2022年3月11日金曜日

Austrian Audio Hi-X65 ヘッドホンのレビュー

 Austrian Audio Hi-X65ヘッドホンを買ったので、感想を書いておきます。

2021年11月発売、約5万円の開放型ヘッドホンです。以前Hi-X55という密閉型を購入したのが結構良かったので、それの開放型が出たということで気になって買ってしまいました。

Hi-X65

このブログを読むような人ならすでにご存知かと思いますが、Austrian Audioは名門AKGの流れをくむ欧州オーストリアの新興プロオーディオメーカーです。数年前にAKGがサムスン傘下に吸収されてウィーンの本社工場が閉鎖された際に、現地スタッフの多くが集合して近場に新たなオフィスを設立したという流れで、このヘッドホンもオーストリアの本社工場製です。

単純に往年のAKGのネームバリューを利用した模造品を作るのではなく、心機一転の再スタートとして、プロの現場の最先端に積極的に関わっていくスタンスを重視しているようで、これまで斜陽の社内ではOKが出なかった様々なアイデアを実践しています。AKGの流れをくむ新興ブランドというのは他にもいくつか現れていますが、その中でもAustrian Audioが一番本流の業態に近いという印象です。


すでにC414やC451の新解釈としてOC818やCC8がプロ市場で高い評価を得ており、最近では、往年のD202ロケットマイクを彷彿とさせるダイナミック型ステージマイクOD505や、コンデンサー型OC707を発売するなど、ラインナップの充実に向けて頑張っています。

こういう新興メーカーは経営や資本の関係で今後どう発展していくか予測不能なので、往年の名機がそうだったように、現在オーストリアの本社工場で真面目に作っている初回モデルを今のうちに手に入れておきたいと思っているプロユーザーも結構多いようです。

そんな中で、本業のマイクとは別にヘッドホンにも着手したAustrian Audioなわけですが、新興ブランドにありがちな、最初から高額をふっかけた超高級ステートメント機を出して当面の開発費を稼ぐ手法ではなく、かなり質実剛健なプロ用モデルを展開していることに好感が持てます。

今作Hi-X65のような5万円くらいの価格帯となると、オーテクやベイヤーなど老舗のベストセラーがたくさんあり、プロ用マイクを作っているメーカーなら、それらに接する機会も多いわけで、その中にあえて攻め込んでいくというのは相当の自信がないとできません。

Hi-X65

今回登場したHi-X65は、一年ほど前に出た密閉型Hi-X55とほぼ同じデザインで、ハウジングのパネル部分が開放グリルに変わっただけのように見えます。

Hi-X55は個人的に結構気に入ったものの、ベイヤーやUltrasoneなどの密閉型と比べるとピッタリ吸い付くような閉鎖感と鼓膜の圧迫感が強く、長時間使用はさすがに厳しかったので、今回開放型バージョンが出たということで喜んで購入したわけです。

Hi-X55とHi-X65

こうやって並べて比べてみても、遠目では違いがわかりません。値段は開放型Hi-X65の方が一万円ほど高いです。

そんなわけで、このHi-X55とHi-X65のコンビで、ベイヤーのDT770とDT990や、シュアーSRH1540とSRH1840のような兄弟機になるのだろうと想像していました。

Hi-X60

ところが、Hi-X65が登場した数カ月後には、新たな密閉型モデルのHi-X60というのが発表されたので、ラインナップの意図がよくわからなくなってしまいました。

こちらはHi-X55とHi-X65の中間の価格設定で、外観はロゴが赤くなった以外は違いがイマイチわかりません。

実際Hi-X55とHi-X60で何が違うのか気になったので、メーカーに問い合わせてみたところ、チューニングや想定する用途については入念な回答があったのですが、たとえば中身のドライバーは同じものなのかなどについては教えてくれませんでした。私はすでにHi-X55を買ったので、新たにHi-X60を買い足して比較する気にもなれません。その点Hi-X65は開放型という明確な違いがあるわけですが、これでまた別の開放型が出たりしたら困ります。

パッケージ

本体と付属品

Hi-X65のパッケージは厚紙で、赤いベルクロで蓋がされており、シンプルな収納バッグが付属しています。ケーブルはHi-X55では3mストレートケーブルのみだったのが、今回は3mと1.2mの二種類で、どちらも3.5mmにネジ込み式の6.35mmアダプターが付いているストレートタイプです。

フラットに畳むこともできますし

丸めておけば安心です

デザインはオーテクM50xなどと同じような回転ヒンジで折り畳めるスタイルなのですが、それでいて開放型というのは意外と珍しいので、それだけでも面白いヘッドホンです。

