ゼンハイザー HD700 |
ゼンハイザーの「オーディオファイル」向けヘッドホンシリーズの中で、HD700はHD800とHD650の中間に位置付けられている、そこそこハイエンドなヘッドホンです。
↓ 以前HD800についての感想でも、HD700を簡単に紹介しました。
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/08/hd800.html
2012年発売の商品で、当時の売値は8万円くらいでしたが、2015年現在でも7万円台を推移しているので、あまり値崩れしていないようです。
このHD700は世間一般では不当な扱いを受けているというか、あまり確立した評価がされていないヘッドホンだと思いますので、今回その辺も含めて紹介してみようかと思いました。
「不当な扱い」というのは、まずHD700の外見がHD800と似ているため「HD800のジュニア版」といった想像で購入する人が多く、実際の音質はHD800とは全く似ていないため落胆するといったことをよく耳にします。
これについては、そもそも根本的なテクノロジーがHD800と異なっているヘッドホンなのに、デザインをHD800に似せて作ってしまったゼンハイザーにも責任が有ると思います。
また、音質面においても、私自身も「そこそこ悪くない」と思っていながら、なかなか使いどころが難しい、個性のある音作りだと思います。所有しているヘッドホンがHD700のみの一張羅なら良いかもしれませんが、他にいくつかヘッドホンを使い分けていると、HD700はついついお蔵入りになってしまいがちでした。具体的な音質については後述します。
パッケージ
化粧箱 |
内箱はヒンジ付きで、収納ケースとして使用できます |
8万円のヘッドホンだけあって、パッケージのデザインには力が入っています。ゼンハイザーらしいクールなハイテク感のパッケージアートで、ブラックな内箱も、HD650と同様にハードケースとして利用できる上質なデザインです。全体的な印象はHD800のものとよく似ており、ブランドとしての統一感があります。
ヘッドホンの収納ケースとしては完璧です |
スポンジの下に説明書が入っています |
ゼンハイザーのオーディオファイル・ヘッドホンというと、同梱のアクセサリ類がショボいことでも有名ですが、HD700も例に漏れず、内容物はヘッドホンと3mケーブル一本のみ、といった潔さです。
ゼンハイザーの高級DJヘッドホン「HD8DJ」の場合には、専用ジッパーケース、二種類のケーブル、二種類のイヤーパッドなど、豊富なアクセサリが同梱されていたので、それと比較すると若干残念な気分になります。
↓ HD8DJについてはこちら
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/03/hd8-dj.html
特にケーブルについては、せっかく交換可能なデザインなので、1.5mなどのカジュアルなタイプが付属していれば嬉しかったです。
デザイン
HD800ゆずりの未来的デザイン |
前方から見たシルエット |
HD800との比較 |
2011年発売のHD800に後続して、その翌年に発売されたモデルなので、デザインの意匠は非常によく似せてあります。とくにハウジングは、これまでのゼンハイザー開放型ヘッドホン(HD650など)のような全面パンチング・メッシュではなく、ドライバの通気口が印象的な「メカっぽい」デザインです。
とくに、HD800と同様に、ドライバ周辺の開放パネルにはキメ細かい銀色の通気性素材を使っています。触ってみるとシルク布地のような質感です。この銀色の部分は柔らかいので、私のヘッドホンは不注意でぶつけたらしく、小さな凹みがあります。音質面での悪影響は無いと思いますが、一般的なヘッドホンとくらべて収納や扱いに注意が必要なようです。
銀色のメッシュ以外の部品はほぼプラスチックでできており、手触りは若干安っぽいですが軽量です。ラメ入りのメタリックグレーですが、HD600のような光沢処理ではなく、ザラザラとした塗装面のような表面処理です。
イヤーパッドは着脱可能で、HD800を踏襲したデザインです。ゼンハイザーではお馴染みの、外周のプラスチックのツメをパチパチとはめていくタイプです。D形状のイヤーパッドはベロア素材よりも細かい、ヌバックのような手触りで、スポンジは薄いのですが三次元的な接触面のおかげで不快感や痛い部分などはありません。HD800同様、顔の側面にピッタリと接着する高度なデザインに感心します。内部には薄いガーゼのような布が敷いてあり、HD800同様にイヤーパッドを外すことで、この布も着脱できます。
