2023年7月7日金曜日

Ultimate Ears UEカスタムとユニバーサルの比較

 Ultimate Earsの定番モデルUE Reference Remastered(UE-RR)のカスタムIEM版を作ってみました。

UE-RRのカスタムとユニバーサル版

すでに同じモデルのユニバーサル版を長らく愛用してきたので、今回は両者の真っ向勝負という事になります。遮音性や音質などの違いについて比較してみたいです。

UEのカスタム

前回はUEの最上級モデルUE Premierを試聴してみたわけですが、それとほぼ同じ時期にUE Reference Remastered (UE-RR)というモデルのカスタムIEM版を作りました。ショップやメーカーのデモとかではなくて、個人的に定価で購入したものです。

UE-RR カスタム&ユニバーサル

さすがプロ向けの大手メーカーだけあって、耳穴の3Dスキャンをした日から二週間ほどで現物が届いたのには驚きました。これなら普通の製品を取り寄せてもらうのとそこまで変わりません。

納期については繁忙期かどうかなどで変わってくると思いますが(米公式サイトだとPremierのみ発注から約25日で発送と書いてあり、ほかは未記載です)、これまでカスタムというと何ヶ月も待たされるのが当たり前だと思っていたので、この速さは衝撃的です。

従来のカスタムIEMというとインプレッション(耳型)をメーカーに物理的に郵送するという手間があったのが、3Dスキャンのおかげでデータを送信するだけで済むのが時間短縮に貢献しているようです。それについては詳細を後述します。

私自身も今回は3D測定したショップ経由で注文したのですが、米公式サイトを見ると、イヤホン本体はパール柄デザインの追加料金も含めてUSD$1,179だそうです。3Dスキャンや耳型インプレッションの手数料に関しては、売り方によって別料金か本体込みで計算しているかの違いもあり、他にもプロオーディオ系のイベントブースでスキャンしてくれるプロモーションなんてのもよく見かけます。

そんなわけで、受注生産という性質上、どの経路で買うかで値段も結構変わってくるわけですが、高額物品なので、海外から個人で輸入する場合は関税がかかったり書類不備で足止めをくらったり配送会社から税務処理の手数料を後日請求されたりなど、思わぬトラップがあるので、見かけの安さにつられて痛い目に会う人が結構多いです。国内正規価格というのは、そのへんの手間を請け負ってくれるのを含めての値段だと考えた方が良いです。

UE-RRカスタム・ユニバーサルとUE-Live

私が選んだUE-RRというモデルは、UEのラインナップの中ではそこまで上級機ではなく、ドライバー構成はシンプルな低中高の3BA、全8機種の中で下から4番目という、いわゆる中堅モデルです。私自身このUE-RRのユニバーサル版と、さらに上位のUE-Liveというモデルもユニバーサルで持っており、今回カスタムにUE-RRを選んだのにはいくつか理由があります。

第一は、当然の事ながら音質をとても気に入っているからで、3BAという素朴な構成でありながら音作りの完成度が高く、ソースの邪魔になる事が無いため、かなり信頼がおけるイヤホンです。必ずしも濃厚なリラックス系サウンドではないので、そのあたりはUE-Liveに任せています。

第二に、2020年に購入してからずっと個人的なレファレンスの位置に存在しつづけて、サウンドの傾向を熟知しているので、今回ユニバーサル対カスタムの比較にはうってつけだと思ったからです。同じイヤホンを買い直すようなものなので、お金の無駄だという人もいると思いますが、やはりイヤホンユーザーとして興味の方が勝りました。

第三に、身も蓋もないですが、やはり他のイヤホンと比べてそこそこ値段が安いという理由もあります。それでも十万円超なのですが、近頃20~50万円もするようなラグジュアリー系イヤホンが続々登場している中では安い部類です。シュアーなどのユニバーサルモデルから初めてカスタムにステップアップを検討している人にとって、このくらいが良い目安になりますし、プロ向けの実用品としても十分視野に入る価格帯です。

そんなわけで色々と悩んだあげくUE-RRを選んだわけですが、やはり肝心なのは、2020年に購入してから2023年現在まで、いつ聴いても変わらず「良い音だ」と思えて、最新機種と比べても陳腐化せず十分健闘しているイヤホンなので、これなら当面は飽きずに満足できるだろうという信頼感が最大の決め手になりました。

届いたイヤホン

送られてきたカスタムイヤホンのパッケージは、地味な黒の紙箱にイヤホン、ケーブル、プラスチックの収納箱が入っており、プロ用という事もあり、こんなもんかという感じです。

パッケージ

ケースに名前を印刷してくれます

付属品

注文時にケースに名前を印刷できるので、Sandal Audioと入れてもらいました。名前の印刷や、シェルのデザインを変更できたりするのも、コンサート会場などで大勢のスタッフが使っている場合、自分のイヤホンを識別するための実用的な意味合いもあります。

ケースはシンプルなプラスチックの箱で、中にはクリーニング用ブラシと、入出力ともに3.5mmの短いケーブルが付属していました。これは何かと不思議に思ったら、アッテネーターが入っているそうです。機内エンターテインメントとかステージのワイヤレス機器など、音量が極端に大きいソースにつなげる際に使います。

カスタムイヤホンのデザイン

これまで使ってきたユニバーサル型と並べて比べてみると、同じモデルだとは思えないくらいカスタム版はデカいですね。ユニバーサル型はギターのピックみたいな形状とサイズ感なのに、カスタム版はゴロンとした宝石の原石のようです。

