2020年1月7日火曜日

2019年 よく聴いたクラシックアルバム

私はクラシック音楽を聴くのが好きで、あいかわらず一年を通してCDやダウンロードアルバムを購入しました。ヘッドホン趣味はそのための道具みたいなものです。


今回は2019年でとりわけ高音質だったり、演奏内容が良かった新譜や復刻盤なんかを紹介したいと思います。せっかく良い再生機器を持っているのだから、良い音楽を聴きたいです。


2019年

2019年はやはりサブスクリプション・ストリーミングサービスが広く普及した一年でした。前回イヤホン・ヘッドホンまとめでも書きましたが、AmazonやMoraなどが96kHz/24bitのハイレゾロスレスストリーミング配信を始めた意義は大きいです。

とくにクラシック音楽ファンというのは、同じ演目を異なる演奏家や指揮者が演奏するのを比較するのが好きだったりするので、ストリーミングによってその窓口が膨大に広がるのは有意義だと思います。

たとえば、ベートーヴェンの交響曲5番だけで何十枚ものCDを持っているマニアも多いですが、結局のところ、新譜の演奏を一度確認したら、あとは自分の好みの一枚に戻って繰り返し聴く事になります。その行為自体は無駄でも無意味でもなく、次に買った一枚が自分のこれまでの固定概念を覆すような名演であることを常に追い求めている、興味と探究心によるものです。それが趣味というもので、クラシック業界はそれで存続してきたという一面もあります。

クラシックファンに限らず、サブスクリプションストリーミングは我々の音楽の聴き方の大きな転機になりうるのですが、現状では四つの懸念があるため、私はまだ完全に切り替える事ができていません。

まず第一に、意外なほどにセレクションに穴があります。世界中全てのアルバムが聴けるというような錯覚を演出していますが、実際は版権などの問題でCDのみでしか聴けないアルバムが多いのが困ります。過去の廃盤ならなおさらです。多くのレーベルはここ数年のリリースのみがストリーミングに掲載されて、ちょっと古い廃盤アルバムは存在が消されているという事が多いです。

第二に、古いアルバムの場合、いつ誰がデジタル化を行ったのか不明で、かなり劣悪な出所不明のファイルを使っている事もあります。オンライン書籍やコミックスの版違いの問題と似ていますが、音楽の場合は言葉の壁を超えて各国の版権問題もあるため、さらに複雑です。往年の名盤なのに、正規のレーベルによるマスターテープ復刻ではなく、素人がLPレコードやダビングテープからデジタル化した陳腐なものが掲載されていたりして、非常に残念です。また、近年エソテリックやタワーレコードなどが独自に高音質リマスターを行っていますが、今のところこれらはストリーミングでは聴けませんので、まだまだ物理ディスクやリッピングを手放すことは無さそうです。

第三に、メタデータ・タグ情報が不完全で、アーティストがベートーヴェンだったりなど、めちゃくちゃになっており、検索がほぼ不可能です。とくにオペラだと、一曲ごとに歌い出し歌手の名前で登録されてバラバラで指揮者の名前すらわからなかったりします。こういう杜撰さを見直す事も無く10年以上経過しているので、やる気が無い事がわかります。

第四に、多くの中小独立レーベルにとって、定額ストリーミングというビジネスモデル自体が成立しないという問題があります。ストリーミングでアーティストへの支払いは再生回数よって算出されるので、つまりビジネス的に突き詰めると、できるだけ短い2-3分の曲で、短期間に何度も繰り返し再生される事が必須になります。現状ではコミカルなネタや児童・子供向けの曲が圧倒的に稼げていることからもわかります。

クラシックは真逆で、交響曲の一楽章だけ聴くこともありませんし、それでさえ10-20分あるものが多いです。つまり制作労力に対して単純計算で再生回数が稼げません。従来、オペラなど長い演目では、CDは7,000円くらいの高い価格設定で、数千人に売れれば妥当、というビジネスモデルだったのですが、それが一律定額となると通用しなくなりました。

そこで、2019年クラシックの大手レーベルは面舵を変えて、最新のオペラアルバムが発売する一ヶ月前から、2分くらいのアリアだけをシングルとして出すようになりました。

何らかのきっかけで「バズる」可能性にかけて、再生回数を稼ぐためには、もはやなりふり構っていられない、という事でしょう。それが現代のビジネスモデルだからしょうがないのですが、それで最終的に残る音楽はどういう形になるのか想像すると、恐ろしいものがあります。

クラシックに限らず、自由な芸術作品を楽しむためには、売上が直接アーティストに行くダウンロード販売が最善ということで、多くの独立系レーベルはそのような直販サイトを運営しています。

2019年のクラシック新譜

今年もクラシック音楽の新作は大盛況で、毎週なにか聴きたくなるアルバムがリリースされました。独立系大手のHyperion・BIS・Chandosなどは毎月必ず数枚のアルバムリリースを維持しているので、「今月は何が出るのかな」と期待させてくれます。

世界的に見て、CDショップの店舗数は減っていますが、その一方で英国の大手オンラインストアPresto Classicalには活気があります。物理CDとダウンロードの両方を販売している珍しい形式ですが、毎月の新譜紹介にとどまらず、アーティスト独占インタビュー、年間アワード、推薦盤、そして廃盤の独占復刻など、多方面で頑張っており、毎週チェックしても飽きません。とくにレビューライターが優秀で、売る側ということをあまり意識させない親近感があります。

日本も、あいかわらずHMVとタワーレコードはクラシックに力をいれており、重宝しています。マイナーレーベルのアルバム入手性はPrestoほどではないものの、新譜ニュースの独自の日本語解説などは大変重宝します。

