2020年12月25日金曜日

iFi Audio micro iDSD Signature & neo iDSD のレビュー

 iFi Audioから2020年新作DAC・ヘッドホンアンプmicro iDSD Signature と neo iDSDを聴いてみました。ポータブルのSignatureは約9万円、据え置きのneoは約11万円ということで、見た目のギャップとは裏腹に、意外と価格差がありません。

micro iDSD Signature & neo iDSD

とくにmicro iDSDシリーズは2014年の初代モデルから個人的にずっと愛用してきており、数あるポータブルヘッドホンアンプの中でも最上級だと思っているので、今回の新作でどの程度進化したのか気になります。

micro iDSD Signature & neo iDSD

近頃のiFi Audioを振り返ってみると、2018年に登場したフラッグシップPro iDSD & Pro iCAN(合わせて60万円超)以降、Hip-DAC、xDSD、Zen DACといった2~5万円くらいの小型低価格モデルを続々発売しており、豊富なラインナップを揃える一大メーカーになりました。

それぞれ微妙にスペックや機能が違う、似たような商品が多いので戸惑いがちですが、やはりブランドの原点となる主力商品といえば、micro iDSDと、それの小型版nano iDSDシリーズが思い浮かびます。

初代mico iDSD

2014年発売の初代micro iDSDは当時としては画期的な製品だったことでロングセラーのヒット商品になり、2016年にはオペアンプ変更などでオーディオ回路をチューンナップしたmicro iDSD Black Label (BL)に世代交代しました。

そもそもmicro iDSDがなぜそこまで画期的だったのかというと、2014年に遡って考えてみると、ハイレゾUSB DAC+高出力ヘッドホンアンプというパッケージの完成形を、据え置き・ポータブルを問わず、どのメーカーよりも率先して独自開発してくれた、という点が挙げられます。高級志向のハイエンドオーディオブランドと比べると荒削りに見えますが、中身は本物です。

具体的には、当時はまだ珍しかったXMOS社USBインターフェースチップを搭載し、ASIO・WASAPI・Core Audio対応、安定したASIOドライバーを提供、USB OTG接続によるスマホとのデジタル接続、DSD256・DXD PCM384kHz再生(後にファームウェア更新でDSD512・PCM768kHz、MQA対応)、25Vppを超える高ゲインと圧倒的な低出力インピーダンスのヘッドホンアンプ、内蔵アッテネーターによる高感度IEMイヤホン対応・・・など、挙げればキリがないくらい、ヘッドホンリスニングにおける理想的なパッケージを、まだハイレゾやDSDなんてワードすら世間に浸透していなかった2014年の時点ですでに完成させていたのが凄いです。

当時の国内外の似たような製品を見ると、まだ各メーカーごとに不安定な専用USBドライバーが必要だったり(WindowsアップデートでDACが認識しなくなるとか、よくありました)、プレーヤーソフトとの互換性が悪かったり、そもそもDSD256はもちろんのこと、DSD64対応ですら話題になった時代です。

比較的小さなポータブル機ということで、頭が古いオーディオマニアには軽く見られがちですが、実際のところ、もっと巨大な据え置き型システムでも、ここまでの高出力や高性能(そして高音質)を発揮できる製品は稀です。私もこれまで沢山のDAC・ヘッドホンアンプを聴いてきましたが、据え置き・ポータブルを問わず、micro iDSDシリーズはその中でも最上級の商品だと思っています。

micro iDSD Signature & neo iDSD

今回登場したmicro iDSD Signatureとneo iDSDは、どちらもD/A変換チップはTI/バーブラウンDSD1793を採用しています。micro iDSDは左右別のデュアル搭載、neo iDSDはシングルだそうです。

近頃はESSや旭化成のチップが主流になっていますが、iFi Audioは設立当初からバーブラウンにこだわっており、この2003年発表の古いチップを現在までずっと使い続けています。最近の多機能・省エネなD/Aチップと比べると扱いが難しいですが、純粋な変換器としての性能は非常に優秀なようです。高価なチップですし、今後生産終了になったらどうするつもりなのか心配です。

もちろん最新D/Aチップが悪いわけではありませんが、実際のところチップの歪み率やS/N数値がなんであれ、後続するアナログヘッドホンアンプ回路の性能がボトルネックになるわけですし、もっと言えば、ほとんどの人が16ビットにも満たないダイナミックレンジが狭い音源を聴いているわけで、D/Aチップの紙面スペックが向上したからといって、そのまま音質向上につながると考えるのも変な話です。

そのあたりは各メーカーごとに話題性や設計のしやすさなども含めて検討するわけですが、iFi Audioの場合はDSD1793を中心とした回路設計の音質が最善だという判断のもとで、フラッグシップのPro iDSDに至るまで採用し、最新チップと同等もしくはそれ以上のスペック性能を発揮しています。

neo iDSD

据え置き型のneo iDSDは今回試聴のみで購入しなかったので、まずはそちらの方を簡単に見てみます。

ACアダプター駆動のDAC・ヘッドホンアンプで、USB・S/PDIF・Bluetooth入力、RCA・XLRアナログライン出力、6.35mmシングルエンドと4.4mmバランスヘッドホン出力が使えます。

ライン出力はボリューム可変・固定が切り替えられるので、卓上ヘッドホンアンプとしてだけでなく、シンプルなUSB DACとしてオーディオシステムに組み込んだり、DACプリとしてアクティブモニタースピーカーを鳴らしたりなど、多方面で活用できます。ライバルとして思い浮かぶのは、Questyle CMA400iやRME ADI-2DACとかでしょうか。

Zen DACとPro iDSDの中間です

わかりやすく三兄弟っぽいです

これまでiFi Audioの据え置きラインナップは2万円のZen DACと42万円のPro iDSDがあり、それらの間に大きなギャップがあったので、今回11万円のneo iDSDがちょうどその中間に収まるような感じになります。

ちなみにどれもUSB DAC+ヘッドホンアンプの複合機で、Zen DACにはZen CAN、Pro iDSDにはPro iCANという、それぞれ組み合わせて使えるパワフルなアナログヘッドホンアンプも用意されているのですが、今回はneo iDSDのみ単独での登場です。今後もしかするとアナログヘッドホンアンプのneo iCANみたいなモデルが出るのかもしれませんね。