上の写真のようにフラットにたためばスーツケースにも入りますし、丸めればリュックに放り込めるのは非常に便利です。開放型ヘッドホンというと、たとえばK712やHD650なんかは持ち出す際に壊れやすそうで気を使うので、こうやって無造作に折り畳めるのはありがたいです。

この手の回転ヒンジタイプは、ヒンジ部分が壊れる事がよくあると思いますが、しっかりとした金属パーツやキャップネジを使っているなど信頼性は高そうです。昨年買ったHi-X55も結構手荒に使っていましたが、まだグラグラする気配もありません。

こういう自作用プラグは入りました

オヤイデのは若干削らないとダメかもしれません

ケーブル着脱はオーテクやUltrasoneなどでよくある2.5mmツイストロックタイプです。ただしコネクターを挿入する奥行きが長く、ロック部分の直径も細めなので、一部の社外品ケーブルは使えないかもしれません。

たとえば上の写真のよくあるDIY用コネクターは問題なく入りましたが、オヤイデのやつはかなり無理に押し込めばギリギリ使えるといった感じです。ゼンハイザーHD599とかに入るくらい細いやつなら大丈夫そうです。

クッションはベルクロで剥がせます

ヘッドバンド調整

装着感については、Hi-X55とほぼ同じなので繰り返しになりますが、プロ用ヘッドホンということで側圧は結構強めなものの、イヤーパッドに十分な余裕があるため、長時間使っていても耳が痛くなるような事はありませんでした。むしろ幅広な鉄板ヘッドバンドのテンションのおかげで、ぐにゃぐにゃせずにしっかりとホールドしてくれることで、頭を動かしても音が乱れないのが非常にありがたいです。

ヘッドバンドのクッションは十分な厚みがあり、ヘッドバンド自体もバネのように硬いので、綺麗な曲線を維持してくれて、頭頂部だけが平らに押されて痛くなる事はありません。しかもクッションはベルクロで取り外し交換できるようになっています。ヘッドバンドの上下調整もカチカチと気持ち良い動作で、調整範囲も十分にあるので、日本人の頭でも問題無いと思います。

イヤーパッド

イヤーパッドは厚手の低反発スポンジの合皮タイプで、まるでブーツのように内側に向かって広くなっている特殊な形状なので、耳がすっぽりと収まり、非常に快適です。もちろん開放型ということで密閉型Hi-X55のような鼓膜を圧迫する空気圧が無いので、その点はさらに快適です。

K812と比較

このようにパッド内部が広くなっているデザインはAKG K812でも使われており、密閉型パッドの中では個人的に一番好きなタイプです。一般的なドーナツ型パッドと比べると製造が難しいだろうと思いますが、見た目以上に空間余裕がある優れた設計です。パッド内部で外耳が潰れないで正しい形を維持できるので、音響面でも自然な聴こえ方に近く、個人差による影響も少なくなるだろうと思います。

Hi-X55と比較

よく観察してみると、Hi-X65のパッド内周にはHi-X55には無かった通気孔があります。ドライバーから発せられた音が耳周りで響く重要な部分なので、これがあることでサウンドが大きく変わるだろうと思います。

ところで、新たに登場した密閉型モデルHi-X60は、私は実物を試聴できていないのですが、写真で見る限りではHi-X65と同じ通気孔のあるパッドが採用されているようです。Hi-X55との違いがそれだけというのは考えにくいので、ハウジング内部の吸音材なども含めてチューニングを再設計しているのでしょうけれど、具体的にどういった背景で発売するに至ったのか気になります。

右がHi-X65です

ドライバー前のスポンジも、Hi-X55では荒いメッシュ風だったのが、Hi-X65ではもっと一般的なスポンジに変更されています。Hi-X55のよりも強固な両面テープで接着されているので、剥がしてドライバーを見ることはできませんでしたが、中身は多分同じでしょう。手で触ってみた感じでは、Hi-X55と同じようなドライバーの傾斜が確認できます。

ちなみにイヤーパッドはハウジング周囲の爪にはめていく感じで、写真でわかるように爪の数が多いので、ちゃんと全部が引っかかって隙間が無いことを入念に確認する必要があります。無理に引っ張るとパッド裏に爪固定リングが接着されている部分が破れてしまうので注意してください。

せっかくの開放型ということで、歴代AKG K712・K812と並べてみました。デザインは全然違いますが、どれも優れた録音マイクの開発と平行して生まれたヘッドホンで、それぞれの時代を象徴する名機です。

