2019年12月14日土曜日

オーディオテクニカ ATH-WP900 ヘッドホンの試聴レビュー

2019年9月には毎年恒例オーディオテクニカの新作イヤホン・ヘッドホンが一斉に登場しましたが、色々聴いてみた中でも個人的に特に気になったのがATH-WP900でした。

ATH-WP900

ウッドハウジングのコンパクト密閉型ヘッドホンということで、ATH-ESW950やESW9LTDといったモデルの流れをくむヘッドホンですが、完全新規設計でサイズも一回り大きくなり、発売価格も約88,000円とかなり高価になりました。

この手のポータブルヘッドホンの高級機というのは意外と選択肢が少ないので、待望の新作です。

ATH-WP900

オーディオテクニカの2019年新作ヘッドホンの中で、ATH-AWKT・ATH-AWAS・ATH-WP900という三種類のウッドハウジングヘッドホンが登場しましたが、中でもコンパクトモデルのATH-WP900に個人的に興味がわきました。

ATH-WP900

近頃は家庭用リスニングヘッドホンにおいても密閉型デザインが注目されるようになり、ソニーMDR-Z1RやFocal Stelliaなど数十万円もするような高級機も増えてきました。昨年のオーディオテクニカATH-AP2000Tiも15万円という価格にふさわしい素晴らしいヘッドホンだと思います。

コンピューターシミュレーションによる高度な音響設計や、材料工学における進歩によって、従来の密閉型特有のハウジング共鳴やドライバー背圧などの諸問題が大幅に改善されつつあることが実感できます。さらに、開放型では実現が難しい力強い低音も、密閉型ハウジングによって補えるメリットにもなります。

その一方で、最近コンパクトポータブルヘッドホンというジャンルは下火になってしまい、なかなか新作が出ない状況が続いていました。出先での音楽鑑賞というと、オーディオマニアはIEMイヤホンに移行してしまい、一方カジュアルユーザーは無線アクティブノイズキャンセリング搭載機が普及したおかげで、外出時に有線ヘッドホンを使うという需要自体が減ってしまったのでしょう。メーカー側としてもワイヤレスNCを作った方が市場規模やメディア露出も遥かに大きいです。

そんな下火のコンパクト密閉型ヘッドホンの代表的モデルといえばゼンハイザーHD25やベイヤーダイナミックT51p・Aventhoなどがあり、私も長期の旅行に行く時などに重宝しています(やっぱりイヤホンだけでは心細いので)。

もうちょっと大きなサイズが許容できるなら、オーディオテクニカATH-M50xなど、いわゆるDJスタイルのヘッドホンも視野に入ってきます。折りたたみ可能で、堅牢に作られているので、気軽にバッグに放り込めるのが良いです。

そんな中で、個人的に「もうちょっと高価でも良いので、数週間の出張旅行とかにも持っていける高音質ヘッドホンがあれば良いな」と常々思っていたところに登場したのがATH-WP900です。

サイズ比較

オーディオテクニカからはATH-ESW9/10/11や、2015年のATH-ESW950/990など、似たようなスタイルのヘッドホンが定期的に出ており、私自身もいくつか使ってきました。

個人的には特にATH-ESW9LTDの軽快で綺麗なサウンドが好きなのですが、繊細なウッドハウジングを傷付けたくないのと、極細ケーブルの断線が心配なため、持ち出すのをためらいがちでした。後継機ATH-ESW950では着脱式ケーブルになって使いやすくなりましたが、3万円台という価格なりに、家庭用上位モデルと比較すると音質面ではちょっと不満がありました。

サイズ比較

今回登場したATH-WP900は価格が一気に8万円台になり、サイズも一回り大きくなりました。大型化することで、家庭用モデルATH-AWASやATH-AWKTと同じサイズの53mmダイナミックドライバーを搭載することが可能になり、振動板もATH-AWASと同様にダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティング仕様になっています。

このDLCコーティングはATH-MSR7LTDなどから採用されはじめた比較的新しい技術ですが、高音のレスポンスが今までほど暴れずに安定するようになった印象があるので、新世代のオーテクを代表する技術の一つになったと思います。

ヘッドホンを並べて比較してみると、サイズは従来のESWシリーズと家庭用シリーズの中間くらいなのですが、ハウジングが薄く、回転してフラットに畳めるということで、ポータブル向けだと言えると思います。