Zen DACは2万円という価格からは信じられないくらい高性能・高音質なモデルだったのですが、音質以外の部分でかなりコストを削っており、オーディオラックに組み込んだりするにはちょっと安っぽいかな、というイメージがありました。

家庭用の高級ヘッドホンというと10万円前後が相場なので、そういうのを買って本格的なヘッドホンリスニングを始めたいという人にとって、2万円よりはもうちょっと出せるけど、さすがに42万円は厳しい、というもどかしさもあったと思いますので、今回neo iDSDの11万円というのはちょうど良い価格設定です。

RME ADI-2DACと比較

上の写真はRME ADI-2DACとの比較で、いわゆる一般的なDINハーフラックサイズっぽく仕上げているのがわかります。パソコンの傍らに置いても邪魔にならないサイズ感だと思います。

縦置きスタンド
液晶も縦表示に

しっかりした縦置きスタンドも付属しており、縦置きにすると液晶画面が自動的に回転するというのも嬉しいギミックです。

ケーブルが・・・

ちなみに縦置きにすればヘッドホンスタンドとしても使えそうだと思ったのですが、本体の高さが足りないので、上の写真のように、ヘッドホンのケーブルがテーブルにぶつかってしまいます。嵩上げするなど、何らかの工作をしないとケーブルを壊してしまうので注意が必要です。

見やすい液晶

背面の入出力

実際に使ってみると、neo iDSDはこれまでのiFi Audio製品とは異なる客層を狙った製品だという事が実感できます。

ゲイン設定や低音ブーストなどの機能は一切無く、「USBやS/PDIFを入力して、ヘッドホンを挿して、ボリュームを上げるだけ」というシンプルな使い方のみです。私も今回触ってみた際、さすがにゲイン切り替えくらいあるだろう、とあれこれボタンを長押しや同時押しを試しても見つからず、説明書を読んでみたら、やはり無いので驚きました。

シンプルな操作

本体前面には電源ボタンと入力切替ボタンがあり、さらにボリュームノブはクリック感のあるデジタルエンコーダーで、押すとミュートになります。

アンプ回路設計を見直した事で、ゲイン切り替え無しでも高感度イヤホンから低感度ヘッドホンまで問題なく対応できるそうです。しかもエンコーダーボリュームですから細かい音量調整が可能ですし、micro iDSDのアナログポットのような小音量時の左右ギャングエラーの心配もありません。

Zen DACとの主な違いは:

  • リモコン付属
  • エンコーダーボリューム
  • Bluetooth入力
  • 光・同軸S/PDIF入力
  • XLRバランスライン出力

といった具合に、Zen DACでは価格的に削られたけれど多くの一般ユーザーが求めているような便利機能が追加されています。ようするに変な音質切り替えとかでマニアに媚びるのではなく、もっと広く多くの人に満足してもらえるような製品を目指している事がわかります。

特に、ヘッドホンアンプとしてだけではなく、リビングルームにちょっと古いオーディオシステムを組んでいる人なんかは、これ一台でパソコンからUSB DACでハイレゾ楽曲を聴いたり、スマホからBluetoothを飛ばしたり、テレビやストリーミング機器から光デジタルで繋げたりなど、一石二鳥三鳥で活用できます。

USB DACはiFi AudioらしくDSD512・PCM768kHzの最高レートに対応していますし、さらにBluetoothは5.0で「aptx・aptX HD・aptX Adaptive・aptX LL・LDAC・HWA/LHDC・AAC・SBC」と網羅しており、死角がありません。特にこの手の製品では珍しくaptX LL(Low Latency)が使えるので、対応スマホなどからゲームや動画のサウンドを低遅延でスピーカーに出すにも便利です。

今回の試聴機は本体のみだったので付属品を確認できませんでしたが、公式サイトの写真ではカードリモコンやBluetooth用アンテナなどが確認できます。ACアダプターもiFi Audio iPower 5Vという単品で7,000円くらいするそこそこ良いやつが付属しているのが嬉しいです。

Zen DACでは、ACアダプター不在でもパソコンからのUSBバスパワー電源で駆動できたのですが、neo iDSDはACアダプター電源が必須になりました。つまりZen DACはノートパソコンやスマホなどと一緒に持ち歩いて使う事も想定していたのに対して、neo iDSDはあくまで定位置に据え置きで使う事になります。

Bluetoothペアリング

Bluetoothはペアリング先が不在だと自動的にペアリングモードになり(ロゴ点滅)もしくは入力ボタン長押しでもペアリングモードになります。

ボリュームノブは短く押すとミュート、長押しで画面輝度切り替え、さらに、押しながら電源を入れると背面ライン出力のボリューム固定・可変が切り替えられます。

借り物だったので分解して中身を確認することはできなかったのですが、公式サイトにちゃんと基板の写真が載っています。やはりこういうのをしっかり見せているメーカーは信頼できますね。

シンプルな一枚基板で、Bluetooth、電源、デジタル I/Fなど、ブロックで分離して、余裕を持って設計しているのがわかります。あいかわらずiFi Audioらしい整然としたレイアウトを見ると清々しいです。裏面の写真が無いので全貌はわかりませんが、Zen DACと比べて電源周りなどの強化やフィルタリングを念入りにやっているのと、Bluetooth・S/PDIFのための追加回路が目立ちます。

micro iDSD Signature

micro iDSD Signatureの方は実際に購入したので、neo iDSDよりも入念にチェックできました。

私は初代micro iDSDとBlack Label (BL) のどちらも購入しており、ずっと職場オフィスのパソコンに挿しっぱなし、電源入れっぱなしで酷使してきたので、今回は久々のアップデートということで、御布施みたいな感覚で気兼ねなく買ってしまいました。

こういう使い方が一般的です

あくまで個人的な感想ですが、このmicro iDSDシリーズはポータブル・据え置きを問わず、ヘッドホンアンプとして最高峰の音質と性能を誇る傑作だと思っています。ポータブルでは唯一Chord Hugo 2くらいしかライバルは思い浮かびません。

micro iDSD Black Label & Signature

前作Black Labelと並べて比べてみると、Signatureは濃い青緑っぽい色合いで高級感があります。またシャーシ前後のバンパーみたいに突き出した部分が無くなり、nano iDSD BLと同じようなシュッとしたデザインになっています。