インピーダンス

公式スペックによると25Ωということなので、実際はどの程度なのか測ってみました。

インピーダンス
位相

グラフで見てわかるとおり、3mケーブルを含めて25~35Ωあたりに落ち着いたインピーダンス特性で、位相変動も緩やかです。

全体の傾向はHi-X55と似ていますが、低音に盛り上がりがあり、1kHz付近のゴチャゴチャが無くなっているあたりは、密閉型から開放型になったことによる影響でしょうか。3kHz以上の高音では両者はピッタリ一致しているので、ドライバー技術は同じもののようです。

音質とか

フルサイズのモニターヘッドホンということで、今回の試聴では、自宅のメインシステムとして使っているViolectric V281ヘッドホンアンプで鳴らしてみました。DACはChord Qutestです。

V281

開放型モニターヘッドホンは鳴らしにくいというイメージがありますが、Hi-X65はスペックに110dB/V書いてあるとおり音量はそこそこ取りやすいので(スペックの25Ωを想定すると94dB/mWくらいです)、実際はV281ほど強力なヘッドホンアンプは必要ありません。RMEやFocusriteなどの一般的なオーディオインターフェースでも大丈夫です。非力なDAPやスマホドングルとかではダイナミックな鳴り方を引き出すのは厳しいかもしれませんが、そういう用途はそもそも想定していないだろうと思います。

MirareレーベルからSélim Mazariのピアノによるモーツァルト・ピアノ協奏曲を聴いてみました。

12番と14番で、しかもMirareレーベルなので、きっとピリオド演奏かと思ったら、大振りなベヒシュタインのコンサートグランドでの演奏なのが意外でした。力強いピアノと対象的にオケは軽快なので、まるで綱引きのような主導権の取り合いが感じられますが、それもエキサイティングな演奏に一役買っています。


まずHi-X65の第一印象としては、他の一般的な開放型モニターヘッドホンと比べてサウンドステージが前方に投影される感覚が強いです。ドライバーが耳の真横に張り付いているような古典的ヘッドホンのサウンドではありません。そういった左右の耳を一直線に結ぶ「ヘッドホンらしい」サウンドが苦手な人にとってはおすすめできます。

つまりHD660SよりもHD800S、DT990よりもT1みたいな、と言いたいところですが、奥行きの距離感によるピアノとオケの分離みたいなものはそこまで表現できていないので、たとえばHD599とかFocal Clearとかくらいのイメージに近いです。それでも耳の真横からちょっと前に移動してくれただけでオケ全体の音像に現実味が生まれて、一歩離れた場所から客観的に見通すような分析が容易になります。

さらに、サウンドステージが非常に安定していて、帯域ごとの音の広がりのバラつきや、ハウジングの変な方角から響いてくる余計な音が少なく、均一な鳴り方をするため、混乱せずに、音楽全体を見渡すことができます。

このあたりはさすがに最新設計のドライバーだということが実感できます。一昔前のドライバー技術を使い続けているメーカーは、カバーできる周波数帯域やダイナミクスのポテンシャルに限界があるため、ハウジングに色々な小細工をしてフラットに見せかける延命処置を行っているケースが多いのですが、その点Austrian Audioはゼロからのスタートでモダンなドライバーを導入することができたおかげで、近年のハイエンドヘッドホンと比べても遜色無いフルレンジでパワフルなサウンドが実現できています。

密閉型のHi-X55と聴き比べてみると、似ている部分もあれば、大きく変わっているところもあります。まず高音の鳴り方はとてもよく似ています。どちらもプレゼンスやアタックがあまり強調されず、金属的な尖りはありません。ロールオフされているという感じではなく、硬く実直に鳴っているという印象です。このあたりはどちらかというとゼンハイザーやシュアーなんかに近いかもしれません。こういうのはエージングすると音がほぐれてくるなんてよく言われますが、すでに二ヶ月ほど毎日数時間は使っていても、あまり目立った変化は感じません。

一方、低音は開放型になったことでずいぶん緩くリラックスした鳴り方になりました。音圧のインパクトが低減して、前方で他の帯域と同じ距離感で鳴っているような、客観的な表現です。イメージングが大幅に向上した事と引き換えに、パンチや迫力みたいなものは少なくなったようです。

ただし、全体の周波数バランスとしては、低域から中低域にかけて豊かに鳴っているので、開放型だからといって低音がスカスカな軽い音になったわけではありません。ただ密閉型にあるようなドスドスと響く鳴り方ではなくなった、という感じです。たとえばイヤーパッドを若干耳から浮かせて隙間を作っても、低音の鳴り方はそこまで変わりません。