ヘッドバンドもごく一般的なスライダーを上下に調整するタイプで、他のヘッドホンとくらべるとかなり調整幅があるデザインです。頭の大きい人でも問題ないと思います。
装着感は非常に良好で、開放型ということもあり長時間の使用でも一切不快感を感じさせません。側圧はHD800程度なのですが、ハウジングが若干コンパクトなので耳周りに「フィットしている」という感じがあります(HD800はあまりにも大きく、ズレやすかったです)。HD650のような強力な側圧ではないです。
ケーブルは左右両出しなのですが、HD800同様にケーブル接続部分がハウジングの中程にあるため、HD650やHD598のように肩にぶつかる心配もなく、気になりません。
ケーブル端子は6.35mmのみで、独特なかっこいい形状をしています。ケーブルは左右両出しで着脱可能なのですが、ヘッドホン側のコネクタが2.5mmモノラル(マイクロジャック)タイプなので、社外品の交換ケーブルの選択肢は少ないようです。
最近ですと、OPPO PM-1やAudioquest Nighthawkなどの新参ヘッドホンの多くが2.5mmモノラル端子を採用しているので、将来的にアップグレードケーブルなどの種類も増えるかもしれません。左右両出しなのでバランス接続が可能なため、ゼンハイザー純正で4ピンXLRのバランスケーブルがオプションとして販売されています。
ケーブル交換にあたって注意が必要なのは、ハウジングのジャック部分が若干奥まっており、特殊な切り欠きがあるため、社外ケーブルの端子部分が太いと挿入できない可能性があります。
OPPOのものは無理やり入れれば行けそうでしたが、ヤスリなどで加工する必要があるかもしれません。
HD700には3mのケーブルが同梱されており、公式サイトによると「シルバー加工の無酸素銅ケーブル」らしいので(銀メッキOFCということでしょうか?)、音質面での心配は無いようです。
個人的な感想ですが、HD700の最大の問題はこのケーブルだと思います。完全開放型の音楽鑑賞用ヘッドホンで、ポータブルユースは想定していないため、3mという長さは妥当だと思うのですが、ケーブルそのものが非常に固くクセがあり、扱いづらいです。
太い布巻きタイプなのですが、円形ツイストケーブルのような質感のHD800ケーブルとは違い、HD700のケーブルはフラットな「きしめん」タイプです。フラットケーブルはねじれにくいという利点があるのですが、HD700の場合は極端に固く、一旦ねじれるとクセがついて手におえません。印象としてはまさしく「コタツのケーブル」です。とくに一度ついたクセがなかなか消えないため、とんでもなく立体的な「絡まったケーブルの山」になってしまいます。手でクルクルと巻き取って手軽にベルクロでまとめ上げることもできず、使うたびにイライラします。
社外品の扱いやすいケーブルを物色していたのですが、あまり頻繁に使うヘッドホンでもないため高価なアップグレードケーブルを買うのはもったいないと思い、eBayで怪しい中国産の無名ブランド品を購入しました。2000円程度の「OFC」ケーブルらしいですが、材質については不明です。とにかく細く扱いやすく、端子も問題なく接続できたため、このケーブルを購入したことで、これまで敬遠気味だったHD700をもっと積極的に活用できそうです。
ちなみにeBayなどで見かけるHD700用高級ケーブルでは、カルダスなどのプレミアケーブル材に、Music Heavenという中国メーカーの2.5mmコネクタが使用されているものが多いようです。
今回の音質についての感想は、すべて純正ケーブルを使いました。上記の安い交換ケーブルを使うと若干音色が軽くなりますが、全体的な傾向はあまり変化しません。
バランスの良いオールラウンダーとして定評のあるHD598ですが、その独特なクリーム色と茶色の筐体から「プリン」という愛称も有名です。手軽な装着感と派手気味な高音質を兼ね揃えているヘッドホンで、発売から5年経った今でも、2〜3万円の価格帯ではトップクラスのヘッドホンだと思います。
HD700はプリンとはかけ離れた硬派なデザインで値段も数倍高いのですが、音色のトーンバランスや音場の雰囲気など、どれにおいてもHD598シリーズをベースに、さらに高解像化させたような音作りです。