初代micro iDSDからBlack Labelへのアップデートは色が銀から黒になった以外ではオペアンプの更新など純粋に音質向上のみで、外観デザインや機能の変更は無かったのですが、今回Signatureでは機能面でも見かけ以上に大きく変わりました。

Signatureになって変わった点は:

  • 4.4mm出力端子追加
  • ライン入力廃止
  • S/PDIF出力廃止
  • USB電源出力廃止
  • バスパワー給電廃止・充電専用USB-C端子追加

といった具合に、純粋に音質を追求したせいなのか、廃止された機能が意外と多いです。

ところで、先に言っておきますが、4.4mmはバランスアンプではなく、いわゆるグラウンド分離接続というタイプのようです。前作と同じ基板サイズでバランス対応というのは無理があるだろうと思ったのですが、いざ使ってみたら6.35mmとぴったり同じ音量だったので、案の定という話です。実際テスターで確認してみると、左右コールドはグラウンドに落ちています。

では4.4mmバランス端子は単なるハッタリで、使う意味は無いのか、というと、バランスケーブルを使えばグラウンドが分離した状態でアンプまで持っていくので、クロストークが低減してセパレーションが向上するという事です。

iFi Audioサイトによると、バランスアンプは電圧が二倍になってもノイズが3dB増えるので、そもそも電圧(音量)が足りないからバランス化するなら理解できますが、同じ音量で聴くならシングルエンドアンプの方がノイズが少ない、という話です。(Chordなども同じような論調でバランスアンプを敬遠しています)。

また、バランス化することで左右の共通グラウンド線が無くなり、クロストークが低減されるというメリットがあるわけですが、そのメリットはバランスアンプではなくバランスケーブルだけで十分得られる、というのがiFi Audioの主張です。

世間では「バランスの方が音が良いはず」と勝手に盲信している人も多いですが、このあたりは単なるバランス・アンバランスの話というよりも、アンプの性能そのものの話なので、何が正解とは一概には言えません。自動車に例えるなら、エンジンを二つ搭載したほうが良いと言えるのか、という感じです。

ただし、私だったらヘッドホンアンプでバランスと言われたら差動平衡つまりバランスアンプであると想像しますし、micro iDSD Signatureの説明書に「Fully Balanced 4.4mm Output」と書いてありますし、そもそもZen DACやneo iDSDの方はしっかりバランスアンプで二倍の出力を出しているわけですし、そのあたりの主張に一貫性が無いので、ちょっと不誠実かなとも思います。

前面

ボリュームノブは電源スイッチを兼ねており、最小まで回すとカチッと電源が切れます。

前作では前面に3.5mmアナログライン入力があり、アナログポタアンとしても使えたのですが、Signatureでは新たに4.4mm出力にスペースを取られた事もあり、この機能が無くなりました。

昔と違って最近のスマホは3.5mmイヤホンジャックが無くなりましたし、ほぼすべてのスマホやDAPからUSB OTGケーブルでデジタル出力できるようになったので、アナログポタアンの役目は終わったという判断でしょう。

相変わらず低音ブーストのXbassとクロスフィードの3D+ Holographicエフェクトのスイッチがあります。トグルスイッチがシャーシから突き出さなくなったので、意図せずにONになる心配がなくなったのは嬉しいです。一つ不満があるとすれば、プリント表示を見てもON・OFFがどちらか分かりづらいのは困ります。(正解は上がONです)。

裏面

前作では底面にRCAライン出力のボリューム固定・可変スイッチがありましたが、Signatureではスイッチが無くなり、固定のみになりました(0dBフルスケールで2Vrmsです)。ゲインスイッチなどを切り替えても変わりません。

S/PDIFは前作では入出力を兼ねていたのですが(USB再生中は出力になる)、Signatureでは入力のみになりました。これはMQAのせいで、前作でも発売後に出たMQA対応ファームウェアをインストールするとS/PDIF出力が使えなくなる仕様でした。MQAデコード後の生データをデジタル出力してはいけない、というルールに準じているようです。

S/PDIF出力に対応していれば、USB→S/PDIF D/Dコンバーターとして古いDACとかを鳴らすのに便利だったので、これが無くなったのはちょっと残念です。

ちなみにS/PDIF入力はどちらも同軸・光デジタルの両方に対応しているのですが、説明書を読まないと気がつきにくいです。Signatureでは一見丸型光ケーブルのみのようですが、3.5mm同軸デジタルにも対応しているそうです。

側面

側面スイッチは前作と同じです。Power Modeはヘッドホン出力ゲイン、Filterはデジタルフィルター切り替え、そしてIEMatchはヘッドホン出力音量をさらに絞るためのアッテネーターです。

Power Mode切り替えがあるのに、さらにIEMatchアッテネーターもあるのは無駄だと思うかもしれませんが、内部的な意味合いが違うので、使い分けが必要です。

Power Mode切り替えはヘッドホンアンプそのもののゲインですが、IEMatchはヘッドホンアンプ後にあり、つまりヘッドホンアンプのノイズなどもすべてレベルダウンする仕組みなので、感度の高いIEMイヤホンなどで、アンプ由来のバックグラウンドノイズ(いわゆるヒスノイズ)が気になる場合は、これをカットできます。

しかし、その反面、アンプ回路にイヤホン以外の余計な負荷が加わる事になるので、出力インピーダンスは悪化します。実際に高感度イヤホン(Campfire Andromeda、Shure、Westoneなど)で使ってみたところ、IEMatchを通すと音の繊細さが失われるようなので、いくらヒスノイズが低減できるとしても、あまりおすすめできません。ネット掲示板とかを見ると、ヒスノイズが聴こえる事を執拗に叩くような人がいるみたいなので、そのための対策かと思います。

また、micro iDSDシリーズはボリュームノブにアナログボリュームポットを使っており、最初の20%くらいは左右音量差(ギャングエラー)が気になるので、感度が高いIEMイヤホンなどで、Power Mode Ecoでもギャングエラーの領域を超えられない場合にのみIEMatchを使うことを推奨します。