ではこのヘッドホンのユニークな特徴は、というと、他社のヘッドホンと比べて中高域に独特なクセがあるようです。Hi-X55とHi-X65のどちらでも感じられるので、このあたりが私にとって、メーカーのいわゆるサウンドシグネーチャーのように思えます。

まずHi-X55は密閉型ということもあって、中域に変な響きというか乱反射のようなものが感じられて、ちょっとスッキリしない違和感がありました。その点Hi-X65はだいぶスムーズになり、うねりのような違和感は軽減されたのですが、それでもやはり中域があまり前に出てこないという点では共通しているように思います。

具体的には800Hzくらいを中心に、男女ボーカルやピアノソロなどが奥まって滲んでいるような感覚があります。特定の帯域に穴があるというよりは、中高域の広範囲にうっすらと響きがあり、しかもプレゼンス帯にシャープな刺激が無いため、たとえばピアノのタッチの輪郭がクッキリとしない、という感じです。じっくり聴けば、濁っているわけではないので、正確な描写ができているのですが、それを実感するには自分から集中しないといけないため、ついつい大事なディテールを聴き流してしまいそうになります。

イヤーパッドが合皮で、大きめな内部空間があることも関係しているのかもしれませんし、コンパクトなハウジング設計や、ドライバーそのものの特徴もあると思いますが、個人的には、せっかくの開放型ですし、このあたりの反射が抑えられるベロア素材のパッドを付属してもらいたかったです。HD660S、SRH1840、DT1990など、どのメーカーも開放型モニターヘッドホンといえばベロアパッドなので、その点Hi-X65が合皮を選んだのは不思議です

FonèレーベルからMyung-Whun Chung指揮サンタ・チェチーリア音楽院の「Ommagio a Roma」を聴きました。

新譜ではなく1997年の作品なのですが、最近NativeDSDショップにてDSDダウンロード版がリリースされました。メンデルスゾーン4番を中心に、かなり生な「録って出し」っぽいリアルな録音ということでオーディオマニア界隈で古くから有名なアルバムです。当時からアナログLPも出ているので、これをシステムのテストディスクに使っているという人も結構います。


Hi-X65はプロ用モニターヘッドホンとしては優秀でも、家庭用の音楽鑑賞ヘッドホンとしてはどうなのか、という話になると、とても誠実で、すべての音が整然と並んでいて、どの帯域も注意して聴けば精密に解像できていて、演奏の全体像を余すことなく描ききっている、けれどあまり面白くない、というのが率直な意見です。

試聴に使ったオーケストラのライブコンサートなんかを聴くと、Hi-X65のポテンシャルが十分に発揮されて、録音に含まれている臨場感や空気感を余すことなく正確に再現してくれるため、「凄いヘッドホンだな」と実感できます。

しかし歌手やソロ楽器に集中してみると、音色の色艶が少なく、空間もきっちりと揃いすぎていて、硬くドライな鳴り方なので、もしAKGつながりでK702のようなサウンドを期待しているなら、まさに正反対の性格なので意表を突かれると思います。

刺激が少なく落ち着いて楽しめる整然とした鳴り方は、ある意味では音楽鑑賞に適しているとも言えますが、私みたいなコンシューマーが開放型ヘッドホンに期待する、管弦楽器の美しい色艶、鮮やかな金属的な響き、無限に広がっていく高音の抜けの良さ、そして歌声が浮き上がってくるような生々しさみたいなものが、Hi-X65では物足りません。

その点では、やはり他のメーカーのコンシューマー向けヘッドホンの方が上手な味付けを行っていると思いますし、K702なんかも、絶対性能は時代遅れに感じるものの、女性ボーカルや生楽器の中高域の美音という一点だけは圧倒的に優れており、聴いていて楽しいです。

Hi-X65と傾向が似ているヘッドホンというと、シュアーSRH1840やAudeze LCD-Xなんかが思い浮かびます。どちらもモニター系ヘッドホンの中でもそこまで高音がシャープではなく、全体像を俯瞰で見るようなバランスの良いヘッドホンで、どちらも音色をそれ以上に美しく演出するような特殊効果の無い、極めて地味なヘッドホンです。SRH1840はHi-X65ほど音が前方に寄ってくれませんし、LCD-Xの重量に私は耐えきれません。その点Hi-X65は価格も踏まえると優秀なヘッドホンです。