同じイヤホンとは思えません

ショップの人によると、私の耳穴は平均より大きい方だそうですけれど、それでも一般的にカスタムの方が大きくなるそうです。

ちなみにシェルのデザインは単色が一番安いのですが、すでに持っているユニバーサル版と同じになるよう、追加料金を払ってパール柄(Mother of Pearl)にしてもらいました。UEのロゴも現行の四角いタイプではなく古いタイプが選べたので、それにしました。

UE-RRといえばこのデザインが有名です

UE-RRというと、プロモ画像とかでは白地にCapitol Studiosのロゴが印刷されたタイプが有名ですが、カスタムでそれが欲しい場合はどうするのか不明です。

左右が結構違います

箱に入れた状態だともっとわかりやすいですが、左右の形状がずいぶん違うのは、私の耳の形にそれだけ差があるということでしょう。なんだかバランスが悪そうで気持ち悪いですが、実際それでフィットするのだから文句は言えません。

SuperBaXケーブル

IPXコネクターは本当に素晴らしいです

付属ケーブルはユニバーサル型と同じEstron Linum SuperBaXです。前回UE Premierでも紹介しましたが、音質と扱いやすさの両方でかなり優れた銀コート銅ケーブルなので、これまでずっと不満もなく使い続けてきました。今回あえてカスタムにUEを選んだのも、このSuperBaxケーブルとIPXコネクターが標準装備されているため、悩む必要がないというのは結構大きな理由です。

細くて一見貧弱そうなIPXコネクターとSuperBaXケーブルですが、UE-RRとUE-Liveの両方とも、購入してから何年も使っていて全く劣化する気配を見せません。ライブパフォーマンスで毎日酷使されることを想定されているわけですから、私みたいにカジュアルに丁重に扱っているなら当分大丈夫でしょう。

もちろん、前回紹介したように、Effect Audio ConXなど、最近はケーブルを買ってからコネクターを自由に交換できるタイプのイヤホンケーブルも増えてきているので、昔ほど悩むこともなくなりましたし、劣化しやすい2PINコネクターではない事は私にとってメリットです。

フィット感とか

色々な角度から比較してみると、やはりユニバーサルとカスタムでは形状が全然別物という感じです。たったの3ドライバーなので、中身はスカスカですね。UEはユニバーサルもカスタムと同じ工程で製造しているようなので、シェル素材の質感は全く同じです。メーカーによっては、64 Audioのように、ユニバーサルとカスタムで素材デザインが根本的に違う場合もあります。

コネクターや内部構成は同じです

親子ほどサイズが違います

厚さも結構あります

肝心のフィットについては驚くほど快適で、私の耳にピッタリ収まってくれました。うまく収まらないとか痛くなるなどで失敗した人の例を何度も聞いていたので、現物が届くまではちょっと心配していたのですが、幸いそのようなことは起こりませんでした。

今回は全く同じモデルということで、純粋にカスタムとユニバーサルという違いを比較してみたかったわけですが、結論から言うとずいぶん違います。

まず絶対的な遮音性に関して、第一印象としては意外とそこまでの差はありません。これは、そもそもUEのユニバーサルがほぼカスタムのような形状だからというのもありますが、シリコンイヤピースでも、しっかりと本体が耳穴側面に密着するような装着方法をとれば、かなりの遮音性が得られます。

肝心なのは、イヤピースだけが耳栓の役割をするのではなく、シェル全体で耳穴の外をピッタリと塞ぎ込むのが大事です。シェルの厚さ、立体形状、素材なんかも遮音性に大きく貢献します。

実際に数週間使ってみた感想としては、カスタムの方が有利だと思える点がいくつかありました。まず遮音性に関しては、絶対的な静粛性というよりは、カスタムの方がもっと広帯域に騒音をカットしてくれるようです。言葉で説明するのは難しいのですが、カスタムに慣れてからだと、ユニバーサルでも人の声などは同じくらいカットしてくれるのですが、最高音のシュワシュワしたノイズや、振動のような重低音みたいなものが結構目立つのです。逆にカスタムの方が最高音から最低音まで均一にカットしてくれるようで、上手く行かない場面というのがありません。

これは多分カスタムのシェル形状によるものだと思います。写真で見比べてみるとわかるのですが、耳穴内部に入る部分はシリコンイヤピースとカスタムではさほど変わらないのですが、それよりも、カスタムでは耳穴の外をピッタリと蓋をするような感じになっており、これが効いているようです。装着すると、まるで動かない蓋がされている感覚があります。

逆に言うと、同じカスタムと言っても、ユニバーサル型IEMの先端ノズル部分だけカスタムっぽく仕上げただけの製品では、遮音性という点ではカスタム本来のメリットが完全には引き出せないようです。耳の外側の鶉の卵くらいの空間もピッタリと塞ぐ形状ではじめて恩恵が得られるようです。

もう一つカスタムが有利な点は、これはかなり意外だったのですが、耳穴への負担が大幅に低減しました。これについては型取りがかなり重要になってくるので、詳細は後ほど説明しますが、シリコンイヤピースやコンプライスポンジが耳穴内部で広がって圧迫するのに対して、カスタムはスルッと中に入り、拡張する力が一切無いため、どれだけ長時間使っていても痛くなってきません。

まるで鍵と鍵穴というか、履き慣れた靴や革手袋のように、自分と道具との境界線が喧嘩せずに馴染み合っているかのようです。これは音質面でも利点があり、左右のステレオバランスが狂う事が無く、これまでシリコンで散々角度を微調整してきたのがウソのようにピタッと安定します。