ちなみに、Power ModeをTurboにした状態でIEMatchを入れるのは推奨できません。アンプ回路から見るとものすごい負荷がかかっている(自動車で例えるなら、サイドブレーキを入れたままアクセルを踏んでいる)状態なので、音が歪みやすく、本体の発熱も激しいです。

側面
小さなLEDがあります

電源周り、とくに側面のUSB端子は今回大きく変わりました。

前作では側面にUSB A端子があり、スマホなどへの電力供給の(つまりmicro iDSDをモバイルバッテリーとして使う)ための単なる便利機能でした。

SignatureではUSB C端子に変更され、出力ではなく充電入力用になっています。隣に小さなLEDも追加され、充電中は緑色に光ります。

オーディオと充電が別になりました

つまり前作では背面のUSB Aケーブルのみパソコンに接続しておけば、そこからバスパワー充電されたのですが、Signatureではそちらはオーディオデータのみとなり、本体充電は側面USB C端子からになります。ようするにChord MojoやHugo 2などと同じような仕様です。

この変更は事前に知らなかったので、これまで通りにUSBでパソコンに挿して点けっぱなしにしていたら、翌日バッテリーが空になっていたので、壊れたのかと思って焦りました。バッテリーが完全に空になってしまうと、20分くらい充電しないと電源が起動しないので(DAPとかでもよくあります)、なおさら焦ります。

充電中

USB OTG再生中

USBチェッカーを使って給電状況を調べてみました。充電ケーブルの方は5V1Aで充電しており、DAPからのUSB OTGケーブルはバスパワー電流を一切消費していないようです。

この新たな仕様は、スマホやDAPからバスパワー電力を吸わないというメリット(iPhoneで「消費電力が大きすぎます」エラーを回避できる)と、さらにオーディオUSBケーブルの電源線を使わない事で、上流からの電源ノイズを回避できるというメリットが考えられます。

ちなみに前作micro iDSD・nano iDSDシリーズでも、USBケーブルを接続してから電源を入れるとバスパワー給電(つまり充電しながら再生)で、電源を入れてからUSBケーブルを接続すればバッテリー給電(つまり充電しない)になる、という二通りのモードが選べたのですが、これは説明書に書いてあるものの、なかなかユーザーに浸透しておらず、「USBを接続したのに充電してくれない」と、故障だと勘違いするユーザーが多かったようです。

そんな事もあり、Signatureではもっと明確に、オーディオと充電ケーブルを物理的に分ける、という設計に変更したのでしょう。

個人的にはパソコンに常時接続して点けっぱなしにしている事が多いので、充電用に余計なケーブルが増えたのは不便ですが、Chord MojoやHugo 2と同じだと思えば大した問題でもありません。むしろスマホなどからUSB OTG再生中でも給電しつづける事ができるというのは大きなメリットです。ちなみに充電ケーブルを接続しているかで音質やパワーが変わったりはしないようです。

パッケージ

パッケージ

せっかく購入したのでパッケージ写真も撮っておきます。これまでと同じ長方形の紙箱ですが、新たにグレーのスリップケースがカッコいいです。

付属品

本体下には豊富なアクセサリー類が入っています。短いUSB A→Cケーブルは充電用にモバイルバッテリーとかを接続するのに便利です。

アップルLightning - USBカメラアダプタ

iFi Audio別売ケーブルとAudioquest Dragontail

一般的なUSB BではなくUSB A端子なのはiFi Audioのポータブル機の特徴です。これはApple「Lightning - USBカメラアダプタ」など、いわゆるUSB OTGアダプターをそのまま挿せるようにというアイデアです。OTGアダプターがシャーシ内にしっかり収まるので、グラグラせずに安定してくれます。

iFi Audioからも高品質っぽいUSB Cとmicro USB OTGケーブルが別売しており、上の写真ではAudioquest DragontailというOTGケーブルもしっかり挿入できています。

USB A-Bアダプター

パソコンに接続する場合は付属の青いUSB A-Aケーブルを使いますが、一般的なオーディオグレードUSBケーブルとかを使いたい場合は付属のA-Bアダプターを介せば大丈夫です。

iPurifier 3

さらに、iFi Audioから別売でiPurifier 3というガジェットも出ており、これのA-Bタイプをアダプター代わりに使う事もできます。効果のほどはさておき、私も以前から気休め程度に使っています。

iPurifier 3の方が厚いので、本体が浮いてしまいます

一つだけ、ちょっとバカだなと思ったのは、Signatureのゴム足が前作よりも薄くなっているせいで、iPurifierを装着するとmicro iDSD Signature本体が浮いてしまう点です。

このままだとUSB端子に曲げ負荷がかかってしまうため、付属のシリコンシートなどを敷いて高さを合わせる必要があります。同じメーカーの商品なのだから、もうちょっと配慮してもらいたかったです。

もうスイッチが脱落しません

細かい点では、前作では側面の丸いスイッチが外れて紛失しやすかったのがSignatureでは外れないように改良されています(一体型スイッチの上に両面テープでプレートがはめてあります)。長らく使っていると、こういった些細な変更点にも気がつけて嬉しいです。

基板表
基板裏

本体基板はこんな感じでした。基本的に前作と同じようなレイアウトで目立った変化はありませんが、よく見ると細かい点が修正されており、パッシブ部品も二割くらい増えています。とくにアナログアンプ周りが整列してスッキリしたレイアウトになっているなど、前作の良さを維持したまま音質向上を目指している事が感じ取れます。

前作と共通している点では、充電・電源供給回路やUSB I/F回路をあえて別基板にしたり、アナログアンプ回路の表裏の取り回しなど、雑な仕事が無く、つくづく綺麗で真面目に仕上がっているなと関心します。