ヘッドホンのデザインを比較してみてもわかるのですが、ハウジングの外形やアーム部分、ヘッドバンド形状など、大まかな基礎設計はHD650やHD800などよりも、HD598シリーズを元に設計されていることが明らかです。
また、HD700に採用されている40mmドライバは、HD800の54mmリング・ラジエータドライバとは構造や概念が全く異なっており、外観上はHD598の40mmドライバとそっくりです。
このように、世界的なヒットモデルであるHD598を踏襲しながら、HD800の開発で得られた多くの革新技術を惜しみなく投入したアップグレードモデルがHD700のような気がします。
なぜこの推測が重要なのかというと、単純に「HD800のコストダウン版」といった考えで比較試聴すると、「全然違うじゃないか」と混乱するのですが、「HD598をベースにHD800の技術を投入した」という考えで試聴すれば、「なるほど!」と思うような音質要素や改良点などが明確になってきます。
ここでなぜHD600・HD650の名前が出てこないかというと、HD700の音作りはどう考えてもHD598寄りで、HD600・HD650のディープで太い音色とは似ても似つかないからです。そういった意味では、もう10年以上も販売を続けているHD600・HD650の後継機になるようなヘッドホンは存在しないようです。(それだけ時代に流されない素晴らしいヘッドホンとも言えますが)。
鳴らしやすさという点では、HD700は150Ωということで、HD598(50Ω)とくらべて若干駆動が難しいため、その点ではHD598の手軽さが失われてしまったかもしれません。HD800のように大型のアンプが必要というほどではないですが、スマホやパソコンの直接出力では駆動力不足になるため、少なくともDAPやポタアンが必要になります。
HD700の音質についてのキーポイントは:
といった感じでした。さきほどからHD598と似ていると言っていますが、それは空間の広さや高音・低音などの音色バランスのことであり、ヘッドホンとしての性能部分はHD700が格段に上です。
具体的には、解像感が素晴らしいです。「HD800ゆずり」というと語弊があるかもしれませんが、とにかくどの帯域でも反響や濁りが少なく、演奏の奥深くまでを観察できる見通しの良さがあります。HD800の場合はさらに「前後の距離感」が追加されるので、遠く離れた楽器は若干不明瞭に感じるのですが(それがリアルな演出効果というものですが)、HD700ではもっとすべての音が間近で分析的に聴き分けられるような音作りです。
HD700は、響きの雰囲気を楽しむというより、音楽の中に突入するといった印象でしょうか。なんとなくGradoなどに近い部分があるかもしれないので、Gradoのプレゼンテーションは好きだけれど、あれほど暴れずにモニター調な音質が欲しい、という人にはHD700が最適なヘッドホンかもしれません。
とくに中低域の歪みの低さはとても良好で、どの音楽ジャンルでも絶対に破綻せずに正確に再現してくれます。下手なヘッドホンの場合、中低域に余計な「ホットな響き」が付加されてしまい、ジャンルごとの相性などが顕著になってきますが、HD700ではそういった不要な要素が排除された透明感があります。
「ジャンルを選ばないヘッドホン」というと、淡々粛々と出音する、自己主張の弱いモニターヘッドホンなどを想像しますが、HD700にはそれ以上の力強さと派手さを兼ね揃えています。とくに「派手さ」の部分が、HD800やHD650とくらべて、HD598に近い所以だと思います。
派手さというのは具体的にはアタック感とキレの良さです。実はこの部分がHD700の問題点でもあると思います。開放型ということで、空間残響やリッチな響きの部分が薄いのはしかたがないのですが、タッチの質感がとても硬質でエッジ感があります。
誤解しないでいただきたいのは、HD700は高域が強調されているとか、バランスが高音寄り、といった意味ではなく、非常にバランスの良いニュートラルな音質なのですが、その中で聴こえてくる高音が、硬質でエッジ感があるという印象です。
この高域の表現はゼンハイザーのヘッドホン全般にあてはまる特性で、HD800、HD650からHD25まで、同じような鳴り方を意図していると思います。その中でもHD700は特出して解像感があり、音像が近く、響きや反響が薄いヘッドホンなので、このような高音の演出が目立ってしまうということかもしれません。