カスタムの方がぐっと耳奥に押し込まれて不快感が増すかと心配していたので、むしろ逆にここまで快適になるのかと驚きました。

インピーダンス

再生周波数に対するインピーダンスの変動を確認してみました。

まず最初に、同じモデルのユニバーサルとカスタムでどれくらい違いがあるのかが気になるわけですが、さらに私のユニバーサルは2020年、カスタムは2023年製造という違いもあります。幸いカスタムを注文したショップに2023年のUE-RRユニバーサル試聴デモ機が置いてあったので、それも合わせて測ってみました。

グラフを見ると、カスタムは2.7kHz付近にボコッと山のように飛び出しているのがわかります。このあたりは出音ノズルの長さや形状で変わってくるので、差が出るのも納得がいきます。それ以外の部分はほぼピッタリ重なっているので、BAドライバーやクロスオーバー回路自体に変更は無いようです。

ちょっと面白いのは、私の2020年版ユニバーサルの方がショップの2023年版ユニバーサルよりも中高域インピーダンスのアップダウンがなだらかです。気になったので両方を交互に聴き比べてみたところ、なんとなく私の2020年版の方がスムーズで地味な印象で、2023年版の方がエッジが目立つような気がします。

ショップデモ機と自前のユニバーサル機

この2020年と2023年版の違いは製造上の差なのか、それとも私の2020年版は三年間使ってきた経年劣化(いわゆるエージング)によるものなのか気になったので、2020年購入当時に測定したインピーダンスグラフと現在測ったものとを比べてみました。

これを見ると、三年前のグラフとぴったり重なり、どちらも2.7kHzがなだらかな感じは共通しているので、エージングによる変化では無さそうです。

だからといって2020年版の方が優れているというわけではなく、真剣に聴き比べれば微妙な差はわかるものの、どちらもUE-RRの鳴り方の範疇に収まり、他のモデルとは根本的に違います。肝心なのは、今回2023年版ユニバーサルとカスタムの鳴り方に違いがあったとしても、それは私のユニバーサル版が三年前の古いモデルだから、エージングでどうこうというわけではないという確証は持てました。

インピーダンスグラフで見るよりも電気的な位相で見た方が違いがわかりやすいです。やはりユニバーサルとカスタムの違い、そして2020年版と2023年版の違いが確認できます。

これまでのグラフはイヤホンを装着せずに測ったものです。装着した状態の方が測定としては正しいのですが、特にユニバーサル版はイヤピースの密閉具合や挿入角度などでグラフが結構変わってしまいます。

参考までに、上のグラフではユニバーサルとカスタム版をそれぞれ私の耳に装着した時のインピーダンスグラフを破線で重ねています。やはり1~4kHz付近は出音ノズルと耳穴が共鳴しやすい帯域なので(耳穴がノズルの延長になるので)山が2.7kHzから1.7kHzに移動しているあたり、両者にそこまで大きな違いは無いようです。

色々見てきましたが、UE-RRのインピーダンスグラフ自体が一般的なマルチBA型IEMと比べてかなりユニークです。3BAで、低域のドライバーが90Ω程度なのに対して、中高域で一気に下がり、9kHzでは16Ωにまで落ち込むため、安定して鳴らすのがそこそこ難しいイヤホンだと思います。

こういう組み合わせは駄目です

UE-RRはプロスタジオを意識したモデルという事もあって、オーディオインターフェースで音楽制作に使うことを考えている人もいると思いますが、インピーダンスグラフを見る限り、その点では注意が必要です。

たとえば上の写真のAntelope Audio Zen GoはDACとしての音質も良く、ヘッドホン出力が二系統あり、それぞれ個別にボリューム調整できるので、雑用に重宝しているのですが、出力インピーダンスを測ってみると25Ωほどもあります。

最近はRMEやFocusriteの一部製品などヘッドホン用の出力インピーダンスを低く設計しているインターフェースも増えてきているのですが、まだ多くのメーカーはこれくらい高いのが一般的です。

25Ωの出力インピーダンスというのは、実際のヘッドホンと直列で25Ωのヘッドホンを繋げてあるのと同じ意味なので、そうなると先程のUE-RRのインピーダンスグラフを見てもらえればわかりますが、90Ωの低音側と、16Ωにまで下がる高音側では、25Ωとの分圧の比率が変わるため、同じ出力が与えられません。

実際にUE-RRを接続して聴いてみると、高音がモコモコして全然鳴っていないように感じます。逆にこれに慣れてしまってからちゃんとしたヘッドホンアンプに移行すると、本来その方が正しい鳴り方なのに、高音がシャープすぎて違和感を覚えるでしょう。

では25Ωの出力インピーダンスは駄目なのかというと、確かにこういったイヤホンを鳴らすには不向きですが、だからこそ、由緒正しいモニターヘッドホンというのは250Ωや600Ωといった高インピーダンス設計になっているわけです。そういうのを鳴らすなら全然問題ありません。

古くからオーディオマニア界隈では、インピーダンスの比率は10対1(つまりダンピングファクターが10)あれば十分なんて通説があり、もしそれに従うなら、このAntelopeの場合は実測250Ω以上のヘッドホンであれば安心できる事になります。

その点、最近ではプロ用モニターヘッドホンと自称していても、スマホなど非力なソースで音量を出せるためにあえてインピーダンスを低く設計しているヘッドホンが多くなっており、そういうのをオーディオインターフェースで鳴らすと周波数特性や挙動がおかしくなる心配があります。

また、オーディオインターフェース自体も、以前はコンセント電源やFirewire/Thunderboltだったのが、最近はUSBバスパワーになって、給電が非力すぎて高インピーダンスのヘッドホンで十分に音量が得られないという問題もあるので、低インピーダンスのヘッドホンが悪いというわけではありません。