出力

いつもどおり1kHz 0dBFSサイン波信号を再生して、ボリュームを上げていって歪み始める(> 1%THD)最大出力電圧を測ってみました。

それぞれ実線がバランス出力端子で、破線がシングルエンドです。

まず冒頭で言ったように、micro iDSD Signatureの4.4mmバランス出力端子は単なるグラウンド分離回路なので、シングルエンド出力電圧と同じになりました。micro iDSD Black Labelのシングルエンド出力ともぴったり同じです。

neo iDSDなどではバランス出力を使う事で約二倍の出力電圧が得られます。

バランス出力が必要かどうかという話に戻りますが、micro iDSDシリーズはシングルエンド出力でも他のモデルのバランス出力以上の高出力を発揮できているので、そもそもバランスアンプは不要だという主張には説得力があります。

neo iDSDはZen DACと同じ電圧ゲインになるように設計されているようです。ただしneo iDSDの方が高価なだけあって、負荷がかかった状態ではZen DACよりも定電圧を維持しているのがわかります。電源回路が強化されたおかげでしょうか。つまり、100Ω以下くらいから、Zen DACではボリュームを上げると歪み始めるようなヘッドホンでも、neo iDSDならもっと音量を上げる余裕がある、という事です。

無負荷時にボリュームを1Vppに合わせて、負荷を与えて電圧の落ち込みを確認してみました。

Pro iDSDは若干落ち込みますが、それ以外はほぼ完璧な横一直線の定電圧を維持しています。ちなみにmicro iDSD SignatureはTurbo・IEMatch OFFの状態ですが、Normal・Ecoモードでもほぼ同じ結果になります。

次に、micro iDSD SignatureのゲインとIEMatchを切り替えて、それぞれ最大出力電圧を見てみます。バランスとシングルエンド出力はどちらで測っても同じです。

IEMatchスイッチはNormalゲインでの測定です。Ecoにすれば出力をもっと下げる事ができます。

NormalゲインでIEMatchをUltra Sensitivityにするとボリューム全開でも0.78Vppしか出せないので、普段の1Vppではなく0.5Vppにボリュームを合わせてから負荷を与えてみました。

IEMatchをOFFにした状態と比べて、ONにすると明らかに出力インピーダンスが悪化するので、やはりアッテネーターの弊害は無視できません。IEMatchはOFFにしたほうがアンプの駆動力という点では有利ですので、バックグラウンドノイズやボリュームノブの具合に応じて判断してください。

ところで、IEMatchはHigh Sensitivityよりも、さらに音量が下がるUltra Sensitivityを選んだほうが定電圧を維持してくれる、というのが意外です。分圧回路の事情なのでしょうけれど、ここまで違うとなると、マルチBA型IEMとかでは結構な音質差が感じられると思うので、聴き比べてみるのも面白いかもしれません。

デジタルフィルターとファームウェア

micro iDSD Signatureは前作と同じように「Bit Perfect・Minimum Phase・Standard」の三種類のデジタルフィルターを切り替える事ができます。

今回私が購入したものはファームウェアVer. 5.3が搭載されていたのですが、公式サイトからファームウェアVer. 5.3cをダウンロードして書き換える事で、新たにGTOというデジタルフィルターが使えるようになります。

ちなみにサイトの解説ではわかりづらいのですが、Ver. 5.3cをインストールするとGTOフィルターのみに固定され、フィルター切り替えスイッチでどれを選んでも変化しません。Ver. 5.3に戻す事で標準の三種類を選べるようになります。

デジタルフィルター

パルス信号でフィルターの効果を比べてみました。上段の三つがBit Perfect・Minimum Phase・Standardで、下段左がGTO、さらに下段右の黒いやつはneo iDSDのフィルターで、一こちらは切り替えできません。

ところでneo iDSDは英公式サイトではGTO搭載と書いてあったのですが、見た感じではStandardっぽいですね。micro iDSDと同じくVer. 5.3cファームウェアに書き換えられるのかもしれませんが、サイトの対応リストに載っていなかったので試しませんでした。

GTOフィルターはプリリンギングが無くて自然波形に近い、優れたフィルターだと思います。Chordとかを意識した感じでしょうか。効果は音源にもよりますし、好みで選ぶのが良いと思います。

個人的な感想としては、実際に音を聴いてみるとGTOフィルターはどうも緩く重苦しい感じがして、あまり好みではないので(Pro iDSDのGTOでもそう感じました)、ファームウェアVer. 5.3に戻して使っています。

特に女性ボーカルなどに注目して聴いてみると、違いがよくわかります。Bit Perfectが一番ボーカルの主張が強く、Minimum Phaseは音楽の一部として溶け込むような感触で、Standardはそれらの中間です。そもそもオーバーサンプリングフィルターですから、96kHzなどのハイレゾ録音ではどれを選んでもほぼ効果はありません。

ちなみにこのデジタルフィルターはDSD再生時のローパスフィルター設定も兼ねているので、こちらも好みに応じて切り替えるべきです。実はこちらのほうが音を聴いてすぐに違いがわかると思います。Bit Perfect→Minimum Phase→Standardの順にフィルターがきつくなるようです。フィルターが緩い方が高域成分が出るので音が派手になるかと想像するかもしれませんが、音の印象はむしろ逆で、一番緩いBit Perfectではエイリアシングノイズが大量に乗るせいかフワッと柔らかい印象で、逆にStandardの方が刺激的で派手です。

ようするに好みの問題なので、PCMとDSDでそれぞれ好みのフィルターが異なる場合は、フォーマットごとに切り替える必要があります。

ファームウェアについて、余談になりますが、iFi Audioオーナーならすでにご存知だと思いますが、mico iDSDシリーズ以外でもHip DAC、nano iDSD、xDSDなど、ほとんどのモデルで共通のファームウェアを採用しており、過去には何度か機能アップグレードも実施されています。たとえば2018年のVer. 5.3にてMQA対応が追加されたので、2014年にmicro iDSDを買った人でもファームウェアアップデートすることでMQA対応になりました。

他にも、DSD512・PCM768kHz再生にはVer. 5.2をインストールするなど、ファームウェアバージョンによって諸事情で特定の機能が追加・削除されたりします。なんにせよ、どのバージョンにもPC・Macから瞬時に書き換える事ができますから、自分にとって最善のファームウェアを選べるというのは便利です。

音質とか

今回の試聴ではmicro iDSD Signatureとneo iDSDの他に、micro iDSD Black Label (BL)、Zen DACなども用意して、交互に聴き比べてみました。