たとえば他社と比較すると、AKGであれば繊細ながら若干丸めた弦楽器のような響きが印象的ですし、ベイヤーダイナミックでは金属的な伸びの良い響き、ソニーは9kHz以降のプレゼンスを強調させた演出、といった感じで、各社それぞれ個性的な高音のキャラクターがあります。
そういった中で、ゼンハイザーはとくに無個性で、良い意味で「機械的」な正確さを得意としているため、オールラウンダーなモニターヘッドホンとして世界中で愛されているのかもしれません。
今回HD700の音質設計で重要なポイントは「Ventilated Magnet」という技術です。ゼンハイザーというとHD800以外のハイエンドヘッドホンではほとんど40mm振動板を採用しています。今回のHD700も同様に40mmですが、ドライバの後ろに精密に設計された通気口を設けることで、歪み率を大幅に下げているそうです。
具体的にはハウジングに見える黒い円形パーツのことだと思います。広報写真によると、この部分が材質の異なる二重リング構造になっており、ドライバのマグネット部分の通気口と、ドライバ中心部分の通気口それぞれの流量を制御しているようです。
40mmドライバということで、他社が最近こぞって採用している50mm以上の大型ドライバのような重低音や平面駆動のようなリニア感はありませんが、逆に考えると、「ごく一般的なヘッドホンの超高性能版」といった安心感や近親感があります。
ライバル機種であるAKG K712やベイヤーダイナミック T90、オーディオテクニカATH-AD2000Xなどと比べると、HD700には特出した解像感があり、一番「ニュートラル」だと感じられるのですが、それよりワンクラス上の「ハイエンド」ヘッドホンHD800やAudez'e LCDなどと比べると、前後の空間表現や響きの要素が不足しているため、中途半端な印象があります。
とくに、HD700の価格は、ちょうどミドルクラスとハイエンドの中間(8万円程度)なので、あとちょっと出せばHD800クラスのメーカー最上位(フラッグシップ)ヘッドホンが視野に入ってくる、というもどかしさがネックになっていると思います。また、すでに10万円超のフラッグシップ・ヘッドホンを所有しているならば、あえて高価なHD700を買い足す気になれず、安くて音色が個性的なK712、T90など5万円以下のヘッドホンを購入する人が多いようです。
非常に高いスペックを誇り、音楽ジャンルに依存しない普遍的な高音質を体験できると思うのですが、高音が若干固いことと、響きが芳醇でないため、優等生だけど性格がキツい、付き合い方が難しいヘッドホンだと思いました。
美音を追求した低価格なヘッドホンや、広大なサウンドステージを誇るハイエンドヘッドホンの間に挟まれて、個人的にあまり活用する出番が無い残念なヘッドホンです。
総合的なパフォーマンスは非常に良いヘッドホンだと思いますので、一聴して音色に惚れるユーザーも多いですし、値段的にも10万円以下でハイエンドに肉薄する、悪くない買い物だと思います。
個人的には高音の硬さが気になるのですが、この辺はソースやアンプ次第で調整できるため、マッチングの相性が重要だと思います。たとえばハイレゾ主体の高性能DACではなく、90年代ビンテージDACやCDプレイヤー、真空管アンプなど、設計上コンデンサなどで高域が丸められている古いオーディオ機器を使っている場合であれば、HD700の問題点が露出しないため、楽しみが増すと思います。
銀色のメッシュ以外の部品はほぼプラスチックでできており、手触りは若干安っぽいですが軽量です。ラメ入りのメタリックグレーですが、HD600のような光沢処理ではなく、ザラザラとした塗装面のような表面処理です。
イヤーパッド |
イヤーパッド裏側 |
イヤーパッドは着脱可能で、HD800を踏襲したデザインです。ゼンハイザーではお馴染みの、外周のプラスチックのツメをパチパチとはめていくタイプです。D形状のイヤーパッドはベロア素材よりも細かい、ヌバックのような手触りで、スポンジは薄いのですが三次元的な接触面のおかげで不快感や痛い部分などはありません。HD800同様、顔の側面にピッタリと接着する高度なデザインに感心します。内部には薄いガーゼのような布が敷いてあり、HD800同様にイヤーパッドを外すことで、この布も着脱できます。
ヘッドバンドを最長にした状態 |
ヘッドバンドがゴムで、ゼンハイザーの刻印があります |