実際ここ数年でこの問題は蔓延しているため、ほとんどのプロオーディオメーカーが、直近のオーディオインターフェースからヘッドホン出力端子の出力インピーダンスを下げる設計に変更しているため、ヘッドホンをメインでクリエーター作業を行いたい場合はそのあたりに注意が必要です。

UE-RRについて

UE-RRの音質については、傑作として有名なので、あらためて紹介するまでもないとは思いますが、UEイヤホンラインナップの中では意外と特殊な存在です。

価格順にUE5・UE6・UE7・UE11・UE18+というのがレギュラーシリーズで、それらとは別にUE-RR、UE-Live、UE-Premierという三種類のネーミングモデルが存在します。

全種類聴いた上でUE-RRが一番好みです

レギュラーシリーズとネーミングモデルでは製造上なにか違うというわけではなく、公式サイトの説明を読むかぎり、レギュラーシリーズはステージやライブパフォーマンスといった「演奏者」視点でのセールスポイントを強調しており、一方ネーミングモデルは「スタジオ」というキーワードが使われています。

レギュラーシリーズは、モデルごとに高音や低音など特定の帯域にフォーカスを当てる事で、たとえばベースやドラマーならUE6、ギターならUE7、大音量が必要ならUE18+といった具合に、必ずしも値段が高い方が高音質になるというアプローチではありません。ちなみに番号はドライバー数ではありませんので、UE11は4BAですし、UE6は2DD+1BAの変則モデルだったりします。この中では、個人的には温厚なUE6が一番好みです。

我々コンシューマーとしては全部の音がフラットに聴こえた方が良いのではと思うかもしれませんが、ステージ上のアーティストとしては、そもそも自分の音が聴こえなければ演奏できませんし、逆に、他の音はそこまで重要ではありません。歌手とかダンサーなら、観客用スピーカーの音は完全にカットして、リズムのクリックトラックと舞台袖からの段取りの指示しか聴いていない、なんて場合もあります。

UE-RR・UE-Live・UE-Premier

一方UE-RR、UE-Live、UE-Premierのネーミングモデルは、それぞれ異なる定番録音スタジオの環境を再現しているような印象を受けます。

UEがそう断言しているわけではなく、あくまで私自身の感覚としては、前回UE-Premierを試聴した時にも、まるでPMCなどの大きなメインモニターで全帯域を強烈に鳴らし切るような充実感と扱いにくさを感じましたし、UE-Liveはもっとクラシックやライブ録音などのワンポイントステレオ音響を再現する豊かさがあり、そして今回のUE-RRはとりわけコンパクトなニアフィールドモニター的な鳴り方に近いです。

UE-RRは2015年にUE初のネーミングモデルとして、ハリウッドの大手Capitol Studiosとのコラボレーションとして登場したモデルです。キャピトルのレコーディングエンジニアがチューニングにどの程度貢献したかは不明ですが、少なくとも他のモデルと比べてスタジオの小型ニアフィールドの鳴り方に一番近いサウンドであることは確かです。

私自身、ベッドルームの小型システムはProAcの2WAYモニタースピーカーを鳴らしており、低音を誇張せず、解像感が高くカチッとフォーカスするあたりはUE-RRとよく似ていると思います。

小さめの部屋で真剣にスピーカーシステムを構築した経験がある人ならわかると思いますが、帯域のフラットさを求めて大型スピーカーや低音にサブウーファーなどを無理やり導入すると、響きが管理できず上手くいきませんので、むしろ限界を超えないレベルに帯域を制限する事で、優れた音響体験が得られます。その点UE-RRも、UE-LiveやUE-Premierと比べると帯域の広さや迫力という点では限定的なのですが、その代わりに録音の細部まで見通せるような素朴な透明感が実感できます。つまり静かなモニタールームのように遮音性が求められるイヤホンなので、カスタムにするメリットが大きいです。

音楽鑑賞用としては、たとえばLS3/5A系が好きな人とかに向いていると思いますし、私としては、伝統的なモニターヘッドホン、たとえばベイヤーDT880、ゼンハイザーHD600、AKG K601といった部類の鳴り方と似ている印象を受けます。最新のトレンドと比べるとスカスカで物足りなく感じるかもしれませんが、中高域の描写は一級品で、それ以外を過度に盛って邪魔しないあたりが嬉しいです。

ユニバーサルとカスタムの音質差

せっかく両方が手元にあるので、色々な状況でじっくりと交互に比較してみました。

AK SP1000

UE-RRはかなり解像感や細部の描写を得意とするイヤホンなので、普段の音楽鑑賞に使うには、対称的に豊かな鳴り方のアンプと合わせるのが好ましいと思うのですが、今回は真面目な比較試聴という事もあり、個人的に信頼を置いているAK SP1000 DAPを使いました。

ショップで最新のSP3000を借りてもよかったのですが、やはりUE-RR & SP1000という組み合わせが個人的にここ数年のレファレンスとして聴き慣れているので、あえてこれを選びました。

ユニバーサルとカスタムの違いについて、音質はそこまで変わらない、と言いたいところなのですが、実は結構違うように思えました。つまり、このモデルに限らず、カスタムを購入する際に、店頭のユニバーサル試聴機でのサウンドを目安に決めると、期待通りにいかない可能性もあります。

今回はあくまで私個人の感じた違いですが、身の回りで最近カスタムを作った他のイヤホンユーザーの話を聞いても、変化の傾向がおおよそ一致しているようなので、「カスタムにすると、大体こういう変化がある」という一般化はできるように思います。