ヘッドホンはオーディオテクニカATH-ADX5000やベイヤーダイナミックDT1770PROなど高インピーダンスで音量が取りにくいモデルを中心に、4.4mmバランスケーブルが付属しているゼンハイザーHD660S、IEMイヤホンでは普段使っているUE RRや高感度で有名なCampfire Audio Andromedaなども聴いてみました。

特にDT1770PROとmicro iDSD BLの組み合わせは個人的にオフィスのパソコンで2016年からずっと使ってきたので、その鳴り方は熟知しています。

HD660Sをバランスで

まず借り物のneo iDSDの方を先に試聴してみました。こちらはゲイン切り替えなどのギミックが一切無いため、試聴も容易です。

せっかく名前が「iDSD」なので、DSD作品を聴いてみました。2xHDレーベルからNancy Harrow 「Anything Goes」、1970年代のアナログテープからのDSD変換です。やはりDSDというフォーマットの音質メリットはこういった用途で実感できます。

女性ジャズボーカルのスタンダード集というベタな作風ですが、トリオのピアノの代わりにJack Wilkinsのギターが入っており、ベースはRufus Reid、ドラムはBilly Hartと、かなり技巧派で趣味の良いメンバーです。おかげで甘々なイージーリスニングにならず、しっかり芯のある作品に仕上がっています。

クラシックでは、Chandosレーベルから新作でEdward Gardner指揮ピーター・グライムズです。同レーベルでブリテン管弦楽作品を数枚出してきたGardnerなので、待望のオペラプロジェクトです。

オケはこれまでブリテンをやってきたBBCではなく、バルトークやヤナーチェクのアルバムと同じベルゲンフィルになり、もうちょっとカチッとした繊細な鳴り方になったのでオペラが混雑せずに良いと思います。キャストも理想的で、とくにSkeltonの荒っぽさやWallの美しく筋が通った感じなんかも配役にピッタリです。

neo iDSDのサウンドを簡単にまとめると、Zen DACを基礎として、もうちょっと余裕を持たせたような鳴り方です。

Zen DACの魅力であった高い解像感や高音域のクリアさ、そしてiFi AudioらしくハイレゾPCM・DSD音源のポテンシャルをしっかりと引き出せる、無駄な小細工の無い原音忠実な鳴り方、といった点はすべてneo iDSDに継承されています。

Zen DACの場合、ここまで素直で高解像なサウンドを2万円という価格で実現できたことが驚異的だったわけで、この値段の他社製品というと薄っぺらく非力で抑揚のないサウンドばかりで、その中でZen DACは一際輝いています。

neo iDSDの11万円という価格帯になると、しっかりした据え置き機器のライバルが増えてきます。Questyle CMA400iや、ちょっと古いですがAK L1000とかは、10万円付近で個人的に気に入っているDACアンプ複合機です。16万円くらい出せるならRME ADI-2 DACやラックスマンDA-250なんかも思い浮かびます。

私の感想としては、もしneo iDSDがZen DACと同じサウンドで、単純にBluetoothやリモコンボリュームなどの機能拡張しただけだとしても、価格相応に健闘できたと思いますが、実際に聴いてみると音質面もアップグレードしている事が実感できるので、より一層魅力的な商品になっています。

ステレオ空間の広がり方や帯域バランスなどはZen DACと本当によく似ています。背景の細かいディテールも拾ってくれて、いわゆる「今まで聴こえなかった音が聴こえる」という効果があるので、特にスマホなどからアップグレードすると、その違いがしっかり実感できます。しかもそういったディテールが前に出てうるさく主張するのではなく、メインの音色がスッキリしていて濁りが無いため、その背後にあるものの見通しが良い、という優秀な鳴り方です。

iFi Audioでも小型ポータブル機のxDSDやHip-DACとかは、もうちょっと押しの強い、メインの音色が太く強く出るドライブ感のあるサウンドなので、それらはちゃんと屋外の騒音下で聴いても迫力があるように考えられているようです。Zen DAC・neo iDSDはあくまで自宅の静かな環境で使ってこそ威力を発揮する商品です。

音質面でZen DACからneo iDSDになって一番大きく変わったのは、音量を上げていった時の音質の変化、特に音痩せや暴れが少なくなり、より幅広い条件で使えるアンプに進化した事です。

特にZen DACの場合、ノイズが少ないのでイヤホンなどでは良好なのですが、鳴らしにくいヘッドホンで音量を上げていくと徐々に不満が現れてきます。多くのアンプでよくある話なのですが、音楽全体の音量が均一に上がらず音色の整合性が悪くなり、高音のアタックが耳障りになったり、低音が正しく制動せず余計に弾み響く、といった、中身の無い「うるさい」鳴り方になっていきます。neo iDSDではそのあたりの余裕が増した事で、ほとんどのヘッドホンにて普段のリスニング音量では不満を感じません。

Zen DACの場合はZen CANという強力なアナログヘッドホンアンプを追加購入することで鳴らしにくいヘッドホンへ対応していたわけで、neo iDSDでも必要であればZen CANを追加する事もできますが、HD660SやATH-ADX5000などのヘッドホンでもneo iDSDだけで問題無いと思いました。

特にneo iDSDは4.4mmバランスヘッドホン出力が優秀で、6.35mmと比べてしっかり2倍の電圧が発揮され、しかも音質の変化が少ないため、純粋に音量を稼ぐためにバランスケーブルを選ぶ事ができます。多くのアンプではバランス化には余計な回路が追加されるため音が鈍ってしまい、むしろシングルエンドで聴いたほうが良いという事が多々あるのですが、neo iDSDの場合はその心配がありません。サウンドに違いが感じられるとすれば、むしろケーブルを変えた事による差の方が大きいかもしれません。

次に、micro iDSD Signatureの方ですが、neo iDSDが高音質なのは確かだとしても、やはり私としてはmicro iDSDの方が格段上で、大幅なメリットが実感できます。

neo iDSDはあくまで誰でも高音質を楽しめるような万人受けするサウンドを目指したように思えたところ、micro iDSD Signatureは過去のmicro iDSDシリーズ同様、これでしか体験できない特別なサウンドを生み出していると思います。好き嫌いが分かれるクセの強いサウンドという意味ではなく、ヘッドホンリスニングの一つの完成形として独自の世界観を生み出しています。

まずmicro iDSD Black Labelと並べて聴き比べてみると、誰でもわかるくらい鳴り方が変わっており、しかも「音が良くなった」と言ってくれるだろうと思います。良い意味で大人しくなった、とも言えそうです。全体のプレゼンテーションがもっと落ち着いて、とくに音場空間全体の情景や奥行きのリアルさといった点が飛躍的に進化しました。試聴で使ったハイレゾPCMのオペラのように情報量が多い作品ではこの差が特に顕著に現れます。

さらに、余計な雑味が減ったことで一見Signatureの方が音量が静かになったような感じがするのですが、実際は空間情報が正しい位置に収まり、たとえばボーカルの響きはこの角度のこの距離、ベースの胴体からはこの音で、壁の反響はこんな感じ、といった具合に、まるで目視で確認しているかのように正確で安定して見通す事ができます。

思い返すと、初代micro iDSDはかなり尖ったサウンドで、ちょっとでも録音に不備があると(つまりマイクやコンプレッサーのセッティングが悪いとか、汚いEQを通しているなど)、あからさまに発音が刺さったりするシビアなサウンドだったので、選りすぐりの高音質録音を聴かなければ、なぜそこまで絶賛されるのか理解しにくいモデルでした。

Black Labelアップデートでアナログ回路が更新されたことで、高音の艶や輝きが加わり、初代のようなザラつきは幾分か低減されたのですが、それでも基本的にシビアなアンプである事には代わりありませんでした。

今回Signatureでは、Black Labelと同じような音色の表現を持ちながら、空間の表現が進化したことによって、歌手の歌声を味わうのにマイクの飽和は無視でき、オーケストラのサウンドを楽しむのに舞台上のドタバタや指揮者の鼻息は気にならない、といった聴き分けが意識せずとも自然とできるようになった事が一番大きな違いです。生演奏では起こりえない表現をしなくなったことで、より生演奏に近くなった、と言えるかもしれません。

とくに私の場合、毎週ニューリリースアルバムを色々とチェックしていると、結構多くの作品で、最初は良いと思えても、ちょっと聴いていると耳障りな点(明確に何かというよりも、ざわついた雰囲気などの違和感)が不快になってきて、アルバムの途中で止めてしまう、という事が結構あるのですが、Signatureではその確率が減りました。

音を丸めて温厚に仕上げるというよりは、録音の不備と音楽の良さを別問題として分けて扱えるということです。ハイエンドオーディオに詳しい人ならわかると思いますが、このように、単なるシビアな高解像・情報過多なサウンドを脱却して、どのような楽曲でも音楽的な楽しみが引き出せて、しかも厚化粧で隠すのではなく、しっかり録音されたすべての要素を引き出す事ができる、というのはハイエンドオーディオと呼ぶに相応しい成長だと思います。

古いアナログ録音のDSDリマスターでは大きな差が実感できます。テープやマイクのノイズ、ホールの空気の音、楽器の残響、といった要素が混在せず、全くの別物として同時に存在してくれます。そのためノイズが多い作品でも、まるで要素ごとにノイズフロアが別にあるのかのように描いてくれます。大げさに言えば、地に足がついた、生きたような情景が描かれるという事です。

古いアナログ録音でもDSDフォーマットのメリットがあるというのは不思議に思うかもしれませんが、DSDはPCMと比べてAD/DA変換のシンプルさが最大のメリットであり、そこにiFi Audioが採用するバーブラウンDACが余計な手を加えず純度の高い変換を行っている事が相乗効果を生み出しているようです。たとえばマイクミキサーやアナログテープから直接DSD化することで、そこに含まれた空間全体をパッケージとして封じ込め、引き出す事ができるのでしょう。他のDACでDSDのメリットがいまいち実感できない、という人こそ、micro iDSDを通して聴いてみるべきだと思います。

アナログレコード世代の人いわく「デジタルになって音が悪くなった」なんて話をよく聞きますが、実際に体験した事が無い人にとっては意味がピンとこないかもしれません。現時点では巨大なアナログオーディオシステムとレアなレコード盤を揃える以外では、micro iDSD SignatureでDSD変換ファイルを聴くことが、それに一番近い体験を得られると思っています。他のDACでDSDファイルを聴くよりも一層アナログの良さが伝わります。

PCMをDSD変換したり、DSD録音をPCMに変換すると魅力が失われてしまいます。「音楽はパソコン上でミックス編集するものだ」という固定概念から抜け出せない人にとっては無駄なフォーマットでしかないのですが、そうでない作品を色々と聴いてみる事で、DSDフォーマットの素晴らしさ、そしてmicro iDSDの凄さが伝わると思います。

特に最近は昔のDSD音源もDSFファイルで聴ける手段が増えてきましたから、SACDなどでDSDを長らく使い続けてきたクラシックファンは最高の恩恵を受けられる製品だと思います。

色々聴いてみて、micro iDSD Signatureの素晴らしさは十分に実感できたのですが、私は他の優れたヘッドホンアンプも色々と聴いているので、それらと比べてどうなのか、という視点から考えると、なお面白いです。冒頭でも言ったように、micro iDSD Signatureのサウンドは独自の世界観から成り立っているので、例えばライバルのChord Hugo 2とかとはずいぶん印象が違います。

一番わかりやすい違いは、空間表現が優秀な録音があったとして、その全体像をどれくらいのスケールで描くのか、という点だと思います。micro iDSD Signatureは近い遠いの距離感はとても立体的に表現できているのですが、それが自分の視野の範囲で完結している、例えるならジオラマとか箱庭みたいな感覚に近いです。

自分の視界に非常に精巧なミニチュアが正確に配置されているようなイメージで、遠近感はあっても、一番遠くにある物体もハッキリと観察する事ができます。レファレンスモニターっぽく平面的に緻密に描くのとも違い、あくまで奥行きのある立体感は優秀なので、かなり独特な鳴り方だと思います。

一方、たとえばChordの特徴というと、Hugo 2に限らず、TT2やDaveなども含めて、主役である音色が艷やかで、水のように透明感がある自然な音色を引き出す事を重視していて、それに対して背景の細かな情報はそこまでカリカリに解像する必要は無いじゃないか、と言わんばかりに上品に仕上げています。

例えるなら人物のポートレート写真のように、顔はフォーカスを当てて細部まで解像していて当然でありながら、肌の発色やグラデーションが綺麗に出て、余計なシミやくすみが目立たず、でものっぺりしない絶妙な質感が求められ、輪郭のエッジは目立たず、主役が引き立つように背景のボケ味まで追求しているような感じです。プロが撮ったモデル写真と素人の写真の何が違うのか、と観察してみると、Chord DACの魅力と共通する部分が多いです。

他にも、たとえば私が自宅のメインシステムで使っているdCS + Violectricの組み合わせとかは、同じく写真で例えるなら広角な風景写真みたいなもので、明確な被写体を決めておらず、四隅のどこを拡大して注目してもしっかり解像して、歪みの無い忠実な風景描写が撮れている、というような感覚です。そのため、箱庭のようなmicro iDSD Signatureと比べると、底しれぬスケールの大きさや雄大さみたいなものが表現できていて、自分の手が届かない見渡す限りの広さが味わえますが、その反面、Signatureほど全てを見通せるような視点は得られません。

このように、そこそこ優れたシステムであっても、どれが一番と決められるような明確な答えは無く、しかも駆動スペックは万全なので、単純に音源やヘッドホンとの相性というだけで片付けられるほどシンプルなものでも無く、それぞれ独自の魅力や世界観というしかありません。そしてmicro iDSD Signatureはそんな優れたオーディオの中にいて相応しいモデルです。

おわりに

今回はmicro iDSD Signatureとneo iDSDという二つの新作を試聴してみたわけですが、どちらも10万円前後ということで価格設定は近いものの、それぞれ異なるターゲットに向けて開発されていると伺えるのが面白かったです。

micro iDSD Signatureは音質を極限まで追求するオーディオマニア向けの商品で、従来のmicro iDSD Black Labelでも十分すぎるほど高音質だったものを、さらなる高みを目指しており、つまりユーザー側の要望というよりも、メーカー開発者の執念みたいなものが感じられます。

一方neo iDSDはPro iDSDとZen DACの間を埋めるため、多くのユーザーが求めている機能をバランス良く実装した商品です。DACアンプ回路の品質は妥協せずに、リモコンやBluetooth受信などの豊富な機能をそろえた商品は、この価格帯ではなかなか見当たらないと思います。

とくに音質と機能のどちらを見ても価格差に説得力があるのが、優れたメーカーの証だと思います。2万円に切り詰めたZen DACに多機能を求めるのは無理だとわかりますし、一方42万円のPro iDSDには高度なデジタルフィルター・真空管アンプ・イーサネット対応など価格相応の付加価値があります。

また、neo iDSDは初心者ユーザーでも使いやすいよう余計なエフェクトや設定メニューを切り捨てたのも潔くて良いです。オーディオショップの視点からも、ヘッドホンオーディオに興味を持った新規ユーザーに安心と自信を持って勧める事ができる商品、というのは大事だと思います。たとえばRME ADI-2PROなんかを買った人に電話越しでサポートするなんて想像しただけで恐怖です。

結局私自身は今回micro iDSD Signatureの方を購入しました。機能よりもヘッドホンリスニングでの音質を最優先するなら、neo iDSDよりもこちらのほうが優れていると思います。

特に、前作micro iDSD Black Labelからの音質向上は十分な説得力がありました。前作の良さを維持しながら改善を目指すというのは、オーディオメーカーにとって新作を作るよりも難しい事だと思います。初代micro iDSDからBlack Labelへのアップデートは相当熱心なファンでもないかぎり買い換えるほどではない、という程度だったのですが、今回Black LabelからSignatureへのアップデートはそこそこ大きいので、前作を持っている人でも、ぜひ並べて聴き比べてみてもらいたいです。

特に、カジュアル路線はHip-DACやxDSDなど別モデルに任せた事で、micro iDSDシリーズは下手に汎用性に媚びることをせず、依然としてクラシックなど自然な録音の再現性がとても高く、DSDやハイレゾ音源などの恩恵を最大限に引き出せる、という長所をSignatureでさらに伸ばしているところに好感が持てました。特にDSD再生は凄いです。

今作micro iDSD Signatureにてシリーズも三作目になったわけで、気が早いですが、長年愛用してきたファンとして、次回作について言わせてもらいたいところもあります。

まずデジタルインターフェースやD/A変換については今のままで十分優れていますし、メーカーの個性を象徴している部分なので、このままでも他社に引けを取る事は無さそうです。

改善が望めると思うのはボリュームノブ周りです。アナログボリュームポットが音質面で有利だという主張も一理ありますが、そもそも複雑なゲイン切り替えとIEMatchスイッチの難解さ、ノブ回転範囲が狭く、細かな調整ができない、小音量でのステレオギャングエラーが目立つなど、煩わしさの原因になっています。

据え置きオーディオだとディスクリートの固定抵抗ボリューム(ラックスマンのLECUA基板とか)が広く使われていますし、ポータブルでもFiioのDAPはデジタル制御アナログラダーボリュームICを採用していたりします。音質に満足が行く方法を見つけるのは大変かもしれませんが、真っ先に改善すべきボトルネックだと思います。

また、これに関連した話として、初代デビュー当時とは違いnano iDSDやxDSDなど小型ラインナップも増えていることですし、フォームファクターをあえて厳守せずとも、シャーシサイズをもうちょっと大きくしても良いのでは、とも思います。こうすることで前述のボリューム回路改善やバランスアンプ化、高性能プロセッサー、クロックや電源周りの強化など、色々と可能性が増えるのであれば、大いに歓迎します。

なんにせよ、色々と言うことはあるとしても、micro iDSD Signatureは同シリーズの究極型として、これ以上は望めないほど凄い進化を遂げた傑作です。また数年後に次回作が出たら無条件で買ってしまうと思いますが、それまでは今まで通りオフィスのデスクで電源を入れっぱなしで使い続ける事になるだろうと思います。2014年から不満も無くずっと使い続けているのはつくづく凄いことだと思います。