますし、あまりにも選択肢が多すぎるのでグラフに全部ラベルするのも面倒で省略しました。
僅かな差ですが、無負荷時はオペアンプモードが最大電圧で、最低のハイブリッドTriodeモードと比べて約5%ほど電圧が高いので、高インピーダンスヘッドホンで聴く時に若干の音量差を感じるかもしれない程度です。
続いてオペアンプモードのみで、バランス(実線)とシングルエンド(破線)でSP4000T(赤)とSP4000(青)で比べてみたのですが、これは意外と大きな差がありました。
実はSP4000Tのアンプ出力特性はSP4000や他の一般的なDAPと比べてだいぶ変な挙動です。
上の波形は、SP4000Tのバランス出力で38Ω負荷を与えてボリュームノブを129から最大の150まで1ステップごとに上げていったものを青→緑→赤のグラデーションで重ねて表したものです。
ボリューム129から133までは歪まず綺麗なサイン波で、134から波形の上下が潰れてくるのですが、一般的なアンプなら、そこから150まで徐々に歪みが増していくところ、SP4000Tでは140と145で振幅が急に大きくなり歪みが下がるという段階的な挙動です。
別のグラフで表した方がわかりやすいかもしれません。こちらは同じく38Ω負荷で、横軸がボリューム数値、縦軸に出力電圧Vpp(オレンジ)と歪みTHD%(緑)で表したものになります。
38Ωで歪み率が1%以下に収まるのはボリューム133までなので、冒頭の出力グラフではこの数字を使っています。ちなみにオペアンプと各種真空管モードやHigh Driving Modeなど、どれを選んでもこのような出力特性になります。
SP4000の方はこういった変な挙動ではなかったので、SP4000Tはアンプの設計が違うことがわかります。省電力のために電源レールの方も制御しているのでしょうか。
なんにせよ、これは「どのくらいボリュームを上げると歪みはじめるのか」という情報であって、常識的な利用環境での音質評価に直接影響するわけではありません。歪むような大音量で使いたい人のみ注意する必要があるというだけです。
音質
今回の試聴では、まず普段から聴き慣れているMadoo Typ821イヤホンを使いました。シンプルな平面型ドライバーのイヤホンで、アンプに難しい負荷をかけることもないので、D/A変換やプリ回路を含む全体的な音質を評価するのに最適なイヤホンです。
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| Madoo Typ821 |
| Amazon |
CellarレーベルからJim Rotondi「Out of the Past」を聴いてみました。2024年に急逝したRotondi最後のセッションということです。
彼のトランペットを中心に置いた王道のカルテットで、Dena DeRoseがボーカルとピアノを受け持っており、歌入りの曲とそうでないものが交互に構成されています。トランペットソロ主体のアップテンポでテクニカルな曲と、ボーカルに寄り添ってメロディアスに演奏する曲の対比があるおかげで、聴き飽きることもなく最後までしっかり楽しめます。
幸いSP4000の試聴機も借りることができたので、同じ楽曲をSP4000TとSP4000で交互に聴き比べてみたところ、明らかな違いが感じられます。
まず一番肝心なポイントとして、SP4000Tをオペアンプモードで使ったとしてもSP4000と同じサウンドにはなりません。SP4000が好きなら、その代わりとしてSP4000Tを買うのは推奨しません。コンセプトの段階から音作りが違う別物として扱うべきです。
ただし、SP4000Tは真空管がメインだからオペアンプモードはSP4000と比べて劣っているというわけでもなく、最上級DAPにふさわしい丁寧な高解像サウンドであることは確かなので、決してダウングレードだとは感じません。表現方法がだいぶ異なり、どちらも魅力的なので、購入を検討するなら迷うだろうと思います。
まずSP4000の方は、一年前の試聴から今回久々にじっくり聴いてみたわけですが、やはりとんでもなく凄いDAPだという意見は変わりません。あらためて現行DAPの中でも最高峰クラスという確信が持てます。
SP4000はあまりにも簡単に凄いことをやってのける、まるで一流の職人のようなサウンドで、耳障りな尖りや濁りが無いため、注意していないと聴き流してしまいそうなくらい負担の少ない聴き心地です。今なにか凄いことやってなかったかと驚いて、戻って聴き直してしまうこともありました。
低音は地面深く、高音は上空に広く展開して、ピアノは圧倒的な滑らかさ、そしてドラムパーカッションがアタックの刺激だけでなく、軽くシャーンと空気に広がっていく感覚があり、邪魔にならない程度に雰囲気にブレンドできているあたりが特徴的です。リーダーのソロトランペットに注目してみると、あくまでアンサンブルの仲間といった感覚で、過度に出過ぎて主張しない、全体のバランスを考えた控えめな立ち位置に収まっています。