一番明確な違いは、カスタムの方が音源というか出音面の距離感がピッタリ揃って、遠い感覚があります。最初に聴いたときは、中域がずいぶん奥まっている印象があったのですが、ぼやけたり解像感が損なわれているわけではなく、むしろ全部の音が一定の距離感から鳴っているのだと理解しました。

とくにマルチBA型の場合、それぞれのドライバーに任された帯域ごとに主張が強い部分と引っ込んでいる部分があり、主張している部分が間近で浴びせられるような感覚があるのですが、カスタムになったことで、クロスオーバー周波数とか位相回転のポイントとかをあまり意識しなくなり、このイヤホンが再生できる最低音から最高音まで安定して鳴っているようです。

逆に言うと、無難で落ち着いた鳴り方に感じるので、ユニバーサル版と比べると突発的な派手さが減って、全体が一つの質感に統一されたようなマイルド感があります。

これはきっと、カスタムを製造する際に耳穴に対して各ドライバーの配置による位相タイミングをピッタリ揃えているためだと思います。ユニバーサルでも揃っているとしても、シリコンイヤピースを使う以上、イヤホン本体の前後上下の傾きが発生するため、どうしてもカスタムほどピッタリ揃う事が不可能なのかもしれません。スピーカーに例えるなら、スパイクの前後傾斜やトーインを毎回アバウトな位置に変えるようなものです。

UE以外でも、たとえば64Audioのユニバーサルからカスタムに移行した友人も、同じような出音面の平面化、距離感の統一の効果が感じられたと言っているので、私と感想が一致しています。

次に、この出音の安定感にともない、とりわけ目立った違いとして感じられたのが、空間描写の正確さです。こちらもやはり、第一印象ではなんとなく空間が狭くなったようなコンパクトな鳴り方に感じたのですが、もっとじっくり聴いてみると、これまでユニバーサルでは高音や低音で無作為に飛散していた響きが、カスタムではしっかりと管理されて、性格な描写に近づいているようです。

カスタムの方が明らかに前方に投影される立体像の再現性が高く、自分の目前にある音場空間をじっくり眺めているような感覚になります。ホログラフィックな体験といった表現が一番近いです。

これはやはり耳穴に対してシェルがピッタリと定位置に定まり、ケーブルやイヤピースによる傾きが排除されるため、左右の音源のすり合わせが正確で、立体音像として浮かび上がってくるからだと思います。感覚としては、寄り目で見ると立体的に浮かび上がるステレオグラムとか、顕微鏡や双眼鏡の左右アイピースがピッタリ合ったときに得られる立体感と同じようなものです。

ユニバーサルでもフィットが正しければきっと同じような体験はできると思うのですが、今回カスタムを使っていて強く実感したのは、歩行中などに体が動いても音像がピッタリ合ってブレないあたりがユニバーサルとは大きく違う感覚です。ユニバーサルの場合、ちょっとでも頭が動くと左右イヤホンがわずかに傾いてしまうため、脳内の処理として立体音響を復元するに至らないのだと思います。普段聴いていてそんな事を考えもしなかったのに、カスタムと比べると確かにそんな気がしてきます。

さらに、もうひとつ肝心なのは、広帯域な遮音性の高さのおかげで、立体的な空間描写が際立っている印象です。詰まったような耳栓感覚というよりは、最高音までしっかり環境騒音をカットしてくれるため、音楽のプレゼンス帯域がノイズに埋もれず、空気感や臨場感の再現性が高くなります。これも、自宅の静かな環境であればユニバーサルでも同じ鳴り方が得られると思いますが、外出時の騒音下で使うとなるとカスタムの方がずいぶん有利に感じます。

これらのポイントをまとめると、騒音下であってもリアルで落ち着いた立体音響が得られるため、逆に考えると、カスタムを付けたまま外を出歩くと危険だな、とも思えてきました。単純に遮音性が高いというだけでなく、音楽の空間世界に没頭できてしまうため、意識を取られて、車などへの注意が向かない、という意味です。その点では十分な注意が必要だと思います。

あらためてカスタムとユニバーサルの違いについての話に戻ると、音質に関しては、ユニバーサル版と比べてカスタムのほうが大人しく落ち着いて距離感がある傾向のようなので、ユニバーサルのUE-RRが好きな人でも、カスタムだと退屈に感じるかもしれません。

そうなると、むしろユニバーサルだと派手でインパクトが強いと感じたイヤホンの方が、カスタムにした時にバランスよく仕上がるかもしれません。

ちなみにUE-RRのサウンドについての感想ですが、いくらカスタムで落ち着いたからといって、硬派なモニター調サウンドという点には変わりなく、音源によってはかなりシビアで使いづらいイヤホンです。

最近買った新譜でそれを特に実感したのが、FHRレーベルからAndrew Lucas指揮St Albans Cathedral Choirでブルックナーのモテット集です。似たような曲が続く教会合唱ですが、今作はベストヒット集みたいな選曲で、途中でオルガンソロも交えて退屈しないように作られているあたりは嬉しいです。

このアルバム、演奏や音色の美しさ、イギリス・セントオールバンズ教会の素晴らしい音響、そして90年代からずっと監督を続けてきたLucasと息のあった合唱隊の技術など、全ての点において申し分ないのですが、ただ唯一、大音量時に録音マイクがかなり飽和しています。ほとんどのイヤホン、ヘッドホンではそこまで気にならないのですが、UE-RRでは聴くに耐えないほど耳障りになってしまうため、純粋に音楽鑑賞として楽しめませんでした。

