2020年12月5日土曜日

Grado The Hemp ヘッドホンのレビュー

 米国のヘッドホンメーカーGradoからは定期的に変な限定モデルが出るのですが、今回はHempという一風変わったヘッドホンが登場しました。

Grado Hemp

2020年9月発売で、価格は約45,000円です。個人的にGradoは好きなメーカーですし、面白そうなので買ってみました。

Grado The Hemp Headphone

Gradoはニューヨーク近郊ブルックリンに本社工場を持つヘッドホンメーカーで、温かみのあるレトロな風貌と、完全開放型の爽快感あふれるサウンドが好評です。

レコード針のメーカーとして創業したのが1953年、初代ヘッドホンは1991年誕生と、とても歴史のあるメーカーです。それ以来ヘッドホンのデザインはほとんど変わっていませんが、最近ではインスタグラムに力を入れたり、レトロなデザインをオマージュしたワイヤレスヘッドホンを出すなど、時代に沿って魅力を増しているメーカーです。

通常ラインナップのSRやRSヘッドホンシリーズとは別に、年に一度くらいのペースで、定期的に珍しい数量限定モデルを発売する事もマニアの楽しみになっています。数年前からはハウジングに異なる木材を使ったGHシリーズを展開するなど、他のヘッドホンメーカーとは一線を画する面白いプロジェクトで注目を集めます。

米公式サイトには過去の限定モデルが綺麗な写真で観覧できる特設サイトがあるので、それらを見るのも楽しいです。限定といっても手頃な価格で容易に買えるモデルから、特別なコラボイベントのために数個しか作らなかった超レア物もあります。

今回登場したHempは出荷数が多いようで、値段も45,000円とGradoラインナップの中ではそこそこ買いやすい値段だったので、思わず手を出してしまいました。メタルハウジングのSR325eが35,000円、マホガニーウッドハウジングのRS2eが60,000円くらいで、それらのちょうど中間の位置付けになります。

紙パッケージ

パッケージは2019年の65周年に合わせてデザインされた白色の紙箱です。共用の紙箱に、各モデルごとに必要な情報は黒いステッカーに記載されており、それをカッターで切る事で開封するという、非常にシンプルなデザインです。

The Hemp Headphone

その名の通り、ヘンプはいわゆる麻の繊維、というか大きい方の麻の繊維をハウジング素材として使っている、というのがユニークな点です。麻は古くから麻布や縄などで使われてきた軽量で丈夫な素材として知られています。

謎のロゴ

もちろん今回このヘッドホンが発売されたのはそれだけの理由ではなく、ハウジングにレゲエ愛好家が好きそうなロゴがあるように、米国で色々と合法化された事と関連しての記念モデルのようです。木材の黒くうねるような質感も、厚い煙のような印象にマッチしています。このようなイキった大学生みたいな企画をそのまま製品化してしまうのがGradoという会社の面白いところです。

ヘンプ繊維というのは、材木のようにそのままハウジングを削り出すわけにはいかないので、実際は何層もの繊維マットをレジンかなにかで固めた圧縮複合材のようです。一見コルクのようですが、カチカチに硬いです。

これはたとえばスピーカーキャビネットでよく使われる繊維板(MDF)とかに近いのかもしれません。とくにヘンプ繊維は空気の層を多数含み、断熱効果が高い事で古くから衣服などで利用されてきたので、ヘッドホンにおける音響効果も期待できそうです。

ヘンプとメープル

イヤーパッドを外してみると、ハウジングは実はヘンプ繊維材だけでなく、削り出しメープル木材との複合素材になっていることがわかります。

メープルのみのGH1と比較
マホガニー+アルミのPS500と比較

Gradoは古くから複合素材ハウジングの研究に興味があるようで、たとえばSR325eはアルミとプラスチック、PS500eはアルミとマホガニーといった具合に、ハウジングの中と外の素材を変えることで音響効果を調整しています。

SR325eやPS500eは内側素材の上に外側部品をカバーのようにかぶせて接着していますが、Hempでは素材の繋ぎ目がなく結合されており、これは超高級モデルGS2000eでマホガニーとメープルを組み合わせた時と同じような手法を使っている、というのが面白いです。

また、Gradoが通常のウッドハウジングで使っているマホガニー材ではなく、あえてGS2000eのようなメープル材を選んでいるのも興味深いです。

わざわざこのような手間のかかる製造方法を選んだからには、それなりに音響効果のメリットがあるのでしょう。

ユニークな形状です

丁寧に作られています

ハウジングは外側に向かって外径が広がる、これまたGradoでは前例の無いデザインです。

ドライバーは裏が黒いタイプのダイナミックドライバーで、38Ω・98dB/mWだそうです。他のGradoヘッドホンと同様に、スマホやDAP、パソコン直差しでも問題なく大音量が出せます。