SP4000を一言で表すと、まさにレファレンスにふさわしい危なげなさが印象的です。無難で退屈という意味ではなく、どんな楽曲でも簡単に最小単位の情報まで引き出せる余裕が感じられます。
続いて同じ曲をSP4000Tで聴いてみると、まず明らかにベースの演奏がセンターに力強く現れて、張りのある明朗な生楽器の音色が味わえます。ドラムパーカッションも頭上の空気に分散していくのではなく、バンドメンバーと同じ高さで、それらを取り巻いて包み込むような形で広がっています。
ズンズンと体を前に進めるようなウォーキングベースラインの牽引力と、ピアノのブロックコードでのリズムキープが土台を固めて、それらが鼓舞する上でトランペットのソロが力強く勇敢に吹くといった、ジャズらしいダイナミックな演奏が味わえます。ただしどの楽器もアタックがオーバーシュートしないため、音色自体は丸く自然な柔らかさを維持できているあたり、さすが安価なDAPでは絶対に真似できない高次元の完成度を誇っています。
空間の奥行きもSP4000と比べてそこまで劣っているとは感じませんが、演奏自体の広がりはSP4000ほどではなく、センター寄りにまとまっています。トランペットやピアノの指さばきもカチカチと一音ごとに明確で、どちらも音源の解像力が圧倒的でありながら、キャンバスを大きく広げるようなSP4000の描き方とは対照的です。
この完成度の高さと丸く自然な柔らかさを両立している部分が、とくにSP3000世代と比べて大きく飛躍した部分だと思います。私自身SP3000が好きで愛用しているのですが、優れた高音質録音でないと線が細く軽すぎると感じる人も多いことは理解できます。一方SP3000Tは正反対に振ったような感じで、ホットなドライブ力や荒っぽさが引き出せる反面、もうちょっとリラックスできる整った鳴り方が欲しくなりました。
そんなSP3000/SP3000Tのコンセプトを受け継いで、SP4000TもSP4000とは対照的なサウンドを追求している印象を受けるのですが、SP3000と比べてSP4000が厚みや太さも出せるようになったのと平行して、今回SP4000Tも荒っぽさに頼ることなくフォーカスの効いたダイナミックな演奏が楽しめるようになっており、SP4000と同じクラスのDAPとして扱うことができます。
真空管モードなど
ここからSP4000Tの各種サウンド設定を聴き比べてみます。サウンドの選択肢の多さこそがSP4000Tの最大のセールスポイントですし、どれも違いが結構わかりやすいので、同じアルバムを何度も繰り返し聴く楽しさがあります。
まず肝心の真空管モードは、Tube Current [High/Medium/Low]、Tube Mode [Triode/UL/Pentode]で3×3通りの組み合わせが選べます。ジャズやクラシックなど私が普段聴いている生楽器中心の音楽だと、Medium + Triodeの組み合わせを好んで選ぶことが多かったです。
| 通電時などに高音ノイズが聴こえます |
真空管モードについてひとつだけ注意点があります。起動直後など最初に真空管が通電される際に、音楽に混じってキーンという高周波が聴こえることがあります。物理的な現象なので個体差はあると思いますが、私が使ったものだと右チャンネルで目立ち、10秒くらい続きます。
ちょっと待てば徐々に減衰して消えるので問題ありません。本体裏面を指で叩いても同じく高周波が聴こえるので、ケース無しでテーブルに置く時などに注意が必要かもしれません。
| Amazon |
Fuga LiberaレーベルからAlexander Rudin指揮Musica Vivaのシューマン4番を聴いてみました。
このレーベルはDGGやデッカといったメジャーレーベルよりも生々しい荒っぽさがあり、音質と演奏解釈ともに良好なアルバムが多いため、新譜が出るたびに率先してチェックしています。とくに私を含めてシューマンの管弦楽は嫌いではないけどそこまで熱心でない人にこそ聴いてもらいたい一枚です。、カップリングで指揮者Rudin自らがソリストを務めるチェロ協奏曲も、小規模な室内楽オケということで息の合ったスリリングな演奏が楽しめます。
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| Beyerdynamic DT1770 PRO MK2 |
私の場合、イヤホンよりもモニターヘッドホンを使ったほうがモードの音質の違いがわかりやすかったです。ヘッドホンに耳が慣れているせいでしょうか。
一旦それで傾向を掴んでおけば、あとはIEMイヤホンでも注目すべきポイントが感覚的にわかるようになってきて、好みのモードを選びやすくなります。
真空管ポタアンというと、近頃はNutube 6P1とJAN6418のどちらかに派閥が分かれていますが、SP4000TだとTriodeモードのサウンドがJAN6418ポタアンらしいサウンドに一番近いです。