そんなわけで、色々買って聴いた一年でしたが、今年はレーベルごとではなく、ジャンルごとにノミネート方式で紹介しようと思います。

管弦楽

2019年の管弦楽アルバムで、個人的な最優秀はフランスAlpha Classicsから Santtu-Matias Rouvali指揮Gothenburg Symphonyのシベリウス1番です。


このアルバムは一月に発売されたのですが、一年を通して繰り返し聴きました。オーディオデモ用ディスクとしても最高です。

シベリウス初の交響曲ですが、それ以前に北欧神話に基づく交響詩に何度も挑戦しているので、若書きというわけではなく、フィンランドの雄大な大地が見事に描かれています。しかもこのアルバムの演奏は激しく爆発的です。録音ももちろん素晴らしく、広大でダイナミック、音色が生き生きとして、大迫力の情景を描いてくれます。

Alpha Classicsは今年とくに活気があり、主に古楽器の室内楽中心のリリースが多いですが、サロネン指揮エロイカなど大きめの作品もありました。あと、同系列で以前存在したZig Zag Territoriesというレーベルの版権も扱っているため、Belcea Quartetのベートーヴェン弦楽四重奏集など、新たなジャケットで再販しているケースもあるのでダブりに注意が必要です(名演ですが)。



Daniele Gattiとコンセルトヘボウは今年ブルックナー9番、マーラー1番など、素晴らしいアルバムを出しており、重厚ながらスピード感があり、どれも優秀です。

オランダ王立コンセルトヘボウの自主制作レーベルは最近ほぼDXDで録っており、実際の生公演に限りなく近いサウンドを実現出来ていると思います。

とくにガッティの指揮は眼を見張るものがあり、ハイティンク、シャイー、ヤンソンスと続いているコンセルトヘボウは今まさに黄金時代を迎えていると思います。




ベルリン・フィルの自主レーベルも好調に頑張っています。「デジタル・コンサートホール」ライブ配信での演奏を後日パッケージ化するという流れが定着してきたようです。

2018年にはラトルからペトレンコへ首席指揮者が交代しましたが、ジョン・アダムス管弦楽集はラトルとペトレンコの兼任、そしてペトレンコのお披露目には母国ロシアのチャイコフスキー6番を用意、さらにブルックナー交響曲集は2009年から2019年にかけてブロムシュテット、ハイティンク、ヤンソンス、ヤルヴィ、メータ、小澤、ラトル、ティーレマンという豪華オールスターです。これだけの巨匠が短期間に客演するベルリン・フィルだからこそ可能な全集です。

演奏は極めて王道、誰でも納得できる名演ばかりなので、現代を象徴する最高のオーケストラによるレファレンス盤という自負が感じられ、失敗のない作品です。アダムスはNonesuchでの自作自演など優秀なものがありますが、ブルックナー交響曲集を今買うなら、このベルリンセットは最有力候補だと思います。




玄人好みのベテランAdam Fischerは2019年も良いアルバムを出してくれました。

Danish Chamber Orchestraとのベートーヴェン交響曲集はNaxosからのリリースなので、値段は安いですが内容は充実しています。かなり独特のアップダウンが激しいダイナミックな解釈をしており、一風変わった演奏ですが、不自然さや納得できないほどではありません。歴史的名盤を一通り聴いたら、次に挑戦してみる価値がある全集です。

Düsseldorfer Symphonikerとのマーラー全集は着々と進んでおり、あとは2、6、9番を残すところになりました。2019年は大地の歌と8番が登場、どちらも素晴らしいです。地方オケとホールが小規模なこともあり、自然に歌うような演奏なので「マーラーらしくない」と不評もあるみたいですが、私はあえてこれも良いと思います。あえてバーンスタインやショルティと競合するメリットは無いでしょう。特にフィッシャーの8番は序盤穏やかに抑えて、フィナーレに向けてどんどん盛り上がっていく、ベテラン指揮者だからできる呼吸の長い演奏です。



特定のアーティストやレーベルを悪く言うつもりは無いのですが、Reference Recordingsのサウンドは凄いのにどうしても自分の肌に合いませんでした。好評なので、聴いてみるべきだとは思いますが。

今年はホーネックとピッツバーグのブルックナー9番と、ティエリー・フィッシャーとユタのプロコフィエフ組曲が出ました。アメリカが誇る超絶オケと超高音質レーベルということで、グラミー賞など多数受賞しているレーベルで、なにかリリースするたびに私も買っていますが、普段聴いているクラシック録音と全く毛色が違います。

空間展開がものすごく緻密に練られており、ツルッと綺麗に研ぎ澄まされた楽器音が、まるでパソコン上で作り上げた映画音楽のように整然と点在します。強いて言えば、Living Stereoや晩年のカラヤン録音をさらに突き進めたような、聴かせるべきポイントにスポットライトを当てる合成写真のような作風です。実際ピッツバーグの生演奏は素晴らしいので、レコーディングの手法によるものだと思います。コンサートだと思わなければ良いので、これがアメリカでいうところの「高音質」なのだと納得するしかありません。


Pentatoneレーベルの山田和樹とスイスロマンドは、これまでのバレエ・ダンスシリーズを一旦休憩し、今年はサン・サーンスの交響曲3番と、プーランクのオルガン協奏曲でした。

やはりPentatoneの録り方は私好みの自然な魅力があり、大変満足できました。ライブコンサートの雰囲気を維持しながらちょっとだけ音色や響きを美化するような、「実際のコンサートでこんな体験が出来たら嬉しいだろうな」と想像できる仕上がりです。山田スイスロマンドのコンビもあいかわらず快調で、美しく優雅です。

サンサーンス3番というと、チャイコフスキー1812とかと並んで、クラシックに興味が無くてもオーディオ機器テスト盤(というかオーディオ機器自慢用)として有名という側面がありますが、確かに過去の推薦盤というと、上記Reference Recordingsレーベルに通づるような、アメリカンサウンドマジック的なド派手な物が多く、クラシックマニアには敬遠されがちです。今回のアルバムはそうではないので、コレクションに入れる価値は十分あります。

