2023年6月30日金曜日

Ultimate Ears UE Premierイヤホンの試聴レビュー

 Ultimate Ears (UE)から久々の新作で最高級モデルのUE Premierを試聴してみたので、感想を書いておきます。

UE Premier

米国で2023年4月発売、ベース価格は$2,999という、地味なプロ機のイメージがあるUEとしては破格の存在です。ちなみにカスタムIEMを想定したモデルで、今回は店頭試聴用のユニバーサルタイプを聴いてみました。写真の緑色デザインもカスタムの一例にすぎません。

UE

Ultimate Ears (UE)というのは実に不思議な会社です。2008年にマウスやキーボードで有名なLogitech社(日本ではLogicool社)の子会社になって以来、家電量販店とかではUltimate Earsブランドの安価なBluetoothスピーカーとかも沢山売っているわけですが、なぜかプロ部門のカスタムIEMだけは頑なに独立した事業として継続しているので、そのへんはLogitechの経営判断に感謝したいです。

UEといったらむしろこっちのイメージです

私自身かなり愛着のあるブランドで、外出時のメインイヤホンはUE Reference Remastered(UE-RR)とUE-Liveという二作をずいぶん長いこと使い続けています。しかし、身の回りにいる高級イヤホンマニアで、あまりUEを使っている人は見当たらないというか、眼中にすら入っていない印象があります。

私のユニバーサル型UE-LiveとUE-RR

かなり昔からある老舗IEMメーカーというイメージはあっても、オーディオマニアで所有している人というのは稀かもしれません。

それもそのはずで、UEは世界的にプロ用のカスタムIEMとして大きなシェアを誇っており、ライブアーティストのコンサート映像を見ればUEを使っている確率はかなり高いです。そのため、そもそも個人の音楽鑑賞に使うコンシューマーはそこまで重要ではないというか「欲しければ勝手にどうぞ」という感じで、これまで積極的に売り込んでいませんでした。

まず基本的に自分の耳型を送って作ってもらう「カスタムIEM」というハードルがあります。一部イヤホン専門店でユニバーサル型も手に入るのですが、カスタムと同じくロット生産なので、在庫がかなり流動的です。カスタムを作っている工場が、ヒマがあったらユニバーサルも作っている感じでしょうか。カスタムを注文する流れで任意のデザインのユニバーサルを作るというサービスも定期的にやっており、私のUE-RRとUE-Liveはそのようにして購入しました。

さらにUEの特徴として、新作をリリースするペースが極端に遅いです。私のUE-RRも現行版が登場したのが2015年で、ケーブルコネクターの変更などを除いて、今でも基本的に同じものが手に入ります。

これはShureなどと同様に、プロ向けとしては当然の事で、コンシューマーブランドのように毎年モデルチェンジする方が話題性は維持できたとしても、プロアーティストにとっては普段から使い慣れた音が変わってしまったら困るので、一旦これと決めたら十年は同じモデルを買い続けるユーザーの事を想定しています。

逆にメーカー側の視点から考えても、同じモデルを十年も作り続けるというのは、部品供給の面で意外と難しい事です。ドライバーやケーブル線材などを外注の寄せ集めで調達しているメーカーの場合、パーツ供給元の事情で手に入らなくなることはよくあります。

少数のロット生産メーカーの場合、たとえば1000個作ると決めたら、ドライバーなどの部品を1000個分の必要数だけ先に買ってしまうというアプローチもコンシューマーオーディオでは意外と多いです。つまり想定外に人気が出たからといって、増産しようにも、同じ部品が手に入らなくなってしまうため、定期的に音やデザインを変えた新作を出し続ける事になってしまうわけです。

非常に高価です

なんにせよ、なかなかイヤホンマニアの話題に上らないUEなのですが、今回UE Premierという新作が登場、しかも価格はUS$2999と極めて高価です。カスタムなので、デザインに凝ればもっと高価になります。