Triodeモードでは、オーケストラのザワザワした空気感やコンサートホールに発散する残響がスッキリ控えめになり、楽器そのものの音色が目立って浮き上がるようになります。厚みや輪郭でギラギラ強調するのではなく、音色自体は柔らかく繊細なまま周囲を掃除してくれるような感覚なので、押し付けがましい感覚もありません。
他のポタアンの真空管モードと比べると、SP4000TのTriodeモードはだいぶクリーンで、余計な濁りや響きを加えず、音楽の聴くべき部分とそうでない周辺情報を勝手に選別してくれて、単なる情報の羅列ではなく、音楽そのものに集中できるようになります。
電気回路がまるで音楽を理解しているかのように整えてくれるのが、DSPでは決して真似できない真空管特有の不思議な魅力なわけですが、SP4000TのTriodeモードはそれが一番わかりやすい形で効果を発揮してくれます。
安価な真空管アンプでも近い効果は得られるのですが(そのため、回路コストをかけられない安価なアンプほど真空管に頼るメリットが大きいとも言えるのですが)、しかし真空管アンプは潜在的な雑音や歪みから逃れられないので、とくに感度の高いイヤホン用のアンプだと、それらをカットするために音楽の微細信号まで削られてしまい、その結果オンオフのコントラストが目立つ大味なサウンドになりがちです。音色の細かなニュアンスや、響きの末尾が空気に溶け込む自然さが失われてしまうと、まるで無響室で演奏しているかのような息が詰まる感覚になります。
SP4000Tもオペアンプと真空管Triodeモードで交互に比較すれば多少そういった大味傾向が感じられるものの、不快な息苦しさを感じさせず、自然なまま整えてくれるあたりが上手いです。
そんなTriodeモードをずっと聴いていて、ふとオペアンプモードに戻してみると、こんなにザワザワと周囲に情報があったのかと驚かされます。それを意識しだすと、なんだかTriodeモードでは情報を逃しているような不安が生まれてしまうのですが、慣れてくれば、そういうものだと割り切って楽しめるようになります。
他のモード設定については、まずTube CurrentのHigh/Medium/Lowは基本的にMediumで使っていて、たまにHighにしてみると、なんだか抑揚や強弱がハイテンション気味になり息苦しく感じてしまい、逆にLowだと貧弱で演奏のやる気が下がったように聴こえるため、結局Mediumに戻してしまいます。試聴に使ったアルバムがそもそも高音質だからでしょうか。音の悪い音源で押しを強くしたいならHighにしたり、音圧の疲労感のある音楽はLowにするなど使い分けると良さそうです。
TriodeからUL、Pentodeと切り替えると、それぞれだいぶ印象が変わるのですが、こちらは正直あまりメリットや使い所が見つかりませんでした。Tube Currentと同じように、音源に不満がある時の方が良い効果を発揮してくれそうです。
ULモードでは解像力や情報の正確さがだいぶ向上して、Triodeよりもオペアンプモードの鳴り方に近づくのですが、ダイナミクスや空間展開がきっちりと四角い箱に詰め込まれたような、明確な限界や境界線みたいなものが感じられ、もうちょっと自由に発散してほしく、もどかしく感じます。
Pentodeモードは中高域の音色や残響にドライブ感のような強調があり、だいぶホットな印象を受けます。ジャズやクラシックだと、まるでギターアンプを通したかのように、生楽器の音色には本来存在しないようなドライブが加わるため相性が良くないと思いましたが、逆にDAW打ち込みの合成音声などを聴くのなら、アウトボードで高価な真空管マイクプリやコンプレッサーを通したかのようなゴージャズな効果で聴き応えを増強してくれそうです。
つづいてオペアンプと真空管をブレンドするHybridモードですが、実はAKのHybridモードについては毎回感想が定まらず悩まされています。SP2000TとSP3000TではHybridモードを好きになれなかったものの、AK CA1000TというモデルではHybridモードの音が一番良かったので、今回SP4000Tはどちらに転ぶか予想がつかなかったところ、いざ聴いてみるとSP2000T・SP3000Tと同じ理由で好きになれませんでした。
その理由というのは、常に時間差で二つの音楽が重なり鳴っているような感覚です。実際にタイミングがズレているというわけではないと思いますが、オペアンプモードと真空管モードそれぞれ異なる響きの質感を持っているのが原因でしょうか。Hybridという名前どおりの効果があることは確実ですが、それを積極的に使いたいと思えるシーンが見つかりません。
私の勝手な解釈になりますが、たぶんCA1000Tの場合はオペアンプと真空管モードのどちらも不完全な物足りなさがあり、それらが融合するメリットがあったものの、SP4000Tの場合はオペアンプと真空管モードどちらも単体で十分完成されたサウンドなので、ブレンドすることによる純度の低下というデメリットが目立ってしまうのかもしれません。