調整は一般的なカチカチするスライダー方式 |
ヘッドバンドもごく一般的なスライダーを上下に調整するタイプで、他のヘッドホンとくらべるとかなり調整幅があるデザインです。頭の大きい人でも問題ないと思います。
装着感は非常に良好で、開放型ということもあり長時間の使用でも一切不快感を感じさせません。側圧はHD800程度なのですが、ハウジングが若干コンパクトなので耳周りに「フィットしている」という感じがあります(HD800はあまりにも大きく、ズレやすかったです)。HD650のような強力な側圧ではないです。
ケーブルの接続部分 |
ケーブルは左右両出しなのですが、HD800同様にケーブル接続部分がハウジングの中程にあるため、HD650やHD598のように肩にぶつかる心配もなく、気になりません。
ケーブルについて
上:HD800 下:HD700 |
ヘッドホン側は2.5mmモノラル両出し |
ケーブル端子は6.35mmのみで、独特なかっこいい形状をしています。ケーブルは左右両出しで着脱可能なのですが、ヘッドホン側のコネクタが2.5mmモノラル(マイクロジャック)タイプなので、社外品の交換ケーブルの選択肢は少ないようです。
最近ですと、OPPO PM-1やAudioquest Nighthawkなどの新参ヘッドホンの多くが2.5mmモノラル端子を採用しているので、将来的にアップグレードケーブルなどの種類も増えるかもしれません。左右両出しなのでバランス接続が可能なため、ゼンハイザー純正で4ピンXLRのバランスケーブルがオプションとして販売されています。
ケーブル交換にあたって注意が必要なのは、ハウジングのジャック部分が若干奥まっており、特殊な切り欠きがあるため、社外ケーブルの端子部分が太いと挿入できない可能性があります。
OPPOのものは無理やり入れれば行けそうでしたが、ヤスリなどで加工する必要があるかもしれません。
HD700には3mのケーブルが同梱されており、公式サイトによると「シルバー加工の無酸素銅ケーブル」らしいので(銀メッキOFCということでしょうか?)、音質面での心配は無いようです。
HD700(左)とHD800(右)ケーブルの違い |
HD700のケーブルは固くてどうしようもありません |
個人的な感想ですが、HD700の最大の問題はこのケーブルだと思います。完全開放型の音楽鑑賞用ヘッドホンで、ポータブルユースは想定していないため、3mという長さは妥当だと思うのですが、ケーブルそのものが非常に固くクセがあり、扱いづらいです。
太い布巻きタイプなのですが、円形ツイストケーブルのような質感のHD800ケーブルとは違い、HD700のケーブルはフラットな「きしめん」タイプです。フラットケーブルはねじれにくいという利点があるのですが、HD700の場合は極端に固く、一旦ねじれるとクセがついて手におえません。印象としてはまさしく「コタツのケーブル」です。とくに一度ついたクセがなかなか消えないため、とんでもなく立体的な「絡まったケーブルの山」になってしまいます。手でクルクルと巻き取って手軽にベルクロでまとめ上げることもできず、使うたびにイライラします。
eBayで見つけた2000円のケーブル |
問題なくフィットしました |
装着した状態 |
社外品の扱いやすいケーブルを物色していたのですが、あまり頻繁に使うヘッドホンでもないため高価なアップグレードケーブルを買うのはもったいないと思い、eBayで怪しい中国産の無名ブランド品を購入しました。2000円程度の「OFC」ケーブルらしいですが、材質については不明です。とにかく細く扱いやすく、端子も問題なく接続できたため、このケーブルを購入したことで、これまで敬遠気味だったHD700をもっと積極的に活用できそうです。
eBayでよく見るHD700用自作端子 |
ちなみにeBayなどで見かけるHD700用高級ケーブルでは、カルダスなどのプレミアケーブル材に、Music Heavenという中国メーカーの2.5mmコネクタが使用されているものが多いようです。
今回の音質についての感想は、すべて純正ケーブルを使いました。上記の安い交換ケーブルを使うと若干音色が軽くなりますが、全体的な傾向はあまり変化しません。
音質について