8芯と4芯の比較

ケーブルはSR325eやRS2eなどと同じ8芯タイプです。ちなみにGradoはエントリーモデルから4・8・12芯と、上級モデルになるにつれてケーブル線材が太くなっていきます。個人的にHempはもっとカジュアルに使えるよう軽快な4芯を採用するかと思っていたのですが、価格設定からも伺えるように、じっくり真面目な音楽鑑賞に使えるようなモデルのようです。

Lパッドとの比較

Sパッドとの比較

今回Hempの写真を見て、世界中のGradoマニアが一番驚いて興味を持ったのは、麻のハウジングよりもむしろ新しいイヤーパッドの方だったかもしれません。この新型パッドは「Fパッド」という名称で、普段Gradoで見るS・L・Gパッドとは異なる新しいデザインになります。

Gradoヘッドホンは1万円のSR60eから40万円のPS2000eまで全てイヤーパッドの互換性があり、低価格モデルのオンイヤーパッドを高級モデルの大型アラウンドイヤーパッドに交換するなどのカスタマイズが可能なのが楽しみの一つになっています。今後この新しいFパッドはスペア部品として販売するのか不明ですが、新たな選択肢が増えたのは嬉しい事です。

実はFパッドは全く新しいデザインというのは語弊があり、Gradoの1991年初代HP1という最初のヘッドホンでは、これとそっくりのパッドが使われていました。今回なぜHempにてそれを復刻しようと思い立ったのは不明ですが、今後のための少数限定での市場調査のためでしょうか。どのみちGradoのパッドは数年で経年劣化でボロボロになるので、当時のHP1パッドと実際に比べてみることは不可能です。

RS2eのLパッドと比較

Fパッドはとても薄いので、ドライバー出音面が耳の間近に隣接するような設計です。SR60eなどに付属するSパッドと違い、出音面を覆わないドーナッツ型ですし、耳に触れる表面もLパッドのようにゴワゴワした硬い肌触りです。Gradoのイヤーパッドは単なるスポンジのくり抜きではなく、硬さの違う層を重ねた結構凝った作りになっていて、音響に結構影響を与えるので、ケチって偽物のスポンジパッドとかに交換すると音が悪くなってしまいます。

HempのFパッドの装着感は「硬いフェルト素材」というか、「食器を洗うスポンジの、硬い緑色の方」みたいな感触なので、あまり快適とは言えないのですが、不思議と長時間装着しても痛くならず、開放型ハウジングなので通気性も良く、慣れてくるとこれで十分だと思えてきます。パッドを変えると音も変わってしまうので、それについては後述します。

前方から

GH3ほど薄くはありません

SR325eとほぼ同じサイズ感です

パッドが薄いおかげで全体的にスリムなデザインですが、ハウジングの厚さやケーブルの太さでいうとSR325eなどに近いサイズ感です。

インピーダンス

Grado Hempのインピーダンスをいくつか他のGradoヘッドホンと比べてみました。

インピーダンス
位相

ところで、現行Gradoヘッドホンはどれも公式スペック32Ωなのに、Hempのみ38Ωと書いてあるのがちょっと意外でしたが、実際にインピーダンスを測ってみるとたしかに他のGradoとは明確に違います。1kHzでは実測でも確かに38Ω、70Hzで110Ωにまで上昇しています。

Gradoといえば、同じドライバーをひとつひとつ手作業で測定して、特性の良いやつを上位モデル用に使う、なんて噂もよく聴くので、わざわざ数量限定のHempのために新型ドライバーを開発するなんていうのも不思議な話です。

この38ΩドライバーはHemp専用なのか、それとも何か次世代ドライバーの試作なのかは不明ですが、低音の共振点や、170、270Hz、そして4kHz付近のピークなど、かなり暴れが目立ちます。他のGradoヘッドホンを見ると、唯一50mmドライバーを搭載しているRS1eを除いて、ハウジング素材が変わってもインピーダンス特性がほとんど変わっていないですから、Hempの特性はドライバー由来だと言えそうです。

音質とか

Grado Hempヘッドホンは2020年9月発売だったので、現在12月になってこれを書くまでにかなり時間が経ってしまいましたが、実は想像以上に変なサウンドのヘッドホンだったので、良いのか悪いのか・・・、なかなか感想がまとまらず、ずっと保留になっていました。