デジタルのヘッドルームは余裕を持って仕上げてあるのですが、マイクに入る段階で許容範囲ギリギリのようで、大音量の場面に差し掛かると7~10kHzくらいにピリピリと響きが乗っているのと、厚く複雑な波形に耐えきれず潰れている感覚があります。単独の歌手なら、これがマイク特有のコンプレッションとして有効に活かせるのですが、壮大な合唱だと厳しいです。

普段モニターに使っているDT1770PROやHi-X60ヘッドホンでも音量を上げれば確認できるのですが、カジュアルなリスニング音量であれば不満はありません。しかしUE-RRだとピリピリした感覚が明確に聴こえてきて、これはイヤホンが故障しているのか、それともヘッドホンアンプのパワー不足かと思って、DAWで開いて楽曲の周波数スペクトルを確認してみると、確かに高音の響きが存在するのが確認できる、といった感じです。

こういう高次倍音から外れた響きが目立ちます

つまりUE-RRは録音の細部を確認するためには最高のツールですし、楽曲が完璧に近いほど、その高音質を無濾過で楽しめる素晴らしいイヤホンだと思います。しかし逆に、ちょっとした不満でも不必要に際立たせてしまうため、聴くべき楽曲にかなりこだわる事になってしまいます。

優れた録音の例としては、TRPTKレーベルからJonatan Alvarado & Jessica Denys「Voces de Bronce」はUE-RRで聴いても素晴らしい音質が楽しめました。

ボーカルとギターのデュオ作品で、DSD256録音だそうです。二十世紀初頭に活躍したアルゼンチン歌手ガルデルの曲集というテーマで、タイトルどおり青銅のような豊かに響く歌声とギターの煌めきが絶妙に絡み合い、シンプルながら美しく収録されています。

個人的に6曲目のアップテンポな雰囲気から、7曲目でゲストのSophia Patsiによるドラマチックな歌に移るあたりが好きです。

Hiby RS6 & AK PA10

冒頭で言ったように、比較的シビアな鳴り方のUE-RRを音楽鑑賞に使うには、豊かなアンプを組み合わせると相性が良いです。

私の場合、最近はHiby RS6 DAPのライン出力からAK PA10アンプを通したサウンドでよく鳴らしています。

さっきまでAK SP1000や、DAWのパソコンに繋いでいたiFi micro iDSDとかの高解像寄りなサウンドだったので、それらと比べると、RS6の古典的なR2R D/A変換と、PA10のクラスAアンプ回路という、どちらもメーカーの独自色が強いディスクリート回路が厚みを加えて良い効果を発揮してくれます。試聴に使ったAlbaradoの歌声もしっかり充実しますし、さきほどのブルックナー録音も耳障り感が低減してそこそこ聴けるようになります。

金属ハウジングなどでクセが強いイヤホンの場合、こういった濃いアンプシステムでは双方の個性が喧嘩して濁った鳴り方になってしまうのですが、UE-RRであればその心配は無用で、ボーカルの芯やギターの艶をさらに引き出してくれます。すでに素晴らしい録音を、もっと自分好みに、魅力的に仕立ててくれるのがオーディオマニアの醍醐味なので、それを電気信号で行うか、音響で行うかという風に割り切って考えれば、システムの相性を検討しやすいです。

3Dスキャンとインプレッション

今回私がUEのカスタムを作ったのは、UE-RRが好きだからというのももちろんあるのですが、それだけでなく、昨今3Dスキャンに関して評判が良さげだから試してみたかったという理由も大きいです。

これについては多少ややこしい状況なので、ちょっと整理したいと思います。

まず、古典的なカスタムIEMというと、耳鼻科の専門家にお願いして、特殊な発泡もしくは液体プラスチックみたいなものを耳穴に流し込んで、それを固めて作った耳型(インプレッション)をイヤホンメーカーに送るというのが一般的でした。

このインプレッション式は今でも広く使われているのですが、それとは別に耳穴に3Dスキャナー機器を挿入して、内部の3Dデータを構築して、それをもとに作るというタイプも増えてきました。こちらは大体15分程度で終わるので、その手軽さから主にプロ用途(工事現場や撮影現場のワイヤレス用とか)に急速に普及しはじめています。

オーディオ向けでも、多くのイヤホンメーカーが両方の依頼に対応するようになってきましたが、まだインプレッション郵送のみしか受け付けないというメーカーも存在します。

これら二種類について、具体的に何が変わってくるのかというと、まずカスタムIEMメーカーというのは、耳型からそのまま同じ形状でイヤホンを作るのではなく、多少なりとも手を加えています。耳穴には柔らかい部分や口を開けると動く部分などがあるため、インプレッションとぴったり同じ形状に作ってしまうと、擦れたり圧迫したりで痛くなってしまいます。また音質面でも、出音ノズルの長さをどれくらいにするかなども調整が必要です。

大手メーカーであれば、過去のユーザー体験の統計もとに最適な作り方を把握しており、プロ用として失敗が許されない場面でも最適解を見いだせます。一方そういったノウハウや技術力が無いメーカーだと、見よう見まねでカスタムを作れたとしても、音質やフィット感のばらつきが大きかったりします。同じ耳型データを用いて同じメーカーから二つのイヤホンを注文したのに、片方はフィットが良好で、もう一方はフィットしてくれない、なんてトラブルもよく聞きます。

