パソコンを使った音楽ファイル管理の利便性の良さはもちろんのこと、それと同時に、ようやくUSBオーディオの音質の良さがマニアにも認められるようになってきたように思えます。
これまでは、俗に「ハイエンド」と言われるような100万円超のオーディオシステムでは、CDトランスポートから同軸S/PDIF(もしくはAES/EBU)デジタル出力でDACに入力するのが定番だったのですが、DSDや192kHzなどのハイレゾPCMの普及とともに大手ハイエンドメーカー勢がS/PDIFの限界に気づき、こぞってUSBへの移行に踏み切ったのが大きな牽引力になったと思います。
とくに、最近のUSB DACでは、アシンクロナス(非同期)通信が可能になり、クロックジッタがパソコンやケーブルに依存しなくなった、というのがS/PDIFなどの従来方式とくらべて大きなメリットです。
S/PDIFについては、また今度なにか書きたいのですが、今回はUSBオーディオについて、個人的に経験しているトラブルについて書き留めたいと思います。
USBケーブルについては「デジタルだから劣化しない」ということで100均のバルク品ケーブルで満足している無頓着なユーザーと、「プラチナロジウムメッキの黒檀カーボン漆塗りクライオ処理PCOCCじゃないと」と主張する従来の高級ケーブル信者に二分化されているように思います。
個人的な経験からの意見としては、USBオーディオに関してはこれまで何度も不備のトラブルに見舞われてきたため、あまり高価ではなくても、そこそこ高品質なケーブルを選ぶように心がけています。
世の中には、ただ高価なだけの「オカルト」ケーブルももちろん存在しますが、一般的に大手メーカー製の「オーディオ用」と称されるUSBケーブルは、バルク品ケーブルとくらべて線材やシールドの品質が高いものが多いことは確かです。もちろん100円のUSBケーブルでも意外と高品質なものはありますが、当たり外れが激しいため、それなら5,000円くらい払って確実なケーブルを買っておこう、という考えが妥当だと思います。少なくとも、「部屋に置くだけで音質向上する、波動エネルギーを持った水晶石」なんかよりは実用性があり、有意義だと思います。
USBやS/PDIFなどのデジタル伝送ケーブルを購入する場合の注意点は、とにかく設計概念が従来のアナログケーブルと根本的に違う、ということです。たとえどんなに高級な線材を使ったアナログRCAケーブルやスピーカーケーブルを販売しているブランドでも、それらの技術の応用では高性能USBケーブルは作れません。
1GHzに及ぶ高速伝送線の場合、導体の表皮効果を応用したインピーダンス管理や、確実な高周波シールドを計算して設計しないとシグナルが劣化もしくは反射・吸収してしまうため、下手なケーブルでは信号と電源の劣化が顕著になります。最悪の場合、ケーブル自体が「アンテナ」になりノイズをばらまきます。
USBケーブルの測定には20GS/s超の高速なオシロやアナライザが必要なため、多くのケーブルブランドでは機材やノウハウが不足しています。つまりトラブルが発生しても観測する術がない場合が多いです。
USBケーブルのトラブル
USBオーディオのトラブルの一例として、最近私を悩ませている問題について書き留めておきます。(まだ原因を解明していないため、これを読んでも無駄かもしれません)。現在、私のリスニング用オーディオサーバーは、2012年のMac Mini (Core i7)と、常時組み替えている自作Windows 10 PC(ASUS Z97)の二種類を使っており、オーディオ再生はJriver Media Centerを使っています。USB DACは色々なメーカーのものを使いまわしているので、実際はリスニングルームというよりはテストルームのような環境です。
iFi Audio micro iDSD |
最近よく使っているUSB DACはiFi Audio micro iDSDです。768kHz PCM、 DSD512、DXDなど、現在使われている最高レートに対応している超最先端な製品です。
このmicro iDSDを接続する際に、特定のUSBケーブルを使うと再生時にトラブルが発生します。
Windows上ではDACが正常に認識されているのに |
特定のUSBケーブルを使うと、再生中に急にエラーで止まってしまう |
USB DACがパソコンに全く認識されないのはもちろん大問題ですが、一番悩ましいのは、WindowsやMac OS上では問題なく認識されているのに、音楽を再生しようとするとエラーで止まる、もしくは再生中プチプチというノイズが出る、さらに、サンプルレート変更ができず、間違ったサンプルレートで再生される(音がブツ切れになる)、といった事態が発生します(192kHzのファイルが44.1kHzで再生されたりなど)。
つまり、micro iDSD内部のUSBインターフェースチップ(XMOS)が正常に通信していないということだと思います。
色々と検証してみたところ、USBケーブルの長さに影響されるようです。安価なバルク品では、2m程度からエラーが頻発するようになり(最悪の場合、1.5mのケーブルでもダメなものもあります)、高級オーディオ用USBケーブルでも同様です。
SupraのUSBケーブル(1,2,3メートルの三種) |