可能性は無限大です

今回借りた試聴機は緑色の多角形イラストがプリントされていますが、これがイメージカラーというわけではなく、公式サイトに行けば自分の好みの色やデザインのバリエーションが選べますし、究極にはシェルに印刷する画像データを自身でアップロードする事もできます。標準デザインから選ぶのであっても木材やカーボンなど高級感のあるデザインを選ぶと追加料金がかかるようです。

$2999は現在の為替で約42万円、これまでのトップモデルUE Liveが$2299で日本の販売価格は36万円なので、かなりのステップアップになります。ここまで来たら感覚が麻痺するので、36万も42万もさほど変わらないと思う人のほうが多いでしょうか。

ちなみにカスタムは受注生産ということで、日本での価格は為替の影響を受けやすいのが辛いです。UE Liveも2018年の発売当時は米国で$2199が日本で29万円だったのが、今では$2299が36万円という状況はまさに円安を象徴しており悲しいです。

Premier

肝心のUE Premierですが、これまでの最上位UE-Liveが1DD+7BAの8ドライバー構成だったのに対して、Premierはなんと21ドライバーだそうです。ちなみに紛らわしいのですが、UE18+というモデルは6ドライバーです。

カスタムっぽいデザイン

中身が凄い詰まっています

公式のスケルトン画像を見ても、一体どのようにして詰め込んでいるのか、実に不思議です。3ドライバーとか5ドライバーあたりなら、それぞれクロスオーバー帯とかを見て、おおよそ音質の傾向が想像できるわけですが、さすがに21ドライバーともなると見当もつきません。

公式サイトの情報

UE-PremierとUE-Live

サイト情報によると、クロスオーバーは5WAYで、最低域から順番に4・4・4・4・1・4といった構成になっているようです。上の写真を見てもUE-Liveの方は丸いダイナミックドライバーが見えるのに対して、Premierは全部のユニットが四角いのでBAタイプのようです。

一昔前のマルチBA型イヤホンでは、ここまで大量のユニットを詰め込む事は考えられなかったのに、なぜ現在は可能なのかというと、二つや四つのBAユニットをひとまとめにしたモジュールが登場したからでしょう。UEのイラストでもDualやQuadと書いてあります。それらを一つのユニットとして数えるなら、9ユニットということになります。

ちなみにUEのユニークな点として、中高域用に一基だけのTrue Toneドライバーというのを搭載しており、高音の倍音成分や空気感などの再現性に貢献しているようです。64AudioのTiaドライバーと似たようなコンセプトでしょうか。ただしTiaのように小型ドライバーをノズル内に詰め込んでいるというわけではないので、知らなければ普通のBAドライバーのように見えます。

上の写真では、UE-Liveと比べて若干厚みはあるものの、サイズ感はそこまで変わっていないのが凄いです。実際に装着しても、重さや扱いやすさは他のUEモデルとほとんど変わりません。

今回借りたのは店頭試聴用のユニバーサルタイプですが、現状は基本的にカスタムIEMのみになるようです。ユニバーサルタイプはまた定期的なロット生産になるのでしょうか。さすがにここまで高価なら思い切ってカスタムで作る方が賢明ですけれど、逆に、中古で売り買いしたい人はユニバーサルが欲しいでしょう。

UE-Premier、UE-Live、UE-RR

ノズル

イヤピース

Premier、UE-Live、UE-RRと並べて比べてみると、こんな感じになります。Premierのみノズル部分が楕円になっているのは面白いです。

このノズルに注目してみると、出音孔が二つあり、片方には根本にグレーの金属のリング、もう一方には金色のバネのような部品が入っています。音響を調整する役目があるのでしょうか。

ノズルには凹凸があるため、イヤピースをしっかりと保持してくれて、着脱時に抜け落ちる事はありませんでした。UEのユニバーサルはまるでカスタムのように耳穴にしっかり挿入するタイプなので、私の場合はAzla Crystalシリコンの小さいサイズを使って、シェル本体がしっかり耳の側面に密着するまで奥に入るよう調整しています。