3Shapeのインプレッションスキャナー

インプレッションを使うメーカーの場合、そこから物理的に凹型をとって、レジンを流し込んでカスタムを作るような、デジタルに頼らない原始的な手法がある一方で、最近はほとんどの場合、送られてきたインプレッションを3Dスキャンにかけて、そのデータを元に3Dプリンターで製造する工程が主流なようです。

上の写真の3Shapeは元々は入れ歯を作るための歯科医用3Dスキャナーだったのが、耳のインプレッションにも応用されるようになったので、同社Youtubeチャンネルを見ても膨大な数の入れ歯スキャン解説動画の中でわずかにイヤホンがあるのが面白いです。

では、どちらにせよ3Dデータを元に作られるのであれば、インプレッションを3Dスキャンするのと、耳穴を直接3Dスキャンするのは同じなのかというと、そうでもありません。非接触センサーを使った耳穴3Dスキャンと比べると、インプレッションは物理的に耳穴にプラスチックを充填して作られるので、耳穴が押し広げられて、若干大きめの耳型が出来上がります。

つまり同じ人の3Dデータでも、インプレッションから作ったものの方が大きくなるわけです。これらの差を熟知しているメーカーであれば、どちらの方法で取得したデータかによって、最終的なカスタムIEMのサイズを微調整しているのですが、そうでないと、インプレッションから作ったカスタムはキツすぎる、3Dスキャンからのは緩すぎるといった問題が起こります。そのため、どのように作られたかわからない出所不明の3Dデータは受け付けず、特定のスキャン機器もしくは契約した専門家による測定のみに限定しているメーカーもあります。

3Dスキャンについては色々と課題もあるので、いまだにインプレッションに信用を置いているメーカーも多いです。

このあたりは、どれくらい耳穴の奥まで入れるかで医療行為として免許が必要かなど、各国のルールが違ったりするので、ややこしいグレーゾーンなわけですが、一般的に、耳穴に液体を充填するインプレッションを作るのはちゃんとした医療専門家が行うのに対して、3Dスキャンはちょっと講習を受けるだけで行える手軽さのおかげで、カスタムIEMの普及に貢献しています。

それなら耳鼻科に行く必要は無いのかというと、そのあたりが複雑です。3Dスキャンでも、測定を行う人の技術によって失敗も多く、たとえば耳穴の構造について熟知していない人が行うと、肝心な部分のデータが不完全なせいで、変に鋭角な形になり痛くなるといったことも起こります(データは完璧ではないため、一部欠落している部分をデジタル上で補完しているので)。

その一方で、耳鼻科医の方が良いのかというと、必ずしもそうではなく、簡易的な補聴器のためのインプレッションしか作ったことがない医師で、カスタムIEMにはもっと耳穴の外までモールドを取らないといけないのに、耳穴内部しか取らず、メーカーに拒否される、なんて話もありました。

また、日本人などアジア圏では信じがたい事ですが、海外では耳掃除を全くしない人も多く、十年以上触っていないという人も結構います。欧米人に言わせると「耳穴は絶対に触るな」と子供の頃から強く言われてきたらしいですが、実際のところ、これは「耳穴をいじると炎症したり感染症になったりするので、素人は触らない方がいい」「でもその代わりに定期的に医師に掃除してもらえ」という医師からのメッセージなわけですが、その話の後半を無視して、自分で掃除せず、医者にも行かず、放置している人がかなりいるらしいです。

そのような人の場合、3Dスキャン以前に、耳穴の内部が黒い塊で埋まっている、なんて事がよくあり、そもそも耳鼻科で綺麗に清掃してもらうまではスキャンすらできません。3Dスキャンの大敵は、耳垢はもちろんの事、耳穴内部の油分がセンサー光を反射してしまう事らしいので、たとえば普段からイヤホンを外した時に耳垢や油分がちょっとでも付着しているような人は、綺麗に清掃してからでないとスキャンはできないそうです。

3Dスキャンに関しては、現時点で何種類かの医療機器メーカーがスキャナーを作っており、イヤホンメーカー側としても推奨するスキャナーが違ったりします。

数年前に米軍が一般公開している報告書(→こちらでPDFでダウンロードできます)で、面白いものがありました。

米軍では、爆発音などで鼓膜を痛めてしまい、退役後もずっと難聴に苦しむ兵士が多いそうです。遮音性という点では、一般的な低反発スポンジの耳栓は非常に優秀なのですが、それらを兵士に支給しても、正しく(棒状に細く潰して、しっかり耳の奥まで入れて)装着できている率が非常に低いそうです。工事現場とかでも、まるでイヤホンのように耳穴に置いている程度の人をよく見ますが、それでは不十分です。

そのため、兵士ごとのインプレッションをとったものを、そのままカスタム耳栓として支給したところ、遮音性は高いものの、今度は圧迫が強すぎて長時間使用すると炎症を起こしてしまうそうです。そんなわけで、3Dスキャンによるカスタム耳栓を代わりに使えないかという調査報告のようです。そうすれば、兵士の健康診断の一貫でそれぞれの耳穴3Dデータを取得して、必要に応じて耳栓を生産できるようになります。

この報告書にはイヤホンユーザーとしても有意義な情報が一つあります。インプレッションからスキャンした3Dデータと、三種類の耳穴3Dスキャナーを使い、計四種類の3Dデータを元に、3Dプリンターでの自作と、Westoneなどのメーカーにデータを送ってカスタム耳栓を作ったもらったもので、使用者のアンケート統計を取った結果、それら全部が快適性や遮音性においてほとんど差が出ていません。

ようするに、どのメーカーの3Dスキャナーを使って測定したか、もしくはインプレッションか3Dスキャンかというのは、そこまで明確な差を生まないという事です。それよりも、それぞれのテクニックを熟知した技師が正しい手法で行う事が一番重要なようです。