つまり、プロ用モニターヘッドホンといっても、録音ノイズや滑舌など一つの音源の細部を観察して調整する用途には、それこそCD900STとかベイヤーやオーテクの密閉型みたいなモデルの方が得意ですが、全体をまとめるプロダクション作業にはHi-X65のようなモデルが適していると思います。

おわりに

今回Hi-X65を聴いてみたところ、Hi-X55が開放型になったことで響きが整って、より理想的な鳴り方に近づいた、優れたモニターヘッドホンだと思いました。ここまで全体的な完成度の高いヘッドホンを5万円程度で発売できたのは、新興メーカーとしてはずいぶん苦労しただろうことが伺えます。

しかも開放型ヘッドホンで折り畳み収納可能なモデルというのは意外と無いニッチな存在です。もし普段の利用環境において密閉型である必要が無いのでしたら、私でしたらHi-X55よりも断然Hi-X65をオススメします。

ただし、「ニッチな存在」と言ったのは、ユーザー側から見てもそう思えてしまう、というのが、このヘッドホンの最大の弱点かもしれません。

最近はプロのレコーディング現場をYoutubeで見る機会が増えてきましたが、アーティストのフォールドバックや、教会やホールなどロケ現場に遮音ブースが無い場合には、どうしても密閉型ヘッドホンが使われますし、その一方で、ブースでのサウンドチェックや、後日スタジオでの編集作業では、Audeze LCDやHD800などの本格的なハイエンド開放型ヘッドホンをよく見ます。

つまり、本格的な開放型ヘッドホンが求められる場面で、Hi-X65のようなコンパクト折り畳みデザインの需要はあるのか、という疑問が残ります。

たとえば先日見たYoutube動画では、サウンドチェックでAKG K1000とMysphereを使っていたりして、ずいぶんヘッドホンにこだわっているなと関心しました。これほど極端な例ではなくとも、HD660S、DT1990、LCD-Xなど、コンシューマーに若干遅れるかたちで、録音現場において5~10万円台の優れたヘッドホンの意義がようやく浸透してきたようです。

ではHi-X65が折り畳みデザインだから、それら大型ヘッドホンと比べて劣るのかというと、私の感想としては、ハウジングとイヤーパッドの両方で、密閉型ゆずりの音響を少なからず意識してしまうため、そのあたりが中途半端で惜しいと思いました。

メーカーの商品展開には様々な事情があるのだろうと思いますが、せっかくの開放型ヘッドホンなのだから、Hi-X55の兄弟機ではなく、ライバルを圧倒するような完全開放型デザインを期待したいです。

ドライバーのポテンシャルは高いので、もうちょっと大きなハウジングのバッフル面と通気性の高いイヤーパッドで余裕を持たせて、完全開放の平面出音に近づけたら、つまりK712のコンセプトを現代の解釈で作り直したら一体どんな音になるだろうと想像したくなります。

もちろんそれで何十万円もするようでは手が出せませんし、最近ではK702/K7XXやHD650/HD6XXみたいな素晴らしい開放型ヘッドホンが2万円弱でも買えるようになってきたので、あくまで完璧を求めない音楽鑑賞用としては、これらがライバルに存在するとなると、コストパフォーマンスで争うのは厳しいです。

ではHi-X65は誰が買うべきかというと、動画制作やアレンジャー、DTMプロデューサーをやっている人に最適なヘッドホンだと思います。生楽器の響きが、なんて悠長な事を言っている暇は無く、一人でナレーションからBGM効果音まであらゆる場面で完璧が求められますし、それら全体の構成をまとめるのは大変な作業です。

ひとまず売れ筋のコンシューマー向けヘッドホンを買って使っているけれど、作品全体のバランスがいまいち把握しにくい、自分の作品を他所で聴いてみたら全然違う聴こえ方で驚いた、なんて経験がある人は多いでしょう。

また、デスクで長時間作業に没頭する人は、ヘッドホンの圧迫感や音の刺激による疲労感が積み重なってしまうので、アラ探しに特化したシャープなサウンドのヘッドホンでは身が持たないです。その点Hi-X65は装着感と音質の両方が長時間使用に最適化されていて、私なら丸一日付けて作業しても大丈夫でした。

そんなわけで、Hi-X65はオーディオマニア向けのゴージャスなヘッドホンではないかもしれませんが、プロの日々の編集作業用としては末永く付き合える優秀なヘッドホンです。1-2万円台のモデルよりも明らかに高水準ですし、音楽鑑賞用に趣味性の強いモデルが欲しいのでなければ、これ以上高価なヘッドホンにアップグレードする必要は無いでしょう。