開封直後は新鮮な香りもしたので、エージングなども含めてちょっと慣らし込んでみたものの、サウンドが変だという印象は今でも変わっていません。

Hiby R6PRO DAP

Questyle CMA Twelve MasterでRS2eと比較

今回の試聴では、主にQuestyle CMA Twelveヘッドホンアンプや、Hiby R6PRO DAPなどを使いました。

HempはGradoヘッドホンらしく鳴らしやすいので、DAPやアンプはどれを使ってもよいのですが、とにかく楽曲との相性の良し悪しがかなり強く出るようです。つまり試聴の際にはできるだけ多くのジャンルや年代の楽曲を聴いてみる事をオススメします。逆に言うと、特定のジャンルやバンドのみに絞って聴いている人なら、思いがけないヒットになる可能性があります。

たとえば、私が普段聴くようなジャズやクラシックだと全くと言っていいほど使い物にならないのですが、ダンスミュージックやヒップホップでは素晴らしい結果が得られます。Hempの特徴を一言で表すのは難しいのですが、できるだけ感覚的に表現してみます。

まずクラシックやジャズなど生楽器演奏との相性が絶望的に悪い理由なのですが、とりわけ音色のアタック部分が不明瞭に滲んで「二重」に聴こえます。

特に相性が悪いのがグランドピアノの生録です。ピアノのアタック部分というのはとても重要で、打鍵の数十ミリ秒の中に奏者や楽器の表現のすべてが詰まっているといっても過言では無いのですが、Hempで聴くと、鍵盤のどの音域でも、最初に鳴る音とほんの少し遅れて別の音が鳴っているように聴こえます。ショートディレイエフェクトというか、狭い部屋で演奏しているような余計な音です。

原因は不明ですが、もしかするとメープルとヘンプの二重構造だからという事もあるのかもしれません。イヤーパッドを変えても同じような結果になります。

そういえば、メープルとマホガニーの二重構造で作られたGS2000eでは、高音側と低音側でアタックや響きが別々の(まるでマルチドライバーのような)印象が強く、個人的にあまり好みにあわず、マホガニー単体のGS1000eの方が良いと思っています。今回Hempでは帯域の上下で分かれているという感じはしませんが、なにか二つの要素が喧嘩しているような印象があるのは、似たような理由なのかもしれません。

このHemp特有のアタック部分のクセは音の解像感をかなり悪くしているので、ピアノやアコースティックギターなどの生楽器録音では特に、どれだけ集中して聴いても細かいディテールが解像してくれず、まるで度数の合っていない眼鏡とか、霧や煙に包まれたかのようなもどかしさがあります。この点だけでもピュアオーディオマニアは不満を感じるだろうと思います。

もう一つ、生楽器演奏との相性が悪い理由ですが、音色そのものが非常にデッドぼやけているので、艶っぽさやキラキラした美音が全く出せません。そのため、たとえばヴァイオリンやアコースティックギターのソロリサイタル、ピアノ弾き語りなどでも声や楽器の音の美しさが伝わらず、なにか淡々とした電子楽器を聴いているかのように思えてきます。

こちらもヘンプ繊維の複合材がMDF繊維板のように吸音することが原因でしょうか。余計なキンキンした響きが付与されないという点は良いと思うのですが、他のウッドやメタル系Gradoヘッドホンと比べると、いかんせん音色の魅力に乏しく面白くありません。

さらに面白い点として、アタックが滲むことで、相対的に付帯した残響音による空気感や臨場感みたいなものを強調する効果があり、比較的クリーンな作風でも、まるで狭い部屋で録音したかのような擬似的な立体音響や雰囲気を生み出します。

歌手や楽器音がクッキリした定位や奥行きで聴こえるのではなく、本来背後にある残響が前に出てきてしまうので、楽器と一体化してぼやけてしまいます。そのため、コンサートホールなどの音響を正確に再現するような録音は台無しになってしまいます。

このような理由から、Hempはいわゆるレファレンスとして使うには適していない、録音本来の音を崩してしまうようなヘッドホンなので、生楽器録音には向いていません。

そんなわけで、これは買って失敗だったかな、なんて思えてきたのですが、しかし、これがたとえばロックのスタジオ盤とかだと、バンドがまるでライブハウスにいるかのような、絶妙に立体的で面白い効果を生み出してくれます。

他にも色々なジャンルを聴いてみたところ、特にこれまでGradoヘッドホンとは相性が悪かったジャンル、たとえばダンスミュージックやヒップホップだとずいぶんいい感じです。他のGradoでは10分も聴いていると「やっぱりダメだ」とギブアップして別のヘッドホンに替えていたアルバムも、Hempでなら苦もなく一枚通して楽しめます。

ここからは、Hempの良い部分や、なぜそれらのジャンルと相性が良いのかについて書いてみます。

まず、周波数特性は、普段のGradoとはずいぶん違います。最安のSR60eから中堅RS2eまで、いわゆるスモールGradoと言われるモデルは、どれも3-4kHz付近の中高域が派手に目立ち、中低音はあまり出ない、軽くうるさいサウンドです。

それらは俗に「ドンシャリ」と言われるような低音がドスドス高音がキンキン鳴るタイプではなく、むしろ中高域の女性ボーカルの発音あたりが強調されるので、自然に録音された楽曲を小音量で聴いて楽しむ場合ならとても綺麗な美音が味わえるのですが、コンプレッサーをかけまくってズンドコ刺激が強いポップミュージックでは耳障りになってしまいます。

一方Hempヘッドホンでは、まずアタックが滲み、主張が弱まることで、耳障りな刺激が緩和されるので、音量を上げていってもうるさく感じません。4kHz付近の強調は若干残っていますが、大音量でちょっとビビるくらいで普段は気になりません。

さらに、同価格帯のSR325eやRS2eと比べて低音が大幅に増強されています。Gradoで低音が強いモデルと言えばPS500eが有名ですが、あちらはもっと中低域全般が温厚で豊かに鳴るタイプなのに比べて、Hempの場合は50~100Hzくらいがゴムのように気持ちよくボンボンと弾んでくれます。

ようするに、カーオーディオやホームシアターのサブウーファーみたいな感じの小気味よい体感できるブーストで、しかも開放型ヘッドホンなので音抜けが良く、耳元でこもらないため、不快感が無く、パンチのある爽快な鳴り方です。

高音がマイルドで、低音が増強された事によって、これまでのGradoとは違って、音圧が高い楽曲でも耳障りにならずにグイグイとボリュームを上げられます。

特にジャンルで言うと、古めのヒップホップやダンスミュージックなど、解像感よりもグルーヴ感を味わいたい作品だとHempの魅力が光ります。ようするにカッチリしたスタジオモニターヘッドホンでは聴きづらい音楽ジャンルは、Hempとの相性が良いようです。

90年代のメロウなヒップホップは高解像ヘッドホンだとサンプルのチリチリ音やチープな打ち込みドラムの刺激などノイズや歪が目立ってしまいがちですが、Hempで聴けば絶妙にソフトでまったりしたフローに、小気味よく弾むベースがリズム感を上手く強調してくれます。

また同じく90年代ダンスミュージックのように、ディープで美しいけれど当時の機材由来の荒削りなサウンドでも、Hempで聴くと、そういった不具合を忘れて、厚い霧に包まれてボーッと没頭できる心地よさがあります。

参考までに、いくつかHempで聴いて良かった、個人的に好きな愛聴盤を並べてみます。昔はレーベルからCDを入手するのがずいぶん困難だったのが(注文して三ヶ月待ちとか・・)、最近はストリーミングとかで瞬時にあれこれ聴けるようになったのが、つくづく凄い時代です。興味が無い人も、この機に古い名盤も開拓してもらえると嬉しいです。

1990年のヒップホップは今聴くと侘び寂びのような風流を感じます

Q-Tipの鼻声やゲストのLarge Proはいつ聴いても心地よいです


Gradoといえばブルックリン、ブルックリンといえばMos Def / Talib Kweliというのが個人的なイメージです。個人的に屈指の名盤です

一方イギリスだとダブがメインですね。初期の手探りな雰囲気を味わうベスト盤です

グルーヴといえばこれは欠かせません。洗練されたベストセラー名盤です

DnBはこの頃が一番好きです。MC声有り無しの二枚組なのが良いです

そしてニューヨーク、ブルックリンといえばテナグリアは欠かせません。98年と2014年のコンピでスタイルや音質を比べてみるのも面白いです。(どちらもカッコいいです)。

URレーベルの人ですが、今でもミニマルで頑張ってます。この2018年コンピもキレがあって良いです

こうやって色々なアルバムを聴いてみると、Hempの長所は音を意図的に滲ませて時間差の立体感を出すことで、シャープな打ち込みでも雰囲気豊かなボックスやラウンジっぽく、より人間味のあるパフォーマンスに仕上げてくれることだと思います。極端に言えば、AVアンプとかでよくある「ホール」「ライブ」みたいなDSPエフェクトのような効果に近いかもしれません。

HempのFパッド(左)と通常のLパッド(右)

Hempの個性的なサウンドはどの程度が新型イヤーパッドによるものなのか、やっぱり気になるので、Grado SパッドやLパッドと交換してみました。結論から言うと、パッド交換によって距離感や周波数バランスは結構変わりますが、Hempのアタック部分や響きの特徴そのものは変わりませんでした。

まずLパッドに変えてみると、ドライバーが耳から離れるため、音像が遠くなり、よりマイルドで聴きやすくなります。刺激の少ない柔らかい鳴り方で、長時間聴くならこれのほうが良さそうです。また、Hemp付属のFパッドだと音量を上げると3~4kHz付近が気になってきますが、Lパッドだとそのあたりも緩和されます。ただし低音の弾みなどは薄れるため、退屈に感じるかもしれません。

Sパッドでは、ドライバーの距離感は付属Fパッドとほとんど変わらないのですが、あいだにスポンジが入る事で音が丸くなります。刺激の強いSR325eとかならこのパッドで緩和するのも良いですが、Hempはそもそもそこまで刺激的なサウンドではないので、Sパッドだとダイナミックさが狭くなる感じがしてメリットは少ないようでした。

アラウンドイヤーのGパッドも一応使えますが、Hempは他の小型Gradoと同様にGパッドを前提にしてチューニングされていないので、音が遠すぎて充実感の無いスカスカな感じになってしまいます。LパッドよりもさらにBGMっぽく薄味で聴き流すような雰囲気です。

おわりに

Grado The Hemp Headphoneは従来のGradoとは一味違う、一風変わったサウンドを持ったヘッドホンです。だからこそ限定版として発売する意味がありますし、外観デザインを変えただけのコレクターモデルではないことは確かです。

やっぱりGradoらしさといえばRS2eです

ただし、あまりGradoっぽいサウンドとは言えないので、もし定番のGradoサウンドがどんなものなのか知りたければ、Hempよりもまず同価格帯の通常モデルSR325eやRS2eを聴いてみるべきです。

たとえばSR325eはプラスチック&アルミハウジングのおかげでGradoラインナップの中でも随一というくらい硬くクリアで、とくに高音の細かいディテールをクッキリ解像してくれます。メーカーを問わず「スピード感」のあるヘッドホンといえば必ず名前が挙がってくるようなモデルです。今回Hempで感じた音が滲んで解像感が不足しているというのは、このSR325eと比較してみるとつくづく実感します。

一方もうちょっと高価なRS2eはマホガニー材削り出しハウジングのおかげか優雅な美音が魅力的で、特にピアノやギターなどの自然楽器の音色が得意です。上位モデルRS1eやGS1000eよりも音像がコンパクトにまとまった上質な仕上がりで、Gradoらしい手作りの工芸品のような愛らしさがあります。Hempの響きがデッドで艶っぽくないというのは、このRS2eを聴いてみれば納得できると思います。

Hempはこれらのどちらとも違う、豊かな低音やグルーブ感の演出が得意なサウンドなので、いわゆるシリアスに正座して精神統一してヴァイオリン・ソナタを聴くようなヘッドホンマニアよりも、ラウンジの大きなステレオスピーカーで音楽をカジュアルに楽しんでいる人の方が親しみやすいサウンドだと思います。

特に開放型ヘッドホンでこのような厚めのリラックスサウンドというのは珍しく、他にライバルも思い浮かびません。レファレンスサウンドとして活用できるヘッドホンではなさそうですが、普段とは違った幻のような不思議な体験を味あわせてくれる、優れたヘッドホンだと思います。

ところで、Hempヘッドホンのサウンドは、今回一度きりの限定なのか、それとも今後のGradoヘッドホンの方向性を示しているのでしょうか。たとえば、既存のSRやRSシリーズはこれ以上同じ路線での進化を望むことは難しいと思うので、なにかラインナップに抜本的な進化を求めているのかもしれません。

個人的な感想としては、Hempのように、カジュアルな録音でも楽しく聴けるように仕上げるのは納得できますが、そのせいで高音質録音のポテンシャルが引き出せなくなってしまうのはもったいないです。

やはりHempの解像感や音場定位(つまり位相の安定性)の悪さは致命的なので、今後の後継モデルなどでこれらの部分を改善してくれれば、かなり面白いヘッドホンになるだろうと期待できます。

あいかわらずGradoというのは、通常ラインナップでは古典的な王道Gradoサウンドを提供しつづけながら、その裏ではこういった面白い限定モデルを連発して、将来性を見越した設計を常に模索しているので、その技術力やセンスの高さは侮れません。