リスニングにはいつもどおりiFi Audio micro iDSDとGrace Design m903アンプを使いました。HD700を聴き始めて真っ先に感じたことは、これはHD800の兄弟機などではなく、HD598のアップグレード版だ、ということでした。バランスの良いオールラウンダーとして定評のあるHD598ですが、その独特なクリーム色と茶色の筐体から「プリン」という愛称も有名です。手軽な装着感と派手気味な高音質を兼ね揃えているヘッドホンで、発売から5年経った今でも、2〜3万円の価格帯ではトップクラスのヘッドホンだと思います。
HD700はプリンとはかけ離れた硬派なデザインで値段も数倍高いのですが、音色のトーンバランスや音場の雰囲気など、どれにおいてもHD598シリーズをベースに、さらに高解像化させたような音作りです。
HD598との比較 |
ヘッドホンのデザインを比較してみてもわかるのですが、ハウジングの外形やアーム部分、ヘッドバンド形状など、大まかな基礎設計はHD650やHD800などよりも、HD598シリーズを元に設計されていることが明らかです。
また、HD700に採用されている40mmドライバは、HD800の54mmリング・ラジエータドライバとは構造や概念が全く異なっており、外観上はHD598の40mmドライバとそっくりです。
このように、世界的なヒットモデルであるHD598を踏襲しながら、HD800の開発で得られた多くの革新技術を惜しみなく投入したアップグレードモデルがHD700のような気がします。
なぜこの推測が重要なのかというと、単純に「HD800のコストダウン版」といった考えで比較試聴すると、「全然違うじゃないか」と混乱するのですが、「HD598をベースにHD800の技術を投入した」という考えで試聴すれば、「なるほど!」と思うような音質要素や改良点などが明確になってきます。
ここでなぜHD600・HD650の名前が出てこないかというと、HD700の音作りはどう考えてもHD598寄りで、HD600・HD650のディープで太い音色とは似ても似つかないからです。そういった意味では、もう10年以上も販売を続けているHD600・HD650の後継機になるようなヘッドホンは存在しないようです。(それだけ時代に流されない素晴らしいヘッドホンとも言えますが)。
鳴らしやすさという点では、HD700は150Ωということで、HD598(50Ω)とくらべて若干駆動が難しいため、その点ではHD598の手軽さが失われてしまったかもしれません。HD800のように大型のアンプが必要というほどではないですが、スマホやパソコンの直接出力では駆動力不足になるため、少なくともDAPやポタアンが必要になります。
HD700の音質についてのキーポイントは:
- 繊細で高解像
- 見通しが良い
- 空間やトーンバランスはHD598と似ている
- 若干固く、エッジがきつい
といった感じでした。さきほどからHD598と似ていると言っていますが、それは空間の広さや高音・低音などの音色バランスのことであり、ヘッドホンとしての性能部分はHD700が格段に上です。
具体的には、解像感が素晴らしいです。「HD800ゆずり」というと語弊があるかもしれませんが、とにかくどの帯域でも反響や濁りが少なく、演奏の奥深くまでを観察できる見通しの良さがあります。HD800の場合はさらに「前後の距離感」が追加されるので、遠く離れた楽器は若干不明瞭に感じるのですが(それがリアルな演出効果というものですが)、HD700ではもっとすべての音が間近で分析的に聴き分けられるような音作りです。
HD700は、響きの雰囲気を楽しむというより、音楽の中に突入するといった印象でしょうか。なんとなくGradoなどに近い部分があるかもしれないので、Gradoのプレゼンテーションは好きだけれど、あれほど暴れずにモニター調な音質が欲しい、という人にはHD700が最適なヘッドホンかもしれません。
とくに中低域の歪みの低さはとても良好で、どの音楽ジャンルでも絶対に破綻せずに正確に再現してくれます。下手なヘッドホンの場合、中低域に余計な「ホットな響き」が付加されてしまい、ジャンルごとの相性などが顕著になってきますが、HD700ではそういった不要な要素が排除された透明感があります。
「ジャンルを選ばないヘッドホン」というと、淡々粛々と出音する、自己主張の弱いモニターヘッドホンなどを想像しますが、HD700にはそれ以上の力強さと派手さを兼ね揃えています。とくに「派手さ」の部分が、HD800やHD650とくらべて、HD598に近い所以だと思います。