綺麗なハウジング

ハウジングはメイプル材で、表面には木目が綺麗なメイプル板を張り合わせています。高級エレキギターのボディ構造と同じなので、ギターを弾く人なら馴染み深いデザインです。きっと設計者の中にギター好きがいるのでしょう。公式サイトによると、実際この木工部品は国産大手ギターメーカーのフジゲンに委託して作ってもらっているそうです。

光に当てると虎模様のように見える杢目のコントラストや、中心に向かって明るくなるサンバースト塗装など、有名なギブソン・レスポールにそっくりで、チェリーとタバコバーストの中間くらいです。杢目は個体差があると思いますが、私が使った試聴機は若干のフレイムがかかっていてカッコいいです。

余談になりますが、そもそもギブソンもこういうヘッドホンを作れば良いのにと思います。中身はOEMやコラボとかでも、本物のレスポールのAAAフレイムトップ端材とラッカー塗装でハウジングを作って、証明書でも付ければ、世界中のギターファンに飛ぶように売れるでしょう。

余裕のあるイヤーパッド

ESW950とはかなりの差があります

ハウジングサイズが大きくなったことで、イヤーパッドがオンイヤーではなくアラウンドイヤーになり、装着感が大幅に改善されました。柔らかい合皮パッドが密着してくれて、かなり快適です。

ATH-ESW9LTDも悪くなかったのですが、オンイヤーで、しかもパッドが本皮製だったので、水分を含むまでは硬く、馴染むまで時間がかかり、耳が痛くなることもありました。その点ATH-WP900は大型ヘッドホンと変わらない良好な装着感が得られます。ATH-MSR7がMSR7bになってイヤーパッドが改善されたように、近頃のオーディオテクニカは装着感に大きな進歩が見られます。(M50xもそろそろ改良してもらいたいです)。

本体は243gと軽量なので、頭頂部の負担も少ないです。ヘッドバンド調整部品や回転ヒンジなどについては不満はありませんが、なんとなく無個性というか、この部分だけ低価格ノーブランドヘッドホンっぽい感じもするので、個人的にはもうちょっとデザインにこだわりを見たかったです。

ドライバー

イヤーパッドを外してみると、巨大な53mmダイナミックドライバーが確認できます。さらにバッフルに若干の傾斜があります。従来のセオリーだと、ここまで大きなドライバーを薄い密閉ハウジングに詰め込むと、十分な空気の流れが得られず、詰まったような音になってしまいがちなのですが、実際どんな音がするのか非常に気になります。

付属ケーブル

A2DCコネクター

ケーブルは1.2mの3.5mmアンバランスと4.4mmバランスタイプが付属しています。ケーブルの着脱はオーディオテクニカ独自のA2DC端子なので、社外品アップグレードケーブルの選択肢は限られますが、端子自体は堅牢で優秀です。

旧A2DCケーブルだけ特殊でした
そういえばATH-ESW950はA2DC端子の穴が特殊で、他のモデルのA2DCケーブルが入らないという問題がありましたが、ATH-WP900では大丈夫なようです。

ちなみに今回の試聴機では3.5mmケーブルしか手元に無かったので、4.4mmケーブルはAP2000Tiのものを借りて使いました。線材が違うようなので鳴り方も違い、AP2000Tiのケーブルの方がサラウンドっぽい立体感が得られるように感じました。どちらかというとATH-WP900標準のケーブルの方が無難で良いかもしれません。

インピーダンス

インピーダンスと位相を測ってみました。

インピーダンス

公式スペックでは38Ωと書いてありますが、だいたいそんな感じです。コンパクト密閉型としてはインピーダンスが安定しており、50Hzと4kHzに若干の山があるくらいで、中域全体に変な乱れが無いのが良いです。

音質とか

今回の試聴では、いつもどおりHiby R6 PRO DAPと、Questyle CMA Twelve据え置きヘッドホンアンプを使ってみました。どちらも4.4mmバランス対応で、普段から聞き慣れている装置です。

Questyle CMA Twelve

ATH-WP900は38Ω・100dB/mWというスペックどおりにDAPでも十分鳴らしやすいです。据え置きアンプを使わずとも、満足な音量とサウンドが得られました。

まず音を鳴らして第一印象の時点でも、ATH-WP900のサウンドは素晴らしいです。期待以上に良いヘッドホンだと思いました。コンパクト密閉型としては思いのほか空間広さや音抜けが優れていて、従来機と比べても、単なる味付けの違いではなく、明らかな進化を遂げた事が実感できます。