たとえば、SupraというメーカーのUSBケーブルを1m、2m、3mの三種類持っているのですが、1mと2mは全く問題無く音楽再生ができるのに、3mのケーブルだけは必ず再生がエラーで止まってしまいます。
もちろん、この3mのケーブルをUSBハードディスクなどに使ってみると、全く問題が発生しないので、ケーブルの不良ということも考えにくいです。
Supraはスゥエーデンのオーディオケーブルメーカーで、とくに電源ケーブルやHDMI、USBケーブルにおいて日本でもある程度の知名度があります。USBケーブルについては自信があるようで、なんと15mという長いケーブルも販売しています。
FURUTECHのケーブル(Bコネクタにはアダプタが必要) |
ほかにもFURUTECHやAudioquest、オヤイデ、Wireworldなど、色々な「オーディオ用」と称するUSBケーブルを持っていますが、どれも1m程度なので、micro iDSDで問題なく使用できます。
micro iDSDの純正USBケーブル |
ちなみにmicro iDSD同梱の青い1mケーブルは当然正常に動作します。この同梱ケーブルは「USB3.0」規格の8ピンタイプなのですが、実際micro iDSDそのものはUSB 2.0の4ピン接続なので、一見無意味な選択です。iFi Audioによると、USB3.0ケーブルのほうが品質管理がシビアで、電源配線が太いから採用した、という理由らしいです。
USBコントローラ
さて、この時点で、USBオーディオマニアならきっと「パソコンで別のUSBポートに挿してみたら?」と言うと思います。もしくは「セルフパワーUSBハブを通す」のも常套手段です。実際に色々なUSBポートに差し替えてみると、Macbook AirやMac Miniの場合はどのポートを使っても同じ挙動で、エラー現象に変化はありませんでしたが、Windows PCの場合は、マザーボード上にある8つのUSBポートの中で、ある特定のポートを使うと、Supra 3mケーブルは無事使えるようになりました。100均ケーブルはダメでした。
どのUSBポートに挿すかで挙動が違う・・ |
パソコンに詳しい人ならご存知かと思いますが、パソコンのUSBポートというのはマザーボード上の「チップセット」からタコ足配線のごとく枝分かれしており、内部的にはPCI Expressバスを利用した機能として装備されています。
これは外見からでは全く区別がつかないのですが、USB機器を接続して、デバイスマネージャで見ると、実際どのコントローラに接続されているかわかります。
デバイスマネージャで「接続別」を選択 |
iFi micro iDSDがIntelのUSBルートハブに接続されている状態 |
iFi micro iDSDがASMediaのUSBルートハブに接続された状態 |
私のマザーボードのUSBポート |
私のマザーボード(ASUS Maximus Gene VII)の場合、Intel Z97チップセット上にあるUSBルートハブと、ASUSが独自に増築したASMedia USBルートハブの二種類があります。
その中で、リアパネルにはIntel USBルートハブからのUSB2.0が四個、USB3.0が二個、そしてASmedia USBルートハブからUSB3.0が二個搭載されています。(残りはフロントパネル)
今回、Supra 3m USBケーブルの場合は、Intel USB2.0やUSB3.0ルートハブのポートに接続するとエラーが出るのですが、ASMEDIAのUSB3.0ルートハブのポートに接続すると確実に動作するようになりました。
ちなみにスクリーンショット上では、それらのUSBルートハブ上に、キーボードやマウスなど、他のUSBデバイスが接続されていますが、それらを外したり、移動しても症状は同じだったので、帯域や供給電力の問題ではなさそうです。
一般的に、安いマザーボードの場合は、Intelがチップセット上に提供しているUSBルートハブのみを利用しているため、すべてのUSBデバイスが単一の5Gb/s帯域上を共有しており、接続機器が増えるほどにトラブルが増え、速度が落ちます。USB2.0機器は最大480Mbpsですが、USB3.0機器は最大5Gbpsなので、外付けUSBハードディスクなどを複数台接続していると、帯域の取り合いになります。
Mac OS上でも「システム情報」でどのルートハブか確認できます |
ノートパソコンの場合はさらに複雑で、たとえばMacbook AirのUSBデバイスツリーを見てみると、USBポートにはmicro iDSD以外にも、内蔵ウェブカメラやキーボード、トラックパッド、Bluetoothアンテナなど、ノートパソコンに標準装備されているパーツが「USBデバイス」として内部で接続されています。つまりUSB DACは、これらと帯域を共有していることになります。
ASMediaのUSBルートハブに接続すると、ちゃんと正常に再生できます |
デスクトップパソコンの場合、高価なマザーボードになるにつれてASMediaのような別系統のUSBコントローラを増築している製品が増えてきます。つまり高速なUSBハードディスクなどを複数接続しても、帯域の取り合いを控えるための配慮です。また、独自のコントローラを搭載することでUSB急速充電に対応したりする小細工もあります。