IPXコネクター

ケーブルは非常に細くて柔らかいです

ケーブルはIPXコネクターで、これまでどおりEstron Linum SuperBaXケーブルが付属しています。

私の使っているUE-RRとUE LiveのどちらもSuperBaXが付属していて、信頼性と音質面の両方でかなり優れたケーブルだと思っています。

一般的な高級イヤホンケーブルと比較すると尋常でなく細いので、安物だと勘違いする人が多いのですが、Estron Linumはデンマークのれっきとした高級ケーブルメーカーで、古くからアラミド繊維補強の強靭なプロアーティスト向けケーブルとして、UE以外でもWestoneなどOEMで採用しているメーカーが多いです。

中でもSuperBaXは単品で二万円もする銀メッキ銅の高級タイプで、アラミド繊維のおかげで引張に強く、柔らかいわりに絡まりにくく、ベタベタせず、タッチノイズも低く、まさにイヤホン用途に理想的なケーブルです。オーディオ初心者ほど太いケーブルの方が音が良いと信じている傾向があり、Linumは細いというだけで敬遠するようですが、その段階を乗り越えると、かなり信頼感と愛着が湧くケーブルだと思います。

Effect Audio ConXのIPXコネクター

ケーブル選択肢が増えます

こんな事もできます

IPXコネクターに関しては、これまで社外品の選択肢が少なかったのですが、最近はEffect AudioのConXを筆頭に、コネクターを換装できるタイプのイヤホンケーブルが増えてきたので、色々と選べるようになってきました。

私もこれまで手が出せないくらいの高級ケーブルも色々と試してみたのですが、結局SuperBaXの音が一番無難でストレートな印象で、あえてアップグレードする気が起きていません。高価なケーブルほど主張やクセが強くなるという側面もあるかもしれません。

UltraBaXとSuperBaX

ちなみに、同じLinumケーブルを採用しているWestoneだけは、SuperBaXの上に若干割高なUltraBaXというのを用意しているのが不思議です(Linum公式サイトには載っていません)。同じ線材で、SuperBaXが168本に対してUltraBaXは224本だそうで、見た感じではそこまで太くなっているわけでもなく、取り回しやすさもほぼ同じです。私はWestoneのUltraBaXを買ってUE-Liveに使っていますが、なんとなく音色が若干豊かになって、SuperBaXで感じられる素朴さやドライさみたいなものが改善されるような気がします。

コンシューマーのイヤホンマニアはIPXコネクターを敬遠するかもしれませんが、防塵防滴で、MMCXのように回転するので耳掛けが合わせやすく、ほどよい摩擦があるためMMCXほどクルクル回転しないため、MMCXのの弱点である摩耗劣化による接触不良も防げます。

IPXに限らず、他にもPentaconn EarやA2DCなど、次世代のイヤホンコネクターはいくつか登場しており、どれも古典的なMMCXや2PINと比べて優れたコネクターばかりなので、そろそろ全メーカーがMMCXと2PINから卒業してもらいたいです。

インピーダンス

いつもどおり、再生周波数に対するインピーダンスの変動を調べてみました。まずはUE-Liveとの比較です。

PremierはUE-Liveと比べてドライバー数が増えたので、インピーダンスも下がるかと思ったら、そこまで悪化していないようで安心しました。

スペックのインピーダンスは1kHzで15Ωということで、実際のグラフを見てもピッタリ15Ωなのはさすがプロ用らしいですが、UE-Liveと比べても、特に中高域の駆動が非常に難しく、2kHzの20Ωから7kHz付近で6Ωにまで一気に下がるので、DAPなどソースによる音質変化はこのあたりに効いてきそうです。その点ではやはりオーディオファイル向けと書いてあるのも納得できます。

最近のDAPなどは出力インピーダンスが限りなく0Ωに近いので、しっかり定電圧駆動を維持できると思いますが、プロ用途で使うとなると、ステージ上のワイヤレスシステムなどはそこまで定電圧を意識していないので、高音のクセが目立つような鳴り方が予想できます。

