Audeze Mobius |
クラウドファンディングサイトIndiegogoから、サポーター向けの先行発売で手に入れました。正式販売価格はUS$399になるそうです。
MobiusはAudezeが誇る平面駆動型ドライバーを搭載する密閉型ヘッドホンで、Bluetooth・USBケーブル・3.5mmアナログケーブルという三系統で活用できます。
注目すべきは、ヘッドトラッキングとDSP演算による仮想音像の三次元サウンドローカリゼーションという画期的な機能を搭載しています。ヘッドホンオーディオにおける革新的な商品かもしれないと、興味を持って買ってみました。
Mobius
今回私がMobiusを購入した「Indiegogo」というのは、米国のクラウドファンディングサイトです。IndiegogoのMobiusサイト |
https://www.indiegogo.com/projects/mobius-immersive-cinematic-3d-audio-headphone
ベンチャー企業のアイデアに対して、我々一般人がサポーターとして一定金額を出資することで、完成した暁には商品の先行入手などの見返りが得られるというビジネスモデルです。似たようなサイトでは「Kickstarter」なんかも有名です。
ご存知のとおりAudeze社は新興ベンチャー企業などではなく、すでに十分な実績と開発力を持っている大手ヘッドホンメーカーなのですが、今回Mobiusヘッドホンを開発するにあたり、あえてIndiegogoから発表することを選んだようです。
Audeze LCDシリーズ |
同社の高級ヘッドホン「LCD」シリーズなどのように、普通にオーディオショップ店頭に並べるというやり方もできたと思いますが、MobiusをあえてIndiegogoから出した事にはいくつかのメリットがあります。
まず、コンセプトに対して相当数の出資者が集まらなければ計画が頓挫するので、市場の需要を「出資者数」というリアルな数字で把握できるので、リスク回避できますし、量産に向けての目安が立てられます。
クラウドファンディングというと「実現不可能な絵空事で出資者から資金を集めて雲隠れする」(開発費用と称して豪遊するなどの)ような悪質なベンチャーも多いことが近年問題になっていますが、Audeze Mobiusの場合は、信頼の置ける実績のあるメーカーということで、当初の目標を大幅に上回る$1,150,000(約4,000人・1.28億円)以上という資金を集めることができました。
Mobiusはゲーミングヘッドセット市場を視野に入れているので、これまでのような高級オーディオショップでの販売のみでなく、新たなユーザー層を獲得したいという狙いがあり、そのためにも、ネットニュースやITガジェット系雑誌で取り上げられやすいクラウドファンディングを使う事は良い宣伝効果にもなります。
試作機の試聴デモなども、いわゆるオーディオショウのみでなく、E3などゲームイベントに重点を置き、「興味があったらIndiegogoで出資してください」という流れは、新たな市場を開拓するための上手なマーケティング戦略だと思います。
そんなわけで、2018年4月に始まったクラウドファンディングでは、サポーターとして$249を支払うことで、製造が始まり次第、初回ロットが優先的に郵送されるというシステムで、7月~9月にかけて私を含む約4,000人の手元にMobiusが届きました。
本来であれば7月の時点で全て発送が終わる予定だったのですが、最初期のロットではバックグラウンドノイズが大きいというクレームがあったそうで、そこから全品回収で電子回路を作り直したので9月にずれ込んだそうです。そんな開発の進行状況が逐一メールで報告されるなど、リスクやリアルタイム性もクラウドファンディングの面白いところなので、そういう不確定要素が我慢できない人は、おとなしく店頭在庫が流通するまで待っているようです。
クラウドファンディングの4,000人分が終了した後に店頭在庫の量産が始まり、正式リリースとなるのですが、標準価格は$399になる予定なので、$249というサポーター価格はかなりお買い得でした。
さらに、クラウドファンディング版ではボーナスとしてキャリーケースが付属しているのですが、Audeze公式サイトを見る限り、このケースは通常版では$39の別売になるようです。
3Dヘッドトラッキング
Mobiusヘッドホンの重要なギミックとして、内蔵ジャイロセンサーによる3Dヘッドトラッキング・バーチャルサラウンド機能を搭載しています。「3D」ボタン |
本体の「3D」ボタンを長押しすることで「マニュアル・オート・オフ」を切り替える事ができるので、オフにすれば通常のステレオヘッドホンとしても使えます。
3DモードがONの状態では、まず装着時に前方(たとえばテレビやパソコン画面)を向いて3Dボタンを押すことで、そこが空間のセンター基準点として設定され、それ以降は、サウンドが常にそっちの方向を前方として鳴っているように聴こえます。
センター基準点は3Dボタンを押すごとに何度でも設定しなおせます。(オートモードでは数秒ごとに自動的にセンター基準点が再設定されます)。
つまり視覚におけるVRゴーグルと同じような手法で、ヘッドホンのジャイロセンサーとDSPによって、たとえば自分が顔を左に向ければ、音像が右耳の方から聴こえるようにリアルタイムで音響を計算してくれます。単純に左右のパンのみではなく、高度なバーチャルサラウンド空間の反響なども計算してくれるので、かなりリアルな効果が得られます。
映画を見たりゲームをしているときなどは、ずっと画面の方を向いているので、そんなジャイロ機能はあまり意味が無いのではと思うかもしれませんが、人間の脳というのは不思議なもので、無意識に頭をわずかに動かし続けることで、左右の耳で音源の方角や距離などを把握しています。ヘッドホンと比べてスピーカーオーディオが優れているのはまさにこの点で、一般的なヘッドホンではその行為が崩壊するのですが、Mobiusではそれをバーチャルで再現してくれるため、脳が現実のように錯覚してくれるという仕組みです。
Mobiusがとくに絶大な効果を発揮するのが3Dゲームです。FPSやドライビングシミュレーターなど、最近のゲームは、画面上のプレイヤーの視点操作にあわせてゲーム内のマルチチャンネルサラウンド音響を自動生成しているので、没入効果を担う大きな要素になっており、オーディオ技術としては最先端の分野です。
もしくは、画面上でキャラクターが自分に向かって喋っているような場面でも、映像と音声の方角がぴったり一致するので、より実在感が強まります。
ゲーム以外でも、音楽鑑賞では歌手や生楽器が定位置に存在するように感じられますし、さらに映画やクラシック音楽などのサラウンドオーディオ音源も、サラウンドスピーカー環境をMobiusで再現することが可能になります。
MobiusのヘッドトラッキングセンサーとDSP処理は、Waves Nxという会社が開発した技術をライセンスしたもので、Mobiusヘッドホンにも同社の「Nx」というロゴがあります。
ちなみに、この会社はヘッドホンではなく、ヘッドホンの上につけるジャイロセンサーと、連動するDSPソフトのセットを販売しています。
Waves Nx |
つまり上の写真のようなWaves Nx社のモジュールを買って通常のヘッドホンに装着しても、ほぼ同様の効果が得られるのですが、まずセンサーがちょんまげのようでカッコ悪いという点と、DSP演算を行うために専用パソコンソフトが必須な点、そしてヘッドホンとの相性次第で効果の具合が変わってしまうという問題があります。
AudezeはセンサーとDSP演算技術をまるごとMobiusヘッドホンに内蔵して、ヘッドホン本体の音響特性と合わせたトータルデザインを実現し、面倒な設定などがいらず、買ってすぐ使えるというところが画期的です。
パッケージ
クラウドファンディング仕様だからでしょうか、化粧箱は無く、ただのダンボール梱包の中にキャリーケースと説明書がそのまま入っていました。ダンボール |
キャリーケース |
本体と説明書 |
付属ケーブル類 |
本体デザインはいわゆる「最近の密閉型Bluetoothワイヤレスヘッドホン」といった感じで、BOSE QC35やソニーWH-1000などよりも大きくゴロンとした手触りです。
どちらかというとゼンハイザーやソニーなどの家庭用シアターヘッドホンに近い印象です。特に私自身がソニーWH-L600を最近ずっと使っていたので、あまり違和感無く移行できました。
一般的な密閉型ヘッドホンです |
本体はブルーとカッパー(銅)の二色から選べたのですが、私はカッパーを選びました。
ゲーミング市場ということで、これまでのAudeze高級ヘッドホンと比べるとデザインの対象年齢が低めでチープな印象はあります。
ただし、世間のゲーミングヘッドセットというと、もっと奇抜で派手なデザインが多いので、その中では比較的落ち着いた部類かもしれません。ゲーミングブランドによくありがちな、ロボットや宇宙船みたいな、大人が使うには恥ずかしいデザインにしなかっただけありがたいです。
ほぼ全てプラスチックですが、表面のゴムっぽいマットな質感は良好ですし、ハウジング側面の印刷パターンも意外と凝っていてかっこいいと思います。
ところで、先行販売版のみなのかもしれませんが、私のMobiusは開封時に粉っぽい手触りがして、ものすごい薬品のような臭いで困りました。
Mobiusを手にとっただけで目がしばしばして、クシャミや鼻水がとまらなくなり、部屋の空気清浄機も自動でフル回転しはじめました。多分製造工場で使われた薬品なのだと思いますが、乾拭きして屋外で一日中干したら臭いは消えました。そんな環境で毎日働いている工場労働者のことを考えると恐ろしくなります。
シールが剥がれてました |
シリアルナンバーなどはアームの裏側にシールが貼ってあるのですが、それが新品開封時からすでに剥がれていました。これも製品版では改善してもらいたいです。
装着感
Mobiusの装着感はごく一般的な密閉型ヘッドホンといった部類で、そこまで目立った不具合は無く、ゲーム中に8時間くらい装着していても痛くなりませんでした。巨大な平面ドライバーやバッテリーを搭載しているので、重量は350gとまあまあ重いです。Audezeヘッドホンでいうと、SINEが230g、EL-8が460gなので、ちょうどそれらの中間くらいです。ちなみにAudeze LCDシリーズは550g以上もあるので、それと比べればMobiusはずいぶん軽量です。
密閉型らしく、しっかりしたフィット感です |
イヤーパッドは上質です |
側圧はそこそこ強めでカポッと耳周りを覆う感じですが、イヤーパッドが厚手で柔らかいので音漏れは少ないです。しかも意外と通気性が良く、長時間でも汗で蒸れたりしませんでした。頭頂部のパッドは薄手なので、ここは微調整しないと痛くなるかもしれません。全体的に他社の売れ筋モデルをしっかり勉強して設計された、無難で良くできたヘッドホンだと思います。
ブームマイクは取り外し可能です |
着脱式ブームマイクも付属しており、専用の3.5mmアナログ端子に挿入します。本体にはマイクが内蔵されていないので、ブームマイク無しで通話に使ったりはできないようです。Bluetoothといえども屋外でモバイル用途に使うことは想定していないのでしょう。
Audeze平面駆動ドライバー |
イヤーパッドは、周辺のプラスチック部品と一緒に引っ張ることでツメが外れて分離できます。中を覗いてみると、ちゃんと巨大な平面型ドライバーが確認できるので嬉しいです。
ゲーミングメーカーのヘッドセットというと、外見の派手さとは裏腹に肝心のドライバーは粗末なものが多いですが、こうやってハイエンドヘッドホン由来の高性能ドライバー技術をそのまま投入してくれた事は、今後の業界の流れを変える大きな一手だと思います。
ボタンと機能
ヘッドホン本体の操作系はすべて左側ハウジングに集約されており、手触りで判別できるので、すぐに慣れましたし、そこそこ使いやすいと思いました。3.5mmやUSBなど、使用モードはケーブル接続によって自動的に切り替わります。ちなみに音声ガイダンスもあるので、たとえばUSBケーブルを接続すると「USB」と喋ってくれます。
マイクミュートと電源スイッチ |
電源ボタンは長押しでON/OFFですが、Bluetooth接続時は、短く押せば再生ポーズ、二回押せばBluetoothペアリングです。
ヘッドホンとマイクボリューム |
3D・マイク入力・USB C・3.5mmアナログ入力 |
ハウジング側面には、一番上にヘッドホンボリューム、その下にはマイクボリューム、そして手前側には「3D」モード切り替えボタンがあります。
ボリュームはステップのあるダイヤルエンコーダーで、USB接続時にはパソコンOS上のボリュームと連動します。
ボリュームは押し込みスイッチにもなっており、ヘッドホンボリュームは押してから回すとBluetooth再生時は曲送り・戻しになり、マイクボリュームはDSPエフェクト選択として使えます。
ちなみに、最近Bluetoothヘッドホンというとタッチセンサー操作のモデルが多いですが、私は個人的にあれが大嫌いなので、Mobiusのように確実に操作できるスイッチやダイヤルはとても嬉しいです。とくにボリュームは、アバウトなスワイプ動作とかではなく、カチカチとワンステップごとに微調整できるのはありがたいです。
Bluetooth
ケーブルを外した状態ではBluetoothモードになり、ここで電源ボタンを二回押すとペアリングモードに入ります。公式スペックによると、SBC・AAC・LDACと書いてあります。aptXに未対応なのは残念ですが、ライセンス関係の事情があるのでしょうか。
公式サイトのFAQによると、連続再生時間は約10時間で、USBでのフル充電は3時間程度だそうです。
MacではAAC接続になりました |
色々試してみたところ、Macbook AirからはAAC接続になり、Mac OS側でaptXモードを選んだらSBC接続になったので、やはりaptXは使えないようです。
XperiaスマホにペアリングしてみるとLDACでつながったので、これは結構嬉しいです。
個人的にこれまで使ってみたBluetoothヘッドホンの中でも、Mobiusはそこそこ接続が安定しており、大通りや電車駅でもドロップアウトすることが少なかったです。ただしLDACで高音質モードを使う場合は歩行中などは音飛びが発生したので、そのあたりは仕方がないようです。
実際ここまで大きなヘッドホン(しかもアクティブNC非搭載)を外出時に使う機会は無いと思いますし、aptX HDのような最先端の高音質モードが無いのはちょっと残念ですが、スペックの範疇としてはよくできたヘッドホンだと思います。(紙面上は高スペックであっても、ドロップアウトしてばかりで使い物にならないBluetoothヘッドホンはこれまでにたくさん経験しています)。
ちなみに3DモードはBluetoothでも使えますが、スマホからLDAC接続した時のみ3Dボタンが使えなくなりました。そういう仕様でしょうか。
3.5mmアナログ入力
付属している3.5mmケーブルは両端がTRRS・4極ですが、グラウンドは共通しているらしく、一般的なTRS・3極接続で使えました。3.5mmアナログケーブル |
ちなみにアナログ入力でも3Dモードが使えることからもわかるように、アナログ信号はMobius内部でまずデジタル変換され、DSPや内蔵アンプを通して音が出ます。ピュアオーディオマニアからするとデメリットと思えるかもしれませんが、この内蔵アンプのおかげでスマホなど非力なソースからでも十分な音量が得られるので、このヘッドホンの用途としては妥当だと思います。
3.5mmケーブルからヘッドホンのインピーダンスを測ってみたところ、6~4kΩ程度だったので、再生機器側から見るとほぼ無負荷な(いわゆるライン入力)状態です。一部の真空管アンプなど、無負荷で電流が流れないと特性が暴れるようなアンプとは相性が悪いかもしれません。
USB接続
Mobiusの本体にはUSB C端子があり、USB A(USB 2.0)とUSB C用のケーブルが付属しています。つまりUSBケーブルをヘッドホンケーブルとして利用するという事です。本体の充電も兼ねているので、USBケーブルで使えばバッテリーの心配はいらないということです。USB Aケーブル |
Windows上ではヘッドホンデバイスとして認識します |
どちらもパソコンに接続するとUSBヘッドホンデバイス(つまりUSB DAC)として認識するので、ドライバーいらずで手軽に使えました。
Mobiusに付属しているUSBケーブルは、USB A・USB Cタイプのどちらもゴワゴワして硬いので、ヘッドホンケーブルとしてはちょっと使いづらいです。なにか社外品で柔らかいケーブルを探したいです。
ケーブルの長さは1.5mですが、座席からパソコンまでの距離がもっと遠い人もいると思うので、USBケーブルはどれくらいの長さまで許容できるのかも気になります。(一応USB 2.0規格上は5mですが、粗悪ケーブルでは2~3mくらいが限界のようで、パソコンのバスパワー電力にも依存します)。
USB C→Cケーブルでスマホからも音が出せました |
興味本位で、付属のUSB C→CケーブルでXperiaスマホに接続してみたところ、ちゃんと外部DACとして認識して音楽再生ができました。ちなみにXperia標準アプリは使えたのですが、オンキヨーHF Playerでは認識するものの音楽が鳴りませんでした。
そこで、ちょっとした隠し機能になるのですが、USB接続時にマイクボリュームを長押しすると、強制的に2chステレオ・48kHzモードに切り替わり、この状態だとHF Playerでも音が鳴りました。
ハイレゾ2chモード |
そこから再度長押しすると、2ch・96kHz・24bitの「ハイレゾ」モードになり、HF Player上でも96kHz DACとして認識されます。このモードでは3Dヘッドトラッキングが無効になります。
さらにもう一度長押しすることで、本来の8ch・48kHz・24bitサラウンドモードに戻ります。(音声ガイダンスがあるので、間違えることはありません)。
細かい機能ですが、ドライバー不要のUSB Class 1の範疇で、できる限りのギミックを詰め込んだといったところでしょう。PCで純粋な2chヘッドホンとして楽しむような使い方もできそうです。
ただし、音楽を聴いていると急激にスマホの電池を消耗するので、スマホとのUSB接続は全くおすすめできません。
Audeze HQ |
MobiusをWindowsパソコンにUSB接続したときのみ、専用プログラム「Audeze HQ」が利用できます。通常はこのプログラムを使う必要はありませんが、連携させることで各種詳細設定が行えます。
まずプログラム上にCGの顔面があり、自分が装着しているMobiusとリアルタイムで連動して回転してくれます。ピッチ・ヨー・ロールの三軸数値も表示され、実際にジャイロ効果が目視できるのは面白いです。
DSPの効果をさらに高めるために、自分の頭の外周寸法や、後頭部の耳から耳への距離をデフォルト値から変更する事もでき、ルーム音響の効き具合も調整できます(デフォルトで35%)。これらがヘッドホンに書き込まれるため、自分専用としてカスタマイズすることができます。
別のタブでは、DSPエフェクトが選べます。「Flat・Default・Foot Steps・Ballistics・Music・Racing・RPG」とあるので、主にゲーム用途のようです。
ちなみにこのエフェクトはヘッドホン本体からも切り替えが可能で、方法は、マイク用ボリュームノブを押し込んでから回転させると切り替わります。音声ガイダンスで現在のモードを喋ってくれるのはありがたいです。
MobiusをUSB接続で使う最大のメリットは、サラウンド音源が扱えることです。「8ch・48kHz・24bit」のデバイスとして認識するので、5.1ch・7.1chなどのサラウンドデータをそのまま送る事ができます。
普通のバーチャルサラウンドヘッドホンであれば、「結局ヘッドホンは左右2chのドライバーしか無いのだから、サラウンドデータなんて無意味だ」なんて思えたりしますが、Mobiusの場合はヘッドトラッキング機能があるので、背後のサウンドデータがあるのは非常に重要です。
Bluetoothは2chステレオです |
3.5mmアナログ入力は当然2chステレオのみですし、Bluetoothオーディオも2chステレオの規格ですから、ゲームや映画などの本物のマルチチャンネル・サラウンドを扱いたい場合はUSB接続に限定されることになります。
ちなみに「3D」ヘッドトラッキング機能は3.5mm・Bluetoothでも使えますが、その場合2chステレオ音声をもとにバーチャル化するだけなので、USB接続で本物のサラウンドデータをもとにバーチャル化する方が一枚上手です。
PS4では2chのみ |
ただし、現状でサラウンドはパソコンでのみ対応しており、PS4など家庭用ゲーム機は非対応です。ためしにMobiusをPS4にUSBで接続してみると、ヘッドホンとして認識しません。Mobiusを強制48kHz 2chモードに(マイクボリューム長押し)すると認識され、音が出るようになります。
PS4はライセンス契約金や独占権(汎用機は許さない)などの事情でサラウンドに対応させるのが困難だそうです。とはいえ本家のソニーからもまともなUSBサラウンドヘッドホンが出てないので、結局誰もが損をしている残念な状況です。つまり、ソニーがポリシーを変えない限り、もし万が一今後出すとしても、PS4専用Mobiusといった形になるだろうとのことです。
8ch・48kHz・24bitに固定です |
ところで、Windows上でこの手のサラウンドUSB DACの扱いについてあまり詳しくないのですが、Mobiusの場合、チャンネル数やサンプルレートなどの設定は「8ch・48kHz・24bit」に固定されており変更できません。
さらにサウンド・コントロールパネルの「スピーカーのセットアップ」もグレーアウトされているので、実際どのようなチャンネル構成になっているのかいまいちよくわかりませんでした。8ch(つまり7.1ch)といっても、各スピーカーの配置については色々と異なる規格が混在しています。
8chのバランス調整もあります |
Macでも同様です |
バーチャルサラウンドなので、実際のところ、各プログラムやゲームにて正しくサラウンドが機能しているのかどうか把握しにくいこともあります。(本物のマルチスピーカーサラウンドだったら、各スピーカーに耳をあてれば音が出ているかで判別できます)。たとえばVLCというソフトで映画を見ようとしたら、は色々と設定をいじってみたのですがどうにも上手く行きませんでした。(映画の音は鳴るのですが、サラウンドがどうしても2chになってしまいます)。
プログラム開発者・ゲームデベロッパーごとにDirect Sound・DirectX Spatial Sound、最近だとWindows Sonicなど、プログラム内からWindowsオーディオデバイスドライバーへの受け渡し方法にいくつか異なる方法があるので、それらが正しくMobiusの存在を把握して8chのリニアPCMを出力しているのか確認できません。
せっかくのサラウンドヘッドホンなので、このあたりの情報をもうちょっと明確にしてくれたら嬉しかったです。たとえば「Audeze HQ」ソフトのオーバーレイ表示で、現在再生中のチャンネル数や周波数スペクトラムを表示してくれる機能とかがあれば便利だと思います。
Foobarにて5.1chサラウンドFLACファイル再生 |
音楽鑑賞でサラウンドFLACファイルなどを再生する場合は、FoobarやJRiverなどサラウンド対応プログラムを使えば、Mobiusは正しくサラウンドDACとして活用できました。後方チャンネルもしっかり後方から聴こえますし、音楽再生中にチャンネルレベルメーターでどのチャンネルが使われているか目視できるので、正しく設定できているか確認できます。
たとえば上のスクリーンショットの例では、Foobarからクラシックの5.0ch FLACファイルをMobiusで再生しています。レベルメーターを見ると、5chが使われており、LFEサブウーファーチャンネルは未使用というのが見えます。(大抵のクラシック録音はこのような5.0chです)。
音質とか
前置きが長くなってしまいましたが、Mobiusは多機能なヘッドホンなので、全貌を把握するだけでも一苦労です。
肝心の音質については、まずUSB接続でのPCゲームと、それからサラウンドや2chステレオの音楽鑑賞をそれぞれ試してみました。
まずPCゲームでは、サラウンド音響効果が実感できるShadow of the Tomb Raider、Ghost Recon Wildlands、Assasins Creed Origins、FFXV Windows Edition、Forza 7など、普段から遊んでいる作品を色々と試してみました。
どのゲームでも、Mobiusはこれまで使っていたソニーのサラウンドヘッドホン「MDR-HW700DS」「WH-L600」と比べて音質、臨場感ともに飛躍的に優れていると思えました。
DSPやヘッドトラッキング効果以前に、Mobiusはヘッドホンそのものの音質特性がとても優秀だと思います。たかがゲーミングヘッドセットと侮っていたのが申し訳ないくらいです。
Mobiusと比べると、たとえばソニーのサラウンドヘッドホンの場合、2chステレオヘッドホンとしては明らかに劣るサウンドで、そこにDSPのフワッとした響きで空間を表現しているのですが、Mobiusは解像感や見通しの良さが優れており、音源の位置や距離感がピンポイントでクッキリと現れます。
サラウンドヘッドホンに限らず、この手の密閉型ヘッドホンというと、ほとんどが「低音がモコモコと膨らみ、高域は耳に刺さる鳴り響き」という音作りになりがちなのですが、Mobiusはその真逆で、低域から高域まで誇張や穴が無く、距離感がピタッと揃っています。簡単に言えば「余計に響かない」という点が優秀です。DSPを通しているのに、ちゃんとAudezeらしい平面駆動型ドライバーの特性が活かされている事が実感できました。
高レスポンスでクリアなサラウンド音響が形成されるので、遠くにある音源(たとえば100m先に川が流れているとか)や、身の回りの風切り音などが綺麗に分離してくれますし、さらにキャラクターの音声が環境音に埋もれずにクッキリと聴こえます。ドライビングゲームであれば路面ノイズやフロントガラスのワイパー音であったり、TPSやRPGならば複数のパーティーメンバーと会話や位置関係が非常にリアルに伝わってきます。
とくに過去のバーチャルサラウンドヘッドホンと比べて優れているのは、背後の音源がちゃんとそのように聴こえることです。もちろんDSPによる錯覚なのですが、それでも十分な現実味があります。3Dヘッドトラッキングが上手く働いている事も貢献していると思います。あえて大きく後ろに振り向かなくても、ちょっとした頭の動きに連動することで、自然に「背後で鳴ってる音だ」というふうに錯覚できるのでしょう。
3Dヘッドトラッキングを使い始めて最初の10分ほどは、すごい3D効果に驚き、面白くて不必要に頭をぐるぐる回してみたりするのですが、慣れてくるとそれが当然のごとく無意識に没入するようになってきます。センター位置設定もそこまでシビアではなく、多少ズレていても気になりません。
今回、真夜中にゲームをしていて、ふと横を振り向いた時、ヘッドホンではなくスピーカーから音が出ているのかと一瞬混乱して慌ててしまいました。とくにテレビの横にスピーカーが置いてある場合は、ヘッドホンではなくそっちから音が出ているのかと、ヘッドホンを外して何度も確認したくらいです。
ゲームに関しては、これまでどのヘッドホンでもこれ以上優れた体験をした前例が無いので、Mobiusは現時点では最高の3Dゲーミングヘッドホンだと思えました。過剰なDSP処理で誤魔化すのではなく、むしろヘッドホンそのものの高音質ぶりが十分に活かされている事が決め手です。
まずPCゲームでは、サラウンド音響効果が実感できるShadow of the Tomb Raider、Ghost Recon Wildlands、Assasins Creed Origins、FFXV Windows Edition、Forza 7など、普段から遊んでいる作品を色々と試してみました。
どのゲームでも、Mobiusはこれまで使っていたソニーのサラウンドヘッドホン「MDR-HW700DS」「WH-L600」と比べて音質、臨場感ともに飛躍的に優れていると思えました。
DSPやヘッドトラッキング効果以前に、Mobiusはヘッドホンそのものの音質特性がとても優秀だと思います。たかがゲーミングヘッドセットと侮っていたのが申し訳ないくらいです。
Mobiusと比べると、たとえばソニーのサラウンドヘッドホンの場合、2chステレオヘッドホンとしては明らかに劣るサウンドで、そこにDSPのフワッとした響きで空間を表現しているのですが、Mobiusは解像感や見通しの良さが優れており、音源の位置や距離感がピンポイントでクッキリと現れます。
サラウンドヘッドホンに限らず、この手の密閉型ヘッドホンというと、ほとんどが「低音がモコモコと膨らみ、高域は耳に刺さる鳴り響き」という音作りになりがちなのですが、Mobiusはその真逆で、低域から高域まで誇張や穴が無く、距離感がピタッと揃っています。簡単に言えば「余計に響かない」という点が優秀です。DSPを通しているのに、ちゃんとAudezeらしい平面駆動型ドライバーの特性が活かされている事が実感できました。
高レスポンスでクリアなサラウンド音響が形成されるので、遠くにある音源(たとえば100m先に川が流れているとか)や、身の回りの風切り音などが綺麗に分離してくれますし、さらにキャラクターの音声が環境音に埋もれずにクッキリと聴こえます。ドライビングゲームであれば路面ノイズやフロントガラスのワイパー音であったり、TPSやRPGならば複数のパーティーメンバーと会話や位置関係が非常にリアルに伝わってきます。
とくに過去のバーチャルサラウンドヘッドホンと比べて優れているのは、背後の音源がちゃんとそのように聴こえることです。もちろんDSPによる錯覚なのですが、それでも十分な現実味があります。3Dヘッドトラッキングが上手く働いている事も貢献していると思います。あえて大きく後ろに振り向かなくても、ちょっとした頭の動きに連動することで、自然に「背後で鳴ってる音だ」というふうに錯覚できるのでしょう。
3Dヘッドトラッキングを使い始めて最初の10分ほどは、すごい3D効果に驚き、面白くて不必要に頭をぐるぐる回してみたりするのですが、慣れてくるとそれが当然のごとく無意識に没入するようになってきます。センター位置設定もそこまでシビアではなく、多少ズレていても気になりません。
今回、真夜中にゲームをしていて、ふと横を振り向いた時、ヘッドホンではなくスピーカーから音が出ているのかと一瞬混乱して慌ててしまいました。とくにテレビの横にスピーカーが置いてある場合は、ヘッドホンではなくそっちから音が出ているのかと、ヘッドホンを外して何度も確認したくらいです。
ゲームに関しては、これまでどのヘッドホンでもこれ以上優れた体験をした前例が無いので、Mobiusは現時点では最高の3Dゲーミングヘッドホンだと思えました。過剰なDSP処理で誤魔化すのではなく、むしろヘッドホンそのものの高音質ぶりが十分に活かされている事が決め手です。
一方、私がこれまで使ってきたソニーのサラウンドヘッドホンの方が優れている点は、ワイヤレスだという事です。テレビの大画面でゲームを遊びたいという人は、必然的にパソコンも数メートル離れている場合が多いので、Mobiusが有線というのはハードルになるかもしれません。
逆にノートパソコンやパソコンデスクのモニターでプレイする人にとっては、Mobiusなら余計な無線送信機やサウンドカードなどが不要で、USBケーブルを挿すだけで高音質が得られるのが魅力的です。
私の場合、テレビやパソコン本体から3mくらい離れてプレイしているのですが、手元にあるPCキーボードにUSBハブがついているので、そこにMobiusを接続して使うことにしました。慣れればそこまで邪魔には感じません。
逆にノートパソコンやパソコンデスクのモニターでプレイする人にとっては、Mobiusなら余計な無線送信機やサウンドカードなどが不要で、USBケーブルを挿すだけで高音質が得られるのが魅力的です。
私の場合、テレビやパソコン本体から3mくらい離れてプレイしているのですが、手元にあるPCキーボードにUSBハブがついているので、そこにMobiusを接続して使うことにしました。慣れればそこまで邪魔には感じません。
音楽鑑賞
今回私がMobiusヘッドホンに対して普段以上に好印象なのは、ゲーミングのみでなく音楽再生にて想定外に満足できたから、という事が大きいです。とくに値段を考えるとかなり頑張ったと思えます。通常の2chステレオ音源を聴いてみると、USB・3.5mmアナログ・Bluetoothの三系統でそれぞれサウンド傾向がかなり異なるのが面白かったです。
どれが最善と断言するのは難しいのですが、3Dモードをオフにして、ただのステレオヘッドホンとして評価するならば、個人的な音色の好みとしては3.5mm>USB>Bluetoothという順になります。
どの方式でも共通するMobiusの特徴は、特定の周波数帯域に誇張が無く、音像が整っており、いわゆる頭外定位を実現できていることです。低音も高音もしっかり正しい位置で鳴るので、ハウジング由来の共振が上手に管理できており、これといったクセや不快感がありません。DSPを通しているためか、線が細くシュワシュワした空気感が多めでクロスフィードがかかっているような前方定位が得られるのですが、他社のクロスフィードにありがちな周波数の偏りや、音響の捻じれが感じられないのが優秀です。
音色の感覚としては、密閉型SINEやEL-8ほどのパンチや圧迫感は無く、メリハリは弱いのですが、よく聴けば綺麗に遠くまで見通せるといったイメージです。緻密な分析能力とか、正確なモニターヘッドホンという感じではありませんが、アクティブ式の密閉型ヘッドホンでここまで聴きやすく調整されているヘッドホンというのは珍しいと思います。
3.5mmアナログ接続で、iFi Audio micro iDSD BLから駆動してみたところ、自然でリラックスしたサウンドが得られました。若干緩く、そこまで解像感は高くないですが、音場が破綻しないので、ハイレゾクラシックとかでも限界を意識せずに十分楽しめる優秀なサウンドです。
一方、USB接続で使ってみると、もうすこしクリアさが増すものの、中高域の情報量が増えて腰高な音色になります。この点については、同社のSINEやEL-8に付属するLightning DACケーブル「Cipher」と同じような傾向なので、もしかするとAudezeの考える正しいサウンドというのはこのような感じなのかもしれません。外部アンプやDAC不要ということを考えれば十分に高音質ですが、アナログ接続と比べるとちょっと線が細く聴き疲れしやすいことは確かです。96kHz「ハイレゾ」モードに切り替えると高域の伸びが良くなりますが、全体のバランスとしては相変わらずです。
Bluetoothも悪くないですが、LDACとSBCで大きな差が感じられました。LDACだと楽器音が太く、音色に重い艶が乗って、しっかりした鳴り方が好印象です。LDACといえばソニーという先入観があるからかもしれませんが、響きの乗り方なんかは、なんとなく近頃のソニーっぽさも連想します。3.5mmアナログの鳴り方と比べると、アナログの方が空間全体を豊かに表現してくれて、LDACだとむしろ楽器単体の音色が太くなる印象です。
SBCとAACはもっと丸くシンプルで、帯域が狭くなったような印象でした。カセットテープっぽいというイメージが湧きます。音が悪いわけではないのですが、たとえば大編成の交響曲とかを聴いてみると限界を感じます。冒頭の音数が少ないシーンではそこそこ良いのですが、フィナーレなど多数の奏者が入り乱れる大迫力なシーンでは、一気に音響がぐしゃっと潰れてしまい、これはダメだと思いました。
そんなわけで、Bluetoothもそこそこ実用的ではあるものの、やはり有線接続の方が一枚上手です。USB・3.5mmで鳴り方が全然違うのは悩ましいですが、USBはクリアな高解像・3.5mmはリラックス、と使い分ける事ができると考えれば悪くないです。
音楽鑑賞での3D
いくらMobiusが優秀といっても、純粋なステレオヘッドホンはもっと優れたモデルがたくさんあるので、なんとでも弱点や不満は挙げられるのですが(値段を考えるとかなり優秀だと思いますが)、肝心の3Dヘッドトラッキングモードを駆使することで、音楽鑑賞に新たな視野を与えてくれます。Mobiusに限って言えば、2chステレオを聴くときでもサラウンドモードで3DヘッドトラッキングONにしたほうが音楽鑑賞が楽しいと断言したいです。前方の音場が立体的になり、音が太く、輪郭がハッキリして、スピーカー的な「結像する」雰囲気が強調されます。ただし、「広いリスニングルームで5m先にあるスピーカー」というよりは、デスクトップのコンパクトモニターで聴いているような距離感やステレオ感です。
いろいろな音楽ジャンルを聴いてみて、上手くいくケースと、そうでないケースに明確に分かれることがわかりました。上手くいく場合は「これで本領発揮」というべき凄い効果を発揮してくれます。
目安としては、録音そのものの音響が自然で正しいもの(たとえばステレオマイク一発録りなど)の方が3D効果が効きやすく、一方スタジオ編集で距離感の無い録音は破綻しやすいです。
録音そのもので感じる距離感が、ヘッドトラッキングで生まれる仮想音像の距離と関係しているようです。たとえばクラシック音楽でも、レーベルごとに録音手法が異なるので、自分の音楽ライブラリーからMobiusで極上の3D臨場感が得られるアルバムを探し求める作業が楽しいです。
良い例を挙げると、Eratoレーベルからの新譜で、Bertrand Chamayouの演奏するサン・サーンス・ピアノ協奏曲を聴いてみたところ、なんだか私の前方5mくらいのところでピアニストの音像があるようで、目をつぶって聴いているうちにだんだんと、まるでコンサートホールの最前列で生演奏を聴いているような感覚が得られました。
60年代ステレオ録音の例で、オイストラフのベートーヴェン・ヴァイオリン協奏曲では、当時はソリストをかなりオンマイクで録音するのが主流だったので、客席というよりは、オイストラフが自分と目と鼻の先で演奏しているように感じられ、ちょっと違和感がありました。
自分の好きな演奏家や歌手を間近で感じられるというのは悪くないのですが、ヴァイオリンやピアノなど生楽器の場合だと、現実でもしここまで至近距離ならもっと大音量になるはず、と思ってしまうのが違和感の理由です。(もちろんヘッドホンのボリュームを上げればいいのですが)。そんなことは普段ヘッドホンで聴いていて考えもしなかったので、Mobiusはリアルに一歩近づいたということでしょう。
色々試した中で一番失敗だったのがジャズボーカルでした。たとえばエラ・フィッツジェラルドがオーケストラをバックで歌う歌謡曲のような作品は、すごい臨場感が得られるだろうと期待していたのですが、録音そのものの奥行きや立体感が乏しいため、3D効果が上手くいかず、歌手もオケも至近距離の壁にベタッと張り付いているような高圧的な鳴り方でした。まるで目前にそびえ立つコンクリートの壁があるような感覚です。
そんなわけで、音楽鑑賞で3Dヘッドトラッキングを実験する価値は大いにあるのですが、やはりゲームと違って、根本的な問題として「音源が2chステレオであること」がかなり不利だと感じました。
とくにそれを痛感したのは、教会のミサ曲や、大コンサートホールの交響曲などです。現実であれば、自分の周囲の壁や天井の反射音響を三次元的に浴びることで立体音響が得られるのですが、2chステレオ音源ではどうしても実現不可能です。
MobiusはDSP演算といっても、AVアンプにあるようなコンサートホールエフェクトではないので、2chステレオでは、後方はほぼ無音になります。「前方の響きが豊かなのに、ふと横を向いたら背後は無音」という状態は現実ではありえないので、そこでリアルさが破綻してしまいます。Mobiusの問題というよりは、2chステレオの根本的な限界です。
Mobiusの弱点があるとすれば、上で挙げたような、音像の距離、背後の反響など、疑似音響の処理が固定されており、加減をチューニングできないという点です。たとえばスピーカーオーディオであれば、スピーカーまでの距離やトーイン、壁の吸音処理などで音場を調整できるのですが、Mobiusはそれができません。
そのあたりもAudeze HQプログラムで調整できれば面白いと思うのですが、Audezeとしては、あまりコテコテにエフェクトや疑似エコーを盛りすぎるのは避けたかったのだと思います。
ちなみに、Audeze HQには「Room Ambiance」というスライダーがありますが、それを最大にすると、ホール音響が増すというよりは、短いエコーが強調され、出音が二重になって聴こえる(いわゆる風呂場のような)効果でした。
最後に、期待を込めてマルチチャンネル・サラウンド録音を聴いてみました。SACDの時代からDSDはサラウンド録音が多いですし、最近ではハイレゾダウンロードもロスレスサラウンドFLACファイルが購入できるところが多いです。せっかくハイレゾサラウンドが容易に手に入るのに、ヘッドホンマニアにとっては宝の持ち腐れという残念な状況だったので、Mobiusへの期待は大きいです。
BIS・Channel Classics・Pentatoneなどダウンロード販売のサラウンドファイルをFoobar・JRiverからMobiusで聴いてみたところ、かなり有意義なサラウンド効果が体験できました。教会やホールの背後からの反響とかもしっかり感じられるので、2chと比べるとリアリズムが向上します。
ただし、注意点として、多くのアルバムの場合、サラウンド版は単純に2chステレオ版にチャンネルを足したものではなく、ミキシングの時点から根本的に異なる音作りである事が多いです。(場合によっては、別テイクである可能性もあります)。
色々聴いてみたところ、たとえばBISの場合、2chステレオ版は比較的シャキッとしたクリアな作風なのですが、同じアルバムのサラウンドトラックだとずいぶんフワフワした響き重視の仕上がりであることが多いです。一方Channel Classicsはサラウンドの方がクッキリしているもののセンターチャンネルが強すぎてモノラルっぽく聴こえるアルバムもあったり、レーベルやエンジニアごとにサラウンドの音作りに対するセンスみたいなものが大きく異なり、なかなか予測不能です。
そんな個性も含めて、2chステレオとはまた別の芸術として、Mobiusでサラウンドを聴いて開拓する楽しさがあります。
おわりに
Mobiusヘッドホンは、Audezeとしては値段が安く、ちょうどゲーミングヘッドホンを探していた事もあり、とりあえず興味本位で購入してみたのですが、期待以上に素晴らしいヘッドホンで驚かされました。Audezeのハイエンド機にも採用されている平面駆動型ドライバーを搭載している事が無駄になっておらず、響きや音色の素性が良好です。ゲームや映画用と割り切るのではなく、音楽鑑賞用としても十分通用しますし、とくにこの値段としてはとても優秀です。個人的には、同社のSINEやEL-8よりも好みのサウンドです。
肝心の3Dヘッドトラッキングのバーチャルサラウンドというのも本当によく出来ており、とくにゲームでの臨場感の凄さは一度体験してみるべきです。高度なDSP演算と、ヘッドホンそのものの特性の素直さの相乗効果なので、他社が安易に見よう見まねでコピーすることは困難だと思います。
Mobiusの欠点は、サラウンドはUSB接続が必須なため、用途がほぼパソコン限定になり、家庭用ゲーム機やブルーレイプレイヤーなどのサラウンドソースとの親和性が悪いことです。たとえばHDMIからオーディオデータのみMobiusに送る方法があれば便利ですが、どちらにせよ手軽とは言えません。このあたりの事情が、大手メーカーがサラウンドに手を出したがらない最大の理由かもしれません。
Mobiusについて個人的な感想ですが、このような画期的なヘッドホンを真っ先に商品化したのが、あのAudezeだという点にまず驚きました。
本来、ゲームや映画、映像メディアなど、サラウンドやVRジャンルへの投資を真っ先にすべきソニーなどの大企業が手をこまねく間に、Mobiusという素晴らしいパッケージを実現できたのが、なんだか不思議に思えます。今後大手メーカーから似たようなアイデアのヘッドホンが登場するかもしれませんし、技術的にはまだまだ改善の余地がある分野だと思いますが、それらはMobiusの二番煎じになります。
映像分野でVRが普及するのか、という論争と同じように、ヘッドホンにおいてヘッドトラッキングとサラウンドの需要があるかはまだ未知数です。ただし「オーディオといえば2chステレオ」というのは1950年代から現在まで根本的に変わっておらず、技術的にも行き止まりです。何十万円もするようなハイエンドヘッドホンや、DSD256やDXDのような超ハイレゾフォーマットが続々登場する時代ですが、結局2chステレオという枠組みの中であれこれ味付けの差を楽しんでいるようなものです。
オーディオマニアとして、それらが不毛だとは言い切れませんが、Mobiusくらい素人でも驚くような直感的メリットや、ハイテク技術の進化を痛感じさせる商品に、もっと業界全体が興味を向けてほしいです。
私自身はこれまでゲーミングヘッドホンを色々と試してきた結果、ソニーのサラウンドヘッドホン「MDR-HW700DS」「WH-L600」という流れで落ち着いていましたが、とくにWH-L600の中途半端具合はヘッドホンマニアとしては残念でした。家電商品として無難なスペックですが、肝心の音質がソニーのハイエンドヘッドホンと天地の差があり、妥協の産物といった感じがあります。「3万円台という値段を考えれば」というのも一理ありましたが、Mobiusが$399となると、そうも言ってられません。
富裕層向けのハイエンドオーディオジュエリーを作るなというわけではありませんが、それとはまた別に、「世界中の映画ファンやゲーマーを驚かせるような、すごいハイテク高音質ヘッドホンを作ろう」と一念発起すれば、きっと素晴らしい商品が出来上がると思うのですが、そんな兆しが見えないところに颯爽と登場したのがMobiusだったので、それがとても嬉しく思えました。
オーディオマニア以外にも、音響の大事さや魅力を感じてもらいたいです。たとえばプレイステーション4を例に挙げても、ゲーム開発者が苦労して作り上げたハイレゾ3D音響を本当に体験できているプレイヤーは、ほんの一握りだと思います。
ゲームのために最新の高画質テレビを購入する人は多いですが、いざ音声となると、テレビ内蔵のスピーカーやサウンドバー、中途半端なワイヤレスヘッドホンを使うのは、ひどく残念です。
少なくともPCゲーマーであれば、ようやくMobiusのおかげで、最小限の投資で、最先端のサウンドを堪能することができます。願わくば、今後各方面から同じようなコンセプトのヘッドホンが続々登場して、家庭用ゲーム機や映像分野での対応が進み、現在のハイエンドステレオヘッドホンと同じくらい勢いのある一大ジャンルに成長してほしいです。