音抜けが良いといっても、構造は密閉型ですので、出音はハウジングとパッドに大きく依存しています。たとえば装着時にイヤーパッドが耳と接触する寸前までは、シャカシャカとかなり派手な高音だけが聴こえてきますが、パッドが密着することでズシンと重みのある低音が出てきます。

昔のオーテクを思い出すと、M50x、MSR7、Aシリーズなど、どれもパッドが硬くゴワゴワしていて、耳との位置の収まりが悪く、サウンドの印象もパッドに左右されがち(つまりレビューとかにも個人差が出やすい)という印象があったのですが、昨年のMSR7b・AP2000Tiくらいからパッドが大幅に改善されて、安定したサウンドが得やすくなってきたようです。


ATH-WP900のサウンドは、レファレンスモニター的な実直な鳴り方というよりは、独特の個性が強いタイプですが、仕上げ方が上手なので不快には感じません。ドンシャリ傾向ですが、高音と低音のどちらもクッキリしていて、しかも帯域の配分バランスが良好なので、鮮やかで退屈させないエキサイティングなヘッドホンです。

まず高音側は、やはりオーテクらしく結構派手です。しかし従来のオーテクだったら3kHzくらいのプレゼンス帯域だけに大きなピークがあって、シャリシャリ・キンキンするという事が多かったのですが、ATH-WP900ではもっと広帯域が均一に明るく、前後の空間分離も優秀なので、耳障りではありません。たとえば、サーッという録音のバックグラウンドノイズとかも結構目立つので「オーテクらしいな」と思えるのですが、いざ演奏が始まると、空間的に「演奏は手前、ノイズは奥」という前後の分離があるおかげで、リスニングの妨げになりません。ノイズに邪魔されて演奏が不明瞭にはならず、クリアに感じられます。ボーカルとかも鼻をつまんだようなクセが無く、自然に出ていると思います。このあたりはATH-AP2000Tiと近い部分もあります。

平面駆動型とかの開放型ヘッドホンと比べると、ATH-WP900は中高域全体にシズル感というか、化粧のような響きが上乗せされているように聴こえますが、それが魅力的な個性になっており、地味で退屈なサウンドよりも、むしろこっちのほうが良いと思えます。メイプル材ハウジングの音響効果でしょうか。

他社のコンパクト密閉型ヘッドホンだと、たとえばハウジング反響が前に出てきすぎて、ドライバーからの音色とハウジングからの響きの相対関係が逆になってしまっていたり、逆にそれを嫌って吸音材を入れすぎて、音抜けが悪い、詰まったサウンドになっているモデルが多いのですが、ATH-WP900では、音色の鮮やかさ、響きの厚さ、空間の抜けの良さのバランスが取れているところが気に入りました。

とくにATH-ESW950と聴き比べてみると、ATH-WP900は爽快感が圧倒的に高く、まるで頭上の空間がパーッと広がる感じがするので、それを体験してからATH-ESW950に戻ると「こんなにモコモコして窮屈だったっけ」と驚かされました。高域に明らかな天井が感じられ、全ての音が詰まって反射して戻ってくるような感触がもどかしいです。まるでATH-ESW950では狭い部屋に閉じ込められていた演奏が、ATH-WP900では扉が開かれたかのようです。


さらにATH-WP900は低音側の鳴り方も個性的で面白いと思えました。高音は確かに派手なので、もうちょっと柔らかい方が好きだという人も多いかもしれませんが、低音は満足感が高いと思います。この低音があるおかげで高音も許容できるように思えるので、それがバランス感覚の良さということです。

コンパクト密閉型とは思えないほど奥行きの立体感や空間余裕があり、コントラバスなど低音楽器が目前にクッキリと現れます。不快な捻じれも感じられず、響きは遠く奥へ伸びていき、一音一音に聴き応えがある低音です。大型ヘッドホンであっても、ここまで充実した聴こえ方は稀だと思います。

とくにATH-ESW950を筆頭として、ハウジングが薄い密閉型ヘッドホンでは、平面的に耳元に張り付くメリハリの無い低音になりがちですが、ATH-WP900ではアタックのレスポンスと奥行きの両方で聴き応えのある演出になっています。