協奏曲

協奏曲で2019年の最優秀はHarmonia MundiからIsabelle Faustのバッハ・ヴァイオリン協奏曲を選びます。大ヒットのベストセラーなのでベタですが、実際確かに良いです。


ファウストは一見ガチガチの理詰めな演奏をしそうな雰囲気なのですが、最近はどのアルバムを聴いても、もはや学術的解釈とか演奏セオリーとか、そういった物は全て吸収した上で、さらに高次元の自発的な演奏を目指しているように思います。

ベルリン古楽アカデミーも発足当初は音が硬いとか細いとか色々言われましたが、このバッハを聴いてもわかるように刺激的でダイナミックです。どの程度が録音技術の向上によるものなのかも気になります。

まさに今後何十年でも第一線で推薦盤に登るような、名演だと思います。


Harmonia Mundiからは年末にも素晴らしいアルバムが出ました。Javier Perianesのピアノによるラヴェル作品集です。

タイトルが「鏡遊び」というとおり、「道化師の朝(オケ)」「クープランの墓(ピアノ)」「ピアノ協奏曲」「クープランの墓(オケ)」「道化師の朝(ピアノ)」という順番に、鏡対照でプログラムを組んでいます。面白いアイデアだと思いますが、それ以上に演奏が普段の骨抜きなフランスっぽさとは対照的に力強く迫力があり、まるで一晩限りのリサイタルプログラムを聴いているようです。

オケ入り演目はパリのフィルハーモニー、ソロ演目はスペインのコスタ・デル・ソルにあるコンサートホールでの収録ということで、普段のベルリンTeldex Studiosとは一味違った大きな響きが楽しめます。


もう一枚Harmonia Mundiから、協奏曲と呼ぶにはギリギリですが、François-Xavier RothとLes Sièclesのベルリオーズ・イタリアのハロルドが出ました。ソリストはTabea Zimmermannです。カップリングにドゥグーの歌う「夏の夜」も入っています(男性が歌うのは珍しいです)。

ロトはここ数年ラヴェルやドビュッシーでものすごい録音を連発して、一躍スターになっていますが、今年はベルリオーズに取り掛かり、幻想交響曲とハロルドのどちらも素晴らしいです。幻想は他にもミュンシュや小澤など凄い名盤が大量にありますが、ハロルドは選択肢が少ないので嬉しいです。幻想よりも自然の情景を中心に描いているためロトの繊細なディテールが映えます。

ちなみにロトはドイツのオケとマーラー録音も始めていますが、そっちは私はあまり好みではなかったので、このLes Sièclesオケが凄いのでしょうか。


PentatoneからはGuy Braunsteinのチャイコフスキー・ヴァイオリン協奏曲が良かったです。オケはBBCシンフォニーで、プロコフィエフなど名演が多いKirill Karabitsの指揮なのが嬉しいです。

チャイコフスキーは聴き飽きたという人も多いと思いますが、このアルバムは一味違います。ソリストBraunsteinには申し訳無いのですが、彼の丸い音色や、あまり前に出ない録音スタイルのせいで、肝心のソロ部分はあまり目立ちません。まるでオーケストラの一員として、コンマスがちょっとソロパートを弾いてるような感じです。

ところが、そのおかげもあり、Karabitsの指揮も凄いため、チャイコフスキーの素晴らしいオーケストラパートが非常に充実しています。これまで気が付かなかったような美しいメロディなどが見つかり、まるでバレエや組曲を聴いているかのようです。さらにこのアルバムでは、エフゲニー・オネーギンの名場面から歌手をヴァイオリンに置き換えた編曲など、素晴らしい小曲も収録されており、チャイコフスキーの世界が存分に味わえます。


Channel Classicsはリリースが少なくなりましたが、出るものはどれも高音質、高水準です。いわゆる凄まじい超絶技巧のヴァイオリン技巧を楽しみたいなら、Ning Fengのパガニーニ1番・ヴュータン4番のアルバムを聴いてみてください。

どちらもヴァイオリニストの神業を披露するために存在するような難曲で、コンクールの定番ですが、コンクールとは距離を置いたベテランのフェンが演奏することに意義があると思います。これらの作品を顔色ひとつ変えずに(想像ですが)、一句一小節に翻弄されず、しっかりと的確に演じているため、むしろ簡単そうに聴こえてしまいます。オケはあまり名前を聞かないスペインの地方オケで、録音もスペインですが、普段通りChannel Classicsらしい瑞々しい録音技術で、ヴァイオリンが映えます。

室内楽

室内楽アルバムで今年の最優秀は、HyperionからAlina IbragimovaとCédric Tiberghienのペアが出した二枚です。どちらも何度も繰り返して聴いていたくなります。



今年は王道のブラームス・ヴァイオリンソナタと、ヴィエルヌとフランクのヴァイオリンソナタ集が出ました。

デビュー当初はモーツァルトの全集で評価を得たコンビですが、以来シマノフスキ、ラヴェル、シューベルトなど、幅広い作風において、どれも自己の解釈で上質に仕上げてくるのが素晴らしいです。さらに、屈指の音質を誇るロンドンの歴史的なHenry Wood Hallでの録音ということもHyperionの強みです。LPOなど大規模なオケも入るスタジオホールを贅沢に使っているため、開放的な響きが美しいです。

とくにブラームスの方は、私にとってベストはデッカのスーク・カッチェン盤なのですが、その暖かく甘い音色に通づるものがこのペアからも感じられたので、一瞬で魅了されました。両アルバムともサウンドはあえてモノラルっぽくセンターに寄せて、まさに広いホールに着席して目前のリサイタルを楽しんでいる雰囲気が味わえます。