このような設計に関しては、意図的かどうかはわかりませんが、古くからよく使われてきたテクニックでもあります。高級イヤホンといえど、必ずしも生粋のオーディオマニアが購入するとは限らないので、カジュアルなソースで圧縮音源の低品質な楽曲を聴く場合、出力インピーダンスの関係で中高音のエッジと低音の音圧が強調される、一般人目線での「良い音」になり、一方的確なDAPなどで高音質楽曲を聴く場合、定電圧と高ダイナミクスで最高音のディテールなどをしっかりと描く、玄人好みの「良い音」になるという、二面性を持ったサウンド設計にできます。

今回Premierと合わせて他のUEイヤホンも全部聴き比べてみたので、せっかくなのでインピーダンスグラフも重ねてみます。縦軸の数値が正確である保証はありませんが、全部同じ日に測ったので、比較の参考にはなると思います。

やはりUEのイヤホンはモデルごとの個性が強いですね。値段が高いのは搭載ドライバー数が増えるからで、必ずしも段階的に高音質になっていくというわけではなさそうです。UE-5とUE-6の対比も面白いですし、UE-RRがユニークな存在なのもなんとなくわかります。

ちなみに、あくまで音楽鑑賞目線で、個人的な鳴り方の好みでランク付けするとするなら、Premierを除いて、トップがUE-RR、続いてUE-Live、UE-6、といった順番になるので、単純にグラフを見ただけで好みの傾向がわかるわけでもなさそうです。

音質とか

今回の試聴では、せっかくの高級イヤホンということで、主にAK SP3000で鳴らしてみました。

AK SP3000

UEというと、シュアーやゼンハイザーのプロ機と同じように、倍音の響きなどは過度に演出しない硬派な鳴り方をしているので、アンプ選びもその長所を最大限に引き出すための高解像系にするか、もうちょっと色艶を盛るべきか悩むところです。

その点SP3000はどちらかというと前者寄りですが、ただ地味なわけでなく美しさも兼ね備えている優秀なDAPなので、UEとの相性が良いと思います。マルチBA型IEMですからアンプの出力電圧不足が問題になる事は無く、むしろ逆に、下手なアンプだとノイズフロアが目立ってしまい、S/N比が損なわれる心配があります。

私が普段使っているHiby RS6 DAPは、RS6そのものの個性が目立ってしまい、それはそれで楽しめるのですが、Premierの音質を評価するのにはあまり適切でないと思えました。

カナダのCeller Liveレーベルから、The Schwager/Olver Quintet 「Senza Resa」を聴いてみました。

最近リバイバルが流行っているフュージョンぽいジャズです。ベースギターがペチペチ鳴る典型的なフュージョンから、ウェザーリポートみたいなソロ熱演まで、結構幅広いジャンルを網羅していて飽きません。特にギター、サックス、キーボードなど個々の楽器演奏がとても綺麗に録音されているため、爽快なリズムと音色を楽しむだけでも満足できます。

そんなわけで、SP3000で鳴らしたPremierの音質についての第一印象としては、かなり強烈なサウンドのイヤホンです。最初に聴いた曲では高音がとてもシャープで派手だったので、高音寄りかと思ったら、次の曲では低音がパワフルに弾み、また別の曲では中域の実在感が強く、といった具合に、選んだ曲によって主張するポイントが目まぐるしく変わっていく、なかなか全貌が把握できないイヤホンです。

大抵のイヤホンの場合、たとえば高音が得意なのであれば、それを中心に全体の音作りのバランスを追い込んでいく、みたいな感じに仕上げていると思うのですが、Premierはそうではなく、全ての帯域がクッキリと張り出して主張してくるのが印象的です。

距離感は遠いか近いかでいうと若干近めの部類ですが、全体的に安定した一定の距離に収まっており、特定の帯域だけが変な方向から急に飛び出してきたりはしません。ただし広大に広がるサウンドステージみたいな体験ではないので、そういうのは同じ高級価格帯でもDita Perpetuaみたいなシングルダイナミック型に任せた方が良さそうです。Premierはクラシックのコンサートホールよりもラインアレイを浴びるような体験が好きな人に向いていそうです。