このようにATH-WP900の鳴り方は全体的にかなりユニークなので、似たようなサウンドは他にあるかと考えてみたのですが、木材ハウジングの空間構造を有効に活用した鳴らし方はヘッドホンよりもブックシェルフスピーカーっぽくもあり、さらに言えば、ダイナミック型イヤホンとも似ているように思いました。

よくよく考えてみると自分が普段使っているAK T8iEイヤホンと似ているな、なんて思い込みはじめたら、そのイメージが拭えません。ヘッドホンなのにイヤホンっぽいなんて言うと怒られるかもしれませんが、悪い意味ではなく、単純にドライバーだけを鳴らすのではなく、最近の優れたイヤホンと同様に、総合的な音響設計でサイズ以上の音を出す手法が似ているのかもしれません。とくに低音の奥行きなんかは開放型ヘッドホンよりもイヤホンの表現に近いです。




今回ATH-WP900をじっくり試聴してみて、とくに良さが引き出せた新譜アルバムを紹介します。

イギリスGearbox RecordsからBinker Golding「Abstractions of Reality Past and Incredible Feathers」は、強面なジャケットとは裏腹に、とても聴きやすいオーソドックスなジャズカルテットです。サックスのリーダーはフリークトーンを使わないスムーズな吹き方で、オリジナル曲もわかりやすく、リズムセクションもスウィング感があって、今どき珍しい王道ジャズです。

Cuneiform RecordsからTomeka Reid Quartet「Old New」はチェロ・ギター・ベース・ドラムという異色の三弦カルテットで、こちらはかなり攻めている作風です。とくにドラムの推進力があり、弦の即興が複雑に入り乱れる激しい演奏ですが、アンサンブルのテクニックと構成が良いので、意外なほど気持ちよく聴けます。

どちらのアルバムも最新録音なので音質は良好ですが、奏者のニュアンスや生楽器の音色の味わいを楽しむような音楽なので、四角四面なモニターヘッドホンで聴くよりも、ATH-WP900の方が楽器の質感を強調してくれて楽しめます。

たとえばバンド内でピアノが埋もれずにキラキラ輝いて、ドラムのパーカッションもカツンと尖っていながら、奥に抜けていくので耳に刺さることもなく、ベースやキックドラムはまた別の音場配置で堂々と鳴っていて、耳元を埋めつくすような事もありません。

とくにチェロ・ギター・ベースの三絃が混ざらずに、空間・質感ともにしっかり分離してくれるところが、並大抵のコンパクトヘッドホンではないなと思わせてくれます。スピード感あふれる激しい演奏でもついてこれるので、様々なジャンルに対応してくれると思います。


おわりに

ATH-WP900はポータブル密閉型ヘッドホンとしては大きめなサイズですが、これ以上小さくなると音質面で不利になり、これ以上大きければ携帯しにくいという、絶妙なサイズ感です。

とくに従来のATH-ESW950や、他社のHD25・Aventhoなどのオンイヤータイプでは、コンパクトさゆえの音質の限界が避けられない感じがあったのですが、ATH-WP900にてようやくハイエンドイヤホンや家庭用大型ヘッドホンと比べて遜色無いレベルのサウンドに到達できたと思いました。

8万円台というと、そこそこ上等な家庭用ヘッドホンが買える価格帯ですが、たとえば同時期に発売したATH-AWKT・ATH-AWASなどと比べると携帯性が高さは明らかなので、競合する事は無いと思います。

メイプル木材の仕上がりも、私みたいなギターファンにはグッと来るデザインですし、音質にも貢献しているようです。オーテクらしい響きの演出もありながら、見た目以上に奥行きのある立体感や音抜けの良さがあるので、家庭用ヘッドホンとは一味違った楽しみ方ができると思います。型にはまったレファレンスモニターサウンド以外は許せないという人には向いていませんが、普段聴き慣れた音楽で一層楽しいリスニングを求めている人には良いと思います。

ATH-ESW950の後継という期待以上の大幅な進化を遂げており、ポータブルヘッドホンとしてライバル不在のポジションに入り込んできたモデルだと思います。私のようなヘッドホンマニアはすでに家庭用の大型ヘッドホンはいくつも所有していると思いますが、ATH-WP900はそれでも別腹で欲しくなるようなニッチを突いてきました。値段もそれなりに高くなったので、残念ながら私はまだ買えていませんが、そのうち機会があれば購入したいです。