今回のトラブルに関しては、直接的な原因はわかりませんが、IntelではなくASMediaコントローラ上のUSBポートだとUSB DACが動作するという結果になりました。そういった意味では、ある程度上質なパソコンを使用するほうがトラブルは少ないのかもしれません。
USBのバスパワー電源
USB接続に関しては、コントローラとは別に「電源」の問題もあります。USBケーブルにはデータ通信用のプラス、マイナス線と、電源の5V、グランドの合計四本のケーブルを使用していますが、この電源ケーブルはマザーボードメーカーのデザインセンスに委ねられるので、メーカーやグレードごとに品質差があります。
マザーボードのUSB5V電源 |
私の使っているASUSマザーボードのカタログでは、USB用5V電源が非常にクリーンで安定している、というような情報が書いてあります。なにげに「DAC」なんて接続してあるイラストが心憎いですね。とはいっても、実際の5V電圧レギュレータはマザーボード上にフロント用とリア用で合計二個しかないので、リアパネルのUSBポートは全部同じ5V電源を使っていることになります。
USBの5V電源というのは水道管のようなもので、たとえばDVDドライブなど、他の機器が5Vを使っていると、他の機器の5V電圧が不安定になったり、もしくは内部配線が下手だとノイズが混線したりします。無線LANをONにしたり、ハードディスクを接続して回転し始めるときなどは瞬間的に大きな電力が必要なので、その時点でUSB DACが切断される、とか、マウスを動かしたらプチプチとノイズが入る、といった現象が起こる場合もあります。
5V電源を正確かつ潤沢に供給するのはメーカーがかなり苦労する部分で、安価なマザーボードになるにつれてコストダウンされやすく、たとえオーディオ用途でも極力上質なマザーボードと電源ユニットを選びたい理由でもあります。
5V電源は、規格上4.65Vまで下がっても許容範囲なのですが、安価なパソコンの場合、他の機器の影響で瞬間的に4V以下に落ち込む場合もあり、そうなるとUSB DACに不具合が発生します。
今回Intel USBコントローラとASMEDIA USBコントローラの両方の電圧とノイズを測ってみたのですが、これといって大差はありませんでした。micro iDSD基板上でのUSB電圧測定なのですが、どちらもmicro iDSDを接続したことで電圧が落ちるといった現象はありません。
micro iDSD上でのUSB電源ノイズ(音楽停止時) |
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それにしても、盛大なノイズが出ていますね。もちろん計測プローブは高インピーダンスAC受けなので、実際のノイズ電流は微々たるものだと思いますが、それにしても5V電源に対して100mV以上もノイズが混入しているのは非常に気持ち悪いです。
また、音楽を再生している状態だとノイズ量が増加するので、マザーボード基板かケーブル上でUSBデータ信号が飛び移っているようです。
ノイズのトリガ観測 |
このようなUSBバスパワー電源のノイズに関しては、専用のフィルタなどが商品化されていますので、それらについては次回紹介します。
↓こちらです
http://sandalaudio.blogspot.com/2015/09/audioquest-jitterbug-usb.html
まとめ
USBケーブルのトラブルについては、試行錯誤が多く、実際の原因究明に至ることは少ないです。いざトラブルに見舞われたユーザーでも、私のように「とりあえず、なんとなく動くようになった」という結論に至った人も多いと思います。また、「諦めて、別のパソコンを使った」というユーザーも驚くほど多いです。上記の電源測定と同様に、原因究明のためにUSBデータ信号の品質もちゃんと測定したいのですが、残念ながら100万円程度の高速アナライザが必要なため、私のような素人では簡単にはできません。(安価なオシロなどでやろうと思うと、測定機器の帯域に左右されてしまいます)。
最近オーディオ雑誌を読んでいると、読者投稿や意見欄で、ベテランのオーディオマニアが「せっかくCDプレーヤーからUSB DACに移行したのに、パソコンのトラブルが発生した」とか、「設定が難しくてわからない」といった不満をよく見ます。
これまでのCDプレーヤーとS/PDIF DACのような一対一のシンプルな接続ではなく、パソコンとUSB DACという「集合住宅の水道配管」のような複雑なシステムになったことで、とくにパソコンに縁が無い年配のオーディオ愛好家は苦労しているのではないでしょうか。また、オーディオ販売店やメーカーのサポート・スタッフも、各自独特な家庭のパソコン環境に対応するのは、非常に困難だと思います。
パソコンとUSB DACに慣れているユーザーにとっては無用の長物のような「ネットワークプレイヤー」やソニーHAP-Z1ESのような「ハードディスク内蔵プリアンプ」といった製品は、こういった無粋なUSB DACのトラブルを回避するという意味では非常に理にかなったメーカーらしい回答なのかもしれません。