控えめではなく、かなり主張が強いのに、全体のバランスは偏っておらずフラットに聴こえるというのは、まさにラインアレイのように、各帯域ごとに大量のBAドライバーを搭載しているからでしょうか。イヤホンやヘッドホンにありがちな「不得意な帯域を、なんとなく響きで埋めている」ようなフラット感ではなく、全ての帯域の全ての楽器がそれぞれ独立したドライバーからハキハキと鳴っている印象を受けます。

私が普段から聴き慣れているUE-Liveとは、同じマルチドライバーでも全く違うサウンドである事は確かです。UE-Liveを聴いたことがあって、今回も同じ系統だろうと想像している人はかなり驚かされると思いますし、UE-Liveを敬遠していた人こそPremierを聴いてみるべきだと思います。

UE-Liveはダイナミックドライバー搭載のハイブリッド型なので、ダイナミック型のUE6の延長線上という印象もあるため、純粋なマルチBAとしてはむしろUE18+の方がPremierとの比較に適切かもしれませんが、そんなUE18+とも傾向が違うのも面白いです。UE18+はSE846などと共通したマルチBAらしい緻密で分析的な性格なのに対して、Premierは表面質感よりも楽器そのものが主張してくるような勢いや迫力を持った鳴り方です。

Pentatoneレーベルから、Marek Janowski指揮モンテカルロのヴェルディ「仮面舞踏会」を聴いてみました。DSD録音です。個人的にかなり好きなオペラなので、新譜が出てくれたのは嬉しいです。

特に新進気鋭の若手De Tommasoを主役に起用しているので注目を集めています(ベタですがデッカでの彼のアリア集「Il Tenore」は素晴らしいです)。オテロやトロヴァトーレと並んで歌手の本領発揮が楽しめるオペラですし、歌手陣とオケともに古典名盤と比べても十分楽しめます。

64 Audio U18S

64 Audio U18T

Premierは高音が結構強烈なので、同じくらい高音にインパクトがある64 AudioのU18シリーズと比べてみました。18×BAドライバーという構成はPremierと似ていますし、値段も同じくらい高価です。

U18は64 Audioらしく音圧を外に逃がすApexフィルターモジュールを導入しているのと、ノズル部分に小型BAのTiaドライバーが搭載されているあたりが個性的なわけですが、Premierと比べると、それらの二点が確かに目立ちます。

個人的にApexモジュールに関しては好印象ではあるものの、通気性と引き換えに密閉感みたいなものも損なわれるため、その点はPremierの方がちゃんとした耳栓感覚が得られます。どちらが良いかは好みや使用条件によって変わってくるので、結局両方に魅力を感じてしまいますし、64Audioもカスタム版であれば遮音性はもう少し高いかもしれません。

UEもカスタム作成時に「Ambient Feature」といって通気ポートを追加する事が可能なのですが、64Audioのようにモジュール交換ができるわけではありません。今回の試聴機にポートは採用されていないため、音質面でどのような変化があるのかは不明です。

高音のTiaドライバーの方は私自身ちょっと苦手で、特にU18Tはこれがかなり目立って刺激的な鳴り方だったので好みに合わなかったのですが、U18Sはだいぶ帯域のバランスがとれて良い感じになっています。しかし、周波数バランスが落ち着いても、高域ドライバーだけが鼓膜間近にあるという存在感だけは拭えないため、やはりこのあたりが64Audioの好みが分かれる部分です。

どういうことかというと、歌手を例に挙げると、声の中核部分はイヤホン本体から鳴っているのに、滑舌や息継ぎだけが耳穴内から聴こえるため、人の声を形成する要素が散らばってしまいます。表現が正しいかはわかりませんが、これがいわゆる「実在感」が損なわれる理由だと思います。

その点Premierも中高域専用のTrue Toneという特注ドライバーを搭載しており、一般的なマルチBAと比べてボーカルの質感など中高域の表現力がとてもクリアなので、多分このTrue Toneが効いているのだと思いますが、Tiaほどドライバーそのものの自己主張が強くなく、空間の収まり具合も他のドライバーと同じ距離感でブレンドしています。