よく見るスキャナー

この報告書で使われた三種類の3Dスキャナー(3Shape、eFit、Lantos)は、現在カスタムIEM用でもよく使われている装置ばかりです。

グルーガンみたいな形状のLantos、ウォーターフロスみたいな3Shape、双眼鏡みたいで耳周りにリングをつけるeFitと、どれも独特の形をしているので、ショップの写真とかを見れば、どのスキャナーを使っているか特定できます。

元々補聴器の分野で広く使われていますし、歯科などの巨大な市場も関わっているので、このような3Dスキャンから3Dプリントという一連のプロセスを手軽なパッケージ化する分野はスタートアップの勢いで急激に成長しています。

OtoscanのYoutube動画が参考になります

私の場合はUEなのでeFitでスキャンしてもらいました。eFitはUnited Sciencesというメーカーから2015年に登場したスキャナーなのですが、最近まではUEとの独占契約を結んでおり、UEイベントブースなどで見る以外ではあまり普及していませんでした。ライセンス品としてNatus Otoscanというスキャナーの方が有名かもしれません。どちらにせよ最近になってUE以外でも自由に使えるようになったようです。スキャナーはどのメーカーも3Dソフト込みで数百万円するらしいので、イヤホンショップや中小メーカーにとっては導入のハードルが高いです。

余談になりますが、最近ではスマホカメラを駆使して3Dスキャンっぽい事ができたりするので、耳の外側の形状を簡単に測定するくらいならそれで事足ります。ただし、耳穴内部のいわゆる外耳道という部分はまっすぐではなく、中で一回曲がる部分があるため(カスタムIEMの形状を見てもわかります)、その部分の先まで測定するとなると、やはり専門の耳穴奥へ挿入するタイプの3Dスキャナーが必要になってくるわけです。

ただし、そこまで奥深いフィットが必要かというと、必ずしもそうではなく、特に最近はワイヤレスイヤホンの普及から、世間のイヤピースへの興味が増しているため、個人で手軽に作れるカスタムイヤピースの需要も増しているようです。

Logitech Lightform

UEの親会社であるLogitechから出ているLightform (UE Fits)というのも面白いです。一見普通のイヤホンに、ゲル状のイヤピースが付属しており、それを耳穴に押し当てた状態でイヤホンのボタンを押すと、イヤホン自体から紫外線が発せられ、ゲルが硬化してカスタムイヤピースに変身するというアイデアです。

もちろん本物のカスタムIEMほど耳穴の奥までモールドできるわけではありませんが、自分に合うイヤピースが見つからない人にとっては面白いアイデアだと思います。

似たような紫外線硬化などを駆使して自宅でDIYできるイヤピースは他からも色々と出ていますが、特許の関係や、もしくは各国の医療機器のコンプライアンスなどもあり、そこまで普及しているわけではありません。

アイデアとしては、スポーツ選手が自宅でマウスピースを作るのと同じ感覚なので、このままワイヤレスイヤホンの普及が拡大すれば、全員がカスタムイヤピースを作るのが当たり前になってくるかもしれません。アップルやソニーが導入すれば一気に認知が広がりそうです。

おわりに

今回はUE-RRのカスタムIEMについて書いてみました。同じイヤホンをユニバーサルとカスタムの両方で揃えるなんて、よっぽどのイヤホンマニアでないとやらないと思うので、その点では参考になる点があれば幸いです。

やはり個人的に心配していたフィットの問題が皆無な事が確認できただけでも大きな収穫です。まるでグローブのようにピッタリと収まり、何時間付けていても不快になりません。

せっかく作ったのに耳穴が痛いとか、脱落するとか、左右のバランスが悪いという不具合に見舞われて、メーカーに問い合わせたら、「カスタムはそういうものだ」と言われた友人もいました。少なくとも私の体験とは異なるので、しっかりと不満に対応してくれて、具体的な対策を提案してくれる専門家やメーカーを選ぶのが重要かもしれません。

私の場合はUEを選びましたが、UEのカスタムは遮音性が非常に高いので、カジュアルなリラックスした音楽鑑賞には向いていません。その点では、たとえば通気性のあるApexモジュールで有名な64 Audioのカスタムとかも作ってみたいとは思ったりもします。

また、日本は意外とカスタム大国で、一番有名なFitEarはもちろんのこと(歴代モデル名が多すぎて、結局どれが良いか悩んでしまい購入できていません)、ソニーJust Earも長年好評のまま、最近になってスタンダードモデルも登場して注文しやすくなりました。FinalのZE8000もカスタムイヤピースを作るサービスが発表されましたが、技術志向のFinalらしく、耳穴だけでなく、顔と耳介の形状までスキャンする事でリアルな音響を再現するというのだから驚きです。今後このようなカスタムモールドの正確性とDSPによるカスタム信号処理の組み合わせがイヤホンを次世代へと導くのかもしれません。

気軽に中古で売り買いできないカスタムだからこそ、特別な思い入れがある人が多く、私の場合も、日々新作イヤホンをあれこれ試聴している中でも、拠り所になるレファレンスとしてUE-RRを長年使ってきたからこそ、古いモデルですが、カスタムを作るならやはりこれだろうと確信が持てました。

相変わらずユニバーサルイヤホンも買ったり試聴したりしていますが、それとは別腹で手元にカスタムが一つあると、新作イヤホンやアンプ機器の比較試聴にも自分なりの基準点が見いだせるようで、これからも重宝しそうです。