派手さというのは具体的にはアタック感とキレの良さです。実はこの部分がHD700の問題点でもあると思います。開放型ということで、空間残響やリッチな響きの部分が薄いのはしかたがないのですが、タッチの質感がとても硬質でエッジ感があります。
誤解しないでいただきたいのは、HD700は高域が強調されているとか、バランスが高音寄り、といった意味ではなく、非常にバランスの良いニュートラルな音質なのですが、その中で聴こえてくる高音が、硬質でエッジ感があるという印象です。
この高域の表現はゼンハイザーのヘッドホン全般にあてはまる特性で、HD800、HD650からHD25まで、同じような鳴り方を意図していると思います。その中でもHD700は特出して解像感があり、音像が近く、響きや反響が薄いヘッドホンなので、このような高音の演出が目立ってしまうということかもしれません。
たとえば他社と比較すると、AKGであれば繊細ながら若干丸めた弦楽器のような響きが印象的ですし、ベイヤーダイナミックでは金属的な伸びの良い響き、ソニーは9kHz以降のプレゼンスを強調させた演出、といった感じで、各社それぞれ個性的な高音のキャラクターがあります。
そういった中で、ゼンハイザーはとくに無個性で、良い意味で「機械的」な正確さを得意としているため、オールラウンダーなモニターヘッドホンとして世界中で愛されているのかもしれません。
ゼンハイザーお馴染みの40mmドライバ |
今回HD700の音質設計で重要なポイントは「Ventilated Magnet」という技術です。ゼンハイザーというとHD800以外のハイエンドヘッドホンではほとんど40mm振動板を採用しています。今回のHD700も同様に40mmですが、ドライバの後ろに精密に設計された通気口を設けることで、歪み率を大幅に下げているそうです。
具体的にはハウジングに見える黒い円形パーツのことだと思います。広報写真によると、この部分が材質の異なる二重リング構造になっており、ドライバのマグネット部分の通気口と、ドライバ中心部分の通気口それぞれの流量を制御しているようです。
40mmドライバということで、他社が最近こぞって採用している50mm以上の大型ドライバのような重低音や平面駆動のようなリニア感はありませんが、逆に考えると、「ごく一般的なヘッドホンの超高性能版」といった安心感や近親感があります。
ライバル機種であるAKG K712やベイヤーダイナミック T90、オーディオテクニカATH-AD2000Xなどと比べると、HD700には特出した解像感があり、一番「ニュートラル」だと感じられるのですが、それよりワンクラス上の「ハイエンド」ヘッドホンHD800やAudez'e LCDなどと比べると、前後の空間表現や響きの要素が不足しているため、中途半端な印象があります。
とくに、HD700の価格は、ちょうどミドルクラスとハイエンドの中間(8万円程度)なので、あとちょっと出せばHD800クラスのメーカー最上位(フラッグシップ)ヘッドホンが視野に入ってくる、というもどかしさがネックになっていると思います。また、すでに10万円超のフラッグシップ・ヘッドホンを所有しているならば、あえて高価なHD700を買い足す気になれず、安くて音色が個性的なK712、T90など5万円以下のヘッドホンを購入する人が多いようです。
まとめ
HD700はデザインや装着感、そして見通しのよい解像感がすばらしい、価格相応の価値がある素晴らしいヘッドホンだと思います。非常に高いスペックを誇り、音楽ジャンルに依存しない普遍的な高音質を体験できると思うのですが、高音が若干固いことと、響きが芳醇でないため、優等生だけど性格がキツい、付き合い方が難しいヘッドホンだと思いました。
美音を追求した低価格なヘッドホンや、広大なサウンドステージを誇るハイエンドヘッドホンの間に挟まれて、個人的にあまり活用する出番が無い残念なヘッドホンです。
総合的なパフォーマンスは非常に良いヘッドホンだと思いますので、一聴して音色に惚れるユーザーも多いですし、値段的にも10万円以下でハイエンドに肉薄する、悪くない買い物だと思います。
個人的には高音の硬さが気になるのですが、この辺はソースやアンプ次第で調整できるため、マッチングの相性が重要だと思います。たとえばハイレゾ主体の高性能DACではなく、90年代ビンテージDACやCDプレイヤー、真空管アンプなど、設計上コンデンサなどで高域が丸められている古いオーディオ機器を使っている場合であれば、HD700の問題点が露出しないため、楽しみが増すと思います。