ではTrue Toneはただ普通のBAドライバーなのかというと、私の勝手な想像ですが、一般的なBAドライバーは中高域全体をカバーできるほどの帯域性能を持ち合わせていないため、どれだけ沢山のドライバーを詰め込んでも、どうしてもクロスオーバー周波数で詰まりや捻じれが感じられて、歯切れの悪い鳴り方になってしまいがちです。それが嫌でシングルダイナミック型を好む人も多いです。UEも多分そのへんに限界を感じてTrue Toneを開発導入したようで、ボーカルや楽器の実在感を際立たせるために特化した設計にすることで、それを加える事による見返りが大きいのだと思います。歌手が一つの存在としてイメージできるため、実在感があり、他の演奏に紛れて埋もれる事がありません。

他にもFir AudioやEmpire EarsなどマルチBAの高級機と比較してみましたが、Premierは再生周波数両端ではそれらと同じくらい派手で聴き応えがあるものの、なにか特定の響きのクセが際立っているわけではないため、様々な表情を見せてくれるあたりが一枚上手です。ただしPremierからは金属っぽさが全く感じられないため、その点はFir Audioのような金属ハウジングのアクセントが加わっている方が、ギター弦の倍音などが綺麗に響いてくれます。その点やはりUEはプロ機へのこだわりから抜けきれていない部分かもしれません。

RME ADI-2 DAC FS

プロっぽさでいうと、RME ADI-2 DAC FSで鳴らすのも良い感じです。録音の奥底まで見通すようなADI-2の解像力と、Premierの派手でダイナミックな描き方が上手く連動してくれます。

Premierは上流のクセや弱点が極端に強調されるようなイヤホンなので、少なくともADI-2はそれの邪魔になるようなことはなく、楽曲の情報を無濾過で届けてくれます。

Premierが特定の帯域だけを強調するのではなく、全体が同じくらい主張するというのは、フラットで無難なサウンドと何が違うのか疑問に思うかもしれませんが、単純に言うなら、無音と出音のメリハリがハッキリとしていて、オンオフのダイナミックレンジが普段以上に目立つというあたりです。

たとえばUE-Liveと比べてみると、あちらはその名の通りライブ感というか、コンサートホールやアリーナの空間全体を描き出す充実した響きが魅力だと思うのですが、一方Premierはドライなスタジオ楽曲でも余計な響きを加えず、タイミングがピッタリと揃い、録ったままの姿を力強く描いてくれます。スピーカーに例えるなら、UE-Liveは家庭用の3WAYバスレフ・フロアスピーカーでゆったり楽しむような感じで、Premierは冒頭で言ったラインアレイとか、個人用で例えるなら、ジェネレックなどのモニタースピーカーに近いかもしれません。

Premierはオーディオファイル向けというのに、モニタースピーカーっぽいというのは変に思えるかもしれませんが、これはいわゆるパソコンデスクの小型ニアフィールドモニターの意味ではなく、8~12インチとかのそこそこ大きいやつで、下手に鳴らすと低音も高音もギラギラとやかましくなってしまうあたりは、たとえばPMCなどのモニタースピーカーを連想します。オーディオファイルでも上級者だとそういうのやB&W、TAD、ATCなどプロモニターとの境界線が曖昧になってくるのですが、Premierはそれらと同じような難しさがあり、一方UE-Liveの方はもっとカジュアルに部屋全体を豊かに響かせる一般家庭のスピーカー体験に近いです。

そんなわけで、Premierは確かにハイエンド相応に優れたイヤホンだとは思うのですが、サウンド面ではかなり扱いにくい部類です。上流機器選びはもちろんですが、レコーディングの良し悪しも普段以上に強調されてしまうので、実際に今聴きながら書いている評価もあまり参考になりません。ある人に言わせれば高音が派手で、またある人にとっては低音が強いといった具合です。