真空管以外の音質変化モードについては、SP4000にもあったDigital Audio Remaster (DAR)とHigh Driving Mode (HDM)というのがあり、どちらもSP4000での効果と同じような印象を受けます。とくにデジタルアップスケーリングのDARはSP3000で初めて導入された機能ですが、SP3000のDARはちょっと高音が持ち上がって浮き足立つ感じがするため使い所が難しかったものの、SP4000ではだいぶバランスよく落ち着いた良い感じのアップスケーリングに進化しており、今回SP4000Tでも同じく扱いやすいです。
アップスケーリングなので44.1kHz/16bitのCD音源などでとくに効果を発揮してくれるわけですが、CD音源っぽい粗さや限界を払拭して艶っぽさを生み出してくれます。ただしこの手のアップスケーリングの宿命として、どれも同じDARっぽい音になってしまうため、常時オンにしておくよりも使い分けるのが肝心です。幸いDARはDXDとDSDという二種類のモードが用意されており音の変化が楽しめます。個人的にはDSDモードはちょっと柔らかすぎて、DXDモードを選ぶ方が多かったです。DARを通してから真空管モードという二段構えもできるので、聴き慣れたCD音源も表情を大きく変えてくれます。
HDMの方はSP4000でそこまで使う場面が無かったのですが、今回SP4000Tでも同じく、あまり活用しませんでした。オペアンプが並列二倍になるという説明どおり、骨太なサウンド効果が確かに実感できるのですが、ただでさえ出音がはっきりしているSP4000Tなので、むしろ重くなりすぎて音色の軽快な綺麗さが薄れてしまうあたり、ブースターとしてアナログポタアンを追加した時の重さに近いです。昔のオーテクやAKGなど低音が弱く線が細いタイプのヘッドホンを無らしたり、シャリシャリした80年代の音楽を聴く時に試してみると良いかもしれません。
色々と試してみた結果、Triode・Mediumモードが自分の好みに一番合います。SP4000Tの多彩なモード変更はそこに用意されていること自体に意義があり、純粋に好き嫌いで選んで使えばよいので、今回の試聴では積極的に使わなかったモードでも、また後日新しいイヤホンやアルバムを聴いた時に思いがけないメリットが得られるかもしれません。
おわりに
今回AK SP4000Tをじっくり試聴したところ、個人的にSP4000との違いという点以上に、SP3000Tからの飛躍的な進化を実感しました。
私自身SP3000が好きなこともあって、前作SP3000Tは同列としては扱えないという印象が残りましたが、今回SP4000Tにあたっては、SP4000の下位グレードではなく、むしろSP3000Tの進化形として、SP4000とは別路線で相応の地位が確立できたと思います。
SP4000はレファレンスとして圧倒的なDAPですが、必ずしも全員の使い方とって理想のDAPというわけではありません。SP4000Tはそれ以外を求める人に幅広く対応してくれます。同心円状に考えれば、SP4000は中央に明確な一点として存在して、SP4000Tはドーナツ状にその周囲を広くカバーしてくれる存在です。
私はクラシックなど最新の高音質録音に興味があるため、メインで使うDAPはレファレンス系サウンドの方が相性が良いので、これまで真空管搭載DAPを試聴しても、たまにオンにして特殊効果を楽しむといった程度に留まりました。
ところが、もしSP4000Tを所有していたら(もちろん高いので買いませんが)、常時Triode真空管モードで使いたいと思えましたし、そのことに自分でも驚いています。特殊効果ギミックだと思っていたポータブル機の真空管プリも、地道に開発を進めればここまで高水準な鳴り方に仕上がるという事をAKが実証してくれたようです。
ところで、今回SP4000Tを他社のハイエンドDAPとも色々と聴き比べてみたのですが、それについては書きませんでした。
AK以外のメーカーも非常に高価なDAPを続々と発売しており、それらのいくつかは個人的に結構気に入っていますが、多くの場合、ディスクリートR-2R、1-bit、真空管、外部電源でブーストなど、毎回あの手この手のトレンドギミックで話題性を狙っている印象があり、どうも比較対象として参考にならないように思えました。メーカーの技量が前作と比べて本当に進歩しているのか、それとも鳴り方の味付けを変えただけなのか、開発の進化の道筋が見えにくい印象を受けます。
その点AKは、AK240やSP1000から続くフラッグシップ・レファレンスという本流が一直線に続いており、今回もSP4000という明確な指標があるからこそ、SP4000Tのような傍流モデルを出してもコンセプトや方向性を理解しやすいです。
非常に高価なDAPですが、多彩なサウンドのバリエーションで末永く使えるDAPだと思うので、SP4000が肌に合わなかった人でもぜひ試聴してもらいたいですし、とくにSP3000Tを買うべきか迷っていた人は、SP4000Tの進化にきっと満足できると思います。
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