Onyxレーベルから、James EhnesとAndrew Armstrongのベートーヴェン・ヴァイオリンソナタOp.12は2017年の前作に続いてのアルバムですが、この二人ということだけで優れた演奏だということは保証されたようなものです。

定番のベートーヴェンですし、あまりにも「普通に良すぎて」非の打ち所が無いのですが、実際、今後10年20年と推奨盤として残るのはこういうアルバムだと思います。

私はOnyxレーベルが大好きで、ほぼ毎回違うレコーディングスタジオを使っているのに、サウンドを上手くまとめ上げている手腕が凄いです。今回はHyperionなどもよく使うWyastone Hallですが、ステレオをかなり広く録っており、空間全体が音で敷き詰められているようです。音色が極上の美しさなので、まるで楽譜を解体して細部まで観察しているかのようなレファレンス作品です。

余談で、変な趣味ですが、ブックレットに書いてあるレコーディング場所をGoogle Mapsなどで調べてみると、「こんな森の中にあるのか」とか「こういう建物なのか」なんて楽しめるのも一興です。


CaviレーベルからJulian Steckelのコダーイ・チェロ作品集も印象に残りました。とくに無伴奏ソナタは名曲だと思うのですが、なかなか演奏したがる人がいなくて、久々の新譜は嬉しいです。

Steckelは明るくよく響く音色で、録音もこれでもかというくらい近くで録っているので、大迫力です。演奏会というよりは、顕微鏡で観察しているかのように、演奏テクニックの極細部のニュアンスまで拾えるので、この演目には合っているのかもしれません。音色は美音系でギスギスしないので不快感はありません。


AlphaレーベルのBelcea Quartetは一年に一枚のペースで四重奏曲の定番名曲をリリースしていますが、今年はヤナーチェクとリゲティでした。

どちらも演奏の工夫次第で印象が大きく変わる作品なので、アーティストの表現力を見せつけるための優れたプラットフォームです。イギリスの音楽学校出身のBelceaらしく即興的で息の合ったテクニカルな演奏なので、ヤナーチェクはもうちょっと民族っぽいノリやクセがあっても良いかと思いましたが、リゲティは優秀で、テンポが崩れず構成がしっかり固められています。


Harmonia MundiからAntoine Tamestitのバッハは、通常ヴィオラ・ダ・ガンバでやるソナタをヴィオラ用にアレンジしたものです。

Teldex Studiosセッション録音なので、サウンドは近年の常設スタジオセッションとしては最高峰のクオリティだと思います。とくにチェンバロに鈴木優人が参加しており、父とは一味違う華やかな演奏が、ダークで吠えるようなヴィオラと絶妙なコントラストを生んでいます。


EratoレーベルからArtemis Quartetのショスタコーヴィチ弦楽四重奏5・7番と、巨匠エリザベート・レオンスカヤを迎えてのピアノ五重奏です。

2005年Virginレーベルでデビューした当初から大絶賛を受けていたArtemis Quartetですが、2015年にはヴィオラメンバーの突然死にて活動が止まってしまいました。そんな存続の危機にレオンスカヤが手を差し伸べ、メンバーのソロ活動の伴奏やピアノ四重奏としてコンサート活動を再開できたのだそうです。現在は新たなヴィオラを入れた新体制になりましたが、そのサウンドのキレと生命力は健在です。

ピアノ

2019年のソロピアノアルバム最優秀は、MirareレーベルからLukas Geniusasのプロコフィエフのソナタ2・5番です。2018年末に発売したので反則かもしれませんが、聴いたのは2019年だったので、あえてこれを選びたいです。


まだ29歳の若手ピアニストですが、5歳で音楽学校に入学した天才だそうで、すでに驚くほど成熟した、ダイナミックでコントロールの効いた演奏です。

イタリアとオーストリアの国境にあるドッビアーコという街のコンサートホールで録音されており、ピアノの響きはかなり奔放に広がっていますが、音質は力強くキラキラ輝くような質感がプロコフィエフによく合っています。打鍵には迫力があり、弱音は水滴のように美しく、ほぼ理想的なピアノの音色だと思います。他のプロコフィエフ演奏によくありがちな暴力的な荒さは皆無なので、どうもプロコフィエフは苦手という人はこの一枚で意識が変わるかもしれません。


チェコSupraphonからJan Bartosのヤナーチェク集も傑作です。

やはりチェコの作曲家はチェコのピアニストが演奏するのが一番良いのでしょうか。特別な思い入れがあることは確かです。「1.X.1905」「草陰の小径にて」「霧の中で」と、代表作ばかり集めているので、ヤナーチェク初心者でも、これ一枚で魅力が掴めると思います。

ヤナーチェクのピアノ曲は印象派みたいに弾くとふわふわしすぎて掴みどころが無くなりがちなのですが、このBartosはまるでベートーヴェンのように力強くアクセントを効かせて弾きます。録音も極めて優秀で、ピアノの音色は間近で力強く大きく録り、ペダルや息使いなどもリアルに感じ取れます。個人的にはもうちょっと枯れた哀愁みたいなものも好きなので(70年代の名盤Radoslav Kvapilとか)、それと比べるとBartos盤はちょっと猪突猛進っぽい感じです。


ドイツの超マイナーレーベルTACETから、Evgeni Koroliovのブラームス小品集も面白いので聴いてみる価値があります。

Koroliovはドイツで活動するロシアのベテランピアニストですが、ロシア物以外にバッハやベートーヴェンなども得意とするため、TACETがシリーズとして彼の演奏を記録しています。録音は、かの有名なベルリンのJesus-Christus-Kircheです。フィルハーモニーが建設される1963年まで、カラヤンなどドイツ・グラモフォン名盤の数々がここで録音されました。

TACETはかなり奇抜な録音方式を考案しており、このYoutube動画でも見られるように(今回紹介したアルバムではありませんが)、演奏家を360度の円に配置して、全方向から録音しています。それをサラウンドで聴く事で凄い音響体験が得られるそうです。実際このブラームスも、ステレオ録音をヘッドホンで聴いても、前方にピアノが浮き上がるような、ものすごい頭外音場が形成されて、面白いというか違和感があるというか、とにかく不思議な体験でなので、ぜひ一度は聴いてみるべきだと思います。スピーカーで聴いたほうが良い感じです。


ソニーからは、Igor Levitのベートーヴェン・ピアノソナタ全集が印象に残りましました。数々の受賞を受けており、確かにこれが一位でも良いくらいなのですが、ベートーヴェンは他にも名盤が沢山あり、しかも全集セットなので高額で買いにくいため、あえて一位にはしませんでした。

全集なら私にとってベストは長らくHarmonia MundiのPaul Lewis盤ですが、このLevit盤も優れた解釈なので、多くの人のベストになりそうです。Levitの演奏は淡々とした優等生タイプではなく、作品ひとつひとつに個人的なストーリーやエピソードを含んでいるような深みのある演奏で、これまで以上の「何か」が見えてきそうです。


上のIgor Levitのベートーヴェンを最優秀に選ばなかった理由として、他にも単発で素晴らしいベートーヴェンが色々出たからです。その筆頭がHyperionからSteven Osborneの後期ソナタです。

歌うような感情の起伏のあるLevitとは正反対に、このOsborneは超然とした、俯瞰で見ているような抜群の構成力で、最後まで聴き通した後は、なんだか広い世界を旅してきたような爽快な気分になります。


PentatoneからDenis Kozhukhinのメンデルスゾーン無言歌とグリーグ抒情小曲も良かったです。

抒情小曲というとドイツグラモフォンのギレリスが圧倒的名盤ですが、水晶彫刻のような完璧さを誇るギレリスと比べて、Kozukhinは油絵で美しい情景を描くような響き豊かな演奏です。Pentatoneレーベルは管弦楽が多く、ソロピアノ作品は意外と珍しいのですが、オランダフィリップス直系らしいビロードのようなサウンドを味わうに最適な一枚です。

オペラ

2019年のオペラアルバムで最優秀は、コンセルトヘボウ自主レーベルからDaniele Gatti指揮のシュトラウス「サロメ」を選びたいです。


管弦楽中心のコンセルトヘボウでオペラというのも最近は珍しいですが、内容は本物です。Malin ByströmのサロメとEvgeny Nikitinのヨカナーンなど、とりわけ不満が無い理想的なキャストですが、その上でオケの演奏が凄いです。コンセルトヘボウらしく重厚で濃いサウンドがシュトラウスの世界観にピッタリ合っており、宇宙的な広がりを見せます。

こういった最新キャストと最高のオケで、今後シュトラウスオペラ集を続けてもらいたいですね。とくにアラベラ、アリアドネ、影の無い女などは最近良い録音が少ないので、Gattiが振ってくれれば最高です。


もう一つ、こちらを一位にしても良かったくらいの傑作で、PentatoneからMarek Janowski指揮Frankfurt Radio Symphonyのウェーバー「魔弾の射手」です。

Janowskiは同レーベルでワーグナーオペラ集を敢行した栄誉がありますが、魔弾はその源流とも言うべきドイツオペラなので悪いわけがありません。歌手陣も理想的で、演奏はウェーバーの民族寓話のような世界観、魔術、ミステリアス、深い森、といったイメージが伝わってきます。

あえて一位に選ばかなった理由は、後述するカイルベルトの復刻も名演だったことと、アガーテ役のLise Davidsenは後で他のアルバムも推薦したからです。


もう一枚、オペラで面白いアルバムは、普段オペラはやらないBISから、Kent Nagano指揮Gothenburg Symphony Orchestraのムソルグスキー「ボリス・ゴドゥノフ」です。

ジャケットに1869 Versionと書いてあるとおり、非常に珍しい原典草稿版です。近頃はリムスキー・コルサコフ再編版よりもムソルグスキー原典版を良いとする風習がありますが、それでさえ通常は1872年版を演じるところ、そのプロトタイプとも言うべき1869年版というのはかなりレアです。いくつかの華やかなシーンが不在で、男性ばかりでかなりダークで怖い作品になっているのは面白いですが、やはりリムスキー版の名盤を聴き慣れてこそ説得力があるアルバムかもしれません。

歌曲・リサイタル

2019年の歌曲アルバムで最優秀は、デッカからLise Davidsenのリサイタル盤です。


メジャーレーベルのリサイタル盤を一位に選ぶのは意外かもしれませんが、このアルバムは本当に良いです。フラグスタートやニルソンなど往年のワーグナー歌手の再来などと持て囃されているDavidsenですが、実際、近頃の歌手には無い重厚なパワーがあり、凄いです。こういった役にピッタリはまる歌手は今どき珍しいのではないでしょうか。

サロネン指揮フィルハーモニアの素晴らしいサポートで、タンホイザーから二曲、シュトラウス歌曲を数曲から四つの最後の歌と、申し分ない内容です。往年の名演が数多くある作品ですが、現代の高音質録音でこういった充実した歌声が聴けるのは本当に嬉しいです。


Eratoレーベルの名アルト歌手Marie-Nicole Lemieuxは、私はファンなのでアルバムは全部買っているのですが、今年のアルバムはオケ入りで、海にまつわる曲を歌っています。ショーソン、ジョンシエールといったフランス作曲家と一緒に、エルガー「海の絵」を英語で歌います。そういえばレミューはカナダ人なので、フランス語と英語のどちらも母国語なのでしょう。

海の絵といえばジャネットベイカーとバルビローリがあまりにも有名で、ほぼ独擅場のようですが、レミューも貫禄たっぷりで優雅に歌います。オケのサポートも優秀です。


BISレーベルからFanie Antonelou「Affinities」も印象深いです。ギリシャ出身のソプラノ歌手ということで、今回のアルバムは副題に「Greek and German Art Songs」とあるように、19世紀後半から20世紀初頭、シェーンベルク、ヴァイル、ツェムリンスキーなどドイツ語圏作曲家と、彼らと交流があったギリシャ作曲家の作品を上手く交えており、その中にはミトロプーロスの名前もあります。

全編通して非常に透明感のある高音質で、歌も神秘的な優しさがあるので、普段の定番とは一味違った作品を楽しみたい人にはオススメです。


フランスAlphaレーベルのSandrine Piauは毎年上質なアルバムを連発しており、今年も圧倒的なのですが、毎年トップに選ぶのも芸が無いのであえて他に譲りました。

新作「Si j’ai Aimé」は19世紀フランス歌曲がプライベートなサロンから大きなコンサートホールに移っていった時代を描いているそうで、ピリオドオケのサポートで、ベルリオーズ、サン・サーンスなどの有名な曲から、あまり名の知れない、当時流行っていた作曲家などを交えています。

クラシック復刻盤

クラシック音楽は歴史が長いので、過去の名盤の復刻も多いです。

とくに近年のデジタルリマスター処理は、アナログらしい自然さを尊重するような傾向が増しているようです。従来のようなノイズカットの息苦しさやヒョロヒョロした聴きにくいサウンドはめっきり少なくなりました。


リマスター復刻盤で今年の最優秀は、ユニバーサルのサブレーベルEloquenceから、イルムガルト・ゼーフリートとディートリッヒ・フィッシャーディースカウのヴォルフ「イタリア歌曲集」です。

それほどレアなアルバムでもありませんが、今回まとまって一枚に収められたのは意義があります。ヴォルフの歌曲はシューベルトに匹敵する名曲揃いだと思うのですが、専門の歌い手が少ないせいか、(というか、大抵CDの穴埋めに数曲入る程度なので)あまり人気がありません。このアルバムはゼーフリートとフィッシャーディースカウがそれぞれ収録したものを男女交互に並べた形式になっています。録音が素晴らしく、歌曲というものが200年ものあいだ人々を魅了する理由がじんわりと心に伝わってきます。




今年Eloquenceからは個性派ピアニストアルバムの復刻が多かったです。普段聴き慣れている演目も、新鮮な解釈で聴くことで新たな視点が得られるかもしれません。

イェルク・デームスは、上のヴォルフでも伴奏もやっていたように、歌曲や室内楽の頼れるパートナーというイメージが強いピアニストです。そんなデームスが演奏するシューベルトの後期ピアノ作品は、一聴すると淡々として地味なのですが、歌曲で会得した奥深い心理描写が垣間見れます。もしやシューベルト本人はこういうふうに弾いていたのかな、なんて思えてしまう説得力があります。

エドゥアルド・デルプエヨはスペインの名ピアニストで1920年代から活躍しているので、この録音が行われた1950年代ではすでにブリュッセル王立音楽院教授として超ベテランでした。今回Eloquenceからはフィリップスでの公式録音全集ということで、得意としたバッハやベートーヴェンに始まり、母国スペインからグラナドスやファリャまで、充実したCD5枚組です。教授肌で学術的な演奏かと思いきや、まるでリストのような激しさに圧倒されます。

セシル・ウーセのボックスセットのみ、一見DECCA公式っぽいパッケージですが、よく見るとEloquenceです。50年代から世界的なコンサートシーンで活躍していたウーセですが、これら70年代の録音はフランスSofrasonレーベルが倒産したため復刻されていませんでした。

フランスらしいドビュッシーやシャブリエから始まり、ラフマニノフ、シューマンなど、リサイタルの定番ばかりの7枚組です。とくに注目すべきは、当時としては珍しいベートーヴェンのディアベリを含む変奏曲全集が入っている事です。ここまで高水準で揃っている録音は今でも珍しいので、そのためだけでも買う価値があるセットだと思います。



オペラファンなら、今年Eloquenceがアニタ・チェルクェッティの録音を復刻した事は注目に値します。カラスと比較される超絶技巧を持ちながら30歳で電撃引退した幻のソプラノと言われている彼女が残した、たった二枚の公式録音を両方復刻してくれました。

とくにガヴァッツェーニ指揮フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団のポンキエッリ「ラ・ジョコンダ」は見逃せません。初期デッカステレオの素晴らしい音質で、当時デッカの技術力がどれだけ先を進んでいたかわかります。デル・モナコ、バスティアニーニ、シミオナートといったスーパースターが揃っていますが、主役のチェルクェッティも引けを取りません。

もう一枚もガヴァッツェーニとフィレンツェでヴェルディなどのアリア集で、こちらも彼女の才能を十分に披露しています。


Eloquenceからもう一枚、歴史ドキュメントとして価値がある復刻は、フィエルスタート指揮オスロ・フィルのワーグナー「神々の黄昏」です。旧盤よりそこそこ音が良くなっています。

1956年、神々の黄昏の世界初商業録音であり、フラグスタートとスヴァンホルムという伝説のペアが晩年に残した公式録音として意義があります。録音の大半はラジオでのライブ公演記録だったのですが、版権をデッカが取得し、放送の都合で一部カットされた部分を後日追加録音して組み立てたといういわくつきです。

作品自体は後年にもっと高音質な録音が沢山あるので、こちらはあえて初心者が聴くものではありませんが、マニアであれば喜ばしいリリースです。


OrfeoからはCD22枚組でウィーン国立歌劇場150周年記念ボックスが発売されました。

かなり高価だったので悩んだのですが、内容が面白かったので結局買ってしまいました。既出盤の組み合わせかと思ったのですが、このボックスでしか聴けないタイトルが多いです。

55年ベームのヴォツェック、62年カラヤンのフィデリオ、65年ベームのエレクトラ、77年カラヤンのフィガロ、88年アバドのランスへの旅、13年ウェルザーメストのトリスタン、13年ネルソンスのオネーギン、14年ティーレマンのアリアドネ、16年ロペスコボスの仮面舞踏会というラインナップで、どれも凄い歌手陣です。

実際に聴いてみると内容には結構ばらつきがあり、「これはちょっと単品では市販できないな」と思えるものもありました。オケが手抜きっぽかったり、観客の咳が多かったり、舞台のドタバタがうるさかったりといった、ライブ収録ならではの問題が多いです。150年の歩みとしては本末転倒かもしれませんが、やっぱり今と比べてベームのヴォツェックやエレクトラは凄いなと思えてしまいました。

ちなみに同名でDVD11枚のボックスもありますが、そちらは内容は全く異なりArthaus/TDKからの既存映像作品のセットです。


ベームといえば、生誕125周年ということで、2018年末頃からドイツ・グラモフォンでの交響曲集がDSDリマスターで続々登場しましたが、その一環として1958年「薔薇の騎士」が出ました。ライバルの1956年カラヤン盤と比べてしまうと音質があまりぱっとしませんが、オケはドレスデンということもあり、西のカラヤン、東のベームといった貫禄があります。

ところで、ベームのDSD復刻シリーズはなぜかここで途絶えてしまい、次の「エレクトラ」が出なかったのが非常に悔しいです。ドイツ・グラモフォンによると、1958年「薔薇の騎士」の時点ではまだステレオ録音技術が未熟で音質面での不満が多く、1960年「エレクトラ」になってようやく完璧を達成できたとのことです。私にとっても、音質、演奏、歌唱を総合的に見て、このエレクトラがベームの代表作だと思っています。オリジナル版LPはエテルナ・DGGともに超弩級のサウンドなのですが、現行CDはあまりにもショボいです。どうにかDSD復刻してくれませんかね。


ユニバーサル公式のSACD復刻は他にもあり、中でもバックハウスの60年代ステレオベートーヴェンピアノソナタ集が出たのは意外でした。

古くから入門書の推薦盤として金字塔のような存在でしたし、未だに最高傑作に挙げる人も多い名盤です。50年代のモノラル全集の方が若さがあって優れている、しかしこの60年代ステレオの方が熟練の境地を体現している、などと度々議論になるほどです。

10年に渡る長期の収録だったため、作品ごとに音質も結構バラバラなのですが(残念ながら29番ハンマークラヴィーアのみ未収録なので、代わりに50年代モノラル盤が入ってます)、どれもデッカの優秀なエンジニアの手によるもので、リマスター処理も上手くいっていると思います。






タワーレコードのオリジナル企画リマスター復刻も、ずいぶん活気がある一年でした。今年はとりわけオペラの復刻が多かったのが嬉しいです。

管弦楽は最新オケでも優れた作品が多いため、あまり往年の名盤を何度も買い直す気にはなれないのですが、オペラは当時の歌手の声というのがあるので、リマスターでもっと生の声に近づけるか気になってしまいます。

2019年のタワーレコードはクレンペラーのドン・ジョヴァンニから始まり、レヴァインのラ・ボエーム、シッパーズのトロヴァトーレ、バルビローリの蝶々夫人、カイルベルトの魔弾の射手と、魅力的な作品ばかりです。

とくにタワーの素晴らしい点は、コレクションの盲点というか、意表を突くのが上手いです。優秀盤だけど他の決定版の影に隠れて長年復刻されていない作品など、「そういえば古いCDを持ってるけど、音質はあんまり良くなかったな」なんて思えて、最新リマスターがどれほどのものか興味を持ってしまいます。エソテリックも見習ってほしいです。

音質に関しては、個人的に結構あたりはずれがありました。ボエームとトロヴァトーレはあまりパッとせず、旧盤CDの方が良いと思えました。アルフレード・クラウスの歌声を楽しみにしていたのですが、テープが劣化しているのか、ダイナミックレンジが弱かったり、肝心な部分でチリチリと歪みがあります。一方カイルベルトの魔弾の射手なんかは極上で、文句のつけようがありません。

今後も面白い作品の復刻を続けてくれる事を願っています。



ユニバーサル公式のハイレゾリマスターも負けておらず、いきなり「あれっ」と思う名作が現れるので驚かされます。

とくにフリッチャイが再び脚光を浴びているのが嬉しいです。同世代で華やかなカラヤンの影に隠れがちですが、今回ハイレゾPCMで復刻されたドン・ジョヴァンニを聴いてもわかるように、フリッチャイの作品はどれも精神統一の凄みを感じます。ベートーヴェン三重協奏曲はアンダ、シュナイダーハン、フルニエ、そしてブラームス二重協奏曲はシュナイダーハン、シュタルケルと、当時のトップスターからの信頼も厚いです。

これらの録音が行われた頃にフリッチャイは白血病が発覚しており、1963年には48歳の若さで亡くなってしまいます。ちょうどステレオでの録音芸術が頂点に差し掛かる時代だったので、もし彼が健康でいたらと思うと非常に惜しいです。


フルニエとグルダの1959年ベートーヴェン・チェロソナタ集もハイレゾリマスターが出ました。クラシックファンなら誰でも持っている名盤だと思います。最後にCDが出たのは2006年の空色のボックスでしたが、OIBP処理なのか、どうも音痩せしてヒョロっとしたサウンドでした。今回のリマスターで空間の暖かみが大幅に増して、魅力が深まりました。


ベルリンフィルレーベルから2018年末に発売された「フルトヴェングラー帝国放送局アーカイヴ 1939-45」はSACD22枚組で36,000円なので、買うべきかずいぶん悩まされました(結局買いましたが)。

戦時中のコンサート公演や、国営ラジオ放送で使われたスタジオ録音など、現存しているものを全て最新リマスターで復刻したボックスです。終戦時にマスターテープがソビエト軍により接収され、以来ロシアのLPレコードで小出しにされていたものですが、テープがドイツに渡り完全復刻が行われたということです。あくまでベルリンフィルレーベルとしての企画なので、たとえばウィーンフィルとの有名なエロイカなどは入っていません。

音質はバラバラですが、良いものは意外なほど聴き応えがあります。神格化されているフルトヴェングラーですが、やはりベートーヴェンやブルックナーなどを聴くと圧倒的で、なにか不思議と引き込まれる力があります。一方モーツァルトやラヴェルなどは古臭い様式ので、何でも凄いというわけでもありませんでした。

余談

上で挙げたようなハイレゾリマスターは非常にありがたいのですが、とくにSACDは値段が高いので、なかなか手が出しにくかったりします。

一方で、数年前にCDで素晴らしいリマスター復刻が行われたのに、全然日の目を見る機会がなく埋もれてしまい、廃盤になってしまった物も少なくありません。(そういうのを中古ショップで見つけるのも楽しいのですが)。

そういった作品の多くはサブスクリプションストリーミングサービスによって気軽に聴けるようになったので、ぜひこの機会に振り返ってみる価値があると思います。

ただし、シリーズものでも、一部のみがストリーミングに上がっており、残りのCDは廃盤なんて事もあるので、いつか完全コレクションとして復刻してもらいたいです。


ほんの一例として、ワーナーから2011年にリマスター復刻されたイタリア国営CETRAレーベルの1950年代オペラシリーズです。

私が今数えただけでも総計51枚のCDが出ており、その中の数枚がストリーミングでも聴けますが、全部集めるのは困難です。ヴェルディやプッチーニ作品の他にもチレア、ジョルダーノ、ドニゼッティなどベルカントの佳作も多いです。1940-50年代の録音なので音質も色々ですが、中でもモリナーリ・プラデッリ指揮トスカや、ロッシ指揮ドン・パスクワーレなどは当時のデッカなどに匹敵する素晴らしい録音です。


他にも、Urania Widescreen Collectionや、近年のロシアMelodiyaなど、素晴らしいリマスター復刻なのに影が薄く存在すら知らない人も多いです。ストリーミングでもちらほら出ているので、ハイレゾ新譜とかだけでなく、ぜひこういう素晴らしい作品も聴いてみてください。

おわりに

2019年もクラシック音楽は活気がある一年でした。

ユニバーサル、ワーナー、ソニーなどの旧メジャーレーベルからのリリース数は昔と比べて随分減りましたが、かえってセレクションが洗練され、各アーティストごとの個性を生かしたアルバムが増えてきました。

旧盤のリマスターも、ありきたりなメジャータイトルが一通り出揃ったので、ようやくマニアが「おやっ」と思うような隠れた名作がちょくちょく現れるようになりました。

イギリス、フランスなどの独立系レーベルも活気は衰えておらず、公式ショップサイトと大手オンラインショップの二段構えで、手軽に購入できるようになっています。

これらの現状を見ると、クラシック音楽の未来は明るいと思えてしまうのですが、その一方で、レコードの黄金時代を生き抜いたファンの高齢化も進んでいるため、現在のクラシック業界において最大の課題は、どうやったら新たなファン層を獲得して、趣味としてクラシック音楽を聴きたいと思わせるかという点です。

コンサートなんかも、日本国内はとくに公演ポスターや公式サイトのデザインがダサいことが多く、老人向けのホテル歌謡曲ディナーショーみたいなスタイルが定着しています。若者を引き込むというと、どうしてもポケモンとコラボといった流れに行ってしまいがちですが、そうでなく、デザイナーチームやメディアプロダクションとタイアップして、質を高める事で、20-40代もコアなレパートリーに引き込めるような努力が見たいです。


究極は、ウィーン楽友協会の「金地に黒文字」みたいに、どの公演も統一したフォーマットのポスターを街中や駅に点々と貼って、興味が無い人にも「ブランド」を意識させる一種の洗脳のような継続性が必要だと思います。

ソーシャルメディアやドラマ、アニメ、ゲームとのタイアップなど、安易な手法は色々とあると思いますが、一番根本的なのは、他分野のヒットに便乗してのシングルカットを生み出すことではなく、じっくりと音楽を聴くことを「魅力的な趣味」として定着させることだと思います。

CDなど物理メディアの販売はさすがに減少しているので、世界中で街中のCDショップが廃業しています。実際私もパソコンやDAPなどで音楽を聴くようになって、CDプレーヤーはほとんど使わなくなり、データで買える方が好ましいです。デラックス盤限定CDとかは収納を圧迫するのでむしろ敬遠します。つまり所有することの喜びはもはや魅力になりません。

その一方で、CDショップの大きなメリットは、店員の知識やアドバイス、常連客のコミュニティー、演奏会の情報交換など、趣味を盛り上げて育てる役割を果たしていました。

これは読書と書店の関係にも近いものがあり、独りでネットを巡回しているのとは楽しみの質が全く違います。書籍はデジタル化の危機を乗り越え、こだわりに溢れたオシャレな書店などが話題になっていますが、それと同じように、レコード店というのも、我々の想像を超えるような新たな活路を見出してもらいたいです。

逆に、熱心なファンとしても、自己の世界に固執して排他的にならず、できるだけ楽しさを共有できるよう努力しようと思います。