古い楽曲も良いです

最後に、Premierが他の派手なマルチBAイヤホンと決定的に違うと感じたのは、古い楽曲との相性がそこそこ良い点です。

ベーム指揮1955年のコジの2021年リマスター復刻を聴いてみたところ、意外なほどに楽しめました。以前のCD版とかと比べて、近頃のリマスター復刻はあえてノイズをカットせずに自然なままで残すようなスタイルになっているため、テープノイズは確かに目立つものの、それはあくまで背景の一部になっており、目覚ましい歌唱陣やオーケストラのサウンドの邪魔にならず、PremierのスーパーツイーターやTrue Toneドライバーはむしろソプラノの歌声やヴァイオリンの鮮やかさを引き立てる役割を果たしてくれます。

一方、過度にノイズ低減処理を行っているような一昔前のリマスターCDとかだと、テープノイズは確かにカットされているのですが、同じ帯域にあった歌手の滑舌部分なまで不自然にカットされ、詰まったような息苦しさが発生してしまい、Premierでは耳障りに聴こえてしまいます。

Premierが音源にシビアなら、最新の楽曲を聴かないといけないのかと思うかもしれませんが、実際はそうではなく、たとえ最先端のハイレゾ楽曲とかでも悪い癖が耳障りに聴こえる作品は案外多いです。

古い楽曲でもしっかりとリマスターを行っていれば、高音や低音の位相が自然なまま保たれており、当時のアーティストの凄さはもちろんのこと、レコーディングエンジニアの高度な技術による鮮やかなサウンドは、現代のパソコン上で擬似的に作られた作品と比べて音質面で優れている部分さえあります。そういった、純粋な意味での音楽作品の良し悪しがPremierで聴くと普段以上に強調されるため、まさにオーディオファイル向けのイヤホンです。

おわりに

UE Premierはハイエンドな値段にふさわしく強烈なサウンドのイヤホンです。プロ用ラインナップの中でもあえて「オーディオファイル用」と書いてあるのは、単純に高音質だからというだけではなく、楽曲やアンプなど、上流との相性にかなり気を使うイヤホンだからです。つまり使いこなすのが難しい上級者向けイヤホンとも言えます。

まさにオーディオファイル用です

ただ鳴らすだけなのに「使いこなす」とはどういう意味かというと、すでに持っているアンプと接続しただけでは本来のポテンシャルを引き出せない可能性があり、もっと相性の良いシステムを探し当てる努力が必要だというわけです。

つまりすでに性格が異なるDAPをいくつか持っていたり、店頭試聴やコミュニティの貸し借りなどで機材の音質を追い求める人、すなわちオーディオファイルに向いているイヤホンだと思いますし、相性が良いシステムに巡り会えた時の見返りも普段以上に大きいです。

他社の高級イヤホンと比較すると、余計なギミックに頼らず、21ドライバーを極めてバランスよく調整できているあたり、単なる奇抜な一発屋ではなく、これから十年使うに耐えうる安定した作り込みを実感できました。また、今後アンプや音源がさらに高音質化していくにつれて、しっかりと対応できるだけの余裕とポテンシャルを秘めたイヤホンだと思います。

値段の事は一旦置いておいて、私自身すでにUE-Liveを愛用しているわけで、ではPremierに買い替えるべきかと考えてみたところ、私の場合はひとまずUE-Liveを使い続けるという結論に至りました。

じっくり腰を据えて、色々な音源やアンプなどを吟味して、音質を追求するのであれば、Premierの方が大幅に優れたイヤホンだと思います。ただし、もっとカジュアルに使いたく、そこまで趣味に入れ込む覚悟が無い場合はUE-Liveも良い選択肢でありつづけます。UE-Liveの温厚な鳴り方はオーディオファイル的には「ぼんやりしている」とか「クリア感が足りない」なんて非難されるかもしれませんが、屋外の騒音下で中低音を力強く鳴らしたり、仕事の合間の待ち時間でリラックスしたい場面で非常に重宝しています。

静かな試聴環境で厳密にA/B比較したら、きっとPremierを選ぶと思いますが、普段どのような環境で使うのかによって、どちらが良いかは変わってくるものです。

余談になりますが、今回Premierを試聴したのと同時期にUE-RRのカスタムIEMを作ったので、ユニバーサルとカスタムの違いなんかについて次回